鉄欠乏症の症状と新葉の黄化?原因や診断と土壌の対策

作物の葉が黄色くなる鉄欠乏症の症状に悩んでいませんか?新葉の黄化や白化の原因、マグネシウム欠乏との違い、土壌のpHや根の機能低下との関係、効果的な肥料や対策について詳しく解説します。原因は土壌だけではない?

鉄欠乏症の症状

鉄欠乏症の症状と対策のポイント
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新葉の黄化

成長点に近い新しい葉から色が薄くなり、葉脈だけ緑が残るのが特徴です。

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土壌pHの影響

アルカリ性土壌では鉄が不溶化し、根が吸収できなくなることが主な原因です。

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応急処置と対策

葉面散布で急速に回復させつつ、土壌酸度の調整や根の環境改善を行います。

植物の生育において、葉の色は健康状態を示す最も重要なバロメーターの一つです。特に農業現場において頻繁に遭遇し、かつ診断が難しいのが「葉の黄化(クロロシス)」です。その中でも鉄欠乏症の症状は、特定の部位に特徴的な現れ方をするため、正しい知識があれば早期に発見し対策することが可能です 。鉄は植物にとって、光合成に不可欠な葉緑素(クロロフィル)の生合成に関与する重要な微量要素であり、呼吸や酸化還元反応にも深く関わっています 。

 

参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2019.01670/pdf

しかし、鉄欠乏症の症状は、単に「土の中に鉄がない」ことだけで起こるわけではありません。土壌中には十分な鉄分が含まれているにもかかわらず、植物がそれを吸収できない「利用不能」な状態に陥っているケースが大半を占めます 。この複雑なメカニズムを理解せずに、安易に鉄剤を与えるだけでは改善しないことも多く、農業従事者を悩ませる原因となっています。本記事では、鉄欠乏症の症状の特徴から、類似する生理障害との確実な見分け方、そして土壌化学に基づいた根本的な対策までを深掘りして解説します。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10032465/

鉄欠乏症の症状である新葉の黄化と白化の特徴

 

鉄欠乏症の症状を診断する上で最も重要かつ決定的な判断材料となるのが、「症状が現れる場所」と「色の抜け方」です。鉄欠乏症の最大の特徴は、成長点に近い新葉(上位葉)から症状が出始めるという点にあります 。これは、植物体内における鉄の「移動性」が極めて低いためです。植物は体内で欠乏した養分を、古い葉から新しい葉へと転流させる能力を持っていますが、窒素やリン、カリウム、マグネシウムなどは移動しやすい反面、鉄やカルシウムは一度組織に固定されると、他の部位へ再移動することがほとんどできません。そのため、根からの鉄の供給が滞ると、これから成長しようとする新しい葉へ鉄を届けることができず、結果として新葉で真っ先に欠乏症状が現れるのです 。

 

参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/pdf/siryo1.pdf

新葉に現れる具体的な症状としては、「葉脈間クロロシス(黄化)」が挙げられます。葉の緑色を作る葉緑素の生成が阻害されるため、葉の肉の部分(葉脈の間)の色が薄くなり、黄色く変色していきます。しかし、葉脈の部分だけは緑色が残るため、葉全体を見ると鮮明な「網目模様」のように見えるのが典型的な初期症状です 。トマトやナス、イチゴなどの果菜類ではこの網目模様が非常にはっきりと確認できます。

 

参考)ピーマン|葉脈以外が黄色くなったら…|鉄欠乏|ミライ菜園

症状が進行し重度になると、葉脈の緑色も失われ、新葉全体がクリーム色から白色に近い状態(白化)へと変化します 。さらに悪化すると、葉の縁から壊死(ネクロシス)し始め、褐変して枯れ込んでしまいます。こうなると光合成能力が著しく低下するため、植物の生育は停止し、収量や品質に致命的なダメージを与えることになります。特に果樹(ブドウ、ナシ、柑橘類)や野菜(トマト、キュウリ、ホウレンソウ)は鉄欠乏に対して敏感であり、症状の進行も早いため注意が必要です 。

 

参考)土壌改良対策3/要素欠乏・過剰症の見分け方と対策 &nbsp…

鉄欠乏 - タキイ種苗
参考:タキイ種苗による鉄欠乏の症状写真と解説。トマトやキュウリでの発生事例と、水耕栽培・土耕栽培それぞれの対策が簡潔にまとめられています。

