土壌中にカルシウムが十分あっても、作物がカルシウム欠乏症になって商品価値ゼロの果実を出荷してしまうケースが、実は農家の現場で後を絶ちません。
土壌の中にあるカルシウムは、すべてが同じ形で存在しているわけではありません。大きく「水溶性カルシウム」「交換性カルシウム」「難溶性カルシウム」の3つに分けられます。
このうち、交換性カルシウム(交換性石灰・CaO) とは、土壌粒子(粘土や腐植)のマイナス電荷に吸着している状態のカルシウムイオン(Ca²⁺)のことです。土壌診断書では「CaO(mg/100g)」として記載されます。
作物の根が直接吸収できるのは、土壌溶液(土の水分)に溶け出した「水溶性カルシウム」です。しかし、土壌溶液中のカルシウムが作物に吸収されて濃度が低下すると、交換性カルシウムが溶け出して補充される仕組みになっています。つまり交換性カルシウムは、作物に供給される「貯蔵庫」の役割を持つのです。
これが基本です。
カルシウムは作物の体をつくる構造材として機能します。細胞壁のペクチン(植物のつなぎ材)と結合して細胞壁を安定させ、根の生育を促進します。また、細胞膜の安定化にも関わっており、カルシウムが不足すると細胞壁がもろくなり、果実の先端が壊死するような症状(トマトの尻腐れ症など)が起きます。
土壌粒子全体が保持できる陽イオンの総量を「陽イオン交換容量(CEC)」といいます。カルシウムは土壌の陰荷電に吸着される陽イオンの中で、通常もっとも割合が大きい成分です。土壌診断でCaO値とともにCECを確認することが、正確な管理の第一歩になります。
参考:土壌分析と診断の見方について(川崎市農業技術支援センター)
https://www.city.kawasaki.jp/280/page/0000017693.html
土壌診断書に記載される交換性カルシウム(CaO)の適正値は、作物の種類や土壌タイプによって異なります。一般的な畑地の目安として、以下のような範囲が各都道府県の指導基準として示されています。
| 作物・用途 | 交換性CaO 適正範囲(mg/100g) |
|---|---|
| 一般野菜(砂質壌土) | 220〜280 |
| 一般野菜(壌質〜粘質土) | 260〜460 |
| 水稲(水田) | 土壌タイプに応じて別設定 |
| 果樹(石灰飽和度で管理) | 石灰飽和度 60〜65% を目安 |
「石灰飽和度」とは、CEC(土壌の保肥容量)のうち、カルシウムが何パーセントを占めているかを示す指標です。一般的な畑地では石灰飽和度60〜65%、塩基飽和度(Ca+Mg+Kの合計)80%程度が適正とされています。
CECは土壌の種類によって大きく異なります。千葉県のデータでは黒ボク土の平均が32.3 me/100gであるのに対し、砂質土は11.9 me/100gと大きな差があります。砂質土のようにCECが低い土壌では、同じCaO値でも石灰飽和度が急激に上昇しやすく、過剰になるリスクが高まります。
注意が必要です。
CECに対して適正な塩基飽和度を維持するよう石灰資材を設計することが原則です。「CaOが多ければ多いほど良い」という考え方は通じません。
参考:陽イオン交換容量(CEC)の重要性と推定法の紹介(千葉県)
https://www.pref.chiba.lg.jp/ninaite/network/field-r6/rojiya-2024-09.html
土壌中の交換性カルシウム・マグネシウム・カリウム(Ka, Mg, K)のバランスは、互いに密接に連動しています。
これを「塩基バランス」と呼びます。
大多数の作物にとって適正な塩基バランスは、石灰(Ca)>苦土(Mg)>カリ(K) の順とされています。具体的には、石灰飽和度60〜65%、苦土飽和度15〜20%、カリ飽和度2〜5%程度が一般的な目標です。
ここで重要なのが「拮抗作用」です。石灰(Ca)が過剰になると、マグネシウム(Mg)やカリウム(K)の根からの吸収が妨げられます。逆にカリ(K)が過剰になれば、苦土(Mg)の吸収が抑制されます。つまりCaOの数値だけを見ていても意味がなく、MgOやK₂Oとの比率を同時にチェックする必要があります。
