農家の収入を最大40倍にした事例も。
日本でどう活用できるか気になりませんか?
単一作物だけ育てている農地は、実は毎年少しずつ「土が死んでいく」状態になっている可能性があります。
アグロフォレストリー(Agroforestry)は、農業を意味する「Agriculture(アグリカルチャー)」と林業を意味する「Forestry(フォレストリー)」を合成した造語です。日本語では「農林複合経営」「森林農業」「混農林業」とも呼ばれています。
概念として体系化されたのは1970年代中期のこと。1970年に国際開発研究センター(IDRC)のジョン・ベニー(John Bene)氏らが研究をまとめたのが起点とされています。1978年にはケニアのナイロビに本部を置く国際アグロフォレストリー研究センター(ICRAF)が設立され、組織的な研究が始まりました。
ただし「森や林の中で農業を行う」という実践そのものは、世界各地の先住民族が古くから行っていた伝統技術です。アグロフォレストリーとは、その伝統知を現代科学として体系化したものと言えます。
1つの土地で樹木と農作物を同時に育てることで、生態系の相互作用が働き、単一栽培とは異なる豊かな生産環境が生まれます。
これが基本です。
アグロフォレストリーの詳しい技術体系:国際農林水産業研究センター(JIRCAS)発行のアグロフォレストリーマニュアル(PDF)
アグロフォレストリーには大きく分けて3つのシステムがあり、農地の条件や目的に応じて選択できます。
農林複合システムは、樹木と農作物を同じ区画で同時に生産する最も基本的な形態です。樹木の間の空間に野菜や穀物を植えることで、圃場全体の空間を立体的に活用します。樹木の根が深く伸びることで土壌の保水力が向上し、農作物の生育を助ける効果があります。
林畜複合システムは、同じ区画内で植林と畜産を同時に行う仕組みです。放牧された家畜が下草を食べることで、管理作業の負担が大幅に軽減されます。一方、樹木は強い日差しや風から家畜を守るシェルターとなり、家畜の健康維持と飼料コストの削減にもつながります。
農林畜複合システムは、上記2つを組み合わせた最も包括的な形態です。樹木の下で農作物と飼料用作物を交互に生産しながら、家畜も同時に育てます。3種類の産業が有機的につながることで、土地の生産効率が最大化されます。
どれが正解かは土地の状況次第です。
日本で長年行われてきた単一栽培(モノカルチャー)農業は、同じ作物だけを広面積で育てる方式です。作業の効率化と機械化が進めやすい反面、継続することで特定の栄養素だけが土壌から失われ、化学肥料への依存度が高まっていく構造を持っています。
農林水産省のデータによると、日本では農業従事者が年々減少しており、令和元年(2019年)時点で約168万人まで落ち込んでいます。これは1990年代からおよそ半減した数字です。
アグロフォレストリーが注目されている背景には、単一栽培が抱えるこうした構造的な問題があります。具体的には、気候変動による高温障害、病害虫被害の拡大、化学肥料価格の高騰、そして土壌の劣化といった課題です。
アグロフォレストリーは、樹木・農作物・土壌微生物が生態系として機能することで、これらの問題を根本から解消しようというアプローチです。
つまり農法の転換が問題解決の近道です。
農家がアグロフォレストリーを導入することで得られる最も直接的なメリットは、収入源の多様化です。
単一作物を栽培していると、その作物の市場価格が崩れた年は一気に収入が激減します。豊作貧乏という言葉の通り、収穫が増えすぎても価格が暴落して手取りが減る事態も珍しくありません。
アグロフォレストリーでは、短期作物(野菜・豆類など)・中期作物(果樹など)・長期作物(木材・シイタケ原木など)が時間軸の異なる収入を生み出します。さらに森林からの副産物として、はちみつ・山菜・きのこ類なども収入源になります。
ブラジル・トメアスの日系移民農家の事例が有名です。アグロフォレストリーを実践していない周辺農家や牧場と比べて、収入が約40倍になったという記録が残っています。これは同地域の平均的な農家と比較した数字で、まさにシステムの力を象徴するデータです。
