農作業において、古い果樹の植え替えや、防風林の整備、あるいは畑の拡張などで避けて通れないのが「抜根(ばっこん)」作業です。鍬(くわ)やスコップを使って手作業で根を掘り起こすのは、腰への負担が計り知れず、若手農家でさえも数日は身体の痛みに悩まされるほどの重労働です。そこで導入を検討したいのが「電動の根切り道具」ですが、結論から申し上げますと、農作業現場における根切りには「充電式レシプロソー(セーバーソー)」が最強かつ唯一の選択肢と言っても過言ではありません。
多くの人が最初に思い浮かべる電動切断工具は「チェーンソー」かもしれません。しかし、土が混じった根を切る作業において、チェーンソーは「自殺行為」に近い選択です。チェーンソーの刃(ソーチェーン)は、土や砂利を噛み込むと一瞬で切れ味がなくなります。これは、土に含まれるシリカなどの硬い成分が刃先を摩耗させてしまうためです。一度土を切ってしまえば、その後の目立て(研ぎ直し)に多大な時間を要し、作業効率は著しく低下します。また、足場が不安定な土の上でのチェーンソー操作は、キックバック(刃が弾かれる現象)のリスクが高く、大怪我につながる危険性も高まります。
一方で、レシプロソーは「ノコギリの刃を電動で前後させる」というシンプルな構造をしています。この構造上の利点として、以下の点が挙げられます。
実際に多くのプロ農家や造園業者が、チェーンソーではなくレシプロソーを「根切り専用機」として導入しており、その圧倒的な利便性は現場で証明されています。特に電源の確保が難しい圃場(ほじょう)においては、バッテリーの進化によりエンジン式に匹敵するパワーを持った充電式モデルが主流となっています。
参考リンク:プロが教えるレシプロソーとチェーンソーの使い分けと替刃の基礎知識(アクトツール)
根切り作業に使用するレシプロソーを選ぶ際、ホームセンターで安売りされているDIY用モデルを購入してしまうと、パワー不足で使い物にならないことがよくあります。土中の根は水分を含んで重く、周囲の土圧もかかっているため、切断には想像以上のトルク(回転力)が必要です。失敗しない選び方のポイントは、「電圧」「ストローク長」「防塵防滴性能」の3点に集約されます。
まず「電圧」ですが、農作業でのハードな使用を想定するなら、最低でも18V、できれば36V(40Vmax)クラスの製品を選んでください。10.8Vや14.4Vの軽量モデルは、細い枝払いには便利ですが、直径10cmを超えるような太い根や、粘土質の土に埋まった根を切ろうとすると、モーターが焼き付くか、安全装置が働いてすぐに停止してしまいます。マキタの「40Vmax」シリーズや、HiKOKI(ハイコーキ)の「マルチボルト36V」シリーズであれば、エンジンのような粘り強さがあり、負荷がかかっても止まりにくいです。
次に重要なのが「ストローク長」です。これは刃が前後する幅のことですが、根切りには30mm以上のロングストロークを持つモデルが推奨されます。ストロークが長いと、一度の動きで排出できる切り屑(おがくず)の量が増えます。湿った根を切る場合、切り屑が切断面に詰まって摩擦熱が発生しやすいため、排出能力の高いロングストローク機の方が、結果的に早く、楽に切断できます。
メーカー別の特徴を比較すると以下のようになります。
重量バランスも大切です。片手で保持して、もう片方の手で根を引っ張りながら切るシーンも多いため、「ループハンドル」形状の機種よりも、しっかりと両手で保持できる標準的な形状の方が、土に押し付けて切る作業には向いています。
参考リンク:マキタ公式サイト - 充電式レシプロソー製品一覧と防塵防滴機能APTについて
本体と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが「替刃(ブレード)」の選択です。レシプロソー本体に付属している「木工用ブレード」をそのまま土中の根切りに使っていませんか?それは大きな間違いです。標準的な木工刃は、綺麗な乾燥木材を切るために設計されており、刃のピッチ(間隔)が細かく、土や泥がつくとすぐに目詰まりを起こします。また、釘や石に当たると一発で刃が欠けてしまいます。
根切り作業において最強のパフォーマンスを発揮するのは、「解体用」または「生木剪定用」として販売されている替刃です。その中でも、農家や造園業者の間で「神ブレード」として絶大な信頼を得ているのが、岡田金属工業所の「ゼットソーレシプロ 枝切り用」シリーズです。
生木(水分を含んだ木)を切ることに特化しており、刃のピッチが3.0mmと粗いため、切り屑が詰まりにくい構造になっています。刃先には焼入れ処理が施されており、多少の土砂を含んだ根を切っても切れ味が持続します。長さは210mmが最も使いやすく、太い根には300mmタイプも選べます。
こちらはさらにタフです。家屋の解体現場で、木材の中にある釘やビスごと切断することを想定して作られている「バイメタル構造」の刃です。根の周りにある小石を巻き込んでも刃が折れにくく、圧倒的な耐久性を誇ります。多少切れ味は落ちますが、荒っぽい作業にはこちらが向いています。
予算が許すなら、ボッシュの「超硬ブレード」も検討してください。刃先に超硬チップが溶接されており、鋳鉄管すら切れる強度があります。土中の石に当たってもビクともせず、通常のバイメタル刃の10倍以上の寿命を持つこともあります。
