生分解とは?農業用マルチの仕組みとメリット選び方の完全ガイド

生分解とは何か、その科学的仕組みや農業現場でのメリット・デメリットを徹底解説。最新の酵素分解技術や失敗しない資材の選び方まで、導入前に知っておくべき全知識を網羅。あなたの畑に最適な資材は見つかる?
生分解の基礎と農業利用の要点
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微生物による完全分解

単なる崩壊ではなく、酵素と代謝によって二酸化炭素と水にまで還元される科学的プロセス。

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劇的な省力化とコスト

収穫後のはぎ取り・廃棄作業が不要に。導入コストは高いがトータルの労働費削減に貢献。

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酵素スプレーで任意のタイミングに分解を加速させる新技術で、天候による分解不足を解消へ。

生分解とは農業でどう役立つか

生分解(Biodegradation)という言葉は、近年SDGsや環境保全の文脈で頻繁に耳にするようになりましたが、農業現場、特に「生分解性マルチ」の利用においては、その定義や仕組みを正確に理解していないと思わぬトラブルに見舞われることがあります。「土に還る」という漠然としたイメージだけで導入すると、「思ったより分解しない」「収穫前にボロボロになってしまった」といった失敗につながりかねません。

 

農業における生分解とは、単に資材が目に見えなくなることではありません。フィルムなどの有機化合物が、土壌中の微生物の働きによって分子レベルまで切断され、最終的に二酸化炭素(CO₂)にまで完全に変換されるプロセスを指します。これを「鉱化(Mineralization)」と呼び、この段階まで進んで初めて環境負荷がゼロになったと言えます。

 

農業従事者にとって、この技術の最大の恩恵は「省力化」と「廃棄物処理からの解放」です。通常、ポリマルチなどの石油由来プラスチック資材は、収穫後にすべて回収し、泥を落とし、産業廃棄物として処理費用を支払って処分しなければなりません。しかし、適切な生分解性資材を使用すれば、収穫後はそのままトラクターで土壌にすき込みを行うだけで、数ヶ月後には跡形もなく消滅します。

 

この記事では、生分解の科学的なメカニズムから、農業現場での具体的なメリット・デメリット、そして失敗しない資材の選び方や分解が進まない時の対処法まで、プロの農家が知っておくべき情報を網羅的に解説します。

 

生分解のメカニズムと微生物の働き

 

生分解がどのように進行するのか、その科学的なプロセスを理解することは、資材の適切な管理を行う上で非常に重要です。生分解は、魔法のように物質が消えるわけではなく、大きく分けて「加水分解・酵素分解」と「微生物代謝」という2つのステップを経て進行します。

 

まず第1段階として、高分子(ポリマー)の切断が行われます。プラスチックなどの高分子化合物は、分子鎖が長く絡み合っているため、そのままでは微生物が体内に取り込むことができません。そこで、自然界の水分による「加水分解」や、微生物が体外に分泌する「分解酵素」の働きによって、高分子の鎖が断ち切られ、低分子の「オリゴマー」や「モノマー」と呼ばれる状態まで細かく分解されます。この段階で、私たちの目にはフィルムに穴が空いたり、ボロボロに崩壊したりする様子として映ります。これを専門用語で「崩壊(Disintegration)」と呼びますが、この時点ではまだ物質そのものは環境中に残っています。

 

生分解性とは何か ― 微生物・環境条件・分解メカニズムを科学的に解説 | ScopeX
※生分解の科学的定義である「鉱化」までのプロセスと、国際規格(ISO/ASTM)に基づいた評価基準について詳細に解説されています。

 

第2段階が、真の意味での「生分解」である「微生物代謝」です。低分子化された物質を、土壌中のバクテリアや菌類などの微生物が栄養源(エサ)として体内に取り込みます。微生物はこれを代謝エネルギーとして利用し、呼吸をすることで、最終生成物である二酸化炭素、そして新たな菌体バイオマスへと変換します。このプロセスが完了して初めて、資材は完全に自然界の炭素循環の中に組み込まれたことになります。

 

重要なのは、このプロセスの速度が「律速段階」と呼ばれる第1段階、つまり酵素による初期分解のスピードに大きく依存しているという点です。資材の種類や土壌環境によって、酵素が働きやすいかどうかが決まり、それが結果として「分解が早い」「遅い」という現場での実感につながります。

 

  • 加水分解・酵素分解(第1段階): 水分や微生物が出す酵素により、プラスチックの長い鎖が切られ、ボロボロになる。
  • 微生物代謝(第2段階): 小さくなった分子を微生物が食べ、CO₂と水に変える。これが完了して「生分解」となる。
  • 環境依存性: 微生物が活発に動ける「温度」「湿度」「酸素」が揃わないと、このプロセスは停止してしまう。

