農業現場において、作物の品質と収穫量を左右する極めて重要な管理作業の一つが「わき芽かき」です。多くの農家が経験的に行っていますが、その生理学的な意義と最適なタイミングを正確に理解することで、さらなる生産性の向上が見込めます。
わき芽かきを行う最大の目的は「頂芽優勢(ちょうがゆうせい)」という植物の性質をコントロールすることにあります。植物は通常、茎の先端にある頂芽が優先的に成長しようとする性質を持っていますが、側枝(わき芽)が成長しすぎると、このバランスが崩れ、本来果実に送られるべき栄養素(光合成産物)が茎葉の成長に浪費されてしまいます。これを「栄養成長」と「生殖成長」のバランス崩壊と呼びます。
わき芽かきの最適なタイミングは、わき芽の長さが5cm〜10cm程度の時期です。これより小さいと指でつまみにくく、逆に大きくなりすぎると、除去した際の傷口が大きくなり、株へのダメージが深刻化します。特にトマトの場合、わき芽が親指ほどの太さになってから除去すると、切り口から細菌が侵入するリスクが跳ね上がります。
大玉トマトやナスなどは、基本的に第一花房(一番最初に咲く花)より下のわき芽はすべて除去し、主枝一本、または主枝と側枝の二本・三本仕立てにするのが基本です。一方、ミニトマトの特定の品種(芯止まり型など)では、わき芽をあえて残すことで収穫量を増やす「ソバージュ栽培」という手法も存在します。ご自身が栽培している品種の特性を種苗メーカーのカタログで確認することが不可欠です。
タイミングを逃してわき芽が巨大化してしまった場合、「もったいない」と感じてそのまま放置するケースが見受けられますが、これは長期的にはマイナスです。巨大化したわき芽であっても、株全体の風通しと日当たりを確保するために、ハサミを使って根元から切除することが推奨されます。ただし、その際はハサミの消毒を徹底してください。
カゴメ株式会社:トマトの「芽かき」と「誘引」の手順と重要性について詳しく解説されています。
参考)手間をおしまず「芽かき」と「誘引」
わき芽かきは単に芽をむしり取るだけの単純作業と思われがちですが、プロの農家として「失敗しない」ためには、作物の種類に応じた繊細な技術が求められます。ここでは主要な果菜類であるトマトとナスに絞って、具体的な技術論を展開します。
トマトは成長が早く、数日見回りを怠っただけでわき芽が驚くほど伸びています。失敗しないための鉄則は「手で折れるうちに取る」ことです。
わき芽の基部を親指と人差指でつまみ、横に倒すようにしてポキッと折ります。下に引きちぎるように取ると、主茎の皮(表皮)まで一緒に剥がれてしまい、そこから病原菌が侵入する原因になります。必ず「折る」感覚で行ってください。
手で折れないほど硬くなったわき芽や、繊維が強い場合は、無理せずハサミを使用します。この際、ハサミは株を変えるごとに消毒(アルコールや次亜塩素酸水など)を行うのが理想です。トマトモザイクウイルス(ToMV)などの接触伝染性ウイルスは、ハサミを介して瞬く間に圃場全体に広がる恐れがあります。
ナスはトマトと異なり、茎が木質化しやすく硬いため、初期段階からハサミが必要になることが多いです。
ナスは一般的に「三本仕立て」が推奨されます。「主枝」と、「一番花のすぐ下のわき芽」とその「もう一つ下のわき芽」の計3本を伸ばし、それより下のわき芽はすべて除去します。
一番花より下のわき芽は、放っておくと養分を奪い、初期の果実肥大を阻害します。定植後、活着して新芽が動き出したら、早めに下部のわき芽を整理することで、根の張りを促進し、初期生育を安定させることができます。
ナスのわき芽は、放置すると巨大な葉を展開し、株元の通気性を著しく悪化させます。これは梅雨時期の病害発生の温床となります。失敗しないコツは、収穫作業とセットでわき芽のチェックをルーティン化することです。
| 作物 | 仕立て方の基本 | わき芽かきのポイント | 注意点 |
|---|---|---|---|
| トマト | 一本仕立て | 指で横に倒して折る | 樹皮を剥かないように注意 |
| ナス | 三本仕立て | ハサミを使用することが多い | 一番花より下は早めに除去 |
| キュウリ | 親づる一本(摘心栽培も有) | 5節〜7節までの子づるは除去 | 成長が極めて早いので毎日確認 |
株式会社大和:トマト、ナス、ピーマンの仕立て方と梅雨時期の管理について解説されています。
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「わき芽かきをサボると収穫量が減る」というのは周知の事実ですが、それ以上に恐ろしいのが「病気のリスク増大」です。わき芽かきは、単なる整枝作業ではなく、最も基本的かつ効果的な「物理的防除」の一環と捉えるべきです。
わき芽を放置すると、葉が重なり合い、株の内部に光が届かなくなります。また、風通しが悪くなることで湿度が滞留します。この「日照不足」と「多湿」の環境は、以下のような病気の温床となります。
病気予防の観点から、わき芽かきを行う「天気」は極めて重要です。
必ず「晴天の日の午前中」に行ってください。