土壌診断書で「苦土カリ比(Mg/K比)」も確認しましょう。この値が1.1〜3.2の範囲が適正とされ、1を下回ると(カリがMgより多くなる状態)苦土欠乏症が出やすくなります。
つまり苦土欠乏です。
石灰の多施用でCECが満たされているケースでは、見かけ上の塩基飽和度が高くなっているため、苦土やカリが十分に存在していても吸収されにくい状態に陥ることがあります。これは数値だけ見ても気づきにくいため、必ず各要素の比率まで確認することが条件です。
石灰を施用しすぎることで土壌中の交換性カルシウムが過剰になると、複数の深刻な問題が連鎖的に発生します。「多めに入れておけば安心」という考えは危険です。
まずpHの過上昇です。石灰資材を施用するとpHが上昇しますが、pH7.0を超えてくると鉄(Fe)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)、ホウ素(B)などの微量要素が土壌中で水に溶けにくくなり、作物が吸収できなくなります。その結果、これらの欠乏症が現れ、葉の黄化・退緑・変形などが起こります。
次に苦土(マグネシウム)欠乏の誘発です。カルシウムとマグネシウムは拮抗関係にあるため、CaOが過剰になるとMgの吸収が阻害されます。苦土が欠乏すると葉緑素の生成が低下し、葉脈間が黄化します。光合成が弱まれば炭水化物の合成も減り、直接的な収量低下につながります。
痛いですね。
さらに見逃されがちな問題が土壌物理性の悪化です。消石灰などのアルカリ性の強い石灰資材を大量に施用すると、土壌の団粒構造が壊れ、土がしまって固くなります。固くなった土では根の伸長が妨げられ、土壌微生物も活動しにくくなります。
石灰過剰になると、後からカルシウム値を下げることが非常に難しいという問題もあります。降雨で溶脱されるのを待つか、硫安などの酸性肥料を使って徐々に中和するしかなく、短期間での修正は困難です。一度過剰にすると、その影響が数シーズンにわたって続くリスクがあります。
参考:石灰(交換性カルシウム)の過剰障害について(川崎市農業技術支援センター)
https://www.city.kawasaki.jp/280/page/0000017693.html
農家の現場でよく起きる混乱のひとつが、「土壌診断では交換性カルシウムが十分(例:350 mg/100g)なのに、なぜかトマトが尻腐れになる」というケースです。
これは意外ですね。
土壌中のカルシウムが十分あっても、カルシウム欠乏症が発生する主な原因は以下の通りです。
植物体内でのカルシウムの挙動を理解することが重要です。タキイ種苗の研究報告によると、トマト尻腐れでは「土壌中の交換性カルシウムは100g当たり350mg程度あり通常では十分といえる量」であっても、環境要因によって欠乏症が発生するとされています。
つまり、交換性カルシウムの値だけを土壌診断で確認しても、それだけでは欠乏症を防ぎきれません。水分管理・施肥設計・作業環境の総合的な管理が不可欠です。
これが原則です。
カルシウム欠乏症は作物の種類によって症状の出方が異なりますが、共通しているのは「生長点付近(若い葉・果実先端)に出やすい」という点です。
これだけ覚えておけばOKです。
代表的な症状を作物別に整理すると以下の通りです。
注意したいのは、これらの症状が出た時点では、その果実や葉を回復させることはほぼ不可能という点です。発生した部位に葉面散布でカルシウムを補給しても、体内での再移動がないため直接散布した部分にしか効果が及びません。
被害は発生前に予防することが鉄則です。
早期発見のために、生育初期から定期的に株のチェックを行い、若葉・生長点・果実先端に着目する習慣を持つことが重要です。
厳しいところですね。
正確な交換性カルシウムのデータを得るには、土壌採取の方法と分析の依頼先の選び方が重要です。分析精度がそのまま施肥設計の精度に直結します。
土壌採取の基本手順は以下の通りです。
分析機関については、JAの営農センター・県の農業試験場・民間の土壌分析機関に依頼するのが一般的です。JA組合員の場合、一般分析(pH・EC・リン酸・塩基類など7項目程度)で4,000円前後(税別)が目安です。
より手軽な方法として、HORIBAなどが提供する「コンパクトイオンメーター(LAQUAtwin)」を使ったカルシウムイオンの現場測定も可能になっています。1mol/L酢酸アンモニウムで抽出した溶液に電極を当てる方法で、測定時間を大幅に短縮できます。
