かび病(特に灰色かび病)は、多くの農家や家庭菜園愛好家を悩ませる最も一般的な病害の一つです。この病気の最大の特徴は、低温多湿な環境を好み、あらゆる野菜や花き類に感染する「多犯性」の性質を持っていることです。初期症状を正しく理解し、早期に対策を打つことが、収穫量を守るための第一歩となります。
まず、初期症状の見極めが重要です。多くの野菜において、感染は「花弁(花がら)」や「枯れた下葉」から始まります。これらが褐色に水浸状(水を含んでグズグズになった状態)に変色し、やがてその表面に灰褐色や灰白色のふさふさとしたカビ(分生子)が密生します。このカビが風に乗って飛散することで、周囲の健全な葉や果実に次々と感染を広げていきます。特に果実においては、ヘタの部分や花落ち部分から腐敗が始まり、商品価値を完全に失わせてしまいます。
被害が出やすい野菜としては、以下のものが代表的です。
かび病の恐ろしい点は、収穫後の流通過程でも発症することです。見かけ上は健康でも、すでに菌が潜伏している場合、箱詰め後の輸送中に蔓延し、市場に届く頃には全滅しているという「市場病害」としての側面も持っています。したがって、栽培中の症状確認だけでなく、収穫時の選別も極めて重要な対策となります。
灰色かび病|症状の見分け方・発生原因と防除方法
※灰色かび病の具体的な症状写真や、作物ごとの被害の特徴について詳しく解説されています。
かび病の発生原因として「湿度が高いこと」は広く知られていますが、プロの農家がより重視している指標に「飽差(ほうさ)」があります。単に湿度計のパーセンテージを見るだけでは、かび病の真のリスクを把握し、効果的な対策を行うには不十分だからです。
一般的に、かび病(特に灰色かび病菌)は、湿度が90%以上の多湿条件を好み、植物体が結露して濡れている時間が数時間続くと、胞子の発芽と侵入が爆発的に促進されます。しかし、気温によって空気が含むことのできる水分量は変化するため、同じ「湿度90%」でも、気温10℃のときと25℃のときでは空気の乾燥具合(植物からの蒸散のしやすさ)が異なります。ここで重要になるのが「飽差」です。
飽差(Humidity Deficit)とは、「あとどれくらい空気に水分を含むことができるか」を示す指標で、単位は $g/m^3$ で表されます。
かび病対策としての理想的な管理は、飽差を 3~6 $g/m^3$ 程度に保つことだと言われています。特に夜間から早朝にかけて、ハウス内の温度が下がると飽差が極端に小さくなり(湿度が100%に近づき)、植物の表面に結露が生じます。この「濡れ」こそが、かび病菌が植物体内に侵入する最大のチャンスとなってしまいます。
具体的な環境管理対策としては以下の点が挙げられます。
「湿度が高いから換気する」という単純な動作から一歩進んで、「結露させないために飽差をコントロールする」という意識を持つことが、かび病の発生を劇的に減らすための鍵となります。
環境制御技術導入のための指導者向けマニュアル - 兵庫県
※飽差管理の理論と、灰色かび病対策における具体的な環境制御方法(早朝加温など)が専門的に解説されています。
かび病が発生してしまった場合、あるいは発生を未然に防ぐために農薬(殺菌剤)の使用は避けて通れません。しかし、かび病菌は「薬剤耐性菌(耐性菌)」が出現しやすい病原菌として有名であり、同じ薬を使い続けるとすぐに効かなくなってしまうという厄介な性質があります。そのため、農薬選びには戦略的なローテーション散布が必須となります。
農薬を選ぶ際に必ず確認すべきなのが、ラベルに記載されている「RACコード(FRACコード)」です。これは殺菌剤の作用機序(菌のどこに効くか)を番号で分類したものです。商品名が違っても、このRACコードが同じであれば、菌にとっては「同じ攻撃」であるため、耐性がつきやすくなります。
かび病対策で主要な農薬系統と使い分けのポイントは以下の通りです。
| 系統(RACコード) | 代表的な薬剤名 | 特徴 | 耐性菌リスク |
|---|---|---|---|
| SDHI剤 (7) | アフェット、カンタス | 予防・治療効果が高く、残効性も長い。現在の主力。 | 中~高 (連用厳禁) |
| ストロビルリン系 (11) | アミスター、シグナム | 予防効果に優れ、浸透移行性がある。 | 高 (耐性菌増加傾向) |
| AP剤 (9) | スミレックス、フルピカ | 以前の特効薬だが、耐性菌がすでに多い地域も。 | 高 |
| 多作用点阻害剤 (M) | ダコニール、オーソサイド | 予防主体。複数の作用点を持つため耐性がつきにくい。 | 低 (ローテの軸に推奨) |
| 微生物農薬 (BM) | ボトキラー、バチスター | 耐性菌の問題がない。化学農薬と併用可能。 | なし |
効果的な防除戦略(ローテーション散布):
また、近年では化学農薬に頼らない「物理的防除資材」も注目されています。例えば、粘着くんなどの気門封鎖剤は、菌そのものではなく、菌を媒介する害虫や菌糸の物理的な活動を阻害する効果が期待できる場面もありますが、基本的には殺菌剤とは異なります。かび病専用の薬剤として、納豆菌の仲間であるバチルス菌を利用した「ボトキラー水和剤」などは、植物の表面に先に善玉菌を定着させることで、かび病菌の住処を奪うという予防効果があり、有機栽培や減農薬栽培でも重宝されています。
「効かないな?」と思ったら、量を増やすのではなく、「系統を変える」ことが鉄則です。地域の病害虫防除所が出している耐性菌情報も参考にしながら、賢く農薬を使い分けましょう。
灰色かび病に効く農薬、防除方法について徹底解説!
