トップジンMとベンレートは同じ薬だと勘違いして散布しています。
ベンレート耐性菌とは、ベンレート水和剤(有効成分:ベノミル)に対して感受性が低下し、通常の使用濃度では防除効果が得られなくなった病原菌のことです。この現象は農業現場で深刻な問題となっています。
ベンレート水和剤はベンゾイミダゾール系の殺菌剤で、イネいもち病、灰色かび病、うどんこ病、炭疽病など多くの病害に効果を発揮します。浸透移行性があり、予防と治療の両方の効果を持つため、長年にわたって農家に愛用されてきました。しかし、その優れた効果ゆえに使用頻度が高くなり、結果として耐性菌の出現リスクが高まっています。
耐性菌が発生するメカニズムは、病原菌の突然変異と選択淘汰によるものです。圃場には元々、わずかながら薬剤に対する感受性が低い菌株が存在しています。同じ薬剤を繰り返し使用すると、感受性の高い菌株は死滅しますが、耐性を持つ菌株は生き残ります。つまり耐性菌だけが優先的に増殖する環境が作られてしまうということですね。
耐性菌の発生頻度は予想以上に高いのが実情です。例えば佐賀県の調査では、QoI剤耐性イネいもち病菌の検出圃場率が91.7%、耐性菌株率が94.8%に達した事例が報告されています。また、岡山県のブドウ晩腐病では一部圃場でベンレート耐性菌が発生していることが確認されています。
耐性菌が出現すると、これまで効果のあった薬剤が全く効かなくなります。農家は防除効果の低下に気づかず同じ薬剤を散布し続けてしまい、被害が拡大するケースが多いのです。
ベンレート耐性菌が発生する最大の原因は、同一系統の薬剤の連続使用です。ベンレート水和剤のFRACコード(殺菌剤の作用機構分類)は「1」で、これはMBC殺菌剤(メチルベンゾイミダゾールカルバメート)と呼ばれる系統に属します。
多くの農家が見落としがちなのが、商品名が違っても同じ系統の薬剤であるという点です。ベンレート水和剤とトップジンM水和剤は別の商品ですが、どちらもFRACコード1のベンゾイミダゾール系殺菌剤です。商品名を変えてローテーションしているつもりでも、実際には同じ系統の薬剤を連用していることになり、耐性菌対策としては全く意味がありません。
耐性菌の発生リスクは「中程度から高い」と評価されています。ベンレート水和剤は作用点が単一で特異的であるため、病原菌が比較的容易に耐性を獲得できる構造になっています。各種病害に対する防除効果が高いため使用頻度が高まり、その結果として効果が低下してきている事例が各地で認められています。
交差耐性も重要な問題です。ベンレート耐性菌はトップジンに対しても耐性を示すことが研究で明らかになっています。ムギ類赤かび病菌を用いた実験では、トップジン耐性とベンレート耐性がほぼ完全に一致(相関係数0.952)したという報告があります。ベンレートで耐性が出た菌にトップジンを散布しても効果は期待できないということですね。
栽培環境の変化も耐性菌発生を助長する要因となります。施設栽培の増加により高温多湿な環境が作られやすくなり、病害が発生しやすくなっています。それに伴い薬剤散布回数が増加し、耐性菌が選抜される機会も増えています。
ベンレート耐性菌が圃場に定着すると、収量と品質の両面で深刻な被害が発生します。耐性菌による被害の特徴は、防除効果の急激な低下と被害の拡大です。
イネいもち病では、ベンズイミダゾール系薬剤に対する耐性菌の発生報告があります。通常、ベンレート水和剤は既存の薬剤耐性いもち病菌にも高い効果を示すとされていますが、長期連用により一部地域で効果の低下が見られています。いもち病が蔓延すると、穂いもちでは収量が大幅に減少し、白未熟粒の増加により品質も著しく低下します。
灰色かび病の耐性菌問題も深刻です。施設花き類や果菜類での発生が多く、栽培末期の6月には耐性菌が高率で発生することが調査で確認されています。灰色かび病は花や果実を直接侵すため、商品価値がゼロになってしまいます。
ブドウ晩腐病では、秋田県や岡山県でベンレート水和剤に対する低感受性菌・耐性菌の発生が報告されています。秋田県の調査では、65.8%が低感受性菌、34.2%が感受性菌という割合で検出されました。晩腐病は収穫直前に発生するため、耐性菌が出現すると出荷できない果実が大量に発生し、経済的損失は甚大です。
大豆のべと病・紫斑病では、栃木県がチオファネート系、ベンゾイミダゾール系の薬剤(トップジンM、ベンレートなど)は耐性菌発生率が高いため使用しないよう注意喚起しています。紫斑病は種子を汚染し、発芽率の低下や品質低下を引き起こします。
