土壌にカルシウムが十分あっても、いちごはチップバーンを起こすことがある。
チップバーン(Tip Burn)とは、いちごの新しい葉の葉縁(ようえん)や萼片(がくへん)の先端部分が、焼けたように褐変して枯死する生理障害です。病害虫が原因ではなく、カルシウム欠乏によって引き起こされる「生育上のトラブル」に分類されます。
症状の特徴は「新しい葉」に出ること。
これが重要なポイントです。
古い葉の縁が枯れてくるのは老化現象であり、チップバーンとは別物です。また、葉全体が縮れたり変色している場合は、ホコリダニやアザミウマの寄生、あるいは農薬の薬害が疑われます。チップバーンは必ず「新葉の葉縁のみが褐変する」という点を確認してください。
特に発生しやすい時期は冬から春にかけて。ハウス内の温湿度変化が大きくなる厳寒期に、症状が集中して現れることが多いです。
| 項目 | チップバーン | 老化・薬害との違い |
|---|---|---|
| 発生部位 | 新葉(上位葉)の縁 | 老化は古い葉、薬害は全体 |
| 変色の様子 | 葉縁が褐変・枯死 | 老化は均一に黄変、薬害は縮れ |
| 原因 | カルシウム欠乏(生理障害) | 老化・農薬・害虫 |
| 治癒 | 発生した部位は回復しない | 要因除去で改善 |
チップバーンの直接原因は、いちごの植物体内におけるカルシウム不足です。カルシウムは細胞分裂に不可欠な栄養素であり、不足すると細胞壁や細胞膜が維持できなくなって壊死を誘発します。
ここで多くの農業従事者が誤解しやすいのは「土壌にカルシウムがあれば大丈夫」という考え方です。実はカルシウムは植物体内での移動が非常に遅く、一方通行(根→茎→葉先の方向)にしか移動しません。そのため、土壌中に十分なカルシウムが存在していても、根からの吸収が阻害されたり、蒸散量が低下したりすると、細胞分裂が盛んな新葉の葉先にカルシウムが届かなくなるのです。
つまり問題は「土壌中のカルシウム量」ではなく「カルシウムが新葉まで届いているかどうか」という点にあります。施設栽培では土壌のカルシウムが不足することは少なく、吸収・移行を妨げる環境的・栄養的な要因が主役となっていることを理解しておくことが大切です。
高知県農業ネット(公的機関)が公開するいちごのチップバーン発生情報も参考にしてください。
窒素過多はチップバーンを引き起こす、最も代表的な要因のひとつです。窒素肥料を多く与えると、土壌中の陽イオンバランスが崩れ、カルシウムの吸収が阻害されます。特にアンモニア態窒素はカルシウムと同じ陽イオンであるため、直接的な拮抗(きっこう)作用を引き起こします。
窒素が多い環境では草勢が旺盛になり、果実も大きくなるため、ついつい施肥量が増えがちです。しかし草勢が強くなればなるほど、カルシウムの需要も増え、供給が追いつかなくなります。これが「よく育っているのになぜかチップバーンが出る」という現象の背景にある理由です。
土耕栽培なら元肥の窒素量を見直すことが基本です。高設栽培・養液栽培の場合は液体肥料のECを下げ、窒素濃度を適正範囲に調整することが有効です。
かん水量が不十分で培地や土壌が乾燥した状態になると、カルシウムの吸収が著しく低下します。カルシウムは水とともに根から吸い上げられて植物体内を移動するため、土壌が乾燥すると、カルシウムの輸送効率が落ちてしまいます。
よく見られるのが「糖度を上げるためにかん水を控えた」「灰色かび病の予防のために乾燥気味にした」というケースです。糖度向上や病害防除は大切な目標ですが、乾燥しすぎると根が傷み、カルシウム吸収量が減少するという副作用があります。
これは知らないと損する情報です。
また、収穫が始まると着果負荷(果実への養分集中)によって根量が低下します。なり疲れの状態になるとカルシウムや水の吸収量が減り、チップバーンやガク枯れが連鎖的に起きやすくなります。
土壌の水分状態を客観的に把握するには、テンションメーター(土壌水分計)の活用が効果的です。土壌pFを1.7〜2.1の範囲で管理することを目安にすると、チップバーンの発生を大幅に抑えられることが研究データでも示されています。
土壌中の塩基バランスが乱れると、拮抗作用によってカルシウムが吸収されにくくなります。つまり、土壌検査でカルシウムの数値が適正範囲にあったとしても、他の塩基(カリウム、マグネシウム、ナトリウムなど)が過剰であれば、実質的にカルシウム欠乏と同じ状態が生まれます。
理想の塩基バランスはカルシウム:マグネシウム:カリウム=5:2:1とされています。このバランスが崩れるほど拮抗作用のリスクが上がります。施設栽培では連作による塩類集積が起きやすく、特定の塩基が蓄積しやすい点に注意が必要です。
