植物の生育において、マグネシウムは葉緑素(クロロフィル)の中心金属として不可欠な要素であり、その欠乏は視覚的に明瞭な症状として現れます。最も特徴的な症状は、植物の下葉(古い葉)から始まる葉脈間クロロシス(黄化現象)です 。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bugs/asp/seiri/magunesiumu_ketsubou/
なぜ新しい葉ではなく古い葉から症状が出るのでしょうか。これには植物体内のマグネシウムの移動性(転流)が深く関わっています。マグネシウムは植物体内での移動が非常に容易な栄養素であるため、根からの供給が滞ると、植物は生命維持のために重要な成長点である新芽や新しい葉へと、古い葉に蓄積されていたマグネシウムを優先的に再分配(転流)させます 。その結果、供給源となった古い葉の葉緑素が分解され、葉脈の緑色を残したまま葉肉部分だけが黄色く変色する、典型的な「マグネシウム欠乏症」の症状を呈するのです。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7287120/
この症状が進行すると、単なる黄化にとどまらず、葉の縁が褐色になり枯死するネクロシス(壊死)へと発展することもあります 。特にトマトやナス、キュウリなどの果菜類では、果実の肥大期に大量のマグネシウムが果実へと送られるため、葉への供給が不足し、収穫最盛期に急激に下葉が枯れ上がる現象が頻発します。これを単なる「生理的な老化」と誤診して放置すると、光合成能力の低下により果実の品質や収量に甚大な影響を及ぼすため、早期発見と正しい診断が極めて重要です。
また、症状の現れ方は品目によって微妙に異なります。例えば、ミカンなどのカンキツ類では、葉の基部が緑色のまま残り、先端部にかけて逆V字型に黄化する特徴的なパターンを示すことがあります 。一方で、トウモロコシなどの単子葉植物では、葉脈に沿って縞状の黄化が見られることが多いです。これらの症状は、窒素欠乏による「葉全体の黄化」や、鉄欠乏による「新芽の白化(鉄は体内移動しにくいため上位葉に出る)」と明確に区別する必要があります。現場では、症状が出ている葉の位置(上位か下位か)と、変色のパターン(葉脈が残るかどうか)を観察することが、正確な診断の第一歩となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6843125/
参考:タキイ種苗による野菜の生理障害に関する詳細な解説
マグネシウム欠乏の症状と写真例
マグネシウム欠乏症が発生する原因は、単に土壌中のマグネシウム含有量が少ない(絶対的欠乏)場合だけではありません。実際の農業現場でより頻繁に遭遇するのは、土壌中にマグネシウムは十分にあるにもかかわらず、植物がそれを吸収できない「相対的欠乏」のケースです。その最大の要因の一つが、土壌酸度(pH)の問題です 。
参考)葉色を良くするマグネシウム肥料の特徴と上手な使い方
日本のような降雨量の多い地域では、土壌中の塩基(カルシウム、マグネシウム、カリウム)が雨水によって流亡しやすく、土壌が酸性に傾きやすい傾向があります。土壌pHが低下して強酸性になると、アルミニウムイオンが溶出し、根の機能を阻害すると同時に、マグネシウムの可給性(植物が利用できる形)が著しく低下します。また、逆にpHが高すぎるアルカリ性土壌においても、マグネシウムが不溶化し、吸収されにくくなることがあります。適切なpH管理(一般的にはpH 6.0~6.5程度)が行われていない圃場では、いくらマグネシウム肥料を施用しても効果が現れにくいのです。
さらに深刻な原因として、カリウム拮抗作用が挙げられます 。植物の根は、栄養素を取り込む際にイオン間のバランスに強く影響を受けます。特にカリウム(K)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)の三要素は、互いに吸収を競合する関係にあります。これを「拮抗作用」と呼びます。近年の農業では、果実の肥大や糖度向上を狙ってカリウム肥料を多用する傾向がありますが、土壌中のカリウム濃度が過剰になると、植物はマグネシウムよりもカリウムを優先的に吸収してしまい、結果としてマグネシウム吸収が強力に抑制されます。
参考)植物のマグネシウム欠乏になる原因
