カルボン酸とは、カルボキシ基(-COOH)を持つ有機化合物の総称で、その中でも炭素間に二重結合を持たないものを飽和脂肪酸と呼びます。代表的な飽和脂肪酸として、炭素数1のギ酸(HCOOH)、炭素数2の酢酸(CH₃COOH)、炭素数4の酪酸などがあり、炭素数が増えるごとに性質が変化します。
参考)カルボン酸 - Wikipedia
長鎖の飽和脂肪酸には、ラウリン酸(炭素数12)、ミリスチン酸(炭素数14)、パルミチン酸(炭素数16)、ステアリン酸(炭素数18)があり、これらは動植物の油脂に広く含まれています。ラウリン酸はココナッツオイルに含まれ界面活性剤の原料として利用され、パルミチン酸はラードやヘットに、ステアリン酸は木蝋に含まれており、常温で固体の性質を持つのが特徴です。
参考)https://www.ishikawa-pu.ac.jp/uploads/admission/files/2015/06/28hen.sizenkaitou.pdf
| 炭素数 | 慣用名 | IUPAC名 | 化学式 | 主な存在・用途 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ギ酸 | メタン酸 | HCOOH | アリ、ハチの毒 |
| 2 | 酢酸 | エタン酸 | CH₃COOH | 食酢の主成分 |
| 4 | 酪酸 | ブタン酸 | C₃H₇COOH | 油脂腐敗臭 |
| 12 | ラウリン酸 | ドデカン酸 | C₁₁H₂₃COOH | 界面活性剤原料 |
| 16 | パルミチン酸 | ヘキサデカン酸 | C₁₅H₃₁COOH | ラード、ヘット |
| 18 | ステアリン酸 | オクタデカン酸 | C₁₇H₃₅COOH | 木蝋 |
不飽和脂肪酸は炭素鎖に二重結合を持つカルボン酸で、植物の細胞膜や生理活性物質の合成に重要な役割を果たしています。代表的なものにオレイン酸(二重結合1つ)、リノール酸(二重結合2つ)、リノレン酸(二重結合3つ)があり、植物の成長調節や環境ストレス応答に関与しています。
参考)https://japr.or.jp/wp-content/uploads/shokucho-shi/57/shokucho_57-11_05.pdf
植物体内では、これらの多価不飽和脂肪酸がジャスモン酸などのオキシリピン合成の出発物質となり、植物独自の防御機構や成長制御に寄与しています。興味深いことに、塩ストレス環境下では飽和脂肪酸のパルミチン酸やステアリン酸が減少し、不飽和脂肪酸のリノール酸やリノレン酸が増加することが報告されており、植物が環境に適応するための重要な代謝調節であることが分かっています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-19K12380/19K12380seika.pdf
植物の油脂中の脂肪酸組成は温度によっても変化し、常温で液体の油脂は不飽和脂肪酸の割合が高く、固体の油脂は飽和脂肪酸の割合が高いという特徴があります。この性質は、作物の品質や貯蔵性にも影響を与える要因となっています。
ジカルボン酸は分子内に2つのカルボキシ基(-COOH)を持つカルボン酸で、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸などが代表的です。農業分野では、これらのジカルボン酸が農作物のカルシウム欠乏症対策や貯蔵性向上に実用化されています。
参考)ジカルボン酸 - Wikipedia
クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、マロン酸、グルタル酸、マレイン酸、フマル酸などの有機酸と炭酸カルシウムを含む固形剤を水に溶解して葉面散布することで、トマトやピーマンの尻腐れ症、レタスや白菜の芯腐れ症、リンゴのビターピットなどのカルシウム欠乏症を効果的に予防・処置できることが実証されています。この方法は果実の硬度、糖度、貯蔵性、耐病性を向上させる効果も持ちます。
参考)https://patents.google.com/patent/JP4107976B2/ja
有機酸と炭酸カルシウムを用いた農作物のカルシウム欠乏症対策に関する特許情報(農作物への具体的な応用方法と効果が詳述されています)