 

園芸作物の栄養診断と土壌診断指針 - 農林水産省
参考:農林水産省による詳細な栄養診断資料。鉄欠乏だけでなく、マンガンやホウ素など他の微量要素欠乏との比較画像やフローチャートが掲載されており、診断に役立ちます。

 

鉄欠乏症の症状とマグネシウム欠乏の見分け方

現場で最も混同されやすいのが、マグネシウム(苦土)欠乏症です。マグネシウム欠乏も鉄欠乏と同様に、葉脈を残して葉の色が黄色くなる「葉脈間クロロシス」を引き起こすため、パッと見ただけではどちらの欠乏症なのか判断がつかないことが多々あります 。しかし、間違った対処(例:マグネシウム欠乏なのに鉄剤を与える、あるいはその逆)を行うと、土壌の栄養バランス(塩基バランス)がさらに崩れ、症状を悪化させる危険性があります。両者を見分けるための決定的な違いは、前述した「発生部位」にあります。

 

参考)トマト|葉の網目模様|鉄欠乏|より美味しいトマトを収穫するポ…

特徴 鉄欠乏症 (Fe) マグネシウム欠乏症 (Mg)
発生部位 新葉(上位葉) 古葉(下位葉)
移動性 植物体内で移動しにくい(難移動性) 植物体内で移動しやすい(易移動性)
症状の見た目 葉脈を残して鮮明な網目状に黄化。重症化すると白化する。 葉脈を残して黄化するが、網目模様はややぼやけることが多い。葉脈間に褐色の斑点が出ることもある。
発生土壌 アルカリ性土壌、石灰過剰、排水不良 酸性土壌、カリウム過剰、カルシウム過剰

マグネシウムは植物体内での移動性が非常に高い養分です。そのため、根からの吸収が不足すると、植物は生命維持のために重要な成長点(新葉)を守ろうとして、古い葉(下位葉)に含まれるマグネシウムを分解し、新しい葉へと転送します 。その結果、マグネシウム欠乏は必ず植物の下の方にある古い葉から発生し、新葉は緑色を保っていることが多いのです。一方、鉄欠乏は前述の通り、移動できないため植物の先端(新葉)から黄色くなります 。

 

参考)マグネシウム(苦土)欠乏

診断の手順としては、まず「株のどの位置の葉が黄色いか」を確認します。

 

  1. 株の先端(新芽付近)が黄色い鉄欠乏、あるいはカルシウム欠乏、ホウ素欠乏などの微量要素障害の可能性が高い。
  2. 株の根元(下葉)が黄色いマグネシウム欠乏、あるいは窒素欠乏、カリウム欠乏などの多量要素障害の可能性が高い。
  3. 株全体が黄色い → 窒素欠乏の進行、根腐れ、あるいは重度の生理障害。

また、マンガン欠乏症も鉄欠乏と非常によく似た症状(新葉の葉脈間クロロシス)を示しますが、マンガン欠乏の場合は、鉄欠乏ほど網目模様が鮮明ではなく、葉全体がなんとなくぼんやりと黄色くなる傾向があります 。さらに、マンガン欠乏では葉に小さな壊死斑点(褐色斑)が伴うことが多いのも特徴です。正確な診断のためには、pH測定器などを用いて土壌の酸度を確認することも不可欠です。

 

参考)マンガン欠乏、鉄欠乏、マグネシウム欠乏、窒素欠乏の見分け方を…

マグネシウム(苦土)欠乏 - 北海道立総合研究機構
参考:トマトにおけるマグネシウム欠乏の詳細な症状解説。鉄欠乏との違いを理解するために、下位葉から発生するメカニズムと実際の写真を確認できます。

 

鉄欠乏症の症状が出る土壌のpHと原因

鉄欠乏症の症状が発生する根本的な原因の多くは、土壌の中に鉄が「ない」ことではなく、土壌環境の悪化によって鉄が「溶けない」状態にあることに起因します。その最大の要因が土壌pH(酸度)です。鉄は、酸性条件(pHが低い状態)では水に溶けやすいイオンの形(二価鉄イオン Fe2+)で存在し、植物はこれをスムーズに吸収することができます 。