40倍はインパクトが大きいですね。一軒の農家の年収が仮に100万円だった場合、4000万円規模に達した計算になります。これは極端なケースとはいえ、多品目・多時期収入の組み合わせが持つ可能性を示しています。
アグロフォレストリーが農業従事者にとって魅力的な理由の一つが、土壌改良の効果です。化学肥料のコストは近年、国際的な資源価格の上昇によって大幅に増加しています。この問題を自然の力で解決できるのがアグロフォレストリーの強みです。
マメ科の植物(大豆・落花生など)には「根粒菌」という微生物が共生しており、空気中の窒素を土中に固定します。これは工場で化学反応させる際に500度もの高温を必要とする窒素肥料の製造を、常温・無コストでやってのける仕組みです。マメ科を組み合わせるだけで肥料代を節約できます。
さらに国際農林水産業研究センター(JIRCAS)のマニュアルによると、アグロフォレストリーの防風効果と地表被覆によって、土壌侵食および水分蒸発率が20%程度まで低下するという調査結果もあります。これは雨風による畑の土の流出を大幅に抑え、長期的な地力の維持に直結します。
樹木の落葉・枝・果実が分解されて土に戻ることで、有機物が循環し続けます。
これが基本です。
土壌の微生物が活性化し、化学肥料なしで作物が育つ「生きた土」を取り戻すことができます。
土壌侵食率や地力回復の具体的なデータ:JIRCAS「アグロフォレストリーマニュアル」(PDF)
近年、農業経営を直撃しているのが気候変動による自然災害リスクの増大です。集中豪雨による土砂崩れ・土壌侵食、猛暑による高温障害、干ばつによる収量減などが毎年のように発生しています。
アグロフォレストリーはこれらのリスクを物理的な構造で軽減します。樹木の根は地中深くまで伸び、土壌の骨格を形成することで土砂崩れや土壌侵食のリスクを大幅に低下させます。樹冠(葉のかさ)が強い雨粒の直撃を遮ることで、表土が流れ出るのを防ぐ役割も果たします。
夏の高温障害については、樹木の日陰が地温の上昇を抑える遮光効果を発揮します。特に露地野菜栽培では、地温が35℃を超えると根の活動が著しく低下するため、遮光は農作物の品質維持に直結します。
また、樹木が風よけとなることで乾燥ストレスを軽減し、灌水コストの削減にもつながります。
天候リスクに強い農地を作ることが目標です。
ハード面の対策と合わせて、農地の「強靭化」として捉えることができます。
日本ではまだアグロフォレストリーの本格導入事例は少ないものの、先駆的な取り組みがいくつか存在します。
里山を活用した林畜複合経営事例(農研機構の報告より)では、繁殖牛18頭と里山20ヘクタール(東京ドームおよそ4個分)の経営資源を使い、クヌギ林での和牛放牧とシイタケ栽培を組み合わせた複合経営が実践されています。和牛が下草を食べることでクヌギ林の下刈り作業の負担が軽減され、シイタケ栽培で副産物収入も得られる構造です。さらに飼料生産を夏に、シイタケ関連作業を冬に配分することで、作業の季節分散も実現しています。
京都府京丹後市のバイオマスタウン構想では、バイオガス発電施設「京丹後循環資源製造所」と森林酪農を組み合わせたアグロフォレストリーが展開されています。有機廃棄物から作った液肥を農地に還元しながら、乳牛が荒廃林の下草を管理するという循環型の仕組みです。
徳島県上勝町では、手入れが行き届かなくなった林の隙間で葉わさびを栽培し、生産者の所得向上と移住者誘致につなげる取り組みが始まっています。山奥の限界集落における生き残り戦略として注目されています。
日本での林畜複合経営の具体的な効果と事例:農研機構「西日本農研ニュース」(PDF)
世界最高の成功事例として繰り返し紹介されるのが、ブラジル・アマゾン地域のトメアスにおける日系移民の取り組みです。
1920〜30年代に移住した日系農家が胡椒のプランテーション農業を展開しましたが、1960年代に病害が大規模発生し、農地が荒廃。そこで開発されたのが「遷移型アグロフォレストリー」です。これは自然界における植生の「遷移(せんい)」、つまり何もない荒れ地が徐々に森へと変化していくプロセスを人工的に模倣した農法です。