耐性菌による被害を金額で試算すると、圃場全体で病害が蔓延した場合、作物によっては収穫量が50%以上減少することもあります。施設栽培のトマトやイチゴなどでは、1シーズンあたり数十万円から数百万円の損失になることもあるでしょう。
ベンレート耐性菌の発生を防ぐ最も効果的な方法は、異なる作用機構を持つ殺菌剤のローテーション散布です。ローテーション防除とは、同じ系統の薬剤を連続して使わず、作用点が異なる薬剤を交互に使用する防除体系のことです。
ローテーション防除を実施する際に重要なのがFRACコード(殺菌剤の作用機構分類コード)の確認です。ベンレート水和剤はFRACコード1ですので、異なるコードを持つ薬剤と組み合わせる必要があります。例えば、保護殺菌剤であるダコニール(FRACコードM5)や、DMI剤と呼ばれるトリアゾール系殺菌剤(FRACコード3)などが候補となります。
具体的なローテーション例を示すと、イチゴの炭疽病防除では以下のような体系が推奨されています。育苗期にベンレート水和剤500倍で灌注処理(最大3回)を行い、本圃定植後はダコニールやゲッター水和剤など異なる系統の薬剤に切り替えます。発病初期にはベンレート2000~3000倍で散布しますが、シーズン中の使用は限定的にします。
ブドウ晩腐病の防除では、発芽前にベンレート水和剤とパスポート顆粒水和剤を散布し、生育期には異なる作用機構の薬剤を使用する体系が効果的です。岡山県の試験では、この方法でベンレート耐性菌の発生圃場率が減少傾向を示しました。
ローテーション散布の頻度については、同じFRACコードの薬剤は1作期あたり1~2回程度に制限することが推奨されています。りんご黒星病防除では、トップジンM水和剤、ベンレート水和剤の使用回数を2回に制限した事例があります。この制限により耐性菌の発生を抑制できたということですね。
混用散布も有効な戦略の一つです。和歌山県の研究では、ベンレート水和剤とベフラン液剤の混用散布がカンキツ緑かび病に対して優れた耐雨性と残効性を示しました。作用機構が異なる薬剤を混用することで、相乗効果と耐性菌対策の両方が期待できます。
住友化学園芸のローテーション散布の解説ページでは、薬剤耐性菌が出現するしくみや、FRACコードの見方について詳しく説明されています。
ベンレート耐性菌が既に発生している圃場では、速やかに代替薬剤に切り替える必要があります。代替薬剤の選定では、作用機構が全く異なる系統の殺菌剤を選ぶことが絶対条件です。
イネいもち病でベンゾイミダゾール系耐性菌が発生した場合、QoI剤(FRACコード11)以外の薬剤が推奨されます。ただし、QoI剤自体も耐性菌が発生している地域があるため注意が必要です。農研機構のマニュアルによれば、QoI系統の育苗箱施用剤の使用を止め、栽培暦等で採用されている他のいもち病防除剤を使用すれば、耐性菌発生圃場でもいもち病の発生を抑制できます。
灰色かび病の場合、ベンレート耐性菌に対してはアニリノピリミジン系(FRACコード9)やジカルボキシイミド系の薬剤が効果を示すことがあります。ただし、多剤耐性菌が発生している圃場では、これらの薬剤に対しても耐性を持っている可能性があるため、事前に効果確認が必要です。
サツマイモ基腐病では、ベノミル耐性菌に対してトリフルミゾール水和剤(商品名:トリフミン水和剤)が100ppmの成分濃度で菌叢生育を抑制することが茨城県の研究で示されています。耐性菌が発生した苗床では、耐性菌の出現リスクが低い銅剤の散布も推奨されています。
ブドウ晩腐病では、ベンレート耐性菌に対してプロクロラズ乳剤やテブコナゾール剤が有効です。富山県の試験では、プロクロラズ耐性菌及びテブコナゾール耐性菌の検出率は0.0%であったのに対し、ベノミル剤耐性菌の検出率は64.5%に達していました。
保護殺菌剤の活用も重要です。ダコニール(FRACコードM5)やオーソサイド(FRACコードM4)などの保護殺菌剤は多作用点阻害剤であり、耐性菌が発生しにくい特性があります。予防散布として定期的に使用することで、耐性菌の増殖を抑えることができます。
代替薬剤を選定する際は、作物の登録適用を必ず確認してください。また、代替薬剤に切り替えた後も、同じ薬剤の連用は避け、複数の系統を組み合わせたローテーション体系を構築することが長期的な耐性菌対策として不可欠です。
農研機構の殺菌剤耐性イネいもち病菌対策マニュアルには、耐性菌発生時の具体的な対応策が詳しく記載されています。