農業における「菌根 バイオ」技術の中核は、植物の根と共生するアーバスキュラー菌根菌(AM菌)の働きにあります。多くの生産者が抱える課題の一つに、施肥したリン酸肥料が土壌中のアルミニウムや鉄と結合してしまい、植物が利用できない「難溶性リン酸」として蓄積してしまう現象があります。菌根菌を利用したバイオ資材は、この問題を解決する強力なツールとなります。
菌根菌は植物の根に感染すると、根の内部に「樹枝状体(アーバスキュル)」と呼ばれる器官を形成し、同時に根の外側に向けて微細な「外生菌糸」を張り巡らせます。この菌糸は植物自身の根毛よりもはるかに細く、長く伸びることができるため、根が物理的に到達できない土壌の微細な孔隙にまで侵入することができます。特筆すべきは、この菌糸ネットワークが植物の根の表面積を実質的に数百倍にも拡大させるという点です。
【参考リンク】農研機構:土着菌根菌を活用することでリン酸肥料を節約できる(菌根菌の基本メカニズムとリン酸吸収の図解が詳細に記載されています)
通常、根の周囲数ミリメートルの範囲(根圏)にあるリン酸が吸収されると、その周囲は「リン酸欠乏層」となり、それ以上遠くにあるリン酸は拡散移動が遅いため植物に届きません。しかし、菌根バイオ資材によって形成された菌糸ネットワークは、この欠乏層を越えて遠くの土壌粒子からリン酸を剥がし取り、宿主である植物へと輸送します。この対価として、植物は光合成で得た糖分を菌に提供します。この交換システムこそが、少ない肥料で高い生育を実現するバイオ技術の真髄です。
さらに、近年の研究では、菌根菌が単にリン酸を運ぶだけでなく、土壌の団粒構造形成を促進するタンパク質「グロマリン」を分泌することも判明しています。これにより土壌の保水性や通気性が物理的に改善され、根の呼吸が活発になるという副次的な効果も期待できます。つまり、菌根バイオの導入は、単なる養分補給の補助にとどまらず、土壌物理性の改良という土作りそのものに直結するのです。
菌根 バイオ資材を導入する際、最も注意すべき落とし穴が「土壌の肥沃度」との関係です。一般的な感覚では「肥料をたっぷり与えて、さらにバイオ資材を使えば鬼に金棒」と考えがちですが、菌根菌に関してはこれが逆効果になることが科学的に証明されています。これを「共生の阻害」または「寄生化」と呼びます。
土壌中の可給態リン酸濃度が高い環境では、植物は自力で容易にリン酸を吸収できるため、エネルギーコストのかかる菌根菌との共生関係を拒絶します。さらに悪いことに、菌根菌が感染しても植物に養分を渡さず、植物からの糖分だけを奪い取る「寄生状態」に陥るケースさえ報告されています。したがって、菌根バイオ資材の効果を最大限に発揮させるには、従来の慣行施肥体系を見直し、意図的にリン酸施肥量を減らす必要があります。
【参考リンク】マイナビ農業:肥料を節約できる菌とは?(リン酸肥料の過剰投入と菌根菌資材のコスト比較について具体的な試算が紹介されています)
例えば、1ヘクタールあたりのリン酸肥料コストを数万円削減できれば、その分を高品質なバイオ資材への投資に回すことができます。一部の先進的な農家では、前作の残肥を計算に入れ、無施肥または極端な少肥栽培で菌根菌を活性化させ、資材コストを差し引いても利益率を向上させることに成功しています。重要なのは「足し算」の農業ではなく、微生物の力を引き出すための「引き算」の農業への転換です。
また、土壌pHも重要な要因です。多くの菌根菌は中性から弱酸性を好みますが、極端な酸性土壌やアルカリ性土壌では活性が低下します。石灰資材などでpH調整を行うことは、化学的な土壌改良だけでなく、生物的なバイオ資材の定着率を高める上でも必須の工程となります。
菌根 バイオ資材の導入において、最も費用対効果が高いのが「育苗期接種」です。広大な本圃の土壌すべてにバイオ資材を混和しようとすると、膨大な量の資材が必要となり、コストが経営を圧迫します。しかし、セルトレイやポット育苗の段階で培土に菌根菌を混ぜ込んでおけば、わずかな資材量で確実に全株に感染させることができます。
特にネギ、タマネギ、アスパラガス、トマト、ナス、ピーマンなどの育苗期間が比較的長い野菜は、この手法に最適です。育苗期に菌根共生が確立された苗(感染苗)を定植すると、以下のメリットが生まれます。
| メリット | 詳細 |
|---|---|
| 活着の促進 | 定植直後から外生菌糸が素早く周囲の土壌に伸び、水分ストレスによる定植ショック(植え傷み)を大幅に軽減します。 |
| 初期生育の安定 | リン酸吸収能力が高いため、低温時などの根の活動が鈍い時期でも生育が停滞しにくくなります。 |
