イミダクロプリドは、1980年代後半に開発されたネオニコチノイド系農薬の第一世代であり、現在でも世界中の農業現場で広く利用されている殺虫剤成分です。この成分の最大の特徴は、植物の根や茎葉から成分が吸収され、維管束を通って植物全体に行き渡るという「浸透移行性(全身移行性)」にあります。
参考)https://www.greenjapan.co.jp/adomaiya_r.htm
従来の接触型殺虫剤は、散布された薬剤が直接害虫にかかることで効果を発揮するため、葉の裏側や新芽の奥深くに潜む害虫には届きにくいという課題がありました。しかし、イミダクロプリドで処理された作物は、植物体そのものが殺虫成分を含む状態になります。そのため、アブラムシやコナジラミといった吸汁性害虫が植物の汁を吸った瞬間に薬剤が体内に取り込まれ、神経系に作用して駆除することが可能です。
参考)イミダクロプリドはどんな昆虫を殺し、使用するのか? - PO…
この作用機序は、昆虫の神経細胞のシナプス後膜にあるニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)に結合し、神経伝達を遮断するというものです。昆虫はこの結合により興奮状態が続き、最終的に麻痺して死に至ります。脊椎動物(人間や家畜)と昆虫ではこの受容体の構造が異なるため、人間に対する毒性は相対的に低いとされていますが、昆虫に対しては極めて微量でも強力な効果を発揮します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7560415/
また、イミダクロプリドのもう一つの大きな強みは、その「残効性」の高さです。土壌処理を行った場合、成分が土壌粒子に吸着しつつ徐々に根から吸収され続けるため、効果が長期間持続します。例えば、定植時の植穴処理や育苗期の灌注処理を行うことで、定植後3〜4週間、環境条件や対象作物によってはそれ以上の期間にわたり、アブラムシ類やアザミウマ類の発生を抑制することができます。
参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/ipm004.pdf
このように、イミダクロプリドは「見えない場所にいる害虫」や「長期間防除が必要な害虫」に対して非常に効率的なソリューションを提供します。特に、作物の生育初期にウイルス病を媒介するアブラムシを確実に防除できる点は、農業生産において極めて高い価値を持っています。
日本国内において、イミダクロプリドを有効成分とする農薬として最も知名度が高いのがバイエル クロップサイエンス社の「アドマイヤー」シリーズです。このブランド名は農業従事者の間で広く浸透しており、粒剤、水和剤、フロアブル剤など、用途に合わせた多様な製剤が展開されています。
参考)アドマイヤー水和剤│水稲・園芸/殺虫剤│農薬製品│クミアイ化…
それぞれの製剤には適した使用場面と使い方のコツがあります。以下に主要な製剤タイプ別の特徴と効果的な使用方法を整理します。
| 製剤タイプ | 代表的な商品名 | 主な使用方法 | 特徴とメリット |
|---|---|---|---|
| 粒剤 | アドマイヤー1粒剤 | 土壌混和、植穴処理、株元散布 |
定植時や播種時に土壌に混ぜることで、根から成分を吸収させます。残効性が最も長く、育苗期から本圃初期の防除に最適です。ドリフト(飛散)のリスクも低いです。 |
| 水和剤 | アドマイヤー水和剤 | 希釈して葉面散布 | 水に溶かして散布します。即効性を期待する場合や、発生してしまった害虫を叩く場合に使用されます。果樹のカメムシ類やカイガラムシ類にも用いられます。 |
| フロアブル | アドマイヤー フロアブル | 希釈して散布、灌注 |
