同じベンゾイミダゾール系剤を年3回以上使うと耐性菌が急増します。
ベンゾイミダゾール系殺菌剤は、ベンゼン環とイミダゾール環が結合した複素環式化合物を有効成分とする農薬です。代表的な成分としてチオファネートメチルやベノミルがあり、商品名ではトップジンMやベンレートとして広く流通しています。これらの薬剤は病原菌の細胞分裂に関与するβ-チューブリンという蛋白質に結合し、有糸分裂を阻害することで殺菌活性を示します。
この系統の殺菌剤は、水稲のいもち病や紋枯病、果樹の黒星病や灰星病、野菜類の灰色かび病や炭疽病など、約90作物180病害という幅広い適用範囲を持っています。
特筆すべきは高い浸透移行性です。
薬剤が植物体内に浸透して移行するため、葉の表面だけでなく植物体内部に侵入した病原菌に対しても効果を発揮します。発病初期の治療効果と予防効果の両方を兼ね備えている点が大きな特徴といえます。
速効性と残効性にも優れているため、基幹防除剤として使用されることが多い殺菌剤です。低濃度でも高い効果があるため経済的でもあります。収穫前日まで使用できる作物も多く、運用の自由度が高いことも農家にとって使い勝手の良さにつながっています。
ただし浸透移行性があるといっても、殺虫剤のような強力な移行性ではありません。葉の組織内に浸透する程度の移行性であり、植物全体に行きわたるわけではない点は理解しておく必要があります。
トップジンMは日本曹達株式会社が製造販売するチオファネートメチル40%を含む水和剤です。いもち病、紋枯病、灰色かび病、炭疽病、黒星病など多様な病害に登録があり、水稲では空中散布にも使用できます。希釈倍率は一般的に1000倍から1500倍で、作物や病害によって調整します。収穫14日前まで使用可能な作物が多く、年間使用回数は3回から5回程度に制限されています。
ベンレート水和剤は住友化学株式会社が製造するベノミル50%を有効成分とする殺菌剤です。こちらも浸透移行性が高く、発病初期の治療効果と予防効果の両方を持っています。キュウリ、トマト、ナスなどの果菜類から葉菜類、花き類まで幅広い適用があります。散布だけでなく灌注処理や苗根浸漬にも使えるため、育苗期の病害防除にも重宝されています。
これらの製品は汎用性が高い反面、使用方法を誤ると後述する耐性菌の問題が発生します。特に灰色かび病では1974年に高知県で初めてベンゾイミダゾール系薬剤耐性菌が発見されて以降、全国的に耐性菌が広がっています。リンゴ褐斑病やナシ黒星病、茶の炭疽病などでも耐性菌の発生が報告されており、現在も高率で耐性菌が残存している地域があるのが実情です。
効果が高く使いやすい薬剤だからこそ、使用回数や使用方法に注意を払う必要があります。ラベルに記載された使用基準を守ることが、長期的に効果を維持するための基本です。
ベンゾイミダゾール系殺菌剤は耐性菌が発生しやすい高リスク薬剤に分類されています。耐性菌が出現する理由は、病原菌の薬剤作用点であるβ-チューブリン遺伝子に点変異(一塩基置換)が起こるだけで耐性を獲得できるためです。この変異は比較的容易に発生し、一度発生した耐性菌は同じ系統の薬剤を使い続けることで圃場内で急速に増殖します。
施設栽培における灰色かび病の調査では、ベンゾイミダゾール系薬剤耐性菌がほとんどの圃場で発生初期から高率に検出され、後期まで高い耐性菌率で推移したという報告があります。つまり一度耐性菌が優占するようになると、その後も長期間にわたって高率で残存し続けるということです。実際、北海道のテンサイ褐斑病では使用回数を年間1回に削減して9年が経過しても、県内各地に耐性菌が存在し続けているというデータがあります。
耐性菌が発生すると、それまで効いていた薬剤が全く効かなくなります。散布しても病害が広がり続け、収量や品質に大きな損失をもたらします。「いくら薬剤散布しても防除できない」という状況に陥ってしまうのです。
この耐性菌問題を回避するには、同じ系統の薬剤を連続使用しないことが絶対条件です。年間の使用回数を制限し、異なる作用機構を持つ殺菌剤とローテーション散布することで、耐性菌の選抜圧を下げることができます。
ローテーション散布とは、作用系統の異なる複数の殺菌剤を輪番で使用する防除方法です。同じ系統の薬剤を連続で使わないことで、特定の薬剤に対する耐性菌の出現と増殖を抑制できます。ベンゾイミダゾール系殺菌剤を使用する際は、DMI剤(エルゴステロール生合成阻害剤)、QoI剤(ストロビルリン系)、保護殺菌剤(銅剤やマンゼブ剤)など、異なる作用機構を持つ薬剤と組み合わせます。
具体的な使用回数の目安として、ベンゾイミダゾール系殺菌剤は年間2回から3回程度に抑えることが推奨されています。作物によっては年5回や6回まで登録がある場合もありますが、耐性菌対策の観点からは使用回数を最小限にとどめるべきです。特に治療効果を持つ浸透移行性の薬剤は耐性菌がつきやすいため、予防剤と併用しながら使用回数を極力減らすのが効果的な使い方といえます。
月に4回散布するならば3回は予防薬で、治療薬は月に1回から2回程度という配分が理想的です。春の終わりや秋の18℃から25℃くらいが病気の発病・進行しやすい温度帯なので、この時期は特に予防的な散布を心がけ、発病してしまった場合にのみ治療効果のあるベンゾイミダゾール系を使うという考え方が重要になります。
散布のタイミングも効果に影響します。雨の前に殺菌剤を散布することで、雨を契機として活動を始める病原菌から作物を保護できます。散布後は最低2時間から3時間の乾燥時間を確保し、薬剤が植物体に定着してから雨に当たるようにするのが理想的です。
ベンゾイミダゾール系殺菌剤の耐性菌が既に発生している圃場では、ジエトフェンカルブという成分が有効です。ジエトフェンカルブはベンゾイミダゾール系薬剤と「負の相関交差耐性」という特殊な関係にあります。負の交差耐性とは、ある薬剤への耐性が発達するに伴って、それとは逆に特定の薬剤に対する感受性が高まる現象を指します。
つまりベンゾイミダゾール系殺菌剤が効かなくなった耐性菌に対して、ジエトフェンカルブは逆に高い効果を発揮するのです。これは耐性菌の変異したβ-チューブリンにジエトフェンカルブが特異的に親和性を持つためと考えられています。ゲッター水和剤やパスワード顆粒水和剤など、チオファネートメチルとジエトフェンカルブの混合剤が市販されており、ベンゾイミダゾール系耐性菌発生園でも高い防除効果を示します。
ただし負の交差耐性を過信してはいけません。近年の調査では、ベンゾイミダゾール系薬剤とジエトフェンカルブの両方に耐性を示す菌株(RRR菌)の発生も報告されています。混合剤を使い続けることで、新たな多剤耐性菌が出現するリスクがあるということです。
負の交差耐性剤も含めて、複数の系統の薬剤を計画的にローテーションすることが、持続可能な病害防除の基本になります。耐性菌が発生してから対処するのではなく、発生させない使い方を心がけることが何よりも重要です。
KINCHO園芸の殺菌剤ローテーション散布ガイドでは、具体的なローテーション例と薬剤の系統分類について詳しく解説されています。
農林水産省の耐性菌対策ガイドラインには、各薬剤系統の耐性菌発生リスクと推奨される使用方法がまとめられており、防除計画を立てる際の参考になります。