選び方のコツとして、「刃の山数(TPI)が少ないもの」を選んでください。TPIが小さい(6~8山程度)ほど、刃のギザギザが大きく、泥を掻き出す力が強くなります。逆に金属用などの細かい刃(14山以上)を使うと、泥が詰まって摩擦熱を持ち、すぐに切れなくなってしまいます。
参考リンク:ゼットソーレシプロシリーズ - 用途別替刃の選び方と耐久性データ
レシプロソーは頑丈な工具ですが、農作業での使用、特に「土や泥」が相手となる根切り作業は、メーカーが想定する使用環境の中で最も過酷な部類に入ります。故障原因の9割は、「チャック(刃の固定部分)への泥詰まり」と「モーター内部への粉塵侵入」です。高価な道具を長く使い続けるために、農家だけが実践している独自のメンテナンス術と裏技を紹介します。
1. グリスではなく「ドライファストルブ」を使う
通常、金属の摺動部にはグリスを塗りますが、土を扱う根切り作業ではグリスは厳禁です。粘度の高いグリスは、土や砂を吸着して「研磨剤」のような状態になり、逆に部品を摩耗させてしまいます。プロは、使用後にパーツクリーナーで完全に汚れと油分を洗い流した後、「PTFE(フッ素)配合のドライ潤滑スプレー(ドライファストルブ)」を使用します。これは乾くとサラサラになるため、土埃が付着しにくく、スムーズな動きを維持できます。
2. 廃材カーペットで「簡易防塵カバー」を自作する
レシプロソーの前方、シュー(金具)の隙間から本体内部に泥が入るのを防ぐため、使い古したカーペットや厚手のデニム生地を小さく切り、刃を通す穴を開けて、シューと本体の間に挟み込む(あるいはタイラップで固定する)という裏技があります。これだけで、内部への土の侵入量は激減します。ただし、排熱口を塞がないように注意が必要です。
3. トラクターのロータリー掃除にも活用する
これは「根切り」とは少し違いますが、電動レシプロソーを持っている農家ならではの「時短テクニック」です。トラクターや管理機で耕耘(こううん)していると、ロータリーの軸に長い草や葛(くず)の根がガチガチに巻き付くことがあります。カマで手作業で取るのは大変ですが、レシプロソーを使えば、絡まった根の塊ごと「縦に一刀両断」できます。巻き付いた層を断ち切れば、あとは手でポロリと外すだけ。この作業のためだけにレシプロソーをトラクターに積んでいる農家もいるほどです。
4. 掘削作業用のアタッチメント
実は、レシプロソーには「スクレーパー」や「スコップ」のような形状をしたアタッチメントも存在します(マキタ純正やサードパーティ製)。これらを活用すれば、根を切る前の「土掘り」自体も電動化できます。固い粘土質の土を電動パワーで掘り崩し、根が見えたらノコギリ刃に付け替えて切断する。この「二刀流」こそが、最も効率的な抜根スタイルです。
参考リンク:電動工具の寿命を延ばすメンテナンス - 防塵対策と正しい清掃方法
最後に、電動根切り道具(レシプロソー)のポテンシャルを最大限に引き出す、効率的な抜根作業の具体的なステップを解説します。やみくもに刃を土に突き刺すだけでは、刃を無駄に消耗させるだけです。
STEP 1:四角く掘る(スクエアカット)
まず、対象の切り株や根の周りを、円形ではなく「四角形」に掘っていきます。スコップで四方の土をある程度取り除き、根を露出させます。円形に掘るよりも四角く掘る方が、スコップの刃が入りやすく、足場も確保しやすいため効率が良いです。この段階で、レシプロソーにスクレーパー刃をつけて土を崩すのも有効です。
STEP 2:見えた側根(そっこん)から切る
いきなり太い直根(真下の根)を狙ってはいけません。まずは露出した横に伸びる根(側根)をレシプロソーで切断していきます。この時、「刃を根の下側から入れる」というテクニックがあります。上から切ると、重力で木が沈み込み、刃が挟まって動かなくなることがあります。下から、あるいは横から刃を入れることで、スムーズな切断が可能になります。
STEP 3:テコの原理と「プランジカット」
周囲の根を切ったら、切り株を揺らして動きを見ます。まだ繋がっている深い根があるはずです。ここでレシプロソーの真骨頂である「プランジカット(突き切り)」を使います。刃の先端を土に斜めに突き刺し、そのまま地面の中で刃を動かして、見えない地中の根を切断します。チェーンソーでは絶対にできない芸当です。
ある程度切れたら、長い鉄棒(バール)やスコップを株の下に差し込み、テコの原理で持ち上げながら、テンションがかかってピンと張った根をレシプロソーで狙い撃ちします。張っている根は、刃を当てると弾けるように簡単に切れます。
STEP 4:洗浄と乾燥
作業が終わったら、必ずその日のうちにメンテナンスを行います。特に重要なのが「チャック部分の泥落とし」です。水道水でブラシ洗いしても良いですが(防水モデルの場合)、その後すぐにエアダスターで水分を吹き飛ばし、先述のドライスプレーを塗布してください。濡れたまま放置すると、翌日には錆びて刃が交換できなくなります。
このように、電動の根切り道具は単に「切る」だけでなく、土を掘り、障害物を除去する「多機能ツール」として活用することで、農作業の負担を劇的に減らすことができます。高価な重機をリースする前に、まずは一台のレシプロソーと適切な替刃への投資を検討してみてください。そのコストパフォーマンスの高さに、きっと驚くはずです。
参考リンク:抜根のプロが教える、道具を使った効率的な切り株除去の手順とコツ

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