| 病害抵抗性 | 菌根菌が根の場所を先取りすることで、フザリウムなどの土壌病原菌の侵入を防ぐ効果(先住効果)が期待できます。 |
【参考リンク】J-Stage:アーバスキュラー菌根菌の接種効果を決定する環境要因(育苗期における接種効果と環境要因の関係についての学術的な知見が得られます)
育苗期接種のポイントは、培土の肥料成分です。ここでもリン酸が多すぎると感染が進みません。市販の育苗培土には高濃度の肥料が含まれている場合があるため、「菌根菌接種用」として設計された低リン酸培土を使用するか、肥料成分の少ない培土を選んで液肥で調整する技術が求められます。
定植後の管理も重要です。感染苗を本圃に植え付けた際、本圃の土壌にもともと生息している「土着菌」との競合が起こります。しかし、育苗期にすでに根の内部を優良な資材菌で占有させておくことで、土着菌との競争に勝ち、資材菌の効果を持続させやすくなります。これは「先手必勝」の戦略であり、バイオ資材の効果を確実なものにするためのプロのテクニックです。
市場には多種多様な菌根 バイオ資材が出回っており、どれを選べばよいか迷う生産者も少なくありません。選定の際に確認すべき指標は「胞子数(菌数)」と「基材(キャリア)」、そして「保証期間」です。
まず、製品ラベルや仕様書を確認し、1グラムあたり、あるいは1袋あたりに含まれる有効な胞子数をチェックしてください。安価な製品の中には、胞子数が極端に少ないものや、活性の低いものも混ざっています。信頼できる資材メーカーは、定期的に発芽試験を行い、品質を保証しています。
次に基材のタイプです。
また、意外と見落とされがちなのが「有効期限」です。菌根菌は生き物であるため、製造から時間が経つにつれて活性が落ちていきます。常温保存可能なものも多いですが、夏の高温にさらされる倉庫などで長期保管されたものは避けるべきです。購入時は製造年月日を確認し、その作付けシーズンで使い切る計画を立てましょう。
さらに、最近のトレンドとして、菌根菌単体ではなく、根粒菌やPGPR(植物生育促進根圏細菌)、枯草菌(バチルス菌)などを混合した「複合バイオ資材」も増えています。これらは、菌根菌がリン酸を、根粒菌が窒素を供給し、バチルス菌が病害を抑制するというように、相互補完的な役割を果たします。ただし、微生物同士にも相性(拮抗作用)があるため、メーカーが科学的根拠に基づいてブレンドした製品を選ぶことが重要です。
最後に、市販の資材を購入するだけでなく、畑にもともと居る「土着菌根菌」を最大限に活用する、あまり知られていない独自視点のアプローチを紹介します。それが「バイオ炭(Biochar)」と「宿主作物の輪作」を組み合わせたハイブリッド農法です。
通常、土壌消毒や過剰な化学肥料の使用により、畑の土着菌根菌は減少・死滅しています。しかし、ここに「バイオ炭(木炭や竹炭、もみ殻くん炭)」を投入すると、事態が一変します。バイオ炭の無数の微細な穴は、菌根菌にとって外敵から身を守る「シェルター」となり、同時に水分と空気を保持する理想的な生息基地となります。研究によると、バイオ炭を施用した土壌では、菌根菌の菌糸成長が著しく促進され、植物への感染率が向上することが報告されています。
【参考リンク】農林水産省:かんしょ作におけるバイオ炭と菌根菌の効果(バイオ炭を住処とする菌根菌の相乗効果に関する実証データが参照できます)
さらに、高価な資材を毎回投入する代わりに、菌根菌と相性の良い作物を「緑肥」や「輪作作物」として組み込む手法があります。例えば、トウモロコシ、ソルゴー、ヒマワリ、大豆などは菌根菌を爆発的に増やす「宿主作物」です。これらを栽培した後、その根を残したまま(あるいはすき込んで)、後作として菌根依存度の高い野菜(ネギやトマトなど)を作付けすると、前作で増殖した土着菌根菌のネットワークをそのまま引き継ぐことができます。
この方法の最大のメリットは、地域環境に完全に適応した「最強の土着菌」を利用できる点にあります。市販の資材菌は環境が合わないと定着しないリスクがありますが、土着菌はその土地のエリートです。バイオ炭で彼らの住処を用意し、宿主作物で彼らを養い、その力を後作の野菜に利用する。これこそが、資材コストを極限まで抑えつつ、持続的に高収量を叩き出すための、究極のバイオ・ハックと言えるでしょう。
ただし、アブラナ科(大根、キャベツ、ブロッコリーなど)やアカザ科(ホウレンソウ)など、菌根菌と共生しない作物を栽培すると、土中の菌密度は低下します。作付け計画を立てる際は、これらの「非宿主作物」の後に菌根依存作物を配置しない、あるいはそのタイミングでこそ市販のバイオ資材を「種菌」として再投入するなど、戦略的な使い分けが求められます。