農業や園芸において「整枝(せいし)」と「剪定(せんてい)」は混同されがちですが、その目的と実施時期には明確な違いがあります。
参考)整枝|園芸用語集|サカタのタネ 家庭菜園・園芸情報サイト 園…
整枝とは、主に植物の生育期間中に行われる作業で、茎や枝を整理して望ましい「骨組み(フレーム)」を作ることを指します。具体的には、不要な位置から出た芽を取り除くことや、支柱に茎を固定する誘引作業が含まれます。これにより、植物が光合成を効率よく行える形に整え、過剰な枝葉による養分の浪費を防ぐことが主な目的です。
参考)果樹の整枝・せん定を楽しみましょう
一方で剪定は、主に果樹などの休眠期(冬場)に行われることが多く、すでに伸びてしまった枝を切り落として樹形を維持したり、翌年の花芽の量を調整したりする作業を指します。剪定は「更新と制限」の性格が強く、古い枝を新しい枝に入れ替えたり、実らせる果実の数を制限したりするために行われます。
参考)https://agri.mynavi.jp/2025_11_25_412864/
以下の表に、整枝と剪定の主な違いをまとめました。
| 項目 | 整枝(せいし) | 剪定(せんてい) |
|---|---|---|
| 主な目的 | 骨格形成、養分の集中、空間確保 | 枝の更新、花芽調整、樹形維持 |
| 実施時期 | 主に生育期(春~秋) | 主に休眠期(冬)※果樹の場合 |
| 対象部位 | 新芽、若枝、つる | 硬化した枝、古い枝 |
| 主な作業 | 摘芯、わき芽かき、誘引 | 切り戻し、間引き(透かし) |
| イメージ | 「形を作る」育成作業 | 「形を戻す」メンテナンス作業 |
野菜栽培、特に果菜類(トマトやナスなど)においては、栽培期間中の管理作業のほとんどが「整枝」に分類されます。適切な整枝を行うことで、植物のエネルギーを「枝葉を伸ばすこと(栄養成長)」から「花や実を作ること(生殖成長)」へとスムーズに切り替えさせることが可能です。
参考)「整枝(せいし)」とは|タネ(種)・苗・園芸用品は【サカタの…
参考リンク:古老の経験から学ぶ整枝と誘引の基本技術(タキイ種苗)
トマトなどの果菜類において、整枝の基本となる作業が「わき芽かき」と「摘芯(てきしん)」です。これらの作業を怠ると、植物はジャングルのように茂ってしまい、肝心の実が小さくなったり、品質が低下したりします。
参考)ピーマン栽培 芽かき・摘芯(摘心)・摘果の方法
茎と葉の付け根(葉腋)から出てくる「わき芽」を小さいうちに取り除く作業です。トマトの場合、わき芽を放置すると主枝と同じ太さまで成長し、養分が分散してしまいます。わき芽を早めに除去することで、主枝や果実に栄養を集中させることができます。手で横に倒すだけで簡単に折れる時期に行うのがコツです。
茎の先端(成長点)を切り取る作業です。植物は先端が伸び続ける性質(頂芽優勢)を持っていますが、摘芯によってその成長を止め、養分を果実の肥大や成熟に回すことができます。例えば、トマト栽培では支柱の高さまで育った段階や、収穫目標の段数(例:4段目や5段目)の花が咲いた時点で摘芯を行い、それ以上の伸長をストップさせます。
ナスやピーマンでも同様に、一番花(最初に咲く花)の下のわき芽を2本残して育て、それより下のわき芽はすべて取り除くといった整枝が行われます。これにより、株元の風通しが良くなり、初期の生育が安定します。
参考リンク:トマトの1本仕立て・2本仕立ての具体的な手順と図解
整枝の応用として、植物をどのような形に育てるかという「仕立て(したて)」方があり、これが収穫量や管理のしやすさに直結します。適切な樹形を維持することは、限られた栽培スペースで最大限のパフォーマンスを引き出すために不可欠です。
参考)整枝/剪定(せんてい)
代表的な仕立て方には以下のものがあります。
参考)仕立て方(したてかた)
果樹(ナシ、ブドウ、カンキツなど)の場合、整枝はさらに長期的視点で行われます。幼木の段階で「主枝」となる枝を決め、それをどのような角度で配置するか(棚仕立てや開心自然形など)を決定します。この初期の樹形作りが、将来10年以上にわたる作業効率と収穫量を決定づけるため、非常に重要です。
参考)かんきつ類の整枝・剪定(せんてい)のポイント|技術と方法|ア…
参考リンク:ピーマン・ナスの整枝と仕立て方の詳細ガイド
整枝を行う大きな目的の一つは、株全体の日当たりと風通しを改善することです。これは単に植物が元気になるというだけでなく、病害虫を防ぐための最も基本的かつ強力な防除手段となります。
参考)整枝・剪定の目的
植物の葉は、重なり合うと下側の葉に光が届かなくなります。整枝によって枝葉の配置を適切に分散させることで、すべての葉が効率よく受光できるようになります。特に果実の着色や糖度向上には、果実周辺への木漏れ日程度の日光(散乱光)が重要です。
参考)https://www.mdpi.com/1999-4907/15/5/744/pdf?version=1713957138
多くの病原菌(カビや細菌)は、多湿環境を好みます。枝葉が混み合って風通しが悪くなると、株の内側の湿度が上がり、うどんこ病や灰色かび病などの温床となります。整枝によって風の通り道を確保することで、葉の表面が早く乾き、感染リスクを劇的に下げることができます。
日光に含まれる紫外線には、殺菌効果があります。整枝によって株元や内部まで光を当てることは、天然の殺菌処理を行っているのと同じ効果が期待でき、薬剤散布の回数を減らすことにもつながります。
見通しが良くなることで、アブラムシやハダニなどの害虫発生を初期段階で発見しやすくなります。ジャングルのような状態では、気づいたときには手遅れという事態になりかねません。
整枝は単なる物理的な整理作業ではなく、植物生理学的な観点から見ると、植物ホルモンや栄養バランスを操作し、成長のスイッチを切り替える高度なテクニックです。ここでは、一般的にあまり語られない「T/R比」と「C/N比」、そして「頂芽優勢」のメカニズムについて解説します。
植物の先端(頂芽)では「オーキシン」という植物ホルモンが作られ、これが下へと移動することで、脇からの芽(側芽)の成長を抑える働きをしています(頂芽優勢)。摘芯(整枝の一種)を行って頂芽を切り取ると、オーキシンの供給がストップし、抑制が外れます。すると、根から送られてくる細胞分裂促進ホルモン「サイトカイニン」の働きが活発になり、わき芽が一斉に伸び始めたり、果実の肥大が促進されたりします。
T/R比とは、地上部(Top:茎葉)と地下部(Root:根)の重量比率のことです。植物はこの比率を一定に保とうとする性質があります。
参考)https://bsssjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/sum.70026
参考)https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F10470724
植物体内の炭素(C:光合成で作られる炭水化物)と窒素(N:根から吸収する肥料分)の比率をC/N比と言います。
参考)Untitled
整枝によって古い葉や無駄な枝を整理すると、一時的に光合成量は減りますが、同時に無駄な窒素消費(成長点での消費)を抑えることができます。また、根を切る(根切り)ことで窒素吸収を抑え、強制的にC/N比を高めて花芽を作らせる技術も存在します。適切な整枝は、このC/N比をコントロールし、植物を「体を大きくするモード」から「子孫(実)を残すモード」へ切り替えるシグナルとなるのです。
参考リンク:C/N比と剪定・整枝の関係性および花芽形成の原理