わき芽を除去した部分は、植物にとって「生傷」です。晴天時に行えば、傷口がすぐに乾燥し、「コルク層(カルス)」が形成されてふさがります。これにより病原菌の侵入を防げます。
湿度が高い雨の日や夕方に作業を行うと、傷口が乾かず、ジュクジュクした状態が続きます。ここから細菌が侵入し、茎腐病や軟腐病などを引き起こし、最悪の場合は株全体が枯死します。
わき芽かきを適切に行うことで、光合成の効率が最大化されます。不要な葉が減ることで、残した健全な葉(特に果房周辺の葉)に十分な日光が当たり、光合成産物がスムーズに果実転流します。これにより、果実の肥大が促進され、糖度も向上します。逆に、わき芽だらけの株は「ボケ」てしまい、花は咲くが実が止まらない(着果不良)状態に陥りやすくなります。
野菜にご挨拶:過繁茂による病害リスクと、芽かきを怠った場合の具体的なデメリットについて詳述されています。
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通常、わき芽かきで取り除いた芽はそのまま廃棄物として処理されますが、実はこれらは「最強の予備苗」として活用できる資源です。特にトマトにおいて、この方法は非常に有効であり、コスト削減やリスクヘッジにつながる意外な活用術です。
高価なF1品種の苗を購入した場合、そのわき芽を使ってクローン苗を作れば、追加コストゼロで株数を増やすことができます。
親株より生育ステージが遅れるため、親株が疲れてくる夏の終わり頃から、挿し木苗が収穫最盛期を迎えるという「収穫リレー」が可能になります。
万が一、親株が青枯病や強風で折れてしまった場合、育てておいたわき芽苗(挿し木苗)をリザーブとして定植し直すことができます。
単に土に挿すだけでも根付くほどトマトの生命力は強いですが、以下の手順を踏むと確実性が増します。
長さ10cm〜15cm程度で、茎が太く、葉色が濃い健全なわき芽を選びます。病気の兆候があるものは避けてください。
切り口を鋭利な刃物で斜めに切り直し、コップの水に1〜2時間挿して水を吸わせます。数日間水に浸けておくと、白い根(不定根)が発根してきます。これを確認してから土に植えると失敗しません。
肥料分の少ない清潔な「種まき用培養土」や「赤玉土(小粒)」に挿します。肥料が多いと切り口が腐る原因になります。直射日光の当たらない明るい日陰で管理し、土を乾燥させないようにします。
1週間〜10日ほどでしっかりと発根します。その後は通常の苗と同じようにポット上げし、肥料を与えて育てます。
この方法はナスやキュウリでも理論上は可能ですが、トマトに比べて発根に時間がかかり、成功率はやや劣ります。まずはトマトで試してみることを強くお勧めします。廃棄していた「ゴミ」が「資産」に変わる瞬間を体験してください。
TSUCHILL:ミニトマトの脇芽を挿し木にして苗を増やす具体的な手順と裏技が紹介されています。
参考)ミニトマトを無限に増やす!脇芽挿し木で苗を増やす裏ワザ
最後に、わき芽かきを深く理解するために、植物ホルモンと生理障害の観点からその重要性を掘り下げます。ここは他の栽培マニュアルではあまり触れられない、専門的な領域です。
植物の成長は、主に「オーキシン」と「サイトカイニン」という2つの植物ホルモンのバランスで制御されています。
頂芽(主枝の先端)をピンチ(摘芯)したり、生育環境が変化したりすると、このホルモンバランスが変わり、わき芽が一気に動き出します。わき芽かきを行うことは、人為的にオーキシン優位の状態を維持し、主枝の成長を止めないようにする(あるいは意図的に止めて側枝を伸ばす)高度なホルモン管理術なのです。
トマト栽培で悩まされる「尻腐れ病(尻腐れ果)」は、カルシウム欠乏が原因です。カルシウムは植物体内での移動が非常に遅い栄養素であり、主に水の吸い上げ(蒸散流)に乗って移動します。
わき芽が過剰に茂っていると、蒸散がわき芽の葉で活発に行われ、カルシウムがそちらに奪われてしまいます。その結果、肝心の果実(特に先端部)にカルシウムが届かず、細胞壁が崩壊して黒く腐ってしまうのです。
適切にわき芽かきを行い、葉の量を調整することは、カルシウムを果実に届けるための配管整理のような意味合いも持っています。
肥料(特に窒素)が効きすぎると、茎が異常に太くなり、窓が開いたようになる「異常茎(通称:メガネ、窓あき)」が発生することがあります。この場合、あえてわき芽をかかずに少し伸ばすという対処法があります。伸びるわき芽に余分な窒素を消費させ、株全体の勢い(樹勢)を落ち着かせるためです。
「わき芽かきは絶対正義」ではなく、株の状態(樹勢)を診断し、「今は少し残して暴れさせよう」といった判断ができるようになれば、あなたはもう熟練農家の仲間入りです。
このように、わき芽かきは単なる作業ではなく、植物との対話そのものです。今日から圃場に出る際は、ぜひ「ホルモンバランス」や「栄養の分配」をイメージしながら、わき芽に触れてみてください。

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