液体状で計量が容易です。葉面散布だけでなく、セルトレイへの灌注処理など、効率的なシステム処理にも適しています。汚れが残りにくいのも利点です。 |
効果的な使い方のポイント:
ナスやトマト、キュウリなどの果菜類では、定植する際の植穴に「アドマイヤー1粒剤」を1〜2g程度投入し、土と軽く混和してから苗を植える方法が一般的です。この処理を行うことで、根付いた直後から薬剤が植物体内に移行し、初期のアブラムシ発生をほぼ完全に抑えることができます。これにより、アブラムシが媒介するモザイク病などのウイルス病リスクを大幅に低減できます。
イミダクロプリドは効果が長続きするため、栽培期間の前半(育苗〜定植直後)に使用し、後半は別の系統(ピレスロイド系やジアミド系など)の薬剤に切り替える「ローテーション防除」の基幹剤として位置づけるのが理想的です。後半まで漫然と使い続けると、後述する抵抗性の問題や残留基準値(MRL)の超過リスクが高まるため推奨されません。
粒剤の効果を最大限に引き出すには、土壌に適度な水分が必要です。乾燥しすぎていると成分が根から溶け出さず、吸収が遅れることがあります。処理後は適切な潅水を行うことで、スムーズな薬剤移行を促すことができます。
参考リンク:アドマイヤー1粒剤の製品詳細と適用作物一覧(グリーンジャパン)
イミダクロプリドは「広範囲の害虫に効く」とされていますが、万能ではありません。特に効果が高いのは、口針を植物に刺して汁を吸う吸汁性害虫(半翅目)と、一部の甲虫類(コガネムシ幼虫など)です。一方で、チョウ目(イモムシ・ケムシ類)やハダニ類に対しては効果が低いか、全く効かない場合があるため、対象害虫を正しく見極めることが重要です。
主な適用害虫:
しかし、長年の使用により、深刻な「薬剤抵抗性」の問題が顕在化しています。特定の薬剤を使い続けると、その薬剤に耐性を持つ個体だけが生き残り、やがてその個体群が主流となって薬が効かなくなる現象です。
特に日本では、2005年頃から九州地方などでトビイロウンカのイミダクロプリド抵抗性が確認され、大きな問題となりました。かつては特効薬として劇的な効果を上げていたイミダクロプリドですが、現在では抵抗性を獲得したウンカに対しては効果が著しく低下しています。北海道でも、イネドロオイムシに対する抵抗性事例が報告されています。
参考)302 Found
抵抗性害虫への対策(IPMの視点):
イミダクロプリドと同じ「ネオニコチノイド系(IRACコード:4A)」の薬剤(クロチアニジン、ジノテフラン、チアメトキサムなど)を連続して使用しないことが鉄則です。系統が異なる有機リン系、カーバメート系、合成ピレスロイド系、あるいは新しい作用機序を持つスルホキサフロルなどの薬剤と交互に使用することで、抵抗性の発達を遅らせることができます。
地元の病害虫防除所やJAが発表する「発生予察情報」や「防除指針」には、その地域の害虫がどの薬剤に抵抗性を持っているかの情報が含まれています。例えば、「今年のトビイロウンカにはイミダクロプリドは推奨しない」といった指導が出ている場合は、それに従い別系統の薬剤を選択する必要があります。
薬剤だけに頼らず、防虫ネットの展張や、雑草(害虫の避難場所)の除去、抵抗性品種の導入など、複数の手段を組み合わせることで、薬剤散布の回数自体を減らす努力が求められます。
イミダクロプリドの使用において、近年世界的に最も懸念されているのがミツバチなどの花粉媒介昆虫(ポリネーター)への影響です。一般的に「開花期に散布しない」ことでミツバチへの直接的な曝露(農薬がかかること)は防げると考えられてきました。しかし、イミダクロプリド特有の性質により、直接散布していないにもかかわらずミツバチが被害を受ける意外なルートが存在します。それが「溢泌液(いつひえき)」です。
溢泌液とは?
