抵抗性台木を使っても被害が出る圃場が約80%です。
ネコブセンチュウ抵抗性台木とは、土壌中に生息するネコブセンチュウ類の寄生を防ぐ遺伝的特性を持つ植物の根部分のことです。トマトやナスなどの果菜類栽培では、この抵抗性台木に商品価値のある穂木品種を接ぎ木することで、土壌病害と線虫被害の両方を軽減する栽培技術として広く活用されています。
抵抗性台木が線虫被害を防ぐ仕組みは、根に侵入しようとするネコブセンチュウの幼虫を認識し、細胞レベルで防御反応を起こすことにあります。具体的には、センチュウが根に侵入すると、その部分の細胞が壊死して寄生を阻止するのです。これにより、センチュウは十分な栄養を得られず増殖できなくなります。
トマト栽培で広く使われているMi遺伝子を持つ品種や台木は、サツマイモネコブセンチュウ、ジャワネコブセンチュウ、アレナリアネコブセンチュウの一部系統に対して高い抵抗性を示します。一方、ナス栽培で主流のトルバムビガーは、Solanum torvumという野生種を利用した台木で、より広範囲のネコブセンチュウ種に対応できる特徴があります。
抵抗性台木を使うメリットは、化学農薬による土壌消毒を減らせることです。土壌くん蒸剤は10aあたり5万円から10万円程度のコストがかかりますが、抵抗性台木なら初期投資だけで継続的な防除効果が期待できます。
ただし、抵抗性台木にも限界があります。後述する「抵抗性打破」という現象が起きると、台木の防御機能が機能しなくなるのです。大分県の調査では、被害が出ている圃場のサツマイモネコブセンチュウを調べたところ、すべてが抵抗性を突破する系統だったという衝撃的な結果が報告されています。
つまり抵抗性台木は万能ではないということですね。
圃場の線虫種を正確に把握し、それに合った台木を選ぶことが収量確保の第一歩となります。線虫種の同定には専門機関での土壌診断が必要で、各都道府県の農業試験場や民間の土壌診断サービスに依頼できます。診断費用は1検体あたり5,000円から1万円程度ですが、この投資が後の大きな損失を防ぐことにつながります。
農研機構の「有害線虫総合防除技術マニュアル」では、線虫種の見分け方と抵抗性台木の選択基準について詳しく解説されています
日本で農作物に被害を与える主要なネコブセンチュウは3種類あります。サツマイモネコブセンチュウ、キタネコブセンチュウ、アレナリアネコブセンチュウです。それぞれの種類によって寄生できる作物が異なり、抵抗性台木の効果も変わってきます。
サツマイモネコブセンチュウは温暖地に多く発生し、ナス科やウリ科の野菜に広く寄生します。根にできるコブが連続して大きくなるのが特徴で、イチゴやラッカセイには寄生しません。このセンチュウに対しては、トマトのMi遺伝子を持つ台木やナスのトルバムビガーが高い抵抗性を示します。
しかし問題なのは、このサツマイモネコブセンチュウに「抵抗性打破系統」が存在することです。大分県の現地調査では、線虫被害が出ている圃場の約80%でサツマイモネコブセンチュウが検出され、しかもそのすべてが抵抗性台木を突破する能力を持った系統だったのです。これは長年の連作により、抵抗性を回避できる個体が選抜されてきた結果と考えられています。
キタネコブセンチュウは寒冷地に多く、イネ科植物には寄生しません。根のコブは小さく連続せず、コブから細根が出ているのが見分けるポイントです。このセンチュウに対しては、一般的なMi遺伝子は効果がありません。つまり、トマトの標準的な抵抗性台木では防げないということです。
寒冷地でトマトやナスを栽培している場合、キタネコブセンチュウが優占種になっている可能性があります。この場合は土壌消毒や対抗植物との組み合わせが必須となります。実際、北海道や東北地域の施設栽培では、抵抗性台木だけでは十分な効果が得られないケースが報告されています。
アレナリアネコブセンチュウはワタやイチゴには寄生しない特徴があります。ナス用台木のトルバムビガーはサツマイモネコブセンチュウには強い抵抗性を示しますが、アレナリアネコブセンチュウ、特に沖縄型と呼ばれる系統には弱いことが分かっています。沖縄や南西諸島でナス栽培を行う際は、この点を考慮した台木選択が重要です。