これを防ぐためには、土壌診断を行い、塩基バランス(石灰:苦土:加里の比率)を適切に保つことが不可欠です。一般的に理想とされる当量比は、石灰(Ca):苦土(Mg):加里(K)= 5:2:1 程度と言われています。しかし、実際の施肥設計では、前作の残肥や堆肥に含まれるカリウム量を考慮せず、マニュアル通りの追肥を行ってバランスを崩すケースが後を絶ちません。特に施設栽培(ハウス栽培)では、雨による流亡がないため塩類が集積しやすく、この拮抗作用による欠乏症が顕著に現れる傾向があります。
また、根の健全性も吸収力に直結します。排水不良による根腐れや、乾燥ストレス、地温の低温などは、根の活性を低下させ、受動的な吸収に依存するマグネシウムの取り込みを阻害します。したがって、「葉が黄色いからマグネシウム肥料を足す」という単純な対応ではなく、土壌pHの矯正、肥料バランスの見直し、そして土壌物理性の改善といった総合的なアプローチこそが、根本的な解決には不可欠なのです。
参考:農家webによる肥料の選び方と拮抗作用の解説
葉色を良くするマグネシウム肥料の特徴と上手な使い方
マグネシウム欠乏の症状が既に現れてしまった場合、土壌への施肥だけでは回復に時間がかかりすぎることがあります。土壌に施用されたマグネシウムが溶解し、根に到達し、吸収されて地上部へ転流するには数日から数週間を要する場合があるからです。そこで、緊急かつ効果的な対策として推奨されるのが、硫酸マグネシウムを用いた葉面散布です 。
参考)トマト栽培におけるマグネシウム欠乏症とその対策|農業大好き❗…
葉面散布とは、肥料成分を水に溶かして液体にし、スプレーなどで直接植物の葉に吹きかける方法です。この方法の最大のメリットは、根の吸収機能や土壌条件(pHや拮抗作用)に依存せず、葉の気孔やクチクラ層から直接栄養素を補給できる点にあります。特にマグネシウムは葉面からの吸収効率が比較的高い元素であるため、散布後数日以内に葉色の回復が見られることも珍しくありません。
具体的な方法として、一般的には硫酸マグネシウムの1%〜2%水溶液(水10リットルに対して硫酸マグネシウム100g〜200g)を作成し、1週間おきに数回散布します 。この際、展着剤を加えることで葉への付着性が高まり、効果が安定します。市販の「苦土入り液肥」を使用するのも手軽で良いですが、農業用資材として販売されている硫酸マグネシウム(エプソムソルトの主成分としても知られる)を使用すれば、極めて安価に大量の溶液を作ることが可能です。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bugs/atu/seiri/magunesiumu_ketsubou/
ただし、葉面散布はあくまで「応急処置」であることを忘れてはいけません。葉から吸収できる量には限界があり、植物体全体が必要とするマグネシウム需要のすべてを賄うことは難しいからです。特に果実肥大期のような最大需要期には、根からの安定的な供給がなければ、葉面散布をやめた途端に再び欠乏症状が現れる可能性があります。
したがって、理想的な対策フローは以下のようになります。まず、初期症状を発見したら直ちに硫酸マグネシウムの葉面散布を行い、光合成能力の低下を食い止めます。それと並行して、即効性のある水溶性マグネシウム肥料(キーゼライトや水酸化マグネシウム液剤など)を株元に追肥・灌水し、根からの供給ルートを確保します。さらに、次作に向けては苦土石灰(ドロマイト)や水酸化マグネシウム資材を用いて土壌pHを調整し、緩効的にマグネシウムが供給される土作りを行うという、短期・中期・長期の視点を組み合わせた管理が求められます。
注意点として、日中の高温時に葉面散布を行うと、水分が急激に蒸発して成分が濃縮され、葉焼け(濃度障害)を起こすリスクがあります。散布は早朝や夕方の涼しい時間帯に行い、葉の裏表にまんべんなく霧状にかかるように丁寧に行うことが、効果を最大化するコツです。
一般的に「マグネシウム欠乏=葉緑素が作れない」という理解が広まっていますが、実は植物体内で起きている生理的な障害はそれ以上に深刻で複雑な連鎖反応を含んでいます。特に注目すべきは、ショ糖輸送(糖の転流)の停滞と、それに伴う活性酸素の発生というメカニズムです 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4613352/
マグネシウムは、光合成反応を触媒する酵素「ルビスコ(Rubisco)」の活性化に不可欠であるだけでなく、光合成によって生産された同化産物(主にショ糖)を、葉(ソース)から果実や根(シンク)へ積み出す際の「積み込み作業(phloem loading)」にも深く関与しています。具体的には、ショ糖輸送タンパク質(トランスポーター)の働きにはエネルギー(ATP)が必要であり、このATP-Mg複合体の形成にマグネシウムが必須なのです。