早朝、植物の葉の縁や先端に水滴がついているのを見たことがあるでしょう。これは朝露ではなく、植物が根から吸い上げた過剰な水分やミネラル分を、葉の水孔(すいこう)から排出したもので、「溢泌液(Guttation drops)」と呼ばれます。
見過ごされてきたリスクのメカニズム:
土壌処理(粒剤や種子処理)されたイミダクロプリドは、水溶性が比較的高く、根から効率よく吸収されます。植物体内を巡った薬剤の一部は、この溢泌液の中に高濃度で排出されることが分かっています。特にトウモロコシなどの幼植物では、発芽後数週間にわたり、溢泌液中に数mg/L〜数十mg/Lという、ミツバチにとって致死量となり得る濃度のイミダクロプリドが含まれるケースが報告されています。
ミツバチは巣の冷却や幼虫の餌作りのために水を必要とします。早朝、活動を開始したミツバチが、水源としてこの「農薬入りの溢泌液」を吸飲してしまうことがあります。これにより、直接散布を行っていない圃場や、花が咲いていない時期であっても、ミツバチが急性中毒を起こして死滅したり、帰巣能力を失ったりするリスクが生じます。
即死しない程度の低濃度であっても、イミダクロプリドの摂取はミツバチの免疫系を弱めたり、記憶・学習能力を低下させたりすることが示唆されています。これが「蜂群崩壊症候群(CCD)」の一因ではないかと疑われており、EUがイミダクロプリドを含む主要ネオニコチノイド剤の屋外使用を禁止した大きな理由の一つとなっています。
現場での対策:
この「溢泌液」によるリスクは、葉面散布ではなく、むしろ安全だと思われていた粒剤の土壌処理や種子処理で高まるというパラドックスがあります。
日本の農水省の評価では、適切な使用方法を守ればリスクは管理可能とされていますが、養蜂家が近くにいる場合や、環境保全を重視する栽培では以下の配慮が推奨されます。
参考リンク:環境省資料:溢泌液(植物葉面からの排水)とハチへの影響評価の詳細
イミダクロプリドは、その有用性と生態系へのリスクのバランスを巡って、世界中で議論と規制の見直しが続いています。日本においては、農薬取締法に基づき登録・販売が継続されていますが、その毒性評価や使用基準は厳格に管理されています。使用者はこれらの規制背景を理解し、責任ある使用(スチュワードシップ)を実践する義務があります。
人体への毒性と安全性:
イミダクロプリドのヒトに対する急性毒性は「劇物」に指定されている製剤(原体や高濃度製剤)もありますが、一般に使用される希釈散布後の残留レベルでは、一日摂取許容量(ADI)を下回るよう基準が設定されています。食品安全委員会の再評価(2024-2025年)においても、現行のADI(0.057 mg/kg体重/日)は維持される見通しであり、用法用量を守る限り食品としての安全性は確保されていると判断されています。しかし、散布作業者自身の被曝については注意が必要です。吸入や皮膚への付着を防ぐため、マスク、手袋、防除衣の着用は必須です。眼に入った場合に炎症や痛み、稀に眼筋麻痺などの症状が出た事例も報告されています。
参考)殺虫剤ネオニコチノイドは安全なのか? 日本と欧米で分かれる判…
規制の動向と使用制限:
EUでは2018年以降、イミダクロプリドの屋外使用が全面的に禁止されました(温室利用のみ可)。これはミツバチ保護を最優先した結果です。一方、日本では「使用方法や時期を限定すれば影響はない」として、全面禁止ではなく「リスク管理措置」を強化する方向性をとっています。
参考)イミダクロプリド 使用方法守ればミツバチに影響なし 農水省|…
具体的に追加・強化されている注意点(ラベル記載事項など)には以下のようなものがあります。
リンゴや果樹類、メロンなどの虫媒花作物では、「開花期」または「ミツバチ導入の○日前まで」といった使用時期の制限が厳守事項となっています。開花中の散布は、訪花昆虫を直撃するため厳禁です。
作物ごとに「収穫前〇日まで」「使用回数は〇回以内」と定められています。特にイミダクロプリドは土壌残留性が長いため、次作への影響や、地下水への溶脱リスクも考慮し、必要最小限の回数に留めることが求められます。
イミダクロプリドは水生昆虫(特にユスリカやカゲロウなど)や甲殻類に対しても高い毒性を示します。水田での使用後に田面水を安易に河川へ流すと、下流域の生態系に甚大な被害を与える可能性があります。止水期間(散布後、水を流さない期間)を通常より長く設ける(7日間以上など)配慮が推奨されます。
まとめとしての注意点:
イミダクロプリドは「よく効く薬」ですが、「環境への負荷が見えにくい薬」でもあります。
農業の持続可能性を守るためには、イミダクロプリドのような強力なツールを「使い潰す」のではなく、その特性とリスクを深く理解し、「賢く、慎重に使う」姿勢が不可欠です。

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