品種選びが栽培成功の鍵です。
複数種のネコブセンチュウが混在している圃場も少なくありません。そのような場合、単一の抵抗性台木では完全な防除ができないため、複合的な対策が必要となります。農研機構が開発中の「ハリナスビ」という新しいナス用台木は、複数種のネコブセンチュウに対して抵抗性を持つことが確認されており、今後の普及が期待されています。
線虫種の判別には専門的な知識が必要ですが、根に形成されるコブの形状や発生地域である程度推測できます。ただし、確実な防除のためには、土壌サンプルを採取して専門機関でベルマン法などによる線虫分離と顕微鏡観察による種の同定を行うことをおすすめします。
ナス栽培で最も広く使われている抵抗性台木が「トルバムビガー」です。この台木は半身萎凋病、半枯病、青枯病、ネコブセンチュウに対して複合的な抵抗性を持ち、1981年の登録以来40年以上にわたって日本のナス栽培を支えてきました。草勢が強く耐暑性に優れているため、トンネル早熟栽培から抑制栽培まで幅広い作型に対応できます。
トルバムビガーの大きな特徴は、養水分の吸収能力が高いことです。これにより高温・乾燥による草勢の低下が少なく、長期間にわたって安定した収量を確保できます。ただし、種子が小さく初期生育が遅いため、育苗期間を長めに取る必要があります。接ぎ木作業までに通常より7日から10日程度余分に時間がかかることを計画に入れておきましょう。
トルバムビガーには弱点もあります。低温伸長性がやや劣るため、冬春栽培では初期生育が緩慢になることがあります。また、前述のとおりアレナリアネコブセンチュウの一部系統には効果が薄いという問題もあります。さらに、長年の連作圃場では抵抗性が打破される事例も報告されています。
これらの課題に対応するため、「トナシム」という改良型の台木が開発されました。トナシムはトルバムビガーより青枯病に対して強く、生育初期の草勢がおとなしいため初期収量が安定します。茎や葉にトゲがないので作業性が良く、根上がりも少ないという実用面でのメリットがあります。
どういうことでしょうか?
根上がりとは、台木の根が地表近くに張り出してくる現象で、栽培管理の邪魔になったり、土壌病害に感染するリスクが高まったりします。トナシムはこの根上がりが少ないため、マルチ栽培でも管理しやすいのです。
トマト用の抵抗性台木では、Mi遺伝子を持つ品種が主流です。市販されている台木用品種の多くは、サツマイモネコブセンチュウとジャワネコブセンチュウに対する抵抗性を持っています。「がんばる根」「グリーンガード」「マグネット」などが代表的な品種です。
これらのトマト用台木は、ネコブセンチュウ抵抗性だけでなく、青枯病や褐色根腐病などの土壌病害に対する複合抵抗性を持つものが増えています。近年は特に褐色根腐病の被害が拡大しているため、両病害に対応できる台木品種の選択が推奨されています。
注目すべき新しい開発が農研機構で進められています。ナス用台木品種候補の「ハリナスビ」は、複数種のネコブセンチュウに抵抗性を持ち、半身萎凋病や半枯病にも強い特性を持っています。さらに、トルバムビガーより低温伸長性に優れているため、促成栽培での高収量が期待できます。
農研機構の試験では、ハリナスビを台木として使った場合、サツマイモネコブセンチュウの増殖率が0.1倍に抑えられました。これは栽培前に比べて線虫密度が10分の1になったということです。一方、自根栽培では増殖率が48倍にもなり、抵抗性台木の効果の大きさが実証されています。
ハリナスビのもう一つの可能性は、トマト用台木としての利用です。日本にはトマトの抵抗性打破系統に対して有効なトマト系統がないため、ナス科の近縁種であるハリナスビがトマト台木として実用化されれば、経済効果はナスの数倍以上になると期待されています。
台木選択では作型との相性も重要です。促成栽培のように低温期に栽培する場合は低温伸長性の高い品種を、抑制栽培のように高温期から始める場合は耐暑性と草勢維持能力の高い品種を選ぶことで、収量を最大化できます。
