農業において「光」は単なる照明ではなく、作物の収量と品質を決定づける最も重要な生産資材です。しかし、多くの現場では感覚的な明るさ(ルクス)や、単純な消費電力(ワット)だけで照明を選定・管理してしまっています。植物生理学と物理学の観点から光エネルギーの公式を正しく理解し、数値に基づいて栽培環境を制御することは、収益性の高い「エンジニアリング農業」への第一歩です。
ここでは、物理学の基礎公式である $E=h\nu$ から、農業現場で必須となるPPFD(光合成光量子束密度)の計算、そして経営を左右する電力効率の試算まで、プロの農家が知っておくべき光の計算ロジックを徹底的に深掘りします。
光エネルギーを理解する上で避けて通れないのが、アインシュタインの光量子仮説に基づくエネルギーの基本公式です。植物は光を連続した波としてだけでなく、粒(光子:フォトン)としても受け取っています。この「粒」一つ一つが持つエネルギー量は、以下の公式で導き出されます。
E=hν=λhc
ここで、各変数は以下の物理定数と値を指します。
この公式が農業にとってなぜ重要かというと、「波長が短い(青色寄り)ほど、光子1個あたりのエネルギーが高い」という事実を数学的に示しているからです。
例えば、植物工場で多用される青色LED(波長450nm)と赤色LED(波長660nm)を比較してみましょう。
波長 $\lambda = 450 \times 10^{-9}$ m です。これを公式に代入すると、
Eblue=450×10−9(6.626×10−34)×(2.998×108)≈4.41×10−19 J
農業現場において、照明の強さを「ルクス(lux)」で管理するのはもはや時代遅れと言っても過言ではありません。ルクスは「人間の目にとってどれだけ明るいか」を示す指標であり、緑色を強く感じる人間の視覚特性に補正されています。しかし、植物は人間とは異なる感度を持っています。そこで重要になるのが、PPFD(光合成光量子束密度)です。
PPFDは、「1秒間に、1平方メートルの面積に、何個の光子(光合成有効波長400nm-700nm)が降り注いでいるか」を示します。単位は $\mu\text{mol m}^{-2}\text{s}^{-1}$(マイクロモル・パー・平方メートル・パー・セカンド)です。
手持ちの照度計(ルクス計)の数値を、簡易的にPPFDへ変換する公式(係数)は光源によって異なります。厳密な公式ではありませんが、現場で使える近似的な換算係数は以下の通りです。
PPFD≈Lux×0.0185
例:晴天時の直射日光が100,000ルクスの場合
$100,000 \times 0.0185 = 1,850 \mu\text{mol m}^{-2}\text{s}^{-1}$
PPFD=∫400700h×c×NASpectral Irradiance(λ)×λdλ
($N_A$ はアボガドロ定数 $6.022 \times 10^{23}$)
この積分計算は複雑ですが、このロジックを知っていることで、メーカーが提示するPPFD値が「理論値」なのか、特定の距離での「実測値」なのかを疑う視点を持つことができます。特に安価なLEDライトの場合、中心直下の最も高い数値だけを表示していることが多いですが、実際の栽培では面全体の平均値が必要です。
植物工場や施設園芸において、なぜルクスではなくPPFD(光量子束密度)を使うべきなのか、その理由と定義が詳しく解説されています。
③光合成速度:光量子束密度 | 植物工場・農業ビジネスオンライン
瞬間的な光の強さ(PPFD)を理解したら、次に計算すべきは「1日で合計どれだけの光を受け取ったか」というDLI(Daily Light Integral:積算日射光量)です。植物の成長量は、瞬間的な強さよりも、1日のトータルエネルギー量に強く相関します。
DLIの単位は $\text{mol m}^{-2}\text{d}^{-1}$(モル・パー・平方メートル・パー・デイ)です。これを算出する公式は以下の通りです。
DLI=PPFD×(照射時間時間×3600)÷1,000,000
この公式の要素を分解して解説します。
DLI=200×(16×3600)÷1,000,000=11.52 mol m−2d−1
一般的に、レタスなどの葉物野菜は DLI 10〜15 mol程度、トマトなどの果菜類は DLI 20〜30 mol程度が必要とされています。
