発病後の農薬散布では効果が半減します。
菌核病は糸状菌(カビ)の一種であるスクレロチニア・スクレロチオラム(Sclerotinia sclerotiorum)が主な病原菌となる植物病害です。この病原菌は土壌中で菌核という黒い塊を形成し、2~3年もの長期間生存することができます。つまり一度発生した圃場では、翌年以降も継続的な対策が必要になるということですね。
菌核は春や秋の適温期(15~20℃)になると発芽し、子のう盤という器官を形成します。この子のう盤から大量の胞子が放出され、風に乗って周辺の作物に付着します。1つの子のう盤から1,000万個以上の胞子が形成されるとされており、伝染力の強さが分かります。付着した胞子は適度な湿度があると発芽し、傷口や花弁などから植物内部へ侵入していきます。
発病すると茎の地際部や枝分かれ部分に水浸状の病斑が現れ、やがて白い綿状の菌糸に覆われます。病斑部分には悪臭はありませんが、進行すると茎葉全体が軟化・腐敗し、最終的には枯死に至ります。病斑上には再び黒いネズミの糞のような菌核が形成され、これが土壌に落ちて次の伝染源となる悪循環が生まれます。
菌核病が厄介なのは、キャベツ・レタスなどの葉菜類、きゅうり・トマト・ナスなどの果菜類、大豆・いんげんなどの豆類、ネギ類、さらには果樹や花きまで、64科361種以上の作物に感染する多犯性の病害である点です。
どの作物を栽培していても油断できません。
降雨が続く多湿条件下では特に発生しやすく、3~5月または9~11月の比較的冷涼な時期に多発します。暖冬の年には1~2月から発生することもあり、気象条件によって発生時期が変動する点にも注意が必要です。
菌核病の詳しい症状と発生条件についてはBASFのminorasu記事で写真付きで解説されています
菌核病防除に使用される農薬には、作用機構(FRAC コード)によっていくつかの系統に分類されます。効果的な防除のためには、この系統の違いを理解することが重要です。なぜなら同じ系統の農薬を連続使用すると耐性菌が発生し、防除効果が低下してしまうからです。
代表的な系統として、まずベンゾイミダゾール系(FRAC 1)が挙げられます。トップジンM水和剤やベンレート水和剤がこの系統に属し、予防効果と治療効果を併せ持つ基幹防除剤として長年使用されてきました。しかし耐性菌が発生しやすい系統でもあるため、現在では他系統との組み合わせが推奨されています。注意したいのは、ベンレートとトップジンMは同じ系統なので、この2つを交互に使っても耐性菌対策にはならないということです。
SDHI系(FRAC 7)の農薬も菌核病に高い効果を示します。パレード20フロアブル、アフェットフロアブルなどがこの系統に属し、約30日間という長い残効性と優れた耐雨性が特徴です。予防効果が中心ですが、育苗期のトレイ灌注処理により本圃での防除回数を減らせる利点もあります。
ストロビルリン系(FRAC 11)のアミスター20フロアブルやスクレアフロアブルは、菌核病だけでなく灰色かび病やべと病との同時防除が可能です。特にスクレアフロアブルは他のストロビルリン系と異なり菌核病に対する活性が優れているとされています。開花から莢肥大期が散布適期で、葉内の限定的な浸透移行性により治療効果も期待できます。
ジカルボキシイミド系(FRAC 2)のロブラール水和剤、スミレックス水和剤も選択肢の一つですが、この系統も耐性菌が発生しやすいため注意が必要です。一方、混合剤のシグナムWDGはフルジオキソニル(FRAC 12)とボスカリド(FRAC 7)の2成分を含み、既存薬剤の耐性菌にも有効とされています。
複数の系統を用意し、定期的にローテーションで使用することが耐性菌対策の基本です。
菌核病防除において最も重要なのは、散布タイミングです。発病してから農薬を散布しても十分な効果は期待できません。特に多発圃場では発病後散布では防除が困難になります。したがって発病前からの予防的散布が防除の基本となります。
キャベツやレタスなど結球性の葉菜類では、結球開始期が最初の重要な散布タイミングです。結球が始まると株の内部は湿度が高くなり、菌核病が発生しやすい環境になります。結球開始期に1回目の散布を行い、その後30日後を目安に2回目の散布を実施するのが標準的な体系です。結球後に防除しても内部に侵入した病原菌には効果が及びにくいため、結球開始前の予防が決定的に重要になります。