農業用生分解性マルチの導入メリット

農業現場において生分解性プラスチック、特に生分解性マルチ(マルチフィルム)を導入する最大のメリットは、圧倒的な省力化廃棄コストの削減です。慣行農法で使用されるポリエチレン製のマルチは安価で丈夫ですが、収穫後の処理作業は農家にとって重い負担となります。

 

具体的なメリットを比較してみましょう。

 

特徴 一般的なポリマルチ 生分解性マルチ
収穫後の作業 はぎ取り、土落とし、運搬、廃棄 すき込みのみ(回収不要)
廃棄コスト 産業廃棄物処理委託費が発生 ゼロ土壌微生物が処理)
労働時間 10aあたり数時間〜数日の重労働 トラクター作業のみで完了
環境負荷 焼却によるCO₂排出、マイクロプラ残留リスク 最終的に水とCO₂に分解、廃棄物ゼロ
地温確保・保湿 非常に高い ポリマルチと同等の性能を持つ製品が多い

特に、人手不足が深刻化している現代の農業において、収穫後の一連の「片付け作業」を省略できることは、経営的なインパクトが非常に大きいです。繁忙期に人手を片付け作業に割く必要がなくなり、次の作付け準備にスムーズに移行できるため、作型の回転率を上げることも可能になります。

 

また、近年問題視されている農業残渣による環境汚染のリスクを低減できる点もメリットです。回収しきれずに畑に残ってしまったポリマルチの破片は、半永久的に土壌に残り続け、マイクロプラスチックとして流出する恐れがあります。一方、生分解性マルチであれば、仮に破片が残ったとしても、時間の経過とともに微生物が分解してくれるため、持続可能な農業経営(SDGs)のアピールポイントとしても有効です。

 

さらに、地域のJAや自治体によっては、環境配慮型農業への転換を支援するために、生分解性資材の導入に対して補助金を出しているケースもあります。導入コストはポリマルチの2〜3倍程度かかりますが、廃棄費用と削減できる人件費(労働時間)をトータルで計算すると、十分に採算が合うケースが増えています。

 

生分解資材のコストと選び方のポイント

生分解性マルチを導入する際、多くの農家が躊躇するのが「資材コストの高さ」です。一般的に、生分解性マルチの価格は通常のポリマルチの2倍から3倍程度と言われています。しかし、前述の通り「廃棄コスト」と「はぎ取り労働コスト」を含めたトータルコストで判断する必要があります。

 

資材を選ぶ際に最も重要なのは、「作物の栽培期間」と「分解速度」のマッチングです。生分解性プラスチックにはいくつかの種類があり、それぞれ分解のスピードや強度が異なります。自分の栽培する作物が収穫期を迎えるまでマルチとしての機能を維持し、収穫が終わったタイミングで速やかに分解が始まるものを選ぶのが理想です。

 

主な生分解性プラスチックの素材と特徴は以下の通りです。

 

  1. PBAT(ポリブチレンアジペートテレフタレート):

    現在、農業用マルチの主流となっている素材です。柔軟性があり、フィルムに加工しやすいため、ポリマルチに近い使用感があります。分解速度はややゆっくりで、ある程度の期間(3〜5ヶ月程度)被覆が必要な作物に向いています。

     

  2. PLA(ポリ乳酸):

    トウモロコシなどの植物由来のデンプンから作られる代表的なバイオプラスチックです。硬くて透明度が高いですが、単体では脆いため、PBATなどとブレンドして使用されることが多いです。分解には比較的高温高湿な条件が必要なため、初期の分解が遅く、長期間の栽培に適している場合があります。

     

  3. PBS(ポリブチレンサクシネート):

    耐熱性や機械的強度に優れています。他の素材と組み合わせることで、分解速度や強度を調整する役割を果たします。

     

選び方のポイントとして、メーカーは「早生タイプ」「中生タイプ」「晩生タイプ」など、分解までの期間を目安として表示しています。例えば、レタスやキャベツなどの短期作物には分解が早いタイプを、カボチャやサツマイモなどの長期作物には分解が遅く丈夫なタイプを選ぶ必要があります。

 

また、「厚み」も重要な要素です。厚手のフィルム(0.02mm以上)は物理的に丈夫で分解にも時間がかかりますが、薄手(0.018mm程度)のものは分解が早く進みます。コストを抑えるために薄いものを選びがちですが、栽培期間中に破れてしまっては意味がないため、作物の特性に合わせた厚み選定が不可欠です。

 

生分解性プラスチックとは?種類・特徴・用途をわかりやすく解説 | 瀧本株式会社
※PBAT、PLA、PBSなどの素材ごとの特性比較表や、農業用マルチとしての適性が分かりやすくまとめられています。

 

