バラ栽培において、冬の時期に頭を悩ませるのが害虫対策です。特にカイガラムシは一度発生すると完全な駆除が難しく、放置すると株を弱らせてしまう厄介な存在です。そこで活躍するのが「マシン油乳剤」です。この薬剤は、一般的な殺虫剤とは異なり、害虫を毒で殺すのではなく、油の膜で覆って窒息させるという物理的な作用で駆除します 。そのため、薬剤抵抗性を持ったカイガラムシにも非常に高い効果を発揮します。しかし、その強力な効果ゆえに、使い方を間違えるとバラ自体にダメージを与えてしまう「薬害」のリスクも伴います。この記事では、マシン油乳剤の効果を最大限に引き出しつつ、安全に使用するためのポイントを深掘りして解説していきます。
マシン油乳剤を使用する上で最も重要なのが「散布時期」の選定です。結論から言うと、バラの葉が落ちて活動を停止している「冬の休眠期」が唯一のチャンスとなります。具体的には、12月下旬から2月上旬頃までが適期とされています 。
参考)妖精のローズガーデン バラのカイガラムシにマシン油乳剤を薬剤…
なぜこの時期に限定されるのかというと、マシン油乳剤の作用機序に関係しています。前述の通り、この薬剤は油膜で対象を覆い、気門(呼吸口)を塞いで窒息させます。これは害虫だけでなく、植物の気孔に対しても同様の影響を与える可能性があります。活動期のバラに散布してしまうと、葉の気孔が塞がれて呼吸や蒸散ができなくなり、深刻な薬害(葉焼けや落葉)を引き起こしてしまいます 。しかし、冬の休眠期であれば、バラは葉を落とし、呼吸活動も最小限に抑えられているため、油膜による悪影響をほとんど受けずに済むのです。
参考)https://9byochu.sakura.ne.jp/pdf44/44ronbun28.pdf
また、気温も重要なファクターです。最高気温が10℃を下回るような寒い日が続く時期を狙うのが鉄則です 。暖かい日に散布すると、油分の乾燥が早すぎて十分な窒息効果が得られなかったり、逆にバラの体温が上がりすぎて油膜による熱のこもりがダメージになったりする可能性があります。地域にもよりますが、1月中の「最も寒い時期」に行うのが、効果と安全性のバランスが取れたベストなタイミングと言えるでしょう。新芽が動き出す2月下旬以降は、柔らかい組織が油で傷むため、使用は控えるべきです 。
参考)http://www.mikan.gr.jp/tech/boujyo/2022bouzyo.pdf
マシン油乳剤を効果的に使用するためには、適切な「希釈倍率」を守ることが不可欠です。製品によって多少の差はありますが、バラのカイガラムシ駆除に使用する場合、一般的には20倍から50倍の濃度で使用されます 。
参考)バラのカイガラムシ駆除にキング95マシンを使用すると良いと聞…
例えば、50倍の希釈液を1リットル作る場合、水1リットルに対してマシン油乳剤を20ml混ぜます。20倍という高濃度で作る場合は、水1リットルに対して50mlの薬剤が必要です。多くの園芸用殺虫剤が1000倍や2000倍で使われることを考えると、マシン油乳剤がいかに「濃い」状態で使われるかがわかります。この濃さが、分厚い油膜を作り出し、カイガラムシの硬い殻やロウ物質(ワックス層)を覆い尽くして窒息させるために必要なのです 。
参考)https://www.pref.ehime.jp/uploaded/attachment/2553.pdf
希釈液を作る際の手順にもコツがあります。
逆に薬剤を先に入れてから水を注ぐと、容器の底に原液が貼り付いてうまく混ざらなかったり、泡立ちすぎて量がわからなくなったりすることがあります。また、マシン油乳剤は水と分離しやすいため、散布作業中もこまめに容器を振って、常に均一な濃度を保つようにしましょう。濃度が薄い部分では効果が出ず、濃い部分では薬害が出るというムラを防ぐためです。
「特製スケルシン95」や「キング95マシン」など、商品名に数字が入っていることがありますが、これはマシン油の純度(スルホン化価などに関連する精製度)を示しています 。一般的に数値が高いほど不純物が少なく、植物への安全性が高いとされていますが、カイガラムシへの窒息効果という意味では、95%製剤でも97%製剤でも十分な効果が期待できます。
参考)殺虫剤 特製スケルシン95
マシン油乳剤の効果を最大化するためには、ただ薬剤を撒くだけでなく、「物理的除去」との組み合わせが最強のメソッドです。カイガラムシ、特に成虫は非常に硬い殻や厚いロウ物質に守られており、薬剤だけでは完全に死滅しないことがあります。そこで、散布前の下準備が重要になります 。
ステップ1:物理的除去(ブラッシング)
