
ぶどう栽培において最も警戒すべき病害の一つが「べと病」です。この病気は糸状菌(カビの一種)によって引き起こされ、一度発生すると瞬く間に広がり、収量や品質に深刻なダメージを与えます。被害を最小限に食い止めるためには、初期症状を見逃さず、迅速に対応することが何よりも重要です。
べと病の最も分かりやすい初期症状は、葉に現れる淡い黄色の斑点です。これは「オイルスポット」とも呼ばれ、まるで油が染みたように見えることから名付けられました。この斑点は、最初は小さく不明瞭ですが、次第に拡大し、輪郭がはっきりしてきます。病状が進行すると、葉の裏側を注意深く観察すると、白いカビ(胞子)が霜のようにびっしりと生えているのが確認できます。これがべと病の最大の特徴です。この白いカビは、新たな感染源となり、雨や風によって周囲の葉や他の樹へと飛散していきます。
べと病は葉だけでなく、果実や新梢(新しい枝)にも感染します。
べと病菌は、落ち葉の中で「卵胞子」という形で越冬します。そして春になり、雨が降ると活動を開始します。べと病の発生には、気温と湿度が大きく関係しています。
感染から発病までの潜伏期間は、気象条件にもよりますが、おおよそ7~10日と比較的短いのが特徴です 。そのため、雨が降った後、一週間から10日後にはオイルスポットが現れる可能性を常に意識し、圃場の見回りを徹底することが早期発見に繋がります。
ぶどうのべと病対策において、農薬による防除は非常に重要です。しかし、ただやみくもに散布するだけでは十分な効果は得られません。農薬には様々な種類があり、それぞれに得意な役割(予防・治療)や作用の仕組みが異なります。これらを理解し、適切な場面で使い分けることが、効果的な防除の鍵となります。
べと病用の農薬は、大きく「保護殺菌剤(予防薬)」と「治療殺菌剤(治療薬)」に分けられます 。
農薬を選ぶ際には、製品名だけでなく、「有効成分」と、その作用機構を示す「FRACコード」を確認することが極めて重要です。同じ系統の薬剤を連続して使用すると、耐性菌が発生しやすくなるためです。
| FRACコード | 系統名 | 主な有効成分 | 代表的な農薬名 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| M1, M3 | 多作用点阻害剤 | 銅、マンゼブ | ICボルドー66D 、ジマンダイセン水和剤 | 予防効果が主体。耐性菌が出にくい。 |
| 4 | フェニルアミド系 | メタラキシルM | リドミルゴールドMZ | 高い治療効果と浸透移行性を持つが、耐性菌が出やすい。 |
| 11 | QoI剤(ストロビルリン系) | アゾキシストロビン | アミスター10フロアブル | 予防・治療効果を併せ持つが、耐性菌に注意が必要。 |
| 40, 45 | CAA系 | ジメトモルホ、オキサチアピプロリン | ホクコーフェスティバルC、ゾーベックエニベル™ | べと病菌に高い効果を示す。耐性菌管理が重要。 |
| P07 | ホスホネート系 | ホセチル | アリエッティC水和剤 | 上下両方向への浸透移行性があり、植物の抵抗力を誘導する効果も。 |
初心者はまず、耐性菌のリスクが低い保護殺菌剤(FRACコードがMのもの)を基本とし、発生が確認された場合や、特に発生が懸念される時期に、異なるFRACコードを持つ治療効果のある薬剤を組み合わせていくのが良いでしょう。
せっかく効果の高い農薬を選んでも、散布の仕方が悪ければ効果は半減してしまいます。農薬の効果を100%引き出すためには、散布のタイミング、方法、そして天候など、いくつかの重要なコツがあります。
べと病菌は、雨水によって飛散し、葉が濡れている間に感染します。そのため、最も効果的な散布タイミングは「降雨前」です。事前に保護殺菌剤を葉に付着させておくことで、菌の侵入を未然に防ぐことができます 。天気予報をこまめにチェックし、計画的に予防散布を行うことが防除の基本です。展葉が5〜6枚の頃から梅雨明け、そして秋雨の時期までは、10日以内の間隔で定期的に散布を続けることが理想的です 。
これらの基本的なポイントを押さえるだけで、農薬の効果は格段に向上します。一つ一つの作業を丁寧に行うことが、べと病から大切なぶどうを守ることに繋がります。
べと病との戦いは、時に「いたちごっこ」になることがあります。その最大の原因が「薬剤耐性菌」の出現です。特定の農薬が効きにくくなった、あるいは全く効かなくなったという経験はありませんか?それは、べと病菌がその農薬に対して耐性を獲得してしまった結果かもしれません。
薬剤耐性菌とは、特定の化学物質(農薬の有効成分)に対して抵抗力を持ち、その薬剤が存在する環境でも生き残ることができるようになった菌のことです。同じ系統(同じ作用機序)の農薬を連続して使用すると、その薬剤に強い性質を持つ菌だけが生き残り、子孫を増やしていきます。これを繰り返すうちに、圃場全体がその農薬の効かない耐性菌だらけになってしまうのです 。特に、リドミルゴールドMZなどに代表されるフェニルアミド系の薬剤は、高い治療効果を持つ一方で、耐性菌が発達しやすいことが知られています 。
耐性菌の発達を防ぐために最も有効な手段が「ローテーション散布」です。これは、作用機序の異なる複数の系統の農薬を、順番に(ローテーションで)使用していく防除方法です。
その際に指標となるのが、前述した「FRACコード」です 。
例えば、以下のようなローテーションが考えられます。
ローテーション散布の例
このように、異なる作用で菌を攻撃することで、特定の薬剤に強い菌だけが生き残るのを防ぎます。また、作用点が複数ある保護殺菌剤(FRACコードがMのもの)をローテーションに組み込むことで、耐性菌の発生リスクをさらに低減できます。ローテーション散布は、今使っている農薬の効果を未来にわたって維持するための、非常に重要な投資と言えるでしょう。
以下のリンクは、JA(農業協同組合)が作成した防除暦の一例です。具体的なローテーション計画を立てる上で非常に参考になります。
令和7年度 ぶどう病害虫防除暦 - JA長野県
べと病対策というと、すぐに農薬散布を思い浮かべますが、実は農薬だけに頼る防除には限界があります。安定したぶどう生産のためには、日々の栽培管理の中で病気が発生しにくい環境を整える「耕種的防除」が不可欠です。農薬の使用を減らすことにも繋がり、持続可能な農業を実践する上で非常に重要です。
耕種的防除とは、栽培方法を工夫することで病害虫の発生を抑制する技術のことです。べと病対策としては、以下の点が挙げられます 。
基本的な耕種的防除に加えて、以下のような少し意外なアプローチもべと病対策に有効とされています。
農薬による化学的防除と、日々の栽培管理である耕種的防除は、いわば車の両輪です。両方をバランス良く実践することで、より確実で持続可能なべと病対策が実現できるのです。

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