生分解が進まない時の原因と対処法

生分解性マルチを導入した農家から最も多く聞かれる不満の一つが、「すき込んだのにいつまでもフィルムが残っている」「分解が進まない」というトラブルです。メーカーの表示通りに期間を選んだはずなのに、なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

 

最大の原因は、気象条件と土壌環境のミスマッチです。生分解の主役はあくまで「微生物」であり、彼らが活発に活動できない環境では、どんなに高性能な資材を使っても分解は進みません。

 

  • 温度不足(低温):

    微生物の多くは、地温が15℃〜20℃以上になると活動が活発になります。晩秋や冬場にすき込みを行うと、地温が低すぎて微生物が冬眠状態になり、分解がほぼ停止します。寒冷地で冬越しをする作型の場合、春になって地温が上がるまでフィルム片が残り続けることがあります。

     

  • 水分条件(乾燥または過湿):

    加水分解には適度な水分が必要ですが、極端に乾燥した土壌では反応が起きにくくなります。逆に、水はけが悪く酸素が不足している土壌(嫌気状態)では、好気性微生物が働けず、分解が遅れることがあります。

     

  • 土壌微生物の貧困:

    長年、化学肥料農薬だけで管理され、有機物が少ない「痩せた土壌」では、分解を担う微生物の絶対数が不足している可能性があります。堆肥などを投入し、土づくりができている畑ほど、生分解性マルチの分解もスムーズに進む傾向があります。

     

【対処法とトラブル回避のコツ】

  1. すき込み時期の調整:

    可能であれば、地温が高い時期にすき込みを行います。冬場に収穫が終わる場合でも、すぐにすき込まずに春まで待つか、あるいは分解が遅れることを前提に、次の作付けに支障が出ないよう細かく裁断してからすき込むなどの工夫が必要です。

     

  2. ロータリーの回数を増やす:

    すき込み時に一度だけでなく、数回ロータリーをかけてフィルムを細かく粉砕し、土とよく混ぜ合わせることで、微生物との接触面積が増え、分解が促進されます。

     

  3. 有機質の投入:

    堆肥や微生物資材を併用して土壌中の微生物相を豊かにしておくことは、作物の生育だけでなく、マルチの分解促進にも効果的です。

     

また、意外な盲点として「pH」の影響もあります。強酸性や強アルカリ性の土壌では微生物の活性が下がるため、適切な石灰資材の投入などでpH矯正を行うことも、間接的に生分解を助けることになります。

 

最新の生分解技術と酵素による制御

これまで、生分解性マルチの弱点は「分解のタイミングを人間がコントロールできない」ことでした。天候不順で早めに分解が始まってしまったり、逆にいつまでも残ってしまったりという不安定さが、普及の足かせとなっていました。しかし、最新の研究によってこの課題を解決する画期的な技術が生まれつつあります。

 

その代表例が、分解酵素(PaEなど)のスプレー散布技術です。農研機構などの研究グループは、特定の酵素を生分解性プラスチックに散布することで、その瞬間から劇的に分解を加速させる技術を開発しました。

 

この技術の仕組みは以下のようなものです。通常、生分解性フィルム(特にPBATなどの丈夫な素材)は、自然界ではゆっくりと分解が進みます。しかし、ここにプラスチックの分子鎖を切断する強力な酵素液を散布すると、数時間から翌日にはフィルムの強度が急激に低下し、ボロボロの状態になります。

 

生分解性農業用マルチフィルムの分解を加速させる方法を実証 | SMART AGRI
農研機構による「酵素散布による分解加速技術」の実証実験の結果や、具体的な効果(翌日には強度が低下し、すき込みが容易になる等)について詳しく紹介されています。

 

この技術が実用化されれば、農家は以下のような運用が可能になります。

 

  1. 栽培期間中は、耐久性の高い丈夫な生分解性マルチを使用し、不意の破れや早期分解を防ぐ。
  2. 収穫が終わった直後、またはすき込みの前日に「分解酵素スプレー」をトラクターやドローンで散布する。
  3. 酵素の働きでフィルムが脆くなった状態でロータリーをかけ、完全に土に還す。

これにより、「丈夫さ」と「分解しやすさ」という、相反する要素を両立させることができます。31℃の夏場だけでなく、14℃程度の晩秋の気温でも効果が確認されており、幅広い作型での利用が期待されています。

 

また、将来的には「スイッチ機能付き」の生分解性素材も研究されています。特定の波長の光(紫外線など)や熱を加えることで分解スイッチが入り、一気に崩壊が始まるといった次世代素材です。

 

農業資材の技術は日進月歩です。初期の生分解性マルチは「高いだけで使いにくい」という評価もありましたが、現在は素材の改良も進み、さらに酵素技術などの周辺技術も整ってきています。これからの農業経営において、生分解性資材を「賢く選び、制御して使う」ことは、持続可能で利益の出る農業を実現するための必須スキルとなっていくでしょう。

 

 


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