子のう胞子の飛散時期を狙った散布も効果的です。和歌山県の研究では、春キャベツの場合、子のう胞子の飛散期間は10月中下旬~12月上中旬と3月上旬~5月下旬の2つの時期があることが分かっています。この時期にカンタスドライフロアブル、シグナムWDG、ファンタジスタ顆粒水和剤などを散布すると高い防除効果が認められました。11月、12月、3月の防除が特に効果的です。
降雨後は病原菌の活動が活発になるため、薬剤散布の重要なタイミングです。雨が降りそうな場合は、降雨前に予防散布することで病原菌の侵入を防ぐことができます。雨で流されてしまうことを心配して雨後に散布する方もいますが、病気予防の観点からは雨の前に殺菌剤で作物を保護する方が効果的です。ただし台風など強い風雨の後は、作物に傷がつき感染しやすくなっているため、速やかに薬剤散布を行いましょう。
散布回数は作物の生育期間や発病リスクによって調整します。発病リスクの高い圃場(前年発生があった、連作圃場など)では、結球開始期、その30日後、さらに収穫30日前など、複数回の散布が必要になります。一方で発病リスクの低い圃場では、必須防除適期の1回で済む場合もあります。ほ場の発病ポテンシャルに応じた防除レベルの設定が、過剰な農薬使用を避けつつ効果的に防除するポイントです。
同じ農薬を連続して使用すると、その薬剤に強い性質を持った耐性菌が生き残り、やがて圃場内で優勢になってしまいます。
これが耐性菌の発生メカニズムです。
一度耐性菌が発生すると、その系統の農薬全体が効かなくなる「交差耐性」が問題になります。例えばベンレート水和剤で耐性菌が発生すると、同じベンゾイミダゾール系のトップジンM水和剤も効果が低下してしまうのです。
耐性菌を発生させないための基本原則は、異なる系統の農薬をローテーションで使用することです。各農薬のラベルや説明書にはFRACコード(殺菌剤作用機構分類)が記載されており、このコードが異なる薬剤を選ぶことで作用機構の違う防除が可能になります。つまり同じFRACコードの薬剤は交互に使っても意味がないということですね。
具体的なローテーション例としては、1回目にベンゾイミダゾール系(FRAC 1)のトップジンM水和剤、2回目にSDHI系(FRAC 7)のアフェットフロアブル、3回目にストロビルリン系(FRAC 11)のアミスター20といった組み合わせが考えられます。3つ以上の異なる系統を用意しておくと、より安全なローテーションが組めます。
耐性菌が発生しやすい条件として、①同一系統の連続使用、②散布濃度や散布量が不適切(薄すぎる、少なすぎる)、③散布ムラがあるなどが挙げられます。ラベルに記載された登録濃度・散布量をしっかり守り、株元まで丁寧に散布することで、中途半端な濃度で生き残る菌を減らせます。ムラがあると一部の菌だけが低濃度の薬剤にさらされ、耐性を獲得しやすくなります。
混合剤の利用も耐性菌対策として有効です。シグナムWDGのように異なる系統の成分を2つ配合した薬剤は、片方の成分に耐性を持った菌でももう片方の成分で防除できる可能性があります。ただし混合剤だけに頼ると、両方の成分に対する耐性菌が発生するリスクもあるため、混合剤と単剤を組み合わせたローテーションが推奨されます。
すでに耐性菌が発生してしまった圃場では、これまで使っていた系統とは全く異なる作用機構の薬剤に切り替える必要があります。例えばベンゾイミダゾール系で効果が低下した場合は、SDHI系やストロビルリン系、あるいは耐性菌が出にくいICボルドーなどの銅剤への切り替えを検討します。銅剤は耐性菌が発生しにくい特徴がありますが、作物によっては薬害のリスクもあるため、使用前にラベルで適用を確認しましょう。
農薬だけに頼らず、栽培管理による耕種的防除を組み合わせることで、より持続的な菌核病対策が可能になります。化学農薬の使用回数を減らせるだけでなく、耐性菌発生のリスクも軽減できるメリットがあります。
最も効果的な耕種的防除は水稲との輪作です。土壌中の菌核は乾燥状態では数年間生存しますが、湛水条件では死滅します。20℃以上の水温で20日間以上湛水すると菌核の殺滅効果が得られることが研究で明らかになっています。ただし低温期に実施する場合は処理期間を延ばす必要があり、平均地温15℃では28日間以上、10℃では56日間以上の湛水が必要です。夏期高温時(7月中旬~8月)に10~20日間の湛水処理を行うのがベストタイミングです。