カルシウムだけを補給しても根本的な解決にならないことがある、というのがここでのポイントです。土壌分析を実施して塩基バランスを可視化し、問題のある塩基を特定してから改善策を立てることが重要です。
イチゴをチップバーンから守れ!(塩基バランスと根の状態の解説)|セイコーエコロジア
施設栽培特有の環境変化も、チップバーン発生に深く関わっています。高温環境になると植物の生長速度が速まりますが、生長が速すぎるとカルシウムの供給が追いつかず、細胞壁の強度が弱い状態で新葉が形成されます。
これが葉縁の枯死につながります。
また、ハウス内で温湿度が大きく変動する状況も危険です。冬の夜間に気温が3℃程度まで下がって結露が発生し、昼間に温度が30℃近くまで上昇して急乾燥する、という状況が繰り返されると、葉のカルシウム供給が不安定になりチップバーンが起きやすくなります。
さらに、高湿度の環境では葉の気孔が閉じて蒸散が低下します。蒸散が低下するとカルシウムの体内移行も低下するため、土壌からの供給量に関係なく新葉へのカルシウム到達が妨げられます。
高温期には換気・遮光による温度管理、厳寒期には夜間温度の維持と朝の適切な換気によって湿度を調整することが有効な対策となります。
チップバーンは品種によって発生しやすさが大きく異なります。
これは一般にあまり知られていない事実です。
同じビニールハウス内で同じ管理をしていても、品種によってチップバーンが多発する株とほとんど起きない株が並ぶことがあります。
例えば「とちおとめ」はチップバーンが発生しやすい品種として研究報告(千葉県農林総合研究センター、2020年)でも明記されています。一方、品種によってはカルシウムの吸収効率や体内移行能力に差があり、同じ栽培条件でも発生率に大きな開きが出ることがわかっています。
新しい品種を導入する際や、既存のハウスで品種を切り替える際には、その品種のチップバーン発生リスクを事前に確認することが損失を防ぐ上で重要です。試験栽培や産地情報を参考にして、ハウスの環境条件に合った品種選定を行いましょう。
イチゴ「千葉S4号」の栽培法 第3報 チップバーンの発生に及ぼす肥料吸収特性(千葉県農林総合研究センター研究報告)
チップバーンは見た目の問題だけではありません。放置すると、深刻な経済的損失につながります。
まず光合成への影響です。
新葉の葉縁が枯死すると葉面積が減少し、光合成量が低下します。その結果、株の生育が停滞し、全体的な収量が下がります。
さらに深刻なのがガク枯れとの関係です。チップバーンと同様のカルシウム欠乏によって、いちごのガク(ヘタ)部分が褐変するガク枯れが発生します。果実自体に問題がなくても、ガクの見た目が悪いと「高級いちご」や贈答用としての出荷ができなくなり、商品価値が著しく低下します。
症状が重い場合は不受精果が増え、収量減少に直結します。また、チップバーンが起きた新葉の枯死部分は、灰色かび病(Botrytis cinerea)の感染口になりやすいという側面もあります。一度病原菌が侵入すると隣接する果実にも被害が広がるため、二次的なリスクも念頭においておく必要があります。
チップバーン対策の基本は、土壌を適切な水分状態に保つことです。カルシウムは水とともに植物体内を移動するため、土壌の乾燥はカルシウム輸送の直接的な妨げになります。
灌水基準には土壌pFの管理が効果的です。研究データによると、土壌pFをpF2.1(やや乾燥気味)で管理した区と比べて、pF1.7(適湿)で管理した区ではチップバーンの発生株率が大幅に低下しています。土壌水分計(テンションメーター)を活用することで、目視では判断しにくい土壌水分量を数値で確認できます。
ただし、過剰な灌水は根腐れを引き起こし、逆にカルシウム吸収を妨げます。乾燥も過湿も避け、「適湿維持」が基本方針です。かん水を増やす際は、一度に大量に与えるのではなく、少量・頻回で行うのが根への負担を抑えるうえでも有利です。
土壌中のカルシウム量が不足していると確認された場合は、カルシウム肥料の追肥を行います。カルシウム肥料は水に溶けにくいものが多いため、硝酸石灰のような水溶性の高いタイプを選ぶことが肝心です。
ただし重要な前提があります。施設栽培では土壌中のカルシウムが「不足している」ケースは比較的少なく、問題の多くは「吸収・移行の阻害」によるものです。カルシウム肥料を増やしても根本原因(乾燥・塩基バランスの乱れ・窒素過多)が解消されない限り、症状の改善は限定的です。
応急措置として葉面散布を行う場合は、キレートカルシウムを含む水溶性資材が効果的とされています。
散布濃度は必ず規定倍率を守ること。