これは使えそうです。
ただし、施肥設計の根拠にするデータとしては、公的機関または信頼できる民間機関での定期分析(年1回以上)を基本とすることをお勧めします。
参考:LAQUAtwinによる土壌中の交換性カルシウムイオン測定(HORIBA)
https://www.horiba.com/jpn/water-quality/support/electrochemistry/measurement-of-ion/measurement-example-of-compact-ion-meter/measurement-of-calcium-in-various-soils-with-laquatwin/
「石灰資材」と一口にいっても、種類によって成分・pH上昇速度・施用量が大きく異なります。交換性カルシウムを適切に管理するためには、資材の特性を理解した選択が不可欠です。
主要な石灰資材を比較すると以下のようになります。
| 資材名 | 主成分 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 消石灰(水酸化カルシウム) | Ca(OH)₂ | 速効性・pH上昇大きい | 入れすぎに注意。土壌を固くしやすい |
| 苦土石灰(炭酸苦土石灰) | CaCO₃+MgCO₃ | Ca+Mgを同時補給 | 施用後すぐ植え付けないこと |
| 石灰石粉末(炭酸カルシウム) | CaCO₃ | 緩効性・pH上昇穏やか | 効果が出るまで時間がかかる |
| 石こう(硫酸カルシウム) | CaSO₄ | pHを上げずCaを供給できる | pH改良目的には向かない |
特に注目すべきは「石こう(硫酸カルシウム)」です。土壌pHを上昇させずに交換性カルシウムを補給できるため、すでにpHが適正範囲にありカルシウムだけを補いたい場合に有効です。土壌中では交換性カルシウムとして機能しつつ、pH上昇のリスクを抑えられます。
石こうは必須です。
資材を選ぶ際は、現状の土壌pHとCaO値の両方を土壌診断で確認し、「pHも上げたいのか」「Caだけを補いたいのか」を明確にすることが先決です。
この順番が条件です。
参考:石こう(硫酸カルシウム)の土壌改良効果(マイナビ農業)
https://agri.mynavi.jp/2019_02_18_60576/
施設栽培(ビニールハウスなど)では、露地栽培とは異なる土壌管理上の課題があります。特に交換性カルシウムの過剰蓄積が深刻になりやすい環境です。
施設栽培で石灰が蓄積しやすい理由は明確です。降雨がないためカルシウムが雨で溶脱されません。施肥量が多い上に、鶏糞堆肥など石灰を多く含む資材の連用が重なると、数年で土壌のpHが大きく上昇します。場合によってはpH7.5〜8.0を超えるケースも珍しくありません。
アグリポートWebの解説によれば、ハウス土壌でpHが過剰に上昇した場合の対策として、「石灰質肥料や鶏糞などの石灰を含む資材の施用を止める」「多灌水をして洗い流す」「ソルゴーなどのクリーニングクロップ(除塩用作物)を栽培する」といった方法が推奨されています。
ただし、重要なポイントがあります。一度過剰になった交換性カルシウムは短期間では下がりません。洗い流す方法は相当量の水を必要とし、クリーニングクロップを使う場合も数か月〜数シーズンかかります。だからこそ、過剰にならないように事前に管理することが最善策です。
施設栽培の場合は少なくとも年1回、可能なら年2回の土壌診断を実施し、CaO値・pH・ECを継続的に記録することを強くお勧めします。
参考:施設栽培土壌のpH管理と対策(アグリポートWeb)
https://agriport.jp/field/ap-16865/
交換性カルシウムが不足していると診断された場合、単純に石灰を撒けばいいわけではありません。土壌のCECと現状の塩基飽和度を基に、必要な施用量を計算することが重要です。
基本的な考え方は以下のステップで整理できます。
例として、CEC=15 me/100gの壌質土で石灰飽和度が40%(不足)の場合、目標の60%まで引き上げるには石灰分を20%分補う必要があります。この計算では作土の重さ(10a×15cm深=約180t)をかけて算出します。
