合成ピレスロイド剤を連用すると全く効かなくなります
ミカンハモグリガは体長わずか3ミリメートル程度の小さな蛾ですが、柑橘栽培において深刻な被害をもたらす害虫です。成虫は銀白色の鱗粉で覆われており、未展葉の新梢に産卵します。卵の直径は0.3ミリメートルという極めて小さなサイズで、肉眼での発見は困難です。
幼虫が孵化すると、葉の表皮と葉肉の間に潜り込み、葉の内部を食害しながら成長します。この食害痕が絵を描いたような模様に見えることから、「エカキムシ」という別名で呼ばれています。被害を受けた葉は奇形になったり萎縮したりするため、光合成能力が大幅に低下します。特に幼木や若木では新梢の生育に大きな影響を与え、樹勢の衰えにつながります。
ミカンハモグリガは年間を通じて複数回発生し、西南暖地では春葉にも発生が見られます。最も被害が大きくなるのは7月中旬から8月上旬にかけての夏芽発生期です。この時期に防除を怠ると、新梢のほぼ全ての葉が被害を受けることもあります。
さらに重要なのは、ミカンハモグリガの食害痕がかいよう病の感染経路になるという点です。かいよう病菌は傷口から侵入する性質があり、ミカンハモグリガによる食害痕は格好の侵入口となります。つまり、ミカンハモグリガを防除することで、かいよう病の発生リスクも同時に低減できるのです。
ミカンハモグリガ防除に使用される農薬は、作用機構の違いによって複数の系統に分類されます。IRAC(殺虫剤抵抗性行動委員会)のコード別に整理すると、効果的な薬剤選択が可能になります。
ネオニコチノイド系(IRAC 4A)は現在の主力薬剤です。ダントツ水溶剤(2000~4000倍)、アクタラ顆粒水溶剤(2000倍)、アルバリン顆粒水溶剤(2000倍)、モスピラン粒剤などが該当します。これらの薬剤は浸透移行性があり、株元に散布するだけで効果を発揮する粒剤タイプもあります。苗木の場合、アクタラ粒剤5を1株あたり20~40グラム株元に散布すると、長期間の防除効果が得られます。
アベルメクチン系(IRAC 6)のアグリメック乳剤(2000倍)は、幅広い害虫に効果があり、ミカンハモグリガにも高い防除効果を示します。アニキ乳剤(1000~2000倍)も同様に有効です。
IGR剤(昆虫成長制御剤、IRAC 15)のマッチ乳剤(2000~3000倍)は、幼虫の脱皮を阻害して死亡させる作用機構を持っています。
カスケード乳剤も幼虫に対して効果的です。
ジアミド系(IRAC 28)のエクシレルSE(5000倍)は比較的新しい系統の薬剤で、降雨があっても効果が持続する優れた耐雨性を持っています。葉面浸透性があり、速やかに摂食阻害効果を発揮します。
重要なのは、各薬剤の希釈倍率と使用回数制限を守ることです。例えばダントツ水溶剤はかんきつに対して年間4回以内、アグリメック乳剤は3回以内という制限があります。使用回数を超えると、薬剤抵抗性の発達を助長するだけでなく、残留農薬の問題も生じる可能性があります。
ミカンハモグリガにおける薬剤抵抗性の問題は、1990年代から深刻化しています。特に合成ピレスロイド系薬剤(IRAC 3A)に対する抵抗性個体群の発生が、長崎県や熊本県などの主要産地で確認されました。
熊本県の研究によると、合成ピレスロイド剤の登録から約10年後に抵抗性が発生し、現在では全ての合成ピレスロイド剤と有機リン剤に対して抵抗性を持つ個体群が存在します。これらの抵抗性個体に対しては、従来使用していた薬剤の防除効果がほぼゼロになることが実証されています。
抵抗性発達のメカニズムは、同一系統の薬剤を連続使用することで選択圧がかかり、抵抗性遺伝子を持つ個体が生き残って増殖することにあります。例えば、シーズン中にピレスロイド系薬剤だけを4~5回散布し続けると、わずか2~3年で抵抗性個体群が優占種になってしまいます。
抵抗性対策の基本は、異なる系統の薬剤を輪番使用することです。具体的には、ネオニコチノイド系→アベルメクチン系→IGR剤→ジアミド系というように、作用機構の異なる薬剤を順番に使用します。同じ系統の薬剤は年間2回までに制限し、可能であれば1回のみの使用に留めるべきです。
幸いなことに、ネオニコチノイド系やIGR剤は抵抗性ミカンハモグリガに対しても高い効果を維持しています。特にアクタラ顆粒水溶剤やマッチ乳剤は、ピレスロイド抵抗性個体群に対しても90%以上の防除効果が確認されています。
さらに重要なのは、散布タイミングを正確に守ることです。新梢の発芽直後から生育に合わせて7~10日間隔で散布することで、薬剤使用回数を最小限に抑えながら効果的な防除が可能になります。
ミカンハモグリガの防除において、散布時期の選定は効果を左右する最重要ポイントです。成虫は未展葉の柔らかい新梢にしか産卵できないため、新梢の発生時期に合わせた防除が必須となります。
西南暖地では年間を通じて複数回の新梢発生がありますが、最も重要なのは以下の3つの時期です。5月下旬頃の春葉発生期には、西南暖地で被害が見られる場合があります。この時期の防除が必要かどうかは、前年の発生状況や気温を見て判断します。