マグネシウムが欠乏すると、このショ糖の積み出し作業が滞ります。すると、光合成を行っている葉の中に、行き場を失ったショ糖やデンプンが異常蓄積してしまいます 。糖が過剰に溜まった葉では、「これ以上光合成をする必要はない」というフィードバック阻害がかかり、光合成速度が低下します。しかし、植物には太陽光が当たり続けるため、光エネルギー自体は吸収され続けます。
利用されない過剰な光エネルギーは、植物にとって非常に危険な存在となります。消費しきれないエネルギーは酸素分子へ渡され、毒性の高い「活性酸素(ROS)」を大量に発生させてしまうのです 。この活性酸素が細胞膜や葉緑体構造を酸化して破壊し、結果として葉の組織が死滅(クロロシスやネクロシス)に至ります。つまり、目に見える「葉の黄化」は、単なる材料不足ではなく、糖の輸送渋滞によって引き起こされた「光障害(強光阻害)」の結果であるという側面が強いのです。
参考)植物における低マグネシウム環境での生存戦略とは
この知見は、対策においても重要な示唆を与えてくれます。マグネシウム欠乏が疑われる場合、単に肥料を与えるだけでなく、強い光を和らげる(遮光する)ことが、一時的に活性酸素によるダメージを軽減するのに有効である可能性があります。また、曇天続きの後に急に晴天になった際などに症状が激化しやすいのも、この光エネルギーと糖輸送のバランス崩壊が関係しています。最新の研究では、欠乏のごく初期段階(葉色が変化する前)から、すでに根や果実への糖配分が減少していることが報告されており 、目に見える症状が出る前の「隠れ欠乏」の段階で、すでに収量への悪影響が始まっているという事実は、生産者にとって衝撃的な事実と言えるでしょう。
最後に、あまり一般的には語られないものの、植物が能動的にマグネシウムを獲得しようとする生存戦略の一つ、根酸(こんさん)の役割について掘り下げてみましょう。植物の根は、単に土壌にある養分を吸い上げるだけのストローではありません。自ら有機酸(クエン酸やリンゴ酸などの根酸)や水素イオンを分泌し、土壌環境を自らに都合の良いように改変する能力を持っています 。
特に、く溶性(クエン酸可溶性)のマグネシウム肥料を施用した場合、この根酸の働きが重要になります。く溶性苦土は水には溶けにくく、雨で流亡しにくいという利点がありますが、そのままでは植物に吸収されません。植物は根から根酸を分泌して土壌粒子周辺のpHを局所的に下げ、難溶性のマグネシウム化合物を化学的に溶かして吸収しています 。
興味深いことに、この根酸の分泌能力は植物の種類や品種、さらには根の活力状態によって大きく異なります。根が健全で活発に呼吸している時ほど、根酸の分泌は盛んになり、土壌中の難溶性ミネラルを利用する能力が高まります。逆に言えば、土壌の排水性が悪く酸素不足に陥っている根や、線虫害などで傷んだ根では、たとえ土壌中に十分なく溶性マグネシウムが存在しても、それを溶かす力(根酸の分泌)が弱まり、欠乏症に陥りやすくなるという隠れたメカニズムが存在します。
また、堆肥などの有機物を十分に施用した土壌では、有機物の分解過程でも有機酸が生成され、これがキレート作用として働き、マグネシウムを植物が吸収しやすい形態に変化させて土壌中に保持する役割を果たします。つまり、マグネシウム欠乏対策において「堆肥を入れる」という古典的な指導は、単にマグネシウムを補給するだけでなく、この「有機酸による可溶化プロセスの補助」という理にかなった効果を持っています。
さらに、最新の研究視点では、品種改良によって収量性を高めた現代の作物品種は、昔の品種に比べて根の張りよりも地上部の成長を優先する傾向があり、結果として根酸分泌によるミネラル獲得能力が相対的に低下している可能性も指摘されています 。高収量品種ほど、肥料として与えられた「吸いやすい(水溶性の)マグネシウム」への依存度が高まっているとも言えます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10610338/
このように、マグネシウム欠乏症を「土の成分量」だけでなく、「根の生理活性」や「根酸による溶解プロセス」という視点から捉え直すことで、より本質的な対策が見えてきます。単に肥料袋の成分表を見るだけでなく、その肥料を溶かすための「根の力」を最大限に引き出す土壌物理性の改善や、腐植(フミン酸など)の活用こそが、安定多収を支えるマグネシウムマネジメントの鍵となるのです。

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