自家採種を繰り返すだけで、2〜3年後に収量が壊滅的に落ちることがあります。
種子伝染性病害とは、糸状菌・細菌・ウイルスなどの植物病原体が種子に付着・混合、あるいは種子の内部に潜伏して伝播する病害のことです。 病原体が種子表面に付着する「外部付着型」と、種子の内部組織に入り込む「内部潜伏型」の2つに大きく分けられます。
参考)http://jppa.or.jp/onlinestore/shuppan/images-txt/2024/2024_0606.pdf
外部付着の場合は種子消毒で比較的取り除きやすい一方、内部潜伏型の病原体は消毒処理をしても完全には排除しにくいのが特徴です。 病原体は発芽・生育の過程で植物体に感染を広げ、収穫量の減少や品質の低下を引き起こします。つまり「種子を植えた瞬間から、病害リスクも一緒に植えている」という状態になりえます。
感染経路をもう少し細かく見ると、以下の3種類に分類できます。
参考)http://jppa.or.jp/archive/pdf/53_11_03.pdf
参考)【植物の病害あれこれ】穀類の病気まとめ②ムギ・ダイズ編。病害…
病害の発生リスクは「どの経路で感染しているか」によって防除方法が変わります。
これが基本です。
日本の主要作物を中心に、種子伝染性病害として農業現場に最も大きな影響を与えてきた病害を確認しておきましょう。
🌾 イネの主な種子伝染性病害
| 病害名 | 病原体の種類 | 主な症状 |
|---|---|---|
| ばか苗病 | 糸状菌(Fusarium fujikuroi) |
苗が異常に徒長・枯死 |
| もみ枯細菌病 | 細菌 | 苗期に葉鞘が褐変・腐敗 |
| いもち病 | 糸状菌(Pyricularia oryzae) |
葉・穂に褐色の病斑 |
| ごま葉枯病 | 糸状菌(Cochliobolus miyabeanus) |
葉にごま状の褐色斑点 |
| 心枯線虫病 | 線虫 |
籾の内部で線虫が増殖・品質低下 |
特に注意が必要なのがばか苗病です。 発病した圃場の稲ワラ・もみ殻・米ぬかすら伝染源になり、翌年の育苗箱・作業場経由で感染が広がります。 発生後の有効な防除方法はなく、「発見=手遅れ」になりやすい病害です。
参考)Object moved
🌿 ムギ・ダイズの主な種子伝染性病害
参考)https://www.jppn.ne.jp/jpp/bouteq/yosatu_data/3_mugi_etc.pdf
参考)小麦 病害図鑑|症状や発生要因、防除ポイント・農薬について|…
ダイズ萎縮病の種子伝染率は品種によって30〜100%という幅があります。 つまり、品種選択そのものが種子伝染リスクの大小を左右するということですね。
農業資材サイト「農薬・資材.com」では各病害の詳細な症状や対策農薬情報が確認できます。
種子伝染性病害の防除において最も重要なのが、「播種前の種子消毒」です。 病原体の第一次伝染源を播種の時点で断ち切ることで、圃場全体への拡散を最小限に抑えられます。
参考)https://www.ktpps.org/pdf/journal/50(2003)_body_01.pdf
農薬を使わない「温湯消毒(おんとうしょうどく)」は、60〜62℃の温湯に種籾を10分間浸漬する方法です。 北海道農業研究センターのデータでは、62℃・10分間処理でばか苗病に対して99%の防除効果が確認されています。 農薬の茎葉散布に比べ、種子1粒あたりの農薬付着量が100〜1000分の1ほどに抑えられる点も評価されています。jstage.jst+2
ただし、温湯消毒には注意点があります。
参考)http://www5b.biglobe.ne.jp/~Aigamo21/Hot%20Water%20Treatment/Acrobat%20Text/(J)Seed%20Treatment.pdf
参考)https://jppa.or.jp/onlinestore/shuppan/images-txt/2021/2021_0907.pdf
化学農薬を使う場合、殺菌剤を種子に直接コーティングする「種子処理剤」が一般的です。 地上部への茎葉散布と比べて少量の農薬で広範囲に対応できるのが利点ですが、登録農薬の適用範囲を必ず確認する必要があります。patents.google+1
温湯か農薬か、どちらが絶対にいいというわけではなく、病害の種類・作物・農薬使用の方針に合わせて選ぶのが基本です。
種子伝染性病害の蔓延を長期的に防ぐ上で、「種子更新」は非常に重要な手段です。 自家増殖(自家採種を繰り返すこと)は、品質管理が行き届かないまま病原体が世代を超えて種子に蓄積するリスクを高めます。
参考)https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000920320201117004.htm
広島県立総合技術研究所の調査では、新しく線虫感染率の低い種子を購入してから栽培を繰り返すと、2〜3年で線虫の大発生が起こりやすいと報告されています。 これは、自家採種での循環が病原体密度を指数的に高める典型的な事例です。
意外ですね。
種子更新を実践する際のポイントは以下の通りです。
参考)https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000167637.pdf
種子更新にはコストがかかります。しかし、発病後の防除コストや収量減損と比べると、事前投資としての費用対効果は非常に高いといえます。
これは使えそうです。
農水省では種子生産に関わる法令・制度の情報も整備されています。防除対策の制度的背景を確認したい場合はこちらが参考になります。
国内の自家採種や農薬管理に注目が集まる一方で、「輸入種子経由の病原体侵入」は農業従事者にとってまだ意識が低いリスクの一つです。
植物防疫法では、種子伝染性病害を引き起こす病原体を含む「検疫警戒有害植物」を指定し、国内への侵入を厳重に警戒しています。 イネ・ムギ・ダイズのように国内でほとんどの種子を生産する「普通作物」と異なり、野菜・花き類は海外から種子を輸入するケースが多く、国際的な感染リスクが異なります。
国際的な観点では、次のような点が重要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpestics/28/4/28_440/_pdf
国内農業だけを見ていると気づきにくい視点です。 輸入資材(特に野菜・花き向け種子)を使用している農家は、種苗会社の消毒済み証明を必ず確認する習慣をつけておくことが大切です。
病害の国際動向については、日本植物防疫協会が継続的に情報を発表しており、最新の種子伝染性病害の動向を調べる際に役立ちます。
水稲における種子伝染性病害防除の現状と種子無病化への試み|日本植物防疫協会