7月中旬から8月上旬の夏芽発生期は最重要防除時期です。この時期は気温が高く、ミカンハモグリガの発生密度が年間で最も高くなります。かいよう病の感染リスクも高い時期であるため、夏芽の発芽から葉が硬化するまでの間、5~7日間隔での防除が推奨されます。多発園では7~10日間隔で3~4回の散布が必要になることもあります。
9月の秋芽発生期も注意が必要です。秋芽での被害は果実への影響は少ないものの、翌年の伝染源となるため、可能な限り防除を実施すべきです。
新梢の発生時期を揃えることで、防除効率を大幅に向上させることができます。摘蕾や夏季せん定によって新梢の発生を一斉にコントロールすると、散布回数を減らしながら高い防除効果を得られます。例えば、夏芽の発生が1週間以内に集中すれば、2回の散布で十分な効果が期待できます。
苗木や幼木では、粒剤の株元処理が効果的です。アクタラ粒剤5やモスピラン粒剤を新梢発生前に株元に散布しておくと、1ヶ月程度の残効性があり、散布作業の軽減につながります。ただし、粒剤処理後はしっかりと灌水を行い、有効成分を根から吸収させることが重要です。
ミカンハモグリガ防除を考える際、かいよう病との関係性を理解することが収益向上につながります。かいよう病は細菌性の病害で、気孔や傷口から病原菌が侵入して発病します。ミカンハモグリガの食害痕は、まさにこの「傷口」として機能してしまうのです。
研究データによると、ミカンハモグリガの食害を受けた葉では、かいよう病の発病率が無被害葉の5~10倍に達します。特に8月中旬から下旬の時期は、かいよう病菌の活動が活発になる時期とミカンハモグリガの発生ピークが重なるため、両方を同時に防除する必要があります。
同時防除の戦略としては、殺虫剤と殺菌剤の混用散布が効果的です。例えば、ダントツ水溶剤とコサイド3000(無機銅剤)を混用することで、ミカンハモグリガとかいよう病を同時に防除できます。無機銅剤は予防効果が高く、病原菌の侵入を物理的に防ぎます。
ただし、薬剤の混用には注意が必要です。マシン油乳剤や石灰硫黄合剤を使用した後に無機銅剤を散布すると、薬効が低下することが知られています。これらの薬剤を使用した場合は、2週間以上の間隔をあけてから無機銅剤を散布してください。
防風対策も重要な物理的防除手段です。強風による枝葉の擦れ傷は、かいよう病菌の侵入口となります。防風ネットや防風樹の設置により、風による傷と同時に、ミカンハモグリガの飛来も減少させることができます。
罹病した枝葉は必ず除去し、園外で処分してください。これらは翌年の伝染源となるだけでなく、ミカンハモグリガの越冬場所にもなる可能性があります。冬季のせん定時に徹底的に除去することで、翌年の発生密度を低く抑えられます。
品種による耐病性の違いも考慮に入れましょう。グレープフルーツやネーブルはかいよう病に極めて弱く、温州ミカンは中程度、ユズやキンカンはほとんど発病しません。耐病性の弱い品種では、ミカンハモグリガの防除をより徹底する必要があります。
持続可能な農業を実現するには、化学農薬だけに頼らないIPM(総合的病害虫管理)の導入が重要です。ミカンハモグリガに対しても、天敵や生物農薬を組み合わせた総合防除が可能になってきています。
ミカンハモグリガの天敵寄生蜂は、自然界に複数種存在します。代表的なものとして、ネオクリシス属やシンピエシス属の寄生蜂が知られており、これらはミカンハモグリガの幼虫や蛹に寄生して個体数を抑制します。天敵の活動を妨げないためには、天敵に影響の少ない薬剤を選択することが重要です。
ネオニコチノイド系のダントツ水溶剤は、ミヤコカブリダニなどの捕食性天敵に対する影響が少ないことが確認されています。一方、合成ピレスロイド系薬剤は天敵への影響が大きく、ミカンハダニの激発を招くこともあります。これは、ピレスロイド系薬剤がハダニの天敵まで殺してしまうためです。
生物農薬の選択肢も増えています。BT剤(バチルス・チューリンゲンシス)は鱗翅目害虫に特異的に作用し、人や天敵への影響がほとんどありません。ゼンターリ顆粒水和剤などは有機JAS規格にも適合しており、有機栽培や減農薬栽培での利用が可能です。
物理的防除として、被害葉の早期除去も効果的です。幼虫は食害痕の先端部分に潜んでいるため、その部分を指で押しつぶすことで直接駆除できます。少数の被害葉であれば、葉ごと除去して処分することも有効です。ただし、大量の葉を除去すると光合成に影響するため、被害が広範囲の場合は薬剤防除に切り替えるべきです。
フェロモントラップの活用も検討価値があります。ミカンハモグリガの性フェロモンを利用したトラップにより、成虫の発生時期と密度を正確に把握できます。これにより、薬剤散布のタイミングを最適化し、不要な散布を避けることが可能になります。
耕種的防除として、新梢の管理が最も重要です。過度の施肥により新梢が不揃いに発生すると、防除期間が長期化し、薬剤使用回数が増加します。適切な施肥管理により新梢発生を集中させることで、薬剤使用量を30~50%削減できたという事例もあります。