鉄はイオンになるときに2価(Fe2+)と3価(Fe3+)の二つの形をとることができ、どちらも酸化鉄として存在します。
一方で酸素はマイナス2価(O2−)としてふるまうため、鉄イオンと酸素イオンの電荷がつり合う組み合わせだけが安定な化学式として残ります。
FeOは2価鉄(Fe2+)1個と酸素イオン(O2−)1個が1対1で結びついた酸化鉄で、電荷は+2と−2でちょうど0になるためこの化学式になります。
参考)酸化鉄の化学反応式は2Fe+O2→2FeO - Clearn…
Fe2O3は3価鉄(Fe3+)2個と酸素イオン3個が組み合わさった酸化鉄で、+3×2=+6と−2×3=−6が打ち消し合うことで電荷が0になるため、この比率が選ばれます。
参考)酸化鉄の化学式はFe2O3と習ったのに、酸化鉄の化学反応式は…
同じ「鉄と酸素」でも、鉄が2価イオンになるか3価イオンになるかで、安定する化学式がFeOになったりFe2O3になったりするのが「なぜ?」の答えの基本です。
参考)酸化鉄(FeO, Fe2O3, Fe3O4):錆だけじゃない…
実際の反応では、金属鉄と酸素がまず2Fe+O2→2FeOのように反応し、条件次第でさらに酸化が進んでFe2O3まで変化することが知られています。
このため、鉄の表面に最初は黒っぽいFeO系の層ができ、その後時間がたつと赤褐色のFe2O3(いわゆる赤さび)へ変わっていくことがあります。
参考)酸化鉄(サビ)の種類や色についてわかりやすく解説!|かめのこ…
農機具やハウス資材で「赤く粉をふくサビ」と「黒く硬いサビ」が混在して見えるのは、FeOとFe2O3が入り交じった層になっているためだと考えられます。
農業現場ではFe2O3は赤さび色として目にすることが多く、強く酸化された環境のサインになります。
逆に黒っぽいFeOに近い状態や、磁石に弱く引きつけられるようなFe3O4が多い場合は、局所的に酸素が少ない、もしくは還元的な環境が関与している可能性があり、排水や通気の見直しが必要なケースもあります。
参考)https://www.hro.or.jp/agricultural/center/result/kenkyuseika/gaiyosho/h14gaiyo/2002307.htm
酸化鉄Fe3O4は、一見すると「なぜこんな中途半端な化学式なのか」と疑問に感じる物質ですが、実はFeOとFe2O3が1対1で組み合わさった「混合酸化物」として説明できます。
Fe3O4の中には2価鉄と3価鉄が共存しており、鉄(Ⅱ)イオン1個と鉄(Ⅲ)イオン2個が酸素と結びつくことで、全体として電荷が0になるように成り立っています。
このように複数の価数の鉄イオンが同じ結晶の中で並んでいることを「混合原子価」と呼び、Fe3O4はその典型例として磁性材料の説明などで取り上げられます。
2価鉄と3価鉄の間で電子が行き来できる構造になっているため、電気的・磁気的な性質が他の酸化鉄と異なり、磁石に強く引きつけられる「磁鉄鉱」としても知られています。
土壌中でもFe3O4は、強く還元された環境から再び酸化方向に振れつつあるような場面で生成しやすい酸化鉄とされており、水田や湿地土壌の鉄循環を考えるうえで重要な存在です。
参考)植物が根から鉄を吸収する機構の解明 -不良土壌を改善する次世…
とくに湛水・排水をくり返す水田では、Fe2+として溶け出した鉄が酸素に触れることで、Fe3O4やFe2O3といった固体の酸化鉄へ戻るサイクルが起きています。
このサイクルによって、土壌中のリン酸や有機酸、重金属などが酸化鉄に吸着され、栄養や有害物質の動きが左右されることが研究から示されています。
農家の立場から見ると、Fe3O4といった酸化鉄の「化学式の違い」は、目には見えにくいものの、リン肥料の効き方や有機物分解の速度、安全な収量確保といった現場の課題とも深く関わっています。
酸化鉄の価数や種類の基礎を詳しく整理している高校化学向け解説サイト。
酸化鉄の化学式はFe2O3と習ったのに - 学びTimes
一般に赤褐色のサビはFe2O3を主体とする酸化鉄(Ⅲ)、黒色や濃い茶色のサビにはFe3O4やFeOなど他の酸化鉄が多く含まれるとされ、サビの色は酸化鉄の種類と関係があります。
酸化鉄の種類が変わると色・結晶構造・硬さなどが変化するため、同じ畑の中でも鉄パイプやボルトのサビ色が微妙に違うのは、周囲の酸素供給や水分状態の違いを反映している場合があります。
ハウス内の支柱や灌水設備の鉄部分のサビを観察すると、次のような現場情報を読み取るヒントになります。
水田土壌の研究では、土の中の「遊離酸化鉄」が増えることで芳香族カルボン酸など一部の有機酸が減少し、水稲の根にとって有害な物質が減ることが報告されています。
遊離酸化鉄はリン酸や有機酸を吸着する性質を持つため、「サビ色の強い土」は単に鉄が多いだけでなく、有機酸の毒性緩和やリン酸の固定にも関係しており、施肥設計や有機物投入量を考える上でチェックすべきポイントになります。
参考)3−3.施肥の基礎知識 : こうち農業ネ…
圃場の排水路や畦畔に見られる赤茶色の沈着物も、多くは酸化鉄を含む沈殿であり、水の流れや地下水の鉄濃度、酸化還元状態を示す「自然センサー」として活用できます。
たとえば排水路の一部だけが特に赤くなる場合、その上流側の圃場で地下から鉄分を多く含んだ水が湧き出ている可能性があり、暗渠の詰まりや湧水箇所の有無を調査するきっかけになります。
参考)日本の土壌に多く含まれる「鉄」について。自分で作れる含鉄資材…
酸化鉄(サビ)の種類や色の違いと、そこから読み取れる情報を解説した記事。
酸化鉄(サビ)の種類や色についてわかりやすく解説!
