農業現場において、作物の葉が黄色くなる「クロロシス(白化現象)」は、単なる栄養不足のサインにとどまらず、土壌環境や根の健康状態を映し出す重要な鏡です。クロロシス原因を正確に特定することは、収量や品質の低下を防ぐための最初の一歩となります。多くの生産者が直面する課題ですが、黄化のパターンを詳細に観察することで、その原因を論理的に切り分けることが可能です。
まず、クロロシスが植物体内の「どの位置」から発生しているかを確認することが診断の基本です。植物栄養学の観点から、植物体内で移動しやすい養分(窒素、リン酸、カリウム、マグネシウム)と、移動しにくい養分(鉄、カルシウム、微量要素)に分類されます。この性質の違いが、症状の出る位置に現れます。
さらに、クロロシス原因は生理障害だけでなく、ウイルス病(モザイク病など)の可能性も考慮する必要があります。生理障害による黄化は、圃場全体や畝単位で規則的に発生する傾向があり、葉の模様も左右対称になることが多いです。一方、ウイルス病による黄化は、不規則なモザイク模様(濃淡の斑点)が現れ、株ごとにランダムに発生したり、葉の縮れや奇形を伴うことが多いのが特徴です。
正確な診断には、pH測定器やECメーターを用いた土壌分析が欠かせません。例えば、見た目が鉄欠乏であっても、土壌中に鉄分が十分に存在する場合が多々あります。これは後述する土壌pHの問題や根の障害によって「吸えない状態」にあることを示唆しています。目視診断と数値データを組み合わせることで、無駄な資材投入を防ぎ、最短ルートでの回復が可能となります。
タキイ種苗:植物の生理障害 診断のポイントと対策
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bn/pdf/20080869.pdf
クロロシス原因の中で最も頻繁に見られるのが「鉄欠乏」です。しかし、日本の土壌の多くは、鉄分そのものが絶対的に不足しているケースは稀です。なぜなら、地殻中には鉄が豊富に含まれているからです。それにもかかわらず鉄欠乏クロロシスが発生する最大の要因は、「土壌pH(酸度)」にあります。
鉄は、土壌が酸性(pHが低い状態)であれば水に溶けやすいイオンの形態(二価鉄など)で存在し、植物が根からスムーズに吸収できます。しかし、土壌pHがアルカリ性(pH7.0以上)に傾くと、鉄は水酸化鉄などの不溶性化合物へと変化し、沈殿してしまいます。これを「不可給化」と呼びます。つまり、土壌分析では鉄分がたっぷりあるという結果が出ても、植物にとっては「石を食べている」ような状態で、利用することができないのです。
特に注意が必要なのは、以下のようなケースです。
鉄欠乏によるクロロシスは、新葉の葉脈間が鮮やかな黄色から白に近い色に変化し、重症化すると葉の縁から壊死(ネクロシス)することもあります。光合成の要である葉緑素(クロロフィル)の前駆物質をつくる過程で鉄が必須であるため、鉄が不足すると葉緑素が作られず、葉が白く抜けてしまうのです。
対策のアプローチ
根本的な解決策は土壌pHの適正化(酸性資材の施用など)ですが、pHの調整には時間がかかります。緊急的な対策としては、「キレート鉄」を含む液肥の葉面散布が有効です。キレート鉄とは、鉄を有機酸などでカニのハサミのように挟み込み、不溶化を防いで植物が吸収しやすい形にしたものです。葉面散布であれば、土壌のpHに関係なく、葉から直接鉄を補給することができます。ただし、鉄は植物体内での移動性が極めて低いため、散布した葉でしか効果を発揮しません。次に出てくる新葉のために、数回に分けて定期的に散布する必要があります。
また、土壌施用を行う場合は、単なる硫酸第一鉄ではなく、EDTA鉄などのキレート化された資材を使用するか、完熟堆肥などの有機物と混合して施用することで、土壌中での不可給化を遅らせる工夫が必要です。根圏のpHを下げる生理的酸性肥料(硫安など)の併用も、鉄の吸収を助ける補助的な手段となります。
北海道立総合研究機構:鉄欠乏の症状と対策について
参考)鉄欠乏
鉄と並んでクロロシス原因の双璧をなすのが「マグネシウム(苦土)欠乏」です。マグネシウムは、光合成を行う葉緑素(クロロフィル)の中心に位置する唯一の金属元素であり、まさに植物のエネルギー生産工場の心臓部と言えます。そのため、マグネシウムが不足すると葉緑素そのものが作れなくなり、葉の黄化に直結します。
マグネシウム欠乏によるクロロシスの最大の特徴は、「古葉(下位葉)の葉脈間に発生する」という点です。前述の通り、マグネシウムは植物体内での移動性が高いため、供給不足に陥ると、植物は光合成効率の落ちた古い葉からマグネシウムを回収し、これからの成長を担う新しい葉へと優先的に回します。その結果、株元の葉から順に、葉脈の緑色をくっきりと残したまま、葉脈の間が黄色く変色していきます。これを放置すると、光合成能力が全体的に低下し、果実の肥大不足や糖度低下を引き起こします。
発生の原因と土壌のアンバランス
