二価鉄と三価鉄とヘム鉄が織りなす土壌の吸収とメカニズム

植物の生育に欠かせない鉄分。二価鉄と三価鉄の違いや、植物体内でのヘム鉄の役割を深く理解していますか?土壌での化学反応から最新のヘム鉄肥料まで、鉄吸収の謎と意外な真実を解き明かしますが、あなたの畑の鉄分は足りていますか?

二価鉄と三価鉄とヘム鉄

二価鉄と三価鉄とヘム鉄の基礎知識
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吸収される鉄の形

植物は主に水に溶けやすい「二価鉄」の形で根から吸収します。

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土壌での変化

土壌中の「三価鉄」は酸化されており溶けにくいため、還元が必要です。

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植物とヘム鉄

植物体内では「ヘム鉄」として酵素や電子伝達の重要な役割を担います。

二価鉄と三価鉄の酸化と還元:土壌での溶解性の違い

 

植物の栽培において、「鉄」は微量要素の中でも特に欠乏症が出やすい厄介な栄養素として知られています。なぜ地球上に豊富に存在する鉄が、植物にとっては吸収しにくいのでしょうか。その鍵は、鉄イオンの形態である「二価鉄(Fe2+)」と「三価鉄(Fe3+)」の性質の違い、そして土壌環境における酸化と還元のバランスにあります。

 

まず、鉄の化学的な性質を理解しましょう。二価鉄(Fe2+)は水に溶けやすい(可溶性) という特徴を持っています 。植物が根からスムーズに吸収できるのは、基本的にこの水に溶けた状態の二価鉄です。一方で、三価鉄(Fe3+)は水に溶けにくい(難溶性) という性質があり、中性からアルカリ性の土壌中では、水酸化鉄などの固形物として沈殿してしまいます 。

 

参考)https://www.mdpi.com/2223-7747/12/2/384/pdf?version=1673658842

一般的な畑の土壌は、耕起によって空気が混ぜ込まれているため、酸素が豊富な「酸化状態」にあります。鉄は酸素に触れるとすぐに電子を奪われて酸化し、錆び(酸化鉄)のような状態である三価鉄へと変化してしまいます 。つまり、畑には鉄という元素そのものは大量に含まれているにもかかわらず、植物が利用できない「溶けない鉄(三価鉄)」として存在しています。これが、鉄欠乏が頻発する最大の理由です。

 

参考)HOME - GEF

  • 二価鉄 (Fe2+): 還元状態で安定。水に溶ける。植物が吸収しやすい。別名「第一鉄」。
  • 三価鉄 (Fe3+): 酸化状態で安定。水に溶けにくい。土壌中の鉄の大部分。別名「第二鉄」。

逆に、水田のような水を張った環境では、土壌中の酸素が微生物によって消費され、酸素が少ない「還元状態」になります。この環境下では、土壌中の三価鉄が電子を受け取り、二価鉄へと還元されます 。水田土壌の水が少し灰色がかって見える層(還元層)では、この反応が活発に起きており、イネなどの水生植物にとって利用しやすい二価鉄が豊富に供給されています。しかし、畑作においては、いかにしてこの「溶けない三価鉄」を「溶ける二価鉄」に変えるか、あるいは植物がどうやってそれを克服しているかが、栽培管理の重要なポイントとなります。土壌pHが高い(アルカリ性)場合や、有機物が少なく土壌が硬く締まっている場合、酸化が促進されて鉄欠乏のリスクがさらに高まるため、土壌改良による環境作りが不可欠です 。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7575851/

二価鉄への変換:植物が持つ酵素と根酸による吸収戦略

土壌中の鉄のほとんどが利用しにくい三価鉄であるという過酷な環境に対し、植物はただ手をこまねいているわけではありません。植物は進化の過程で、難溶性の三価鉄を自力で利用可能な二価鉄に変換して取り込むための高度な生存戦略を獲得してきました。これらは植物生理学において「ストラテジーI」と「ストラテジーII」と呼ばれています 。

 

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/dojo/92/2/92_920211/_pdf/-char/ja

ストラテジーI:酵素による還元(双子葉植物・イネ科以外の単子葉植物)
野菜や果樹を含む多くの植物が採用しているのがこの方法です。植物は根の表面に「三価鉄キレート還元酵素(FRO2など)」という特別な酵素を持っています。

 

  1. プロトンの放出: まず、根から水素イオン(プロトン)を放出して根の周囲(根圏)を酸性に傾けます。酸性化することで、固形化していた三価鉄の溶解度をわずかに高めます。
  2. 還元の実行: 溶け出した三価鉄を、根の表面にある還元酵素を使って強制的に電子を与え、吸収しやすい二価鉄へと還元します。
  3. 取り込み: 二価鉄になった瞬間に、専用のトランスポーター(IRT1など)を使って根の細胞内に取り込みます 。