具体的には、まず1年以内に収穫できるキャッサバ・豆類・野菜を植え、次に3〜5年で収穫できるバナナ・パパイヤなどの中期作物、さらにカカオ・ブラジルナッツなどの有用高木を順番に植えていきます。時間軸をずらすことで「常に何かが収穫できる状態」が続く設計になっています。
その結果、アグロフォレストリーを実践していない周辺農家・牧場と比べて収入が約40倍に達したという記録があります。現在、トメアスで栽培されたカカオは日本にも輸入されており、明治が「アグロフォレストリーミルクチョコレート」として販売するなど、サプライチェーンとして日本とつながっています。
ブラジル・トメアスの日系移民とアグロフォレストリーの詳細な歴史:国立国会図書館「ブラジル移民の100年」
アグロフォレストリーを理想的な農法として紹介するだけでは不完全です。実際に導入を検討する農業従事者にとって、デメリットと課題も正確に知ることが重要です。
最大のデメリットは農業機械の導入が困難になる点です。樹木が点在することで、トラクターや大型コンバインが自由に動き回れるスペースが失われます。大規模な機械化農業で収益を上げている経営体にとって、これは大きな障害です。
次に初期投資から収益化まで時間がかかる点が挙げられます。野菜などの短期作物は初年度から収穫できますが、果樹は3〜5年、木材は20年以上かかります。林業的な収益が出るまでの間は、農作物だけで経営を維持する必要があります。
林業収入は長期投資です。
また樹種と作物の組み合わせ選定が難しいという課題もあります。日光を遮りすぎる樹木を選ぶと、農作物の生育を阻害します。樹木の種類と配置の設計ミスは、数年後に深刻な生産低下を引き起こす可能性があります。
専門家への相談が条件です。
日本特有の課題として、農地面積が小さいことも挙げられます。日本の国土面積に占める農用地の割合はわずか約12%にとどまり、世界的な基準からすると非常に狭い農地での適用が求められます。
アグロフォレストリーの概念に興味を持った農業従事者が、実際にどう始めればよいかを整理します。
ステップ1:現在の農地・経営状況の把握
まず自分の農地の土壌状態・日照条件・水はけを確認します。土壌分析を行い、pH・有機物量・養分バランスを把握することが出発点です。農地の規模と現在の収入構造も整理しておきます。
ステップ2:目標とするシステムタイプを選択
農林複合・林畜複合・農林畜複合のどれが自分の農地と経営目標に合うかを検討します。既存の農業機械を活かしながら段階的に導入できる「帯状植林(アレイクロッピング)」から始めるのが現実的です。
ステップ3:試験区画から段階導入
いきなり全農地を転換するのではなく、全体の10〜20%程度の試験区画で始めることをお勧めします。3〜5年かけて効果を検証しながら拡大する方針が、経営リスクを抑えます。
段階導入が原則です。
ステップ4:情報収集と専門家への相談
農研機構や各都道府県の農業試験場が、アグロフォレストリー関連の試験研究を進めています。地域の農業改良普及員に相談することで、その土地の気候・土壌に合った樹種と作物の組み合わせについて助言を得られます。
日本の農業・農地に関する最新の研究情報:農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)
アグロフォレストリーは農作物・木材・副産物の収益だけでなく、近年はカーボンクレジットという新しい収入源としても注目を集めています。
樹木は成長過程でCO2を大量に吸収・固定します。この「炭素固定量」を第三者機関が認証することで「カーボンクレジット(炭素クレジット)」として売買できる仕組みが整備されつつあります。農地に樹木を植えるアグロフォレストリーは、この炭素固定量の創出において非常に効果的な農法です。
林野庁の資料でも、脱炭素社会の実現に向けてアグロフォレストリーの実践・確立が求められると明記されています。世界規模でも、ネスレとofiが2025年4月に発表したプロジェクトでは、72,000ヘクタールのアグロフォレストリー転換によって30年間で150万トンのCO2削減を目指すとしています。