 

参考)公式【微量要素シリーズ】鉄が作物に与える役割と欠乏症状・オス…

しかし、土壌がアルカリ性(pH7.0以上)に傾くと、鉄は酸素や水酸基と結びつき、水に溶けない「水酸化第二鉄」などの不溶性化合物へと変化してしまいます。植物の根は、固体のままの鉄を吸収することはできません。つまり、土壌分析をして「酸化鉄」がたっぷりと含まれていたとしても、pHが高いアルカリ性土壌であれば、植物にとっては「鉄がない」のと同じ状態(不可給態)になってしまうのです 。これを「石灰誘発性鉄欠乏(Lime-induced chlorosis)」と呼びます。

 

参考)土壌pHを適正領域に改善しましょう! - アグリポートWeb

土壌がアルカリ化する原因には以下のようなものがあります。

 

  • 石灰資材の過剰施用: 土壌酸度矯正のために苦土石灰や消石灰を撒きすぎた場合。特に日本の黒ボク土などは酸性になりやすいため石灰を多用しがちですが、やりすぎは禁物です。
  • ハウス栽培での塩類集積: ビニールハウスなどの施設栽培では、雨による成分の流亡がないため、施肥したカルシウムやマグネシウム、ナトリウムなどが土壌表層に蓄積し、pHが上昇しやすくなります。
  • アルカリ性肥料の連用: 鶏ふん堆肥草木灰など、アルカリ分が高い有機質肥料を大量に使い続けた場合。
  • 貝化石肥料やカキ殻の使用: これらも強力なアルカリ資材であるため、使用量を誤ると急激なpH上昇を招きます。

また、pH以外の原因として「重金属の過剰」も挙げられます。特に銅(Cu)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)などの他の微量要素が土壌中に過剰に存在すると、これらが鉄と同じ吸収経路(トランスポーター)を取り合い、拮抗作用によって鉄の吸収を阻害することがあります 。例えば、銅殺菌剤(ボルドー液など)を長年多用している果樹園や、マンガン鉱山跡地近くの畑などでは、土壌pHが適正であっても、競合によって鉄欠乏が誘発されることがあります。

 

参考)鉄欠乏

土壌pHを適正領域に改善しましょう! - アグリポート
参考:土壌pHと各養分の溶解性の関係(トルオーグの図)を解説した記事。アルカリ性で鉄やマンガンが欠乏しやすくなるメカニズムが図解されています。

 

鉄欠乏症の症状への対策と肥料の選び方

鉄欠乏症の症状が確認された場合、対策は「緊急処置」と「根本対策」の2段階で行う必要があります。

 

1. 緊急処置:葉面散布
すでに黄化症状が出ている場合、根からの吸収改善を待っていては手遅れになることがあります。即効性のある対策として、鉄を含む液体肥料の葉面散布を行います。葉の表面(気孔)から直接鉄分を吸収させることで、数日から1週間程度で葉の色が緑に戻り始めます 。

 

参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bugs/asp/seiri/tetsu_ketsubou/

  • 使用資材: クエン酸鉄、硫酸第一鉄、または鉄を含む総合微量要素肥料(メリット青、鉄力あぐり等)。
  • 注意点: 葉面散布はあくまで一時的な「点滴」のようなものです。新しく出てくる葉には効果がないため、根本的な土壌改善とセットで行う必要があります。また、濃度が高すぎると葉焼け(薬害)を起こすため、規定倍率(通常0.1%〜0.2%程度)を厳守します。展着剤を併用すると効果的です。

2. 根本対策:土壌への施用とpH矯正
翌作以降も症状を出さないためには、土壌環境を改善する必要があります。

 

  • キレート鉄の使用: 土壌pHが高い場合、通常の硫酸鉄などを撒いてもすぐに不溶化して効かなくなります。そこで、鉄を有機酸で包み込んで土壌中でも溶けた状態を維持できる「キレート鉄(Fe-EDTA、Fe-EDDHA等)」を使用します 。キレート鉄はアルカリ土壌でも沈殿せず、根から吸収されやすい形態を保ちます。コストは高めですが、確実な効果が期待できます。​
  • pHの低下(酸性化): 土壌pHが高すぎる場合は、硫黄華(粉末硫黄)ピートモス(無調整)などの酸性資材を施用してpHを下げます。また、肥料として硫安(硫酸アンモニウム)リン酸石灰などの生理的酸性肥料を選択的に使用することで、徐々にpHを矯正することができます 。