この計算公式を使うことで、照明の「効率的な運用」が可能になります。
もし、現在の設定でターゲットとなるDLI(例:トマトで25mol)を超過している場合、それは「光の捨てすぎ」であり、電気代の無駄です。逆に届いていない場合は、照射時間を延ばすか、照明を追加する必要があります。
「なんとなく12時間点灯」するのではなく、「目標DLIから逆算して点灯時間を決定する」のが、光エネルギー公式を活用したプロの管理手法です。例えば、天候が悪く太陽光のDLIが低い日だけ、不足分を補うように補光LEDの稼働時間を計算して制御すれば、最小限の電気代で収量を最大化することが可能になります。
積算日射量やエネルギー量の単位換算、具体的な計算事例について、施設園芸の視点から実務的な情報が記載されています。
農業経営において、光エネルギーはすなわち「電気代」というコストに直結します。ここで重要になる指標が PPE(Photosynthetic Photon Efficacy:光合成光量子効率) です。これは「1ジュールの電気エネルギーを投入したときに、何マイクロモルの光子を生成できるか」を示す指標で、単位は $\mu\text{mol/J}$ です。
照明器具のカタログスペックにある「全光束(ルーメン)」や「消費電力(ワット)」だけでなく、このPPEに注目することで、長期的なランニングコストを計算できます。
コスト対効果を判断する公式(考え方)は以下のようになります。
光子単価=PPEμmol/J電力単価円/kWh÷3.6
※ $1 \text{ kWh} = 3.6 \text{ MJ} = 3,600,000 \text{ J}$ なので、電力単価を3.6で割ることで、1メガジュールあたりの電気代(円/MJ)に換算して比較します(簡易計算のため単位合わせが必要ですが、概念としては「同じ電気代でどれだけ光子が買えるか」です)。
より実践的なシミュレーションとして、PPE値が異なる2つのLEDライト(A社とB社)を比較してみましょう。
最後に、多くの教科書や簡易的な解説では見落とされがちな、しかし最新の研究で重要視されている「独自視点」のトピックについて解説します。それは「緑色光の透過と散乱の公式」とも呼べる物理現象です。
従来の光合成曲線(マッカーリー曲線など)を見ると、緑色の波長(500-600nm)は吸収率が低く、光合成にあまり役立たないように見えます。そのため、かつての植物育成LEDは「赤と青」だけの紫色の光が主流でした。しかし、物理的な光エネルギーの挙動を群落(葉が重なり合った状態)レベルで計算すると、話は変わってきます。
赤や青の光は吸収率が高すぎるため、植物の最上部の葉(トップの葉)でそのほとんどが吸収され、エネルギーを使い果たしてしまいます。公式的に言えば、吸光係数が大きすぎて、下層まで光エネルギーが届かないのです。一方で、緑色の光は吸収率が適度に低いため、葉を透過したり、葉の内部で散乱したりしながら、群落の下の方や、葉の裏側までエネルギーを運びます。
これを「サンクラック(Sunflecks)効果」や「散乱光効果」として捉え直すと、全体の光合成量を最大化するための計算式には、必ず「深部への到達率」という項が必要になります。
Yieldtotal=∑(TopLayerabs+MiddleLayertrans+BottomLayerscat)
強力なLEDで上から強いPPFDを浴びせても、上層の葉が光飽和(それ以上光があっても光合成速度が上がらない状態)を起こしていれば、その追加エネルギーはすべて「熱」として捨てられます。これが「熱放散」によるロスです。
しかし、緑色光成分を含んだフルスペクトルLEDであれば、上層を突き抜けた光エネルギーが、まだ光飽和していない下層の葉で有効利用されます。
つまり、単一の葉に対する「吸収スペクトル公式」だけでなく、群落全体での「光エネルギー利用効率公式」を考えると、一見無駄に見える緑色の波長(および白色LED)が、実は全体のエネルギー効率を引き上げています。
「PPFDの数値は高いのに生育が悪い」という場合、この深部到達性が考慮されておらず、上層部だけが光ストレスを受けている可能性があります。光エネルギーの公式は、単なる光源のスペック計算だけでなく、植物群落内での3次元的な光の振る舞いを理解するためにこそ使われるべきです。
光合成と光の強さの関係、そして群落内での光環境評価について、大学の講義レベルの専門的な知見が得られます。