散布を行う数日前、あるいは直前に、歯ブラシや真鍮ブラシを使って、目に見えるカイガラムシを物理的にこすり落とします。この作業によって、カイガラムシの個体数を減らせるだけでなく、重なり合って隠れている部分を露出させることができます。特に枝の分岐部や樹皮の裏側に入り込んだ害虫は、薬剤がかかりにくいため、ブラシで掻き出す作業が非常に効果的です。ただし、強くこすりすぎてバラの樹皮を傷つけないよう注意してください。
ステップ2:たっぷりと散布する
物理的除去が終わったら、いよいよマシン油乳剤の散布です。ここでのポイントは「枝が濡れて滴り落ちるくらい」たっぷりと散布することです。霧吹きの霧を細かくしすぎず、ある程度荒めの霧で、枝の全周を包み込むように吹き付けます。カイガラムシは枝の裏側や隙間にも潜んでいるため、ノズルを様々な角度から差し込み、塗り残しがないようにします 。
ステップ3:器具の洗浄
散布後は、使用した噴霧器やスプレーを念入りに洗浄してください。マシン油は粘度が高く、ノズルの中で固まると目詰まりの原因になります。お湯と中性洗剤を使って、ホースやノズルの内部までしっかりと油分を洗い流すことが、器具を長持ちさせる秘訣です。
強力な効果を持つマシン油乳剤ですが、その副作用としての「薬害」には細心の注意が必要です。最も避けるべきは、バラの生育サイクルとのミスマッチです。前述の通り、新芽が展開し始めた後に散布すると、柔らかい新葉が油焼けを起こし、枯れたり変形したりします 。春のスタートダッシュに失敗すると、その年の一番花(春バラ)の開花に大きく影響してしまいます。
参考)https://ameblo.jp/mamanobara/entry-12722581980.html
また、散布当日の天候選びも重要です。風の強い日に行うと、薬剤が意図しない場所に飛散し、近隣の植物や洗濯物、建物、車などを汚染してしまいます。マシン油は一度付着すると簡単には落ちず、シミになることがあります。特に車に付着すると塗装を傷める可能性があるため、風のない穏やかな日の午前中を選ぶのがマナーであり、安全策です 。
さらに、他の薬剤との混用や近接散布にも注意が必要です。特に「石灰硫黄合剤」との併用は避けるべきです。石灰硫黄合剤も冬の消毒によく使われますが、これとマシン油乳剤を混ぜると化学反応を起こし、有毒ガスが発生したり、固化して散布できなくなったりする危険があります。もし両方を使いたい場合は、散布時期を2週間以上ずらし、成分が完全に落ちてから次の薬剤を使うようにしてください 。一般的には、12月末に石灰硫黄合剤、1月中旬以降にマシン油乳剤、といったスケジュールを組むことが多いですが、どちらか一方で十分な効果が得られる場合も多いため、必ずしも両方行う必要はありません。
ここからは、検索上位の記事ではあまり触れられていない、少し専門的な「展着剤」との関係について解説します。一般的に、殺虫剤や殺菌剤を散布する際には、葉や枝への付着を良くするために「展着剤(ダインなど)」を混ぜることが推奨されます。しかし、マシン油乳剤に関しては、安易な展着剤の混用が逆効果になるケースがあります。
実は、市販されている「乳剤」というタイプの薬剤には、水と油を混ぜ合わせるために最初から「界面活性剤」が含まれています 。これ自体がある程度の展着効果を持っています。そこにさらに、界面活性剤を主成分とする一般的な展着剤(ダインなど)を加えると、界面活性剤の濃度が高くなりすぎてしまい、枝への付着力が強まりすぎることで、逆に「薬害」のリスクを高めてしまうことがあるのです。
「せっかく散布するのだから、しっかりくっつけたい」と思うかもしれませんが、マシン油乳剤の場合は、水で指定倍率に希釈するだけで十分な展着性を持つように設計されています。もし、どうしても付着力を強化したい(例えば、雨が降りそうな場合や、ツルツルした枝の場合など)というのであれば、界面活性剤系ではなく、「パラフィン」や「樹脂」を主成分とした固着性の高い展着剤(アビオンEなど)を選ぶのが玄人のテクニックです 。これらは薬剤を物理的にコーティングして定着させる作用があり、界面活性剤による浸透・湿潤作用とは異なるため、薬害のリスクを抑えつつ効果を持続させることができます。
また、マシン油乳剤はカイガラムシだけでなく、樹皮の隙間で越冬している「ハダニ」の成虫や卵に対しても、同様の窒息効果を発揮します 。つまり、この一回の散布で、バラの二大害虫を一網打尽にできるコストパフォーマンスの高い作業なのです。展着剤をあえて入れない、あるいは適切な種類を選ぶという「引き算の知識」を持つことで、より安全で効果的な冬の消毒が可能になります。
参考)庭の救世主!マシン油でカイガラムシとハダニを退治しよう
まとめとして、マシン油乳剤は「冬の休眠期」に「適切な倍率」で「たっぷりと」散布することが、バラをカイガラムシから守る最短ルートです。正しい知識を持って、春の美しい開花を迎えましょう。