※具体的な商品名とRACコード(FRACコード)に基づいたローテーション防除の考え方が詳細にまとまっています。
農薬に頼りすぎず、日頃の栽培管理でかび病の発生しにくい環境を作ることを「耕種的防除」と呼びます。かび病対策においては、この耕種的防除が農薬以上に重要な意味を持ちます。なぜなら、環境が改善されない限り、いくら高価な農薬を撒いても、すぐに再発を繰り返すからです。
基本的な対策として、以下の4点を徹底します。
葉が茂りすぎると、株元の湿度が上がり、薬剤も奥まで届かなくなります。特にトマトやキュウリ、ナスなどの果菜類では、古い下葉や過繁茂した枝を適度に除去(摘葉)し、風の通り道を確保します。これは、物理的に湿度を下げるだけでなく、葉への日当たりを良くして植物体を丈夫にする効果もあります。
かび病菌は、発病して落ちた花弁、葉、果実などの「残渣」の中で生き続け、そこから大量の胞子を飛ばします。発病した部位を見つけたら、その場で切り落として放置するのではなく、袋に入れて密閉し、ほ場(畑)の外に持ち出して処分してください。通路に捨てておくだけでは、そこが新たな感染源となり、ハウス全体に病気を広げる「培養地」になってしまいます。
土壌中には多くのかび病菌が潜んでいます。水やりの跳ね返りや、下葉が直接土に触れることで感染が起こります。ビニールマルチや敷きわらを利用して、土壌と植物体が直接触れないように物理的なバリアを作ることが予防に有効です。シルバーマルチなどは、アザミウマなどの害虫忌避効果も兼ねており一石二鳥です。
灰色かび病菌の胞子形成には紫外線が関与していることが分かっています。近紫外線を除去する農業用フィルム(UVカットフィルム)を展張することで、菌の活動を抑制し、被害を軽減できることが多くの試験で実証されています。ただし、ミツバチやマルハナバチなどの訪花昆虫は紫外線を目印に活動するため、受粉にハチを利用する場合は導入に注意が必要です。
これらの対策は地味で手間がかかる作業ですが、これらを怠ると農薬の効果も半減してしまいます。「風通し」と「掃除」は、かび病予防の基本にして奥義と言えるでしょう。
「かび病」と聞くと、カビ菌そのものの強さや湿度の問題ばかりに目が向きがちですが、実は植物体側の「体の弱さ」、特に「カルシウム欠乏」が発生の隠れた原因になっていることはあまり知られていません。ここを改善することで、農薬を使わずとも病気に強い作物を作ることが可能になります。
植物の細胞壁は、レンガ造りの建物のような構造をしています。このレンガ同士をつなぎ止めるセメントの役割を果たしているのが「ペクチン」という物質であり、ペクチン同士を強固に結合させているのがカルシウム(Ca)です。
植物体内のカルシウムが不足すると、以下のプロセスでかび病のリスクが高まります。
しかし、単に石灰(カルシウム肥料)を土に撒けば解決するわけではありません。カルシウムは植物体内での移動が非常に遅い栄養素であり、根から吸われて葉先や果実に届くまでに時間がかかります。また、土壌が乾燥していたり、逆に過湿で根が傷んでいたり、チッソ肥料が効きすぎていたりすると、土の中にカルシウムがあっても植物はそれを吸収できません。
カルシウム不足を解消し、かび病に強い体を作るための対策:
「かび病が出やすい」と感じたら、農薬を変えるだけでなく、植物の健康診断をしてみてください。葉色が濃すぎて柔らかくないか? チッソ過多ではないか? 植物の細胞そのものを強化する「守りの土作り」と「栄養管理」こそが、独自視点での究極の予防策となります。
バラに発生しやすい病気~症状・原因・対策を紹介
※植物の健康状態と病気の関係、特にチッソ過多や軟弱徒長が病気を招くメカニズムについて言及されています。