ソルビタン脂肪酸エステルは、ソルビトール(デンプン由来)の脱水縮合物と脂肪酸(ヤシ油由来)を合成して作られる界面活性剤です。食品添加物としてパン、アイスクリーム、バターなどの乳化剤成分に日常的に使用されている身近な成分で、高い安全性が特徴です。農薬としては、有効成分濃度70.0%のソルビタン脂肪酸エステル乳剤として、ムシラップやカダンセーフなどの商品名で登録されています。
参考)https://www.greenjapan.co.jp/musiwrap.htm
この成分は普通物に分類され、毒性が非常に低く、消費者や作業者への健康影響はほとんどないと評価されています。急性毒性試験では経口・経皮暴露後の実質的な毒性がなく、皮膚や眼への刺激性、感作性、発がん性、生殖発生毒性もないことが確認されています。さらに環境中では容易に生分解され、水生生物への影響も限定的であるため、環境にも配慮した農薬といえます。
参考)https://chemical.kao.com/content/dam/sites/kao/chemical-kao-com/jpja/pdf/technology/saicm/article_05/SafetySummary_jpja_SFAE..pdf
有機農産物のJAS規格においても使用が認められており、化学合成農薬の使用を避ける有機栽培の現場でも活用できる貴重な防除資材です。登録作物が野菜類、果樹類、花き類・観葉植物と幅広く、登録農薬の少ないマイナー作物にも使用できる点が大きなメリットとなっています。
参考)農薬の詳細
ソルビタン脂肪酸エステル農薬の最大の特徴は、気門封鎖という物理的な作用機序で害虫や病原菌を防除する点です。形成される皮膜が対象病害虫を物理的に包み込み、気門(昆虫の呼吸器官)を塞いで窒息させることで効果を発揮します。この作用機序により、化学農薬とは異なり薬剤抵抗性が発達しにくいという利点があります。
参考)https://www.env.go.jp/water/sui-kaitei/kijun/rv/sorbitan%20fatty%20acid%20ester.pdf
防除対象となる害虫は、アブラムシ類、ハダニ類、コナジラミ類など、体が小さく皮膜で包み込みやすい種類が中心です。また病害としては、うどんこ病や灰色かび病などの表面に発生する病原菌に対して効果を示します。使用倍率は通常500倍で、発生初期または収穫前日まで散布できるため、収穫直前の防除にも使いやすい特徴があります。
参考)ムシラップ® 【殺虫殺菌剤(気門封鎖剤)】の商品詳細…
意外な活用法として、ナスの促成栽培において果実への散布が日焼け果の発生を軽減する効果が報告されています。ソルビタン脂肪酸エステルの皮膜形成により果実表面からの蒸散が抑制され、表皮細胞の脱水・壊死が防がれると考えられています。このように、単なる殺虫殺菌効果だけでなく、作物の生理障害軽減にも応用できる可能性があります。
参考)ソルビタン脂肪酸エステル剤の散布がナス‘千両’の促成栽培にお…
ソルビタン脂肪酸エステルは、単独の殺虫殺菌剤としてだけでなく、展着剤としても重要な役割を果たします。展着剤は薬液の付着、拡展、固着を改善し、農薬の効力を増進させる補助的薬剤です。スカッシュやブラボーといった製品では、ソルビタン脂肪酸エステルにポリオキシエチレン樹脂酸エステルなどを配合し、優れた展着性能を実現しています。
参考)スカッシュ 【展着剤】の商品詳細・使い方(SDS) - 丸和…
展着剤として使用する場合、殺虫剤や殺菌剤に対して散布液10L当たり5~10mlを添加します。特にダニ剤や殺虫剤への加用により薬効を安定させ、水和剤による作物の汚れを軽減できるメリットがあります。葉の表面に薬液が広がりやすくなり、薬液のつきにくいワックス層の厚い作物にもよく付着するようになります。
参考)https://yoshida-kasei.jp/products/sukasyu
ただし注意点として、低温(10℃以下)で放置された場合に一部沈殿が生じる可能性があるため、使用前によく振って均一にする必要があります。また作物によっては薬害が生じる場合があるため、初めて使用する作物や品種では事前に小面積で試験散布を行うことが推奨されます。
参考)http://jppa.or.jp/archive/pdf/69_05_70.pdf
ソルビタン脂肪酸エステル農薬の使用時期は、野菜類や果樹類では収穫前日まで、花き類・観葉植物では発生初期が基本です。収穫前日まで使用できることは、出荷直前の害虫発生にも対応できる大きな利点となっています。使用回数に制限がないため、発生状況に応じて柔軟に散布計画を立てられます。
参考)カダンセーフ原液 − 適用表・使用方法など詳細情報
しかし使用上の注意点もあります。特に高温や強日射の条件下での使用は薬害を引き起こす可能性が指摘されています。イチゴのハダニ類防除試験では、気温や日射の強い条件での使用による薬害に関する注意喚起が製品ラベルに記載されています。またサトイモでは展着剤による薬害発生が温度条件と関連することが報告されており、作物や環境条件によって慎重な使用判断が必要です。
参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030912042.pdf
効果を最大化するためには、害虫や病害の発生初期に散布することが重要です。気門封鎖剤は対象生物に直接かからなければ効果を発揮しないため、葉裏など害虫の潜む場所まで丁寧に散布する必要があります。また皮膜形成による効果であるため、散布後に雨で洗い流されると効果が低下する点にも留意が必要です。
参考)https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/wp-content/uploads/2023/03/001_005.pdf
ソルビタン脂肪酸エステルは環境中で容易に生分解される特性があり、残留性が低いことが確認されています。水生生物に対しては一定の影響がありますが、速やかに分解されて環境中に残留しないため、実環境における影響は小さいと評価されています。また食物連鎖における濃縮もないことから、生態系への長期的な悪影響のリスクは限定的です。
農薬使用後の処理においても、散布器具や容器をよく洗浄し、洗浄廃液は直接河川や用水路に流さず環境に影響を与えないよう適切に処理することが推奨されています。空容器は圃場などに放置せず、適切に廃棄する必要があります。これらの基本的な取り扱いを守ることで、環境負荷をさらに低減できます。
食品としての残留についても、食品添加物として広く使用されている成分であることから安全性は高いといえます。ヒト健康影響評価では、消費者は希釈された状態で接触し、消費者製品中の濃度は健康に懸念を及ぼす濃度以下であることから使用上のリスクはないとされています。このため収穫前日まで使用できる設定になっており、出荷野菜への残留リスクは極めて低いと考えられます。
参考)カダンセーフ 1000mL|園芸用品|フマキラー製品情報サイ…
ムシラップ® 【殺虫殺菌剤(気門封鎖剤)】の商品詳細・使い方
製品の詳細な適用表と使用方法が確認できます。
ソルビタン脂肪酸エステル 資料(環境省)
作用機構や環境影響評価に関する公的資料です。
有機表示のできる農薬 - グリーンジャパン
有機JAS認定農薬としての使用条件が詳しく解説されています。