    参考)植物の鉄獲得戦略を支える分子メカニズム

    この一連のプロセスはエネルギーを消費するため、植物自体が健全で光合成産物が十分に根に送られていないと機能しません。低温や日照不足で植物の活性が落ちると鉄欠乏(クロロシス)が出やすくなるのは、この還元酵素の働きが低下するためです 。

     

    参考)植物にも鉄は必要!? 「鉄の力」で元気な作物生産を!|マイナ…

ストラテジーII:キレート物質の放出(イネ科植物)
イネやムギなどのイネ科植物は、さらに特殊な方法を進化させました。「ムギネ酸」などのファイトシドフォアと呼ばれる天然のキレート物質(根酸の一種)を根から土壌中に分泌します。

 

  1. キレート結合: ムギネ酸は土壌中の三価鉄を見つけると、ガッチリと挟み込んで(キレートして)「ムギネ酸鉄錯体」を作ります。
  2. そのまま吸収: 驚くべきことに、イネ科植物はこの三価鉄の錯体を、還元のプロセスを経ずにそのまま専用のトランスポーターで吸収することができます 。

    参考)植物が根から鉄を吸収する機構の解明 -不良土壌を改善する次世…

  3. 体内での利用: 吸収された後、体内で必要に応じて二価鉄へと変換され利用されます。

    この能力のおかげで、イネ科植物はアルカリ性土壌などの鉄利用が極めて困難な土地でも生存できる強い適応力を持っています 。

     

    参考)鉄吸収を制御して植物の高温ストレスを緩和 ー温帯性草本の長期…

これらのメカニズムを知ることは、肥料選びにも直結します。植物の根が弱っているときは、自力での還元能力が落ちているため、最初から二価鉄の状態である資材や、吸収されやすいキレート鉄を与えることが効果的な「点滴」となるのです。

 

二価鉄から作られるヘム鉄:光合成と電子伝達の主役

「ヘム鉄」と聞くと、多くの人はレバーや赤身肉に含まれる貧血予防の栄養素を思い浮かべるでしょう。しかし、農業や植物生理の視点から見ても、この「ヘム鉄」は極めて重要なキーワードです。実は、植物が苦労して根から吸収した二価鉄の多くは、植物体内で「ヘム(Heme)」という構造に組み込まれ、生命活動の根幹を支える役割を果たしています。

 

植物細胞に取り込まれた二価鉄は、葉緑体やミトコンドリアに運ばれ、ポルフィリン環という有機化合物と結合して「ヘム鉄(鉄ポルフィリン錯体)」となります 。このヘム鉄は、単なる栄養の貯蔵庫ではなく、以下のような「生きるためのエンジン」の部品として機能します。

 

参考)(研究成果) 植物由来の物質が土壌中の硝化を抑制する分子メカ…

  • 光合成における電子伝達: 光合成の明反応において、光エネルギーを化学エネルギーに変換する過程では、電子のリレーが行われます。このリレーの中継地点として働くのが「シトクロム」というタンパク質であり、その中心にはヘム鉄が存在します。ヘム鉄が二価と三価の間で酸化還元を繰り返すことで、電子を次々と受け渡し、エネルギーを生み出しています 。

    参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bn/pdf/20080869.pdf

  • 呼吸によるエネルギー生産: ミトコンドリアでの呼吸においても、シトクロムオキシダーゼなどのヘム酵素が酸素を使ってエネルギー(ATP)を作り出しています。鉄が不足すると植物の成長が止まるのは、まさにこのエネルギー生産ラインがストップしてしまうからです。
  • 活性酸素の除去: 植物がストレスを受けると発生する有害な活性酸素を除去する酵素(カタラーゼやペルオキシダーゼ)も、ヘム鉄を活性中心に持っています。鉄欠乏の植物が弱々しく、病気にかかりやすくなるのは、この防御システムが作動しなくなるためでもあります。

また、マメ科植物の根粒菌に見られる「レグヘモグロビン」も、動物のヘモグロビンによく似たヘム鉄タンパク質です。これは根粒内の酸素濃度を適切に調節し、窒素固定菌が働ける環境を作るという、極めて高度な機能を持っています。

 

つまり、農業において「鉄を効かせる」ということは、単に葉を緑色にする(葉緑素の合成を助ける)だけでなく、植物体内でこの「ヘム鉄」を正常に合成させ、光合成や呼吸という代謝システムをフル回転させることを意味します。二価鉄の吸収は、この精緻な生化学反応のスタートラインに過ぎないのです。

 

二価鉄資材を超える?牛血液由来ヘム鉄肥料の意外な効果

ここで、一般的な農業書にはあまり載っていない、少し意外な鉄資材の話をしましょう。それは「牛血液」由来のヘム鉄肥料の可能性です。通常、農業用の鉄資材といえば、硫酸第一鉄(二価鉄)や、EDTAなどの合成キレート鉄が主流です。しかし、近年の研究では、畜産副産物である牛の血液から精製されたヘム鉄(Fe-heme)粉末が、キュウリなどの作物に対して、合成キレート鉄と同等かそれ以上の鉄供給効果を持つことが示されています 。

 