マグネシウム欠乏は、単に土壌中のマグネシウム量が足りない場合(溶脱の激しい砂質土壌など)にも起きますが、日本の施設園芸などで多く見られるのは、土壌中にはマグネシウムがあるのに吸収できない「拮抗作用」によるものです。特にカリウム(K)やカルシウム(Ca)が過剰に存在すると、植物はマグネシウムよりもそれらを優先的に吸収してしまい、結果としてマグネシウム欠乏症に陥ります。
具体的な対策と資材の選び方
特に、果実の肥大期はカリウムの要求量が増えるため、追肥でカリウムを多く施用しがちです。このタイミングこそが、マグネシウム欠乏の発生リスクが高まる時期でもあります。カリウム肥料を施用する際は、同時にマグネシウムの補給も検討するか、元肥の段階で「苦土入り」の肥料を選択するなど、常にミネラルバランス(塩基バランス)を意識した施肥設計が求められます。
【3分でわかる野菜づくり】 なぜ葉が黄色くなる? 「クロロシス」の特徴とマグネシウム欠乏
参考)【3分でわかる野菜づくり】 なぜ葉が黄色くなる? 「クロロシ…
土壌分析も適正で、肥料バランスも完璧であるにもかかわらず、クロロシスが改善しない。そのような場合に見落とされがちなクロロシス原因が「根の障害」、特に「根腐れ」や「湿害」です。地上部の黄化は、地下部の悲鳴である可能性が高いのです。
植物の根は、養分を吸収するために酸素を消費して呼吸を行っています(ATPエネルギーの産生)。しかし、排水不良の圃場や、長雨による冠水、過剰な灌水によって土壌の孔隙が水で満たされてしまうと、土壌中の酸素が欠乏します。酸欠状態になった根は、エネルギーを生み出すことができず、たとえ目の前に鉄やマグネシウムなどの養分があっても、それを吸収する「ポンプ」が動かなくなってしまいます。
過湿環境が引き起こす化学変化
さらに、過湿による嫌気状態(酸素がない状態)は、土壌中で有害な化学反応を引き起こします。酸素が不足すると、嫌気性菌が活発になり、硫酸還元菌などが土壌中の硫酸イオンを還元して「硫化水素(H2S)」を発生させます。硫化水素は、温泉地のような腐卵臭を持つ猛毒ガスで、植物の根の細胞を直接破壊します。これが「根腐れ」の深刻なメカニズムの一つです。
根が傷むと、まず吸水能力が低下し、日中に萎れやすくなります。そして、養分吸収能力も著しく低下するため、地上部では鉄やマグネシウム、窒素などの欠乏症状が複合的に現れ、全体的なクロロシスとなって現れます。
根腐れ起因のクロロシスの特徴
対策:物理性の改善と水管理
根腐れが原因の場合、肥料や活力剤を上から与えても効果は薄く、むしろ濃度障害で傷口に塩を塗る結果になりかねません。最優先すべきは「排水性の確保」です。
肥料不足を疑って追肥をする前に、まずは「根が健全に機能しているか」を確認する習慣をつけることが、原因不明のクロロシス解決の鍵となります。
クロロシス原因を探る上で、最も専門的かつ見落としやすいのが「拮抗作用(きっこうさよう)」です。これは、特定の肥料成分が多すぎると、他の成分の吸収を邪魔してしまう現象のことを指します。生産者が「良かれと思って」施用した肥料が、皮肉にも欠乏症を引き起こす原因となっているケースです。これは単一の成分量を見るだけでは分からず、成分同士の「バランス(比率)」を見る必要があります。
1. リン酸過剰による鉄・亜鉛欠乏(亜鉛・鉄拮抗)
日本国内の多くの農地、特に施設栽培では、リン酸過剰が常態化しています。リン酸は土壌に蓄積しやすい成分ですが、過剰なリン酸は、土壌中の鉄(Fe)や亜鉛(Zn)、銅(Cu)などの微量要素と結合し、難溶性のリン酸化合物を形成してしまいます。
その結果、土壌分析では微量要素が十分にあっても、植物はそれを利用できず、新葉に典型的な鉄欠乏性クロロシスや、亜鉛欠乏による小葉・ロゼット化が発生します。「リン酸を入れたら葉の色が悪くなった」という場合は、このメカニズムが働いている可能性が高いです。
2. カリウム・カルシウム・マグネシウムの三角関係(塩基バランス)
この3つの陽イオン(プラスイオン)は、土壌コロイドの吸着座や根の吸収サイトを奪い合うライバル関係にあります。これを「塩基拮抗」と呼びます。
理想的な塩基バランス(等量比)は、一般的に「石灰:苦土:カリ=5:2:1」程度が良いとされています。このバランスが大きく崩れ、例えばカリウムが突出して多い状態になると、マグネシウム欠乏のクロロシスは避けられません。
対策:引き算の施肥設計
拮抗作用によるクロロシスを解消するには、「足し算」ではなく「引き算」の考え方が必要です。
「肥料はやればやるほど育つ」という直感は、クロロシスに関しては誤りであることが多いのです。微量要素やミネラルの欠乏症状が見られた時こそ、逆に「何かをやり過ぎていないか?」と疑う視点を持つこと。これが、プロフェッショナルな土壌管理への入り口であり、クロロシス問題を根本から解決する独自視点となります。
豊年アグリ:肥料成分の三角関係? 知っておきたい相互作用
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