また、マレイン酸とフマル酸は互いに幾何異性体の関係にあり、マレイン酸はシス型、フマル酸はトランス型の構造を持ちます。マレイン酸は分子内で脱水して無水マレイン酸となる性質があり、化学工業でも重要な原料となっています。
参考)図でわかるカルボン酸の種類と例(ギ酸、オレイン酸、マレイン酸…
ヒドロキシ酸はカルボキシ基とヒドロキシ基(-OH)の両方を持つカルボン酸で、代表的なものに乳酸、リンゴ酸、クエン酸があります。土壌中では有機物が微生物によって分解される過程で有機酸が生成されますが、その大部分がカルボン酸であり、土壌の保肥力を高める重要な役割を果たしています。
参考)有機酸と保肥力
土壌中の低分子脂肪族カルボン酸の量と土壌溶液のpHには明確な関係があり、特に赤黄色土において顕著な相関が認められています。フルボ酸のようなカルボン酸を多く含む腐植物質は、酸性やアルカリ性のいずれの水にも溶解する性質を持ち、土壌のpHに関係なく素早く効果を発揮します。これに対してフミン酸はアルカリ性の水に溶けやすく酸性の水には溶けにくいため、酸性土壌では効果が現れるまでに時間がかかります。
参考)腐植物質・フルボ酸・フミン酸について
低分子脂肪族カルボン酸は錯体形成反応と配位子交換反応の複合的な作用によって、土壌中のリン酸を可給化する効果も持っており、作物生産向上に貢献しています。土壌改良における有機酸の選択では、土壌のpHや目的に応じて適切な種類を選ぶことが重要です。
参考)https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/record/8570/files/1.pdf
芳香族カルボン酸はベンゼン環にカルボキシ基が結合した化合物で、安息香酸、フタル酸、テレフタル酸、サリチル酸などが含まれます。安息香酸はベンゼン環に1つのカルボキシ基が置換した最も単純な芳香族カルボン酸で、食品添加物の保存料として広く利用されています。
参考)芳香族カルボン酸(安息香酸・サリチル酸)の構造・製法・性質・…
サリチル酸は2-ヒドロキシベンゼンカルボン酸とも呼ばれ、カルボキシ基とヒドロキシ基の両方を持つため特徴的な反応を示します。サリチル酸のカルボキシ基がメタノールと反応してエステル化すると、サリチル酸メチル(サロメチール)が生成され、特異臭を持つ油状液体として消炎鎮痛作用を持つ外用塗布薬や湿布薬に用いられています。
参考)高校化学 芳香族化合物 - Wikibooks
芳香族カルボン酸は染料や医薬の原料になるほか、合成樹脂や合成繊維の原料として工業的にも重要です。農業分野では、水田への麦わら施用に伴って芳香族カルボン酸が生成され、これが水稲の生育に影響を与えることが研究されており、有機質資材の施用管理において注目されています。
参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/archive/files/naro-se/40-003.pdf
水田における芳香族カルボン酸の生成と水稲への影響に関する研究報告(農業研究機構による詳細な調査結果が掲載されています)
カルボン酸の中でも、イネ科植物が根から分泌する天然の鉄キレート剤「ムギネ酸」を基に開発された次世代肥料が注目されています。全世界の陸地の約3割を占めるアルカリ性不良土壌では、鉄が不溶化して植物が吸収できず農業が困難でしたが、この研究により環境に優しい新しい肥料の開発に成功しました。
参考)不良土壌での農業を可能にする次世代肥料の開発に成功 - 国…
徳島大学の研究グループが有機合成技術を用いて開発したPDMA(ムギネ酸誘導体)は、既存の鉄キレート剤よりも約10倍優れた鉄欠乏回復効果を示し、実際のアルカリ性不良土壌でコメの収穫が可能であることが実証されました。この技術は砂漠地帯などの不良土壌での農業を可能にする画期的な成果として期待されています。
参考)環境にやさしい次世代肥料で砂漠で農業を可能に!有機合成技術で…
不良土壌での農業を可能にする次世代肥料の開発成功に関する徳島大学の研究発表(具体的な効果と実用化への展望が説明されています)
カルボン酸のキレート効果は、ミネラルの植物への供給を促進する重要な機能です。特にフルボ酸のようなカルボン酸を多く含む腐植物質は、ミネラルのキレート効果が高く、植物への即効性のある効果が期待できるため、微生物や植物に対する土壌改良材として活用されています。このように、カルボン酸は現代農業において土壌改良、栄養供給、不良土壌の改善など多岐にわたる応用可能性を持っています。