農研機構の研究報告「新たなナス用台木品種候補」では、ハリナスビの詳細な特性データと圃場試験結果が公開されています
抵抗性台木を使っているのに被害が出る——この深刻な問題が「抵抗性打破」です。長年にわたって同じ抵抗性台木を連作すると、その抵抗性を回避できるネコブセンチュウの系統が選抜され、やがて圃場全体に広がってしまいます。熊本県では1993年から、大分県では2000年代から抵抗性打破系統による被害が報告されており、現在では全国的な問題となっています。
大分県の調査結果は衝撃的でした。線虫被害が発生しているトマト圃場10地点を調査したところ、サツマイモネコブセンチュウが全体の約80%を占め、しかも検出されたすべてのサツマイモネコブセンチュウが抵抗性打破系統だったのです。つまり、抵抗性台木を使っていても、ほとんど効果がない状態になっていたということです。
抵抗性打破が発生した圃場では、台木だけの対策では効果がないため、土壌消毒など他の防除手段との組み合わせが必須となります。クロルピクリンやD-Dなどの土壌くん蒸剤を使った化学的防除、または太陽熱消毒や土壌還元消毒といった物理的・生物的防除を併用する必要があります。
土壌還元消毒は環境負荷が少ない防除法として注目されています。この方法は、糖蜜や米ぬかなどの有機物を土壌に混ぜ込み、水で飽和状態にしてビニールで被覆します。すると土壌中の微生物が有機物を分解する過程で酸素を消費し、土壌が還元状態になります。この還元状態と、発生する有機酸の作用によって、ネコブセンチュウや土壌病害菌が死滅するのです。
土壌還元消毒の効果は約1作分続きます。コストは慣行の化学農薬による土壌消毒と同程度ですが、近隣への影響が少ないため、住宅地に近い圃場でも実施しやすいメリットがあります。ただし、処理期間中は圃場が使えないため、作付けスケジュールに組み込む計画性が必要です。
併用が効果を高めます。
熱水土壌消毒という選択肢もあります。千葉県の事例では、熱水土壌消毒を実施し、さらに抵抗性台木を併用することで、青枯病の発病率が大幅に減少しました。ネコブセンチュウについては、熱水が浸透しにくいハウス周縁部を中心に注意が必要ですが、適切に実施すれば高い防除効果が得られます。
対抗植物の活用も重要な戦略です。マリーゴールド、クロタラリア、ギニアグラスなどは、栽培することでネコブセンチュウの密度を減少させる効果があります。これらの植物を夏季の休閑期に栽培し、3か月程度育ててから土壌にすき込むことで、次作の線虫密度を下げることができます。
フレンチマリーゴールドは、サツマイモネコブセンチュウやネグサレセンチュウに対して特に高い抑制効果を示します。6月から10月のセンチュウ活動が盛んな時期に栽培すると効果的で、花が咲いている時期にすき込むと、さらに防除効果が高まります。マリーゴールドの緑肥としての利用は、景観美化にもつながり、観光農園などでは付加価値にもなります。
クロタラリアはマメ科の緑肥作物で、窒素固定能力もあるため土壌改良効果も期待できます。ただし、一部のクロタラリア品種は特定のセンチュウ種にしか効果がないため、圃場の線虫種を確認してから品種を選ぶ必要があります。
ギニアグラス「ナツカゼ」はイネ科の緑肥で、サツマイモネコブセンチュウをはじめ各種有害センチュウの密度を抑制します。生育が旺盛で短期間に大量のバイオマスを生産できるため、有機物補給による土壌改良効果も高いのです。
輪作体系の見直しも抵抗性打破を防ぐ有効な手段です。同じ抵抗性台木を連続使用せず、異なる作物や異なるタイプの台木をローテーションすることで、特定の線虫系統が優占化するのを防げます。ただし、輪作する作物もネコブセンチュウの寄主にならないものを選ぶ必要があります。
センチュウに寄生されにくい作物としては、タマネギ、セロリ、イチゴ、ラッカセイ、ソラマメなどが挙げられます。これらを輪作体系に組み込むことで、線虫密度を自然に減少させることができます。ただし、経営的に成り立つ作物選択が前提となるため、地域の市場需要も考慮した計画が必要です。
