農業の現場において、特に水稲栽培で「ケイ酸」が重要視される最大の理由は、作物の物理的な強化にあります。ケイ酸(SiO₂)は、植物の根から吸収されると、道管を通って地上部へと運ばれ、最終的に葉や茎の表皮細胞に沈着します。このプロセスによって形成されるのが「クチクラ・シリカ二重層」と呼ばれる強固なガラス質の層です。
参考)ケイ酸の特徴|肥料として期待できる効果を解説 | コラム |…
この二重層が形成されることで、イネの茎葉は非常に硬く、丈夫になります。具体的なメリットとして、以下の点が挙げられます。
参考)https://www.zennoh.or.jp/operation/hiryou/pdf/qa_keisankouka.pdf
また、近年の研究では、ケイ酸が水稲の「玄米品質」にも良い影響を与えることがわかっています。ケイ酸を十分に吸収したイネは、体内の窒素代謝が適正に保たれ、玄米中のタンパク質含有率が低下する傾向があります。一般的に、お米はタンパク質含有率が低いほど粘りがあり、食味が良いとされています。つまり、ケイ酸肥料の施用は、単に「倒れなくする」だけでなく、「美味しいお米を作る」ための隠れた必須条件とも言えるのです。
参考)ケイカル
さらに、ケイ酸は植物体内での水の生理作用にも関わっています。蒸散作用を適切に調節する働きがあり、猛暑日などの過酷な環境下でも、水分不足による萎れを防ぎ、光合成能力を維持する効果が期待できます。気候変動により夏場の高温化が進む現代の農業において、ケイ酸の役割はこれまで以上に重要度を増しています。
参考)ケイ酸で作物の抵抗性を高めよう!種類と効果的な使い方
ケイ酸がもたらす効果の中で、近年特に注目されているのが「複合的なストレス耐性」の強化です。植物は生育過程で、病原菌や害虫といった「生物的ストレス」と、高温、低温、乾燥、塩害といった「非生物的ストレス」の両方にさらされます。ケイ酸はこれらすべてのストレスに対して、防御壁としての役割と、生理機能を調整する役割の両面で植物を守ります。
参考)https://www.mdpi.com/2073-4395/14/6/1141/pdf?version=1716801465
まず、病害虫に対する防御メカニズムについて詳しく見ていきましょう。
次に、環境ストレス(非生物的ストレス)に対する効果です。特に「高温・乾燥障害」への対策としてケイ酸は極めて有効です。
参考)果菜類
参考)https://www.mdpi.com/2075-1729/13/2/448/pdf?version=1675586663
さらに、光合成能力の維持・向上も見逃せません。葉が直立して受光量が増える「形態的な変化」に加え、ケイ酸自体が葉緑素(クロロフィル)の分解を抑制し、老化を遅らせる効果があるという報告もあります。収穫直前まで葉が青々として機能し続ける(登熟期の葉色が保たれる)ことは、デンプンを穂に送り続けるために不可欠です。このように、ケイ酸は植物を「硬くする」だけでなく、内部から「元気にする」ための生理活性物質のような働きも担っています。
参考)https://www.mdpi.com/2223-7747/13/2/207/pdf?version=1704967083
ケイ酸肥料といえば「イネ専用」というイメージが強いかもしれませんが、実は多くの畑作物や野菜類にも優れた効果を発揮します。特に、ウリ科(キュウリ、メロン、カボチャ)、ナス科(トマト、ナス)、イチゴ、ネギ類などは、イネほどではないもののケイ酸を好んで吸収する植物です。これらの野菜栽培において、ケイ酸は地上部の強化だけでなく、「地下部(根)」の環境改善に大きな役割を果たします。
参考)もみ殻に多く含まれるケイ酸について。ケイ酸が野菜に与える効果…
野菜栽培におけるケイ酸のメリットを深掘りしてみましょう。
そして、非常に重要なのが「根の酸化力」への影響です。
根は呼吸をしており、土壌中の酸素を使ってエネルギーを生み出し、養分を吸収しています。しかし、排水不良の畑や、有機物の分解で酸素が欠乏した土壌では、根が窒息状態になり「根腐れ」を起こしやすくなります。また、酸素不足の状態では、土壌中の鉄やマンガンが還元され、植物にとって有害な過剰吸収を引き起こすこともあります。
ケイ酸は、根の表面から酸素を放出する能力(酸化力)を高める働きがあります。根の周囲に酸素の供給ゾーンを作ることで、有害な還元物質(硫化水素など)を無毒化し、根を守ります。これを「秋落ち」(生育後半に根が弱り、急激に収量が落ちる現象)の防止と呼びますが、これは水稲だけでなく、長期取りの野菜栽培においても非常に重要です。
参考)施肥方法
根が健全であれば、カルシウムやマグネシウム、微量要素などのミネラル吸収もスムーズになります。特に施設園芸の連作圃場など、塩類集積や土壌環境の悪化が懸念される場所こそ、ケイ酸肥料による「根の保護」と「土壌環境の改善」が安定生産のカギとなります。
ケイ酸を供給できる肥料にはさまざまな種類があり、それぞれの特徴(溶けやすさ、アルカリ分、副成分など)を理解して使い分けることが、コストパフォーマンス良く効果を出す秘訣です。ここでは代表的なケイ酸肥料の種類と、効果的な使い方について解説します。