    参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bn/pdf/20080869.pdf

  • 有機物の投入: 堆肥などの有機物を投入すると、微生物による分解過程で有機酸が生成され、土壌中の不溶化した鉄を溶かし出す効果(キレート作用)が期待できます。また、土壌の緩衝能が高まり、pHの急激な変動を抑える効果もあります。

肥料選びのポイント
鉄欠乏対策の肥料を選ぶ際は、「吸収されやすさ」を重視します。

 

  • 二価鉄(Fe2+)配合: 植物が吸収できるのは主に二価鉄です。酸化した三価鉄(赤サビ状態)ではなく、二価鉄を含む資材(タンニン鉄など)を選びます。
  • 腐植酸入り: 腐植酸(フルボ酸など)は天然のキレート剤として働き、鉄の吸収を助けます。腐植酸を含む液肥や土壌改良材の併用がおすすめです。

植物の生理障害と対策 - タキイ種苗
参考:鉄欠乏を含む様々な生理障害の原因と対策を表形式でまとめたPDF資料。具体的な肥料名や施用方法のヒントが得られます。

 

鉄欠乏症の症状と根の機能低下やリン酸過剰の関係

最後に、検索上位の記事ではあまり詳しく触れられていない、しかし現場では非常に多い「隠れた原因」について解説します。それは、「根の機能低下(根腐れ・酸素不足)」「リン酸過剰」による鉄欠乏です。

 

たとえ土壌pHが適正(6.0〜6.5)で、鉄分も十分にあり、他の重金属過剰もないのに、なぜか鉄欠乏が出るケースがあります。この場合、最も疑うべきは根の健康状態です。

 

鉄の吸収は、植物にとってエネルギー(ATP)を消費する能動的なプロセスです。根が鉄を吸収するためには、根の表面で「三価鉄」を「二価鉄」に還元する酵素活動を行う必要があり、これには酸素呼吸によるエネルギーが不可欠です 。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7342264/

  • 排水不良と酸素不足: 梅雨の長雨や、粘土質で水はけの悪い圃場では、土壌中の酸素が不足します。酸欠状態になった根は呼吸ができず、エネルギー不足に陥り、鉄を還元・吸収する能力を失います 。これを「湿害による鉄欠乏」と呼びます。この場合、いくら鉄肥料を与えても根が吸えないため効果はありません。対策は、明渠暗渠排水の設置や、高畝栽培による排水性の改善が最優先となります。​
  • 地温の影響: 低温時期(早春や晩秋)には、根の代謝活性が低下し、鉄の吸収力が落ちることで一時的な欠乏症状(低温クロロシス)が出ることがあります。地温確保のためのマルチングなどが有効です。

さらに見落としがちなのがリン酸過剰です。日本の農地、特に施設園芸では、長年の施肥によりリン酸が過剰に蓄積している傾向があります。土壌中にリン酸が過剰にあると、鉄と結合して難溶性の「リン酸鉄」を形成してしまいます。これは植物にとって全く利用できない形態です 。つまり、良かれと思って撒いたリン酸肥料が、実は鉄欠乏を引き起こす原因になっています。「花付きを良くするためにリン酸を」と安易に追肥する前に、土壌分析を行い、リン酸過剰でないかを確認することが、鉄欠乏を防ぐための重要な管理技術と言えます。

このように、鉄欠乏症の症状は、単なる成分不足にとどまらず、土壌の物理性(排水性)、化学性(pH・バランス)、そして根の生理活性が複雑に絡み合った「シグナル」です。葉の黄化を見つけたら、まずは新葉か古葉かを見極め、次にpHを測り、そして足元の土の水はけや過去の施肥歴(特に石灰とリン酸)を見直すこと。この総合的な診断こそが、プロの農業者に求められる技術なのです。

 

鉄欠乏の発生条件と対策 - 北海道農業研究センター
参考:リン酸過剰や重金属過剰、土壌pHが高い圃場での発生条件について、専門的な視点から解説されています。土壌分析の重要性が理解できます。

 

 


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