大分県の研究報告「トマト台木の線虫抵抗性が打破されている」では、抵抗性打破の実態と対策の必要性について詳しく解説されています
抵抗性台木の導入を検討する際、最も気になるのはコストと収益性です。接ぎ木苗は自根苗に比べて1株あたり50円から100円程度高くなります。10aあたり2,000株定植する場合、苗代だけで10万円から20万円のコスト増となる計算です。この追加投資が回収できるかどうかが、導入判断の分かれ目になります。
しかし、線虫被害による減収を考えると、抵抗性台木の経済的メリットは明確です。ネコブセンチュウによる被害が出ると、収量が30%から50%減少することも珍しくありません。トマトの10aあたり平均収量を8トン、販売単価を1kgあたり300円とすると、10aあたりの粗収入は240万円です。もし線虫被害で収量が40%減少すれば、約96万円の損失になります。
これに対して抵抗性台木の追加コストは10万円から20万円です。つまり、線虫被害が発生する圃場では、抵抗性台木を使うことで差し引き70万円以上の経済的メリットが得られる計算になります。さらに、土壌くん蒸剤による消毒を毎作実施する場合、10aあたり5万円から10万円のコストが継続的にかかりますが、抵抗性台木を使えばこの費用を削減または軽減できます。
収量面でのメリットも見逃せません。農研機構の試験では、ハリナスビを台木として使った場合、自根栽培に比べて株あたりの収穫果数が約20%増加しました。これは抵抗性台木の根系が健全に保たれることで、養水分の吸収が良好になり、草勢が長期間維持されるためです。
後半まで草勢が落ちません。
接ぎ木苗のもう一つのメリットは、栽培後半まで樹勢が維持されることです。自根栽培では栽培期間が長くなるほど根の機能が低下し、収量が落ちていきます。一方、抵抗性台木を使った接ぎ木栽培では、根系が健全に保たれるため、長期どり栽培での収量が安定します。これは特に秋冬期から春にかけての促成長期どり栽培で大きな経済的メリットとなります。
ただし、抵抗性台木を使えば万全というわけではありません。前述の抵抗性打破が発生している圃場では、台木の効果が期待できないため、土壌消毒などの追加対策が必要になります。この場合、接ぎ木苗のコストに加えて土壌消毒のコストもかかることになり、経営を圧迫する可能性があります。
そのため、導入前に必ず土壌診断を実施し、圃場の線虫種と密度を把握することが重要です。線虫密度が低い圃場では抵抗性台木だけで十分な効果が得られますが、密度が高い圃場や抵抗性打破系統が存在する圃場では、総合的な防除体系が必要になります。
土壌診断の結果、生土25gあたり2頭以上のネコブセンチュウ2期幼虫が検出された場合、要防除レベルと判断されます。この密度では、何も対策をしなければ収量が50%減少する可能性があります。一方、密度が低ければ、抵抗性台木の使用だけで経済的な栽培が可能です。
労働負担の軽減効果も考慮すべきポイントです。土壌くん蒸剤による消毒作業は、薬剤の注入、被覆、ガス抜き、耕起と複数の工程が必要で、かなりの労働負担になります。抵抗性台木を使えばこの作業を省略または軽減できるため、労働時間の削減につながります。
高齢化が進む農村部では、労働負担の軽減は経済性以上に重要な判断基準になることもあります。接ぎ木苗のコストは高くても、作業負担が減ることで、より長く農業を続けられるというメリットがあります。
接ぎ木苗を自分で作る技術を身につければ、コストをさらに抑えられます。接ぎ木作業自体は慣れれば難しくありませんが、台木用種子の購入、育苗スペースの確保、接ぎ木後の管理など、ある程度の設備と技術が必要です。経営規模が大きい場合は、自家接ぎ木によるコスト削減効果が大きくなります。
結論として、線虫被害が発生している圃場や発生リスクが高い圃場では、抵抗性台木の導入は経済的に十分合理的な選択といえます。ただし、圃場の状態を正確に把握し、必要に応じて他の防除手段と組み合わせる総合的な判断が、長期的な経営安定につながります。