日本の農業由来のカーボンクレジット市場はまだ発展途上です。ただし、水田の「中干し延長」や有機農業などと組み合わせた申請が可能になってきており、アグロフォレストリーを早期に導入した農家は将来的に先行者メリットを享受できる可能性があります。
これは使えそうです。
J-クレジット制度(農林水産省・経済産業省・環境省が共同で運営)に農業分野が拡充されていることも確認しておくとよいでしょう。
農業とカーボンクレジットの最新事例と仕組み:農業由来カーボンクレジットの取り組み紹介
アグロフォレストリーは西洋発の新概念のように聞こえますが、実は日本人が数百年にわたって実践してきた農と林の複合文化に深く重なります。
これは意外ですね。
日本の「里山」は、集落の周辺に広がる二次林(クヌギ・コナラなどの雑木林)と農地が混在する景観です。里山では、林業で木材・薪・炭を得ながら農地では水田や畑を経営し、雑木林に家畜を放し飼いにして下草を管理するという複合的な土地利用が行われていました。
「茅葺き屋根の材料となるカヤを林の縁で刈り取る」「クヌギの木でシイタケを栽培する」「林間の湧き水を農業用水として活用する」これらはすべてアグロフォレストリーの概念と一致する実践です。
明治以降の近代農業の普及とともに、効率化・単一化が進み、里山の複合経営は急速に失われていきました。耕作放棄地が全国に広がり、荒廃した里山が増加している現代の日本において、アグロフォレストリーへの回帰は「先端農業技術の導入」ではなく「知恵の再発見」とも言えます。
日本型アグロフォレストリーの成立要件に関する学術研究:東京大学・土地利用と伝統農業を考慮した日本型アグロフォレストリー(PDF)
日本農業が直面する「担い手不足」という構造的問題に対し、アグロフォレストリーが解決策の一つとなる可能性は、あまり語られていません。
単一栽培農業は繁忙期に労働が集中します。田植え・収穫のシーズンには数週間に全作業が集中し、それ以外の時期は比較的手が空く構造です。この繁忙期集中が、農業に参入しようとする若者・副業希望者にとって「体力的にきつい」「通年雇用ができない」というハードルになっています。
アグロフォレストリーでは、短期作物・中期作物・長期作物の収穫時期が分散するため、年間を通じた作業スケジュールが生まれます。林業作業(間伐・剪定)は冬に集中しやすく、農業の繁忙期と時期がずれます。
作業の季節分散が可能です。
さらに複数の産品を扱う経営は、農業×林業×観光(農泊・体験農業)の6次産業化ともなじみがよく、多様な担い手が関与しやすい経営形態です。大型機械への依存が低い部分では、高齢農業者でも無理なく継続できる作業も生まれます。
担い手が減る一方の日本農業において、「一人が大規模に機械化する」ではなく「多様な人が関われる農地を設計する」という発想の転換がアグロフォレストリーには含まれています。
アグロフォレストリーを実際に始めたい農業従事者が活用できる情報源と相談先をまとめます。
まず最も信頼性の高い情報源として、国際農林水産業研究センター(JIRCAS)が公開している「アグロフォレストリーマニュアル」があります。農林複合・林畜複合・農林畜複合の各システムについて、土壌・収益・実践方法を詳細に解説した資料です。無料でPDF公開されており、実践の出発点として有用です。
国内の相談窓口としては、各都道府県の農業改良普及センターが最初の窓口として適切です。地域の気候・土壌条件に合った樹種と作物の組み合わせについて、無料で専門的なアドバイスを受けられます。
カーボンクレジットの活用を視野に入れている場合は、農林水産省が運営するJ-クレジット制度の農業・土地利用分野の最新情報を確認することをお勧めします。
申請要件や算定方法が年々整備されています。
また、林野庁が令和5年度予算で明確にアグロフォレストリーの実践・確立を政策方針として位置づけており、今後、支援制度の拡充が期待される分野です。最新の政策動向を押さえておくことが、補助事業活用につながります。
情報の鮮度が命です。
林野庁:日本の森林・林業に関する政策情報と最新の補助事業情報
国際農林水産業研究センター(JIRCAS):アグロフォレストリーに関する国際的な研究情報の公式サイト