| 種類 | 主な特徴 | 溶けやすさ | 適した用途 |
|---|---|---|---|
| ケイ酸カルシウム(ケイカル) | 最も一般的。スラグ(鉱石のカス)が原料。アルカリ分を含み、酸性土壌の改良も兼ねる。 | 緩効性(ゆっくり溶ける) | 土作り、元肥 |
| 熔成ケイ酸リン肥(ようりん等) | リン酸とケイ酸、苦土、石灰を同時に補給できる。火山灰土壌の改良に強い。 | 緩効性 | 元肥、追肥 |
| ケイ酸カリウム(水溶性ケイ酸) | 水に溶けやすく、速効性が高い。葉面散布剤や液肥として利用されることが多い。 | 速効性 | 追肥、緊急時の対策 |
| 多孔質ケイ酸資材(シリカゲル等) | 表面積が大きく、保肥力改善効果も高い。高濃度で純度の高いケイ酸を供給可能。 | 中~速効性 | 高品質栽培、特殊土壌 |
| 籾殻くん炭 | 天然由来の資材。ケイ酸含有率は高いが、結晶化しており吸収されにくい場合もあるため、長期的な土作り向き。 | 非常に遅効性 | 土壌改良 |
ケイ酸の基本は「土壌中の有効態ケイ酸」のレベルを底上げすることです。そのためには、作付け前の耕起時に、ケイカルなどの資材を10アールあたり100kg〜200kg程度(土壌分析に基づいて調整)施用するのが一般的です。ケイカルはアルカリ性資材であるため、土壌pHが低い(酸性)圃場の矯正にも役立ちます。ただし、pHが高すぎる場合は、アルカリ分を含まない資材を選ぶ必要があります。
参考)https://www.shk-net.co.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/potassium-silicate_reference01.pdf
水稲の場合、ケイ酸が最も必要になるのは、茎葉が繁茂し始める「幼穂形成期」から「出穂期」にかけてです。この時期にケイ酸が不足すると、倒伏リスクが高まり、いもち病にかかりやすくなります。元肥で十分な量が施用できなかった場合や、生育後半のスタミナ切れ(秋落ち)が心配な場合は、吸収されやすい「水溶性ケイ酸」を含む肥料や、流し込み施肥ができる液状のケイ酸資材を追肥として活用しましょう。
肥料袋に書かれている「全ケイ酸」の量だけでなく、植物が実際に利用できる「可給態ケイ酸(クエン酸可溶性など)」の含有量をチェックすることが大切です。鉱物由来の硬いケイ酸は、土壌に入ってもなかなか溶け出しません。スラグ系肥料などは、製造工程で急冷処理などを施して、植物が吸収しやすいガラス質(非晶質)の状態に加工されています。
火山灰土壌や砂質土壌、老朽化した水田では、もともと土壌中のケイ酸が不足していることが多いため、多めの施用が推奨されます。逆に、河川からの水が豊富な地域では、灌漑水から天然のケイ酸が供給されている場合もあります。無駄なコストを抑えるためにも、数年に一度は土壌診断を行い、自分の畑の「ケイ酸供給力」を把握してから施肥設計を立てるのがベストです。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/a9cf61ebd4957bafd6951579128e56f6f44cdcb9
最後に、一般的な「丈夫にする」という効果とは異なる視点から、ケイ酸が農産物の「味」や「安全性」にどう貢献しているかについて解説します。これは、近年の高品質・良食味米コンクールなどで上位を目指す生産者の間では常識になりつつあるテクニックですが、一般的にはまだあまり深く知られていない独自視点の情報です。
その鍵となるのが、「未消化窒素の低減」というメカニズムです。
植物は成長のために窒素を吸収しますが、曇天が続いたり、窒素肥料をやりすぎたりすると、吸収した窒素がタンパク質へと合成されきれず、「硝酸態窒素」やアミドの状態で植物体内に滞留してしまうことがあります。これを「未消化窒素」と呼びます。野菜において硝酸態窒素が多すぎると、えぐみや苦味の原因となったり、葉色が濃くなりすぎて病害虫を誘引したりします。水稲においては、玄米中のタンパク質濃度が高まり、炊飯した際のご飯の粘りや甘みが損なわれ、食味が低下する最大の要因となります。
ケイ酸には、この窒素代謝を正常化し、スムーズにする働きがあると考えられています。
つまり、ケイ酸肥料を使うことは、生産者にとっては「作りやすさ(倒伏防止・多収)」のメリットがあり、消費者にとっては「美味しさ・日持ちの良さ」というメリットにつながる、まさにWin-Winの資材と言えるのです。単なる「土壌改良材」としてではなく、「味の調整役」としてケイ酸を再評価し、栽培計画に積極的に組み込んでみてはいかがでしょうか。
参考リンク:肥料の基礎知識②~ケイ酸の役割と施用法~(水稲における具体的なメリットと施肥設計について解説)
参考リンク:水稲への効果 | 開発肥料株式会社(けい酸加里肥料による根張り向上や品質改善の詳細データ)
参考リンク:ケイ酸の特徴|肥料として期待できる効果(生物的・非生物的ストレスへの耐性メカニズム)

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