参考)https://www.mdpi.com/2073-4395/10/10/1480/pdf

なぜ動物の血が植物に効くのでしょうか?
通常、有機物に含まれる鉄は分解される過程で土壌に固定されやすいのですが、ヘム構造(ポルフィリン環に守られた鉄)は、化学的に非常に安定しています。この構造は、人工的なキレート剤が鉄を守るのと似た働きをします。研究によると、牛血液由来のヘム鉄資材を与えられた植物は、鉄欠乏によるクロロシス(黄化)からの回復が早く、根の鉄還元酵素の活性も適切に維持されました。

 

さらに興味深いのは、このヘム鉄資材が「環境に優しい有機鉄源」であるという点です。合成キレート剤(特にEDTAなど)は土壌中で分解されにくく、重金属を溶かし出して環境汚染を引き起こすリスクが指摘されることがありますが、血液由来のヘム鉄は天然由来のタンパク質であり、最終的には土壌微生物によって分解され、窒素源としても利用されます 。

  • 高い生体親和性: ヘム鉄は生物が作り出した自然な形であるため、植物にとっても無理のない吸収ルートや利用効率がある可能性があります(詳細はまだ研究段階ですが、アミノ酸吸収とリンクした効果も示唆されています)。
  • 廃棄物の有効利用: 畜産業で大量に発生する血液を有効活用できるため、SDGs(持続可能な農業)の観点からも注目されています。

もちろん、生の血液をそのまま畑に撒くのは衛生面や腐敗臭の問題があり推奨されませんが、適切に加工されたヘム鉄肥料は、有機栽培において「速効性のある鉄」として、従来の二価鉄資材とは一味違う選択肢になるかもしれません。人間の貧血対策でヘム鉄サプリが吸収が良いとされるように、植物にとっても「ヘム」という形は、意外な親和性を秘めています。

 

二価鉄を維持するキレート:アルカリ性土壌での溶解対策

最後に、実践的な鉄資材の活用術について解説します。前述の通り、土壌中では二価鉄は不安定で、すぐに酸化されて溶けない三価鉄になってしまいます。特に石灰を撒きすぎたアルカリ性土壌や、微量要素が欠乏しやすい砂質土壌では、ただの二価鉄資材(硫酸鉄など)を撒いても、根に届く前に土壌に固定されてしまい、効果が薄いことがよくあります。そこで活躍するのが「キレート鉄」です。

 

キレート(Chelate)とはギリシャ語で「カニのハサミ」を意味します。有機酸などのキレート剤が、鉄イオンをハサミで挟むようにガッチリと守ることで、周囲の酸素や水酸化物イオンとの反応を防ぎます。これにより、鉄は土壌中でも「溶解した状態(水に溶けたまま)」を維持でき、植物の根元まで届くことができます 。

 

参考)『鉄』の重要性って知ってる!?~扱いづらいがなくてはならない…

キレート鉄の選び方のポイント
農業現場で使われるキレート鉄にはいくつか種類があり、土壌のpHによって使い分けるのがプロの技です。

 

キレート剤の種類 適応pH範囲 特徴
EDTA鉄 pH 6.0以下 最も一般的で安価。酸性~弱酸性土壌で効果を発揮。アルカリ性土壌では鉄を離してしまい効果が激減する。葉面散布によく使われる。
DTPA鉄 pH 7.0以下 EDTAより少しpHが高くても耐えられる。中性土壌向き。
EDDHA鉄 pH 4.0~9.0 アルカリ性土壌最強の鉄資材。pH9付近でも鉄を離さず、強烈な赤色をしている。石灰過多の圃場でも確実に鉄を効かせるならこれ一択。ただし高価。

また、最近では「天然由来のキレート資材」も注目されています。例えば、腐植酸フルボ酸)や、発酵副産物に含まれる有機酸、あるいは前述のムギネ酸に類似した成分を含むバイオ資材などです。これらは合成キレート剤ほどの強力な保護力はないものの、植物ホルモン様の作用で根の活性を高めたり、土壌微生物相を改善したりする副次効果が期待できます 。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6538904/

使い方のコツ
鉄資材は「土壌施用」と「葉面散布」を使い分けることが重要です。

 

  • 土壌施用: 根からの吸収を狙う基本形。効果は持続的だが、土壌条件に左右される。キレート鉄(特にEDDHA)が推奨される。
  • 葉面散布: 根が傷んでいる時や、急激な欠乏症(葉の黄化)が出た時の緊急処置。葉の気孔クチクラ層から直接二価鉄やキレート鉄を染み込ませる。速効性があるが、効果は一時的で、新しく出てくる葉には鉄が移動しにくいため、こまめな散布が必要 。

    参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10975526/

鉄は植物体内で移動しにくい元素であるため、一度吸収されても、成長点(新しい葉)に優先的に運ばれ、古い葉には残りません。そのため、常に微量の二価鉄が根から供給され続ける環境を作ることが、光合成能力の高い健全な作物を育てる究極のコツなのです。

 

 


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