農業は世界全体の温室効果ガス排出のうち、おおよそ24〜25%が関わるとされており、その内訳はメタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、二酸化炭素(CO₂)が中心です。
とくに畜産の反芻動物による腸内発酵と糞尿管理からのメタン、窒素肥料や家畜ふんの施用から発生する一酸化二窒素は、CO₂に比べて温暖化効果が数十〜数百倍と強く、少量でも地球温暖化への寄与が大きいのが特徴です。
水稲栽培は冠水した圃場の嫌気的条件でメタンを発生させる一方、田面の水管理を工夫することで排出量を抑える余地があります。
参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/ondanka.pdf
また、森林や草地を農地に転換する際の伐採・火入れに伴うCO₂放出も、農業起因の排出として国際的に問題視されており、いわゆる「土地利用変化(LULUCF)」が排出構造の重要な一角を占めています。
参考)農業が地球温暖化に与える影響とは?温室効果ガス排出量の現状と…
日本は世界全体から見れば排出量のシェアは限定的ですが、国土の多くが山地で可耕地が少ない中、集約的な水田・畑作・果樹・畜産が集中しており、単位面積あたりの投入エネルギーや肥料が多いという特徴があります。
その結果、窒素肥料由来の一酸化二窒素や、畜産のメタン排出などは、農業部門の中で相対的に無視できない割合を占めており、温暖化対策基本計画でも農業由来排出量の削減が明確に掲げられています。
一方で、日本列島ではこの数十年で年平均気温が約1.3℃上昇しており、猛暑日の増加や豪雨パターンの変化が農業を直撃しています。
参考)気候変動問題が農業に与える影響とは?|環境エネルギー事業協会
水稲での高温登熟による白未熟粒や胴割れ米の増加、リンゴやブドウなど果樹の着色不良・日焼け果、ミカンの糖度と酸度バランスの変化、野菜の花芽分化障害など、70品目以上で品質低下や収量への影響が確認されているとの報告もあります。
参考)地球温暖化による乾燥化の影響とは!?農作物への影響も解説|環…
地球温暖化は単に平均気温を押し上げるだけでなく、極端高温・集中豪雨・干ばつといった極端現象の頻度と強度を変え、それが農業にとって最も厄介なリスクとなっています。
高温は水稲の登熟障害や果樹の日焼け、野菜の着果不良を引き起こし、豪雨は圃場の冠水・土壌流亡・根傷みを増やし、干ばつは畑作物の生育遅延と品質劣化を招くため、「平年並みの年」が減り、作柄の振れ幅が大きくなる傾向が強まっています。
病害虫の面でも、気温上昇により越冬できる範囲が北へ・高地へ広がり、発生世代数も増加すると予測されています。
参考)農業・林業・水産業 | 気候変動適応とは | 気候変動適応情…
たとえば、これまで温暖な地域に限られていた害虫が東北・北海道でも定着し始めることや、稲の紋枯病・穂いもちの発生時期が変化するなど、「防除カレンダー」が通用しにくくなる事例が報告されています。
水資源については、夏場の高温と降水パターン変化が相まって、水田用水の不足リスクが地域によって高まると見積もられており、2℃程度の気温上昇でも九州の一部水田では8月期の潜在的な水不足が顕著になるとの試算もあります。
参考)https://chushikoku.env.go.jp/content/000081244.pdf
こうした変化は、単に「暑くてつらい」というレベルを超え、用水確保のためのダム運用・水利調整・作付け体系変更など、地域ぐるみの対応を迫る可能性があります。
参考)https://www.env.go.jp/council/06earth/y060-kondan05/ext01-5.pdf
農業は温室効果ガスの発生源である一方、土壌や樹木に炭素を蓄える「吸収源」としての役割も持っており、緩和(排出削減)と適応(影響への対応)を同時に進めることが求められています。
日本の農林水産省は「気候変動適応計画」の中で、高温耐性品種の開発・導入、作期の前倒しや後ろ倒し、湛水と中干しのタイミング調整、マルチや被覆資材による地温・土壌水分の管理といった具体策を提示しています。
水稲では、高温に強い品種(例:登熟時の白未熟粒が出にくい系統)の普及と、出穂・登熟期が猛暑ピークを避けるような移植時期の調整、水深管理の工夫などが、すでに現場で一定の成果を上げています。
参考)https://www.affrc.maff.go.jp/docs/report/pdf/no23.pdf
果樹では、日焼け果対策としての遮光ネット利用や樹冠管理、傾斜地の水はけ改善、適地移動に備えた品種・台木の見直しなどが検討されており、茶や麦・大豆でも適応技術のマニュアル化が進められています。
参考)農業分野も無視できない地球温暖化の影響。 - 農業メディア│…
緩和策としては、家畜ふん尿のメタン回収・バイオガス利用、堆肥化の高度化によるN₂O排出抑制、効率的な施肥設計と精密農業技術の導入、水田の中干し期間の工夫によるメタン削減などが挙げられます。
参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/index-154.pdf
「温暖化対策=コスト増」というイメージがありますが、燃料・肥料高騰の中で、施肥の最適化や省エネ施設の導入は、経費削減と排出削減を同時に達成しうる投資でもあり、国の補助制度も組み合わせることで中長期的なメリットが期待できます。
参考)【農林水産省に聞く】農業分野における気候変動の影響の実態と、…
現場レベルでの適応戦略を考える際は、「1年ごとの天気への場当たり対応」ではなく、「10〜20年先の平均状態のズレ」を前提に作付体系や設備投資を組み立てる発想が重要になります。
たとえば、これまで「高温年だけ発生する特別な障害」だった白未熟粒や日焼け果が、今後は平年レベルで常態化する可能性があるのであれば、早めに高温耐性品種への切り替えや遮光設備の整備を進めておくことで、競合産地との差を広げることもできます。
意外な視点として、温暖化により北日本や高冷地で栽培可能な作物の幅が広がる「プラスの側面」も指摘されています。
参考)温暖化で作物の収量は減る?増える?
たとえば、これまで暖地向けとされていた果樹や野菜の一部が、将来的には東北・北海道でも安定生産できるようになるというシナリオがあり、適地移動を見据えた品目転換・新品目試験は、リスク回避であると同時に新市場開拓のチャンスにもなり得ます。
また、土壌中の炭素を増やす「炭素農業(カーボンファーミング)」や、水田の湿地機能を活用した生物多様性保全型の栽培体系など、温暖化対策と地域ブランディングを組み合わせた取り組みも海外を中心に進み始めています。
将来的には、土壌炭素の増加量や温室効果ガス排出削減量を「クレジット」として販売する仕組みが一般化すれば、温暖化対策そのものが新たな収入源になる可能性もあり、日本でも試行事例が徐々に増えつつあります。
農林水産分野への温暖化影響と適応策の全体像についての詳しい日本語資料
農林水産省農林水産技術会議事務局「地球温暖化が農林水産業に与える影響と対策」:日本の作物・林業・水産業への影響と適応技術が体系的に整理されています。
日本の農業・林業・水産業における気候変動適応策の概要
国立環境研究所 気候変動適応情報プラットフォーム「3-1 農業・林業・水産業」:最新の被害事例と対策メニューを確認できます。