湛水が難しい畑作地帯では、太陽熱消毒が有効な代替手段になります。梅雨明けの暑い時期に圃場へたっぷり灌水し、透明マルチフィルム(厚さ0.03mm以上)で被覆して30日ほど密閉します。太陽熱で地温を55℃以上に上昇させることで、土壌中の菌核や病原菌を死滅させる方法です。施設栽培ではハウスを密閉しての太陽熱消毒も効果的です。処理後は十分にガス抜きを行い、20日以上経ってから作付けします。
深耕と天地返しも簡便な対策として推奨されます。菌核は10cm以上の深さに埋め込まれると死滅することが知られています。前作で菌核病が発生した圃場では、収穫後の残渣をできる限り除去した後、深く耕起して地表の菌核を土中深くに埋め込みます。
深さ30cm程度の深耕が理想的です。
反転耕により表層と下層の土を入れ替える天地返しも、菌核を深層に埋める効果があります。
連作を避けることも重要な対策です。前年に菌核病が多発した圃場での同じ作物の連作は避け、イネ科作物や菌核病にかかりにくい作物を導入します。ただし菌核病は多犯性なので、アブラナ科野菜からレタス、インゲンなど菌核病が発生しやすい作物同士の輪作では効果が限定的です。カラシナなどの輪作は菌核の減少を促進する効果があるとの報告もあります。
排水対策と適切な株間確保により、圃場の多湿を防ぐことも予防につながります。畝を高くする、明渠や暗渠を設置する、密植を避けて風通しを良くするなどの管理で、菌核病が発生しにくい環境を作れます。結球期の無理な土寄せは株元の風通しを悪くするため控えましょう。施設栽培では換気を十分に行い、全面マルチを張ることで胞子の飛散を抑制できます。
圃場で菌核病の発生を確認したら、すぐに初動対応を取ることが被害拡大を防ぐ鍵になります。まず発病株はできるだけ早く抜き取り、圃場外へ持ち出して処分します。この際、黒い菌核が形成される前に除去することが極めて重要です。菌核が形成され土壌に落ちてしまうと、その後2~3年間も伝染源として残り続けてしまうからです。
除去した病株の処分方法にも注意が必要です。圃場の隅や周辺に放置すると、そこから胞子が飛散して周辺の健全株に感染が広がります。必ずビニール袋で密封してから圃場外へ持ち出し、適切に処分しましょう。大量の病株が出た場合は、焼却処分または深く埋設することで確実に伝染源を断つことができます。
袋に入れて密封するだけで拡散を防げます。
広範囲に発病が広がってしまった場合は、治療効果のある農薬の速やかな散布が必要です。ベンレート水和剤は予防効果に加えて浸透移行性による治療効果も持っているため、発病初期の処理に適しています。散布の際は株の地際部分や下葉の裏側など、病原菌が侵入しやすい部位まで薬液が十分かかるよう丁寧に散布します。散布ムラがあると防除効果が低下するだけでなく、耐性菌発生のリスクも高まります。
ただし発病が進行して茎全体が軟化・腐敗している株については、農薬での回復は困難です。このような株は速やかに除去し、周辺の健全株への感染拡大を防ぐことに注力しましょう。治療効果があるといっても限界があるということです。
収穫終了後の残渣処理も次作の発病を防ぐために重要です。茎葉や根に形成された菌核が土壌に残らないよう、収穫後は速やかに残渣を圃場外へ持ち出します。マルチや支柱なども病原菌が付着している可能性があるため、次作で使い回さず新しいものに交換するか、消毒してから使用します。残渣を圃場にすき込む場合は、その後の湛水処理や太陽熱消毒とセットで行うことで菌核を死滅させられます。
発病リスクが高まる気象条件(長雨、多湿、適温期)では、予防的な追加散布を検討します。天気予報を確認し、降雨が続きそうな場合は前もって予防散布することで、発病を未然に防げる可能性が高まります。
発病後の対処よりも予防が何倍も効果的です。
隣接圃場での発生情報にも注意を払いましょう。菌核病の胞子は風で数百メートル以上飛散することもあるため、近隣で発生が確認されたら自分の圃場でも予防散布を強化する必要があります。地域全体での情報共有と協調防除が、地域全体の被害を減らすことにつながります。