計算が複雑に感じる場合は、各都道府県の農業改良普及センターや農業試験場が提供している「施肥設計計算シート」を活用するのが実践的です。
JAの営農相談窓口でも対応してもらえます。
これが条件です。
参考:土壌診断に基づいた施肥設計の基本(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/pdf/03090106chap04.pdf
有機物(堆肥・腐植)の施用は、交換性カルシウムの安定管理においても大きな効果があります。
これはあまり知られていない観点です。
腐植(有機物が分解して生成される有機コロイド)は、粘土と同様にマイナス電荷を持っており、カルシウムなどの陽イオンを吸着・保持する能力を持ちます。つまり堆肥を継続的に投入することで、土壌のCECが高まり、交換性カルシウムを含む養分全体の保持力が向上します。
千葉県の調査データでは、黒ボク土(腐植含量が高い火山灰土)のCEC平均は32.3 me/100gであるのに対し、砂質土では11.9 me/100gしかありません。この差は、腐植含量と粘土含量の違いによるものです。砂質土に堆肥を継続投入することで、徐々にCECを高め、施肥したカルシウムを保持できる土壌に改善していくことが可能です。
ただし、牛糞堆肥などはpHが8〜10程度のアルカリ性を示すものが多く、連用するとカルシウム過剰・pHの過上昇を招くことがあります。堆肥の種類とpHを確認し、投入量を適切に管理することが大切です。
堆肥を投入する際は、その堆肥に含まれるCaOや他の養分量も考慮して施肥量を調整する必要があります。
堆肥+化学肥料のダブル計算が条件です。
土壌診断は年1〜2回が一般的ですが、「測定していない期間の変化」を早期にキャッチするための圃場観察の視点が実は非常に重要です。
葉の色を「診断ツール」にするという考え方があります。下位葉(古い葉)から葉脈間が黄化してくる場合は、苦土(マグネシウム)欠乏のサインである可能性があります。これは、交換性カルシウムの過剰によって苦土の吸収が阻害されているケースで出やすい症状です。
逆に、若い葉・生長点の先端が褐変・枯死していく場合は、カルシウムの吸収不足を疑います。このとき土壌診断で交換性カルシウム値が高い場合は、水分管理や根の状態(根の発育不全・土の固化)を重点的に確認します。
独自の観察として有効なのが「根の状態チェック」です。作物の根が白く健全に伸びているか、根の先端が黒ずんでいないかを収穫後に確認する習慣をつけましょう。根の発育不全があると、土壌中に交換性カルシウムが十分あってもその吸収効率が大幅に下がります。
これは使えそうです。
土壌の固さも簡易に確認できます。金属製の棒(土壌貫入計)を土に刺した際の抵抗感で、硬盤の有無や土の固化状態をある程度判断できます。石灰過剰による団粒崩壊が疑われる場合は、深耕と有機物投入を組み合わせた物理性改善策を検討します。
土壌中の交換性カルシウムを適正に管理し続けるには、「一度診断して終わり」ではなく、定期的な診断と記録の蓄積が欠かせません。
理想的な土壌診断のサイクルは以下の通りです。
記録の管理には「アグリノート」「e-map(農業ICT)」などの農業記録アプリが便利です。土壌診断結果・施肥記録・収量データを一元管理し、年ごとに比較することで、自分のほ場の傾向をつかむことができます。
特に重要な記録項目は、CaO値・pH・CEC(または推定値)・石灰飽和度・前年の石灰資材施用量です。これらを年次で並べてみると、過剰傾向にあるかどうかが一目でわかります。
結論は記録の継続です。
一般的にJAの土壌分析費用はJA組合員で一般分析(7項目)4,000円前後、組合員以外で5,000円前後(いずれも税別)が目安です。年1回4,000円の投資で、数十万円規模の収量ロス・品質トラブルを防げる可能性を考えれば、コストパフォーマンスは非常に高いと言えます。
これなら問題ありません。
参考:土壌診断の方法と施肥設計の考え方(施設野菜.com)
https://shisetsuengei.com/news-column/growth-up/growth-up-034/