作物の生育には窒素・リン・カリなどの多量要素だけでなく、鉄・マンガン・亜鉛・ホウ素などの微量要素が必要であり、鉄はその中でも要求量が比較的多い重要な元素です。
市販の「土づくり肥料」や総合微量要素肥料の成分表を見ると、酸化鉄や水溶性鉄として数パーセントから20%前後が含まれている製品もあり、鉄供給源として意図的に配合されていることが分かります。
しかしアルカリ性の不良土壌では、鉄は三価鉄(Fe3+)として水に溶けにくい形に変化し、Fe(OH)3やFe2O3などの酸化鉄・水酸化鉄として沈殿しやすくなるため、根が鉄を吸収しにくくなります。
参考)http://kinki.chemistry.or.jp/pre/a-380.html
その結果、葉の黄化(クロロシス)や新葉の白化、成長点の委縮など、典型的な鉄欠乏症状が出やすくなり、鉄を含む微量要素肥料を与えても効きにくいという現象が起こります。
この問題を解決するために、アルカリ性土壌向けには鉄キレート剤と呼ばれる資材が開発されており、キレート剤が三価鉄を包み込むことで、Fe3+が水中に溶けたまま根に届けられるように工夫されています。
こうした鉄キレート剤を利用することで、不良土壌でも作物が必要とする鉄を吸収しやすくなり、土壌改良と合わせれば鉄欠乏による収量・品質低下のリスクを減らせます。
また、土壌中の遊離酸化鉄レベルを高めることで、水田地力を増進しようとする試験では、鉄・ケイ酸資材の施用によって遊離酸化鉄と可給態ケイ酸濃度が増加し、水稲の初期生育や品質が改善したと報告されています。
この試験では、遊離酸化鉄と硫黄のモル比が上がることで、有害な有機酸の低下や根の健全化につながったとされており、酸化鉄の「量」と「形」が地力と直接つながることが示されています。
酸化鉄を含む微量要素肥料の成分と、微量要素の役割を整理した営農資料。
参考)微量要素をバランスよく含んだ土作り肥料について
微量要素をバランスよく含んだ土作り肥料について | JAあつぎ
稲わらや堆肥などの有機資材を多く入れた水田で、遊離酸化鉄に富む客土や鉄・ケイ酸資材を併用すると、土壌中の有害な芳香族カルボン酸の濃度が低下したという研究結果があります。
これらの有機酸は高濃度になると根を傷めて生育を抑制しますが、酸化鉄が増えることで吸着・分解が進み、根圏環境が改善されたと考えられています。
一方で、有機物の分解過程ではフミン酸やクエン酸などの有機酸が鉄イオンと結びつき、三価鉄を溶けやすい形に保つ「天然のキレート剤」として働く側面もあります。
このため、酸化鉄そのものを増やしつつ適量の有機物を入れると、「鉄が有害な有機酸を吸着してくれる」「有機酸が鉄をキレートして作物に届けてくれる」という二重の効果が期待できます。
有機物と酸化鉄のバランスを活かすには、次のようなポイントを意識すると現場で応用しやすくなります。
市販のアミノ酸キレートミネラル肥料の中には、鉄を含む総合微量要素資材があり、葉面散布や灌水で鉄を含む微量要素を一度に補給できる製品もあります。
参考)アミノ酸キレートミネラル「マジ鉄」
こうした資材を堆肥や有機液肥と組み合わせることで、酸化鉄の化学式の違いからくる「溶けやすさ・吸収されやすさ」の差を、現場レベルで補正することが可能になります。
不良土壌での鉄吸収メカニズムと、鉄キレート剤の農業利用について解説した大学の研究紹介。
植物が根から鉄を吸収する機構の解明 - 不良土壌を改善する次世代肥料