濃すぎると新葉に薬害が生じる危険があります。0.5%の塩化カルシウム液の葉面散布は公的機関(高知県農業ネット)も推奨する応急処置です。
窒素過多を防ぐことは、チップバーン予防の根幹です。
特に元肥を多めに入れた年は注意が必要です。
土壌中に残存窒素が多ければ、追肥を控えても草勢が強くなり、カルシウム吸収阻害が続きます。
施肥設計を見直すタイミングは、作型開始前の土壌分析の段階です。土壌中の窒素残量を把握してから元肥量を決定することで、窒素過多を未然に防ぐことができます。土壌分析は都道府県の農業改良普及センターや民間の土壌分析サービスを利用すると費用と時間を抑えて実施できます。
高設栽培の場合は液体肥料のEC管理が直接的な施肥量コントロールになります。ECが高いほど窒素を含む各成分の濃度が上がるため、チップバーンが多発している状況では、まずECを下げることを検討してみてください。
ハウス内の温湿度を安定させることは、チップバーン予防において見落とされがちですが重要な対策です。特に厳寒期は夜間と昼間の温度差が大きくなりやすく、それに伴って湿度変化も激しくなります。
朝の換気は必須です。夜間に結露した湿気をハウス内に留めたままにすると、湿度過多でカルシウムの蒸散移行が妨げられます。逆に昼間はハウスを閉め切りにすると気温が急上昇し、乾燥状態になってカルシウム輸送が阻害されます。基本は朝の早い時間帯に換気を行い、その後は気温の上昇に合わせて開口量を調整するという管理です。
また、曇天続きのあとに急に晴天になる天候変動のタイミングは特に要注意です。この時期はカルシウムの移行が急に変化するため、集中的な葉面散布や灌水調整でリスクを分散することが効果的です。
多くの農業従事者は「チップバーンは栽培シーズン中に管理するもの」と考えがちですが、実は育苗期の根張りの良しあしが、定植後のチップバーン発生リスクを大きく左右します。
これが見落とされやすい独自の視点です。
育苗ステージでしっかりと根量を確保した株は、定植後に土壌中のカルシウムや水分を効率よく吸収できます。逆に育苗中に根が傷んだり根量が少ない状態で定植すると、厳寒期に根からの吸収量が落ちてチップバーンが多発しやすくなります。
根張りを強化するための対策として、アーバスキュラー菌根菌を含む微生物資材の活用があります。菌根菌はリン酸の吸収を補助しながら根の細根を増やす効果があり、育苗期から施用することで定植後の根量確保につながります。ランナー切り離し後の充実期間に施用するのが効果的な時期とされています。
育苗期に取れる対策は少ないと思われがちです。しかし根張りへの投資は、シーズン全体のチップバーン発生率を下げるという大きなリターンをもたらします。
イチゴ栽培で葉面散布をするべき理由とは?効果と対策を徹底解説|セイコーエコロジア
すでにチップバーンが発生してしまった場合の対処で、まず覚えておくべき大原則があります。チップバーンが起きた新葉は取り除かないことです。
これは多くの農家が直感に反して感じる点かもしれません。葉先が枯れた葉は見た目が悪く、取りたくなるのが自然な心理です。しかし新葉は光合成が最も活発な部位であり、取り除いてしまうと光合成量が大幅に減り、株の回復力がさらに落ちてしまいます。
また、すでにチップバーンが発生した葉にカルシウムを葉面散布しても、その葉のチップバーンは治りません。葉面散布が有効なのは「まだ発生していない新しい葉へのカルシウム供給」という予防・拡大防止の目的に限られます。
対処の優先順位は以下の通りです。
チップバーンを年間を通じて予防するには、各作業ステージでの対策を組み合わせることが重要です。
| 時期・ステージ | 重点対策 |
|---|---|
| 育苗期(6〜9月) | 根張りの強化、微生物資材活用、育苗培土のEC管理 |
| 定植前(9〜10月) | 土壌分析・塩基バランス確認、カルシウム含有元肥の施用 |
| 定植後〜開花期(10〜12月) | かん水管理の徹底(pF1.7管理)、窒素過多の回避 |
| 厳寒期・収穫盛期(12〜2月) | 温湿度変化の抑制、朝の換気、キレートカルシウム葉面散布 |
| 収穫後半(3〜5月) | なり疲れによる根量低下に注意、着果負荷の調整 |
各ステージで「カルシウムが植物体内に届いているか」を意識した管理を続けることが、チップバーンを減らし収量と品質を守るための基本です。一度発生が起きた農園では、翌シーズンに向けた土壌分析と施肥設計の見直しを必ず実施することをおすすめします。
いちごのチップバーン・ガク枯れの詳細な原因と対策については以下も参照してください。
いちごのチップバーン・ガク枯れの原因と対策|株式会社イチゴテック(2026年1月更新)