セスバニア緑肥(別名:セスバニアカンナビナ)を導入する農家が最も期待する効果の一つが、物理的な土壌改良能力です。特に「硬盤破砕」と「排水性改善」において、他の緑肥作物を凌駕する能力を持っています。
セスバニアは初期生育こそ比較的緩やかですが、気温の上昇とともに爆発的な成長を見せます。草丈はわずか2ヶ月程度で3〜4メートルに達し、地上部の巨大さに比例して、地下の根も深く強く伸びていきます。この強力な直根(主根)は、トラクターのロータリー耕で踏み固められてしまった「耕盤層(硬盤層)」を物理的に突き破り、地下1メートル以上まで到達することが確認されています。
この根が枯れて腐熟した後には、土壌中に太い縦穴(根穴構造)が残ります。これが自然の通水パイプの役割を果たし、雨水がスムーズに地下へ浸透するようになります。水はけの悪い粘土質の圃場や、水田転換畑において、作物の根腐れを防ぐために極めて有効な手段です。
一般的な緑肥である「クロタラリア」も硬盤破砕効果が高いことで知られていますが、セスバニアの最大の違いは「圧倒的な耐湿性」にあります。クロタラリアは湿害に弱く、排水の悪い場所では発芽不良や生育不良を起こしやすいのに対し、セスバニアは冠水状態でも生育可能です。そのため、排水性が極端に悪い圃場の最初の改良材としては、セスバニアの方が確実性が高いと言えます。
実際に、セスバニアを栽培した後の土壌では、透水性が大幅に向上し、後作の野菜や穀物の根張りが良くなる事例が数多く報告されています。特に、長年の機械作業で土が締め固まり、雨が降るといつまでも水が引かないような圃場では、サブソイラーなどの機械による破砕と合わせてセスバニアを作付けすることで、劇的な土壌物理性の回復が期待できます。
セスバニア田助(品種)の特徴や硬盤破砕効果について記載されています。
田助 - 緑肥作物種子|畑作園芸分野
セスバニアによる土壌物理性の改善効果(浸透率の向上など)に関する研究データが含まれています。
Effect of reduced tillage and mulching on soil health (Sesbania research)
セスバニアには、他のマメ科緑肥には見られない非常にユニークな特性が2つあります。それは「塩類集積土壌の浄化能力(クリーニングクロップとしての利用)」と「茎粒(くきこんりゅう)の形成」です。これらはあまり知られていませんが、特定の環境下では非常に強力な武器となります。
まず、塩類集積対策についてです。施設園芸(ハウス栽培)などでは、長期間の施肥によって土壌中に肥料成分(特に硝酸態窒素や塩基類)が過剰に蓄積し、作物の生育を阻害する「塩類濃度障害」が発生することがあります。セスバニアは「耐塩性植物(ハロファイト)」としての性質を持っており、土壌中の過剰な塩類(ナトリウムなど)を根から積極的に吸収し、地上部の茎葉に蓄える能力が高いことが分かっています。
この性質を利用し、ハウスの休閑期にセスバニアを栽培して大きく育て、その後に地上部を圃場外へ持ち出すことで、土壌中の塩分を物理的に除去(除塩)することができます。これを「クリーニングクロップ」と呼びます。単にすき込むだけでは吸収した塩分が再び土に戻ってしまうため、除塩を目的とする場合は「刈り取り・持ち出し」がセットであることを忘れてはいけません。
次に、セスバニア特有の「茎粒(ステムノジュール)」についてです。通常、マメ科植物の根粒菌は根に寄生して窒素固定を行いますが、セスバニアは根だけでなく、地上の「茎」にも根粒を作ることができます。これは、原産地が湿地帯であることに由来する生存戦略です。
水田転換畑などで土壌が過湿状態になり、地中の酸素が不足すると、通常の根粒菌は活動できなくなります。しかし、セスバニアは茎にある根粒で空気中の窒素を直接取り込み、固定することができます。この機能のおかげで、水没するような悪条件下でも窒素飢餓にならず、旺盛に生育できるのです。また、この豊富な窒素分は、すき込み後の土壌肥沃度の向上にも大きく貢献します。
塩類集積土壌におけるセスバニアの耐塩性と土壌改良効果に関する詳細な研究です。
Effect and mechanism of the improvement of coastal silt soil by Sesbania
施設栽培における塩類集積対策と除塩のメカニズムについて解説されています。
セスバニアを成功させるためには、適切な播種(種まき)時期と品種の選定が欠かせません。セスバニアは熱帯原産のマメ科植物であるため、発芽と生育には高い気温が必要です。
最適な播種時期
重要なのは「平均気温が20℃を超えてから播種する」ということです。早まきは禁物です。地温が低い時期に無理に種をまくと、発芽不良を起こしたり、初期生育が極端に停滞して雑草に負けてしまったりします。桜が散り、十分に暖かくなってから、あるいは麦の収穫後や夏野菜の作付け前後の「夏の空き期間」を利用するのがベストです。
播種量と方法
種子は散播(バラまき)でも条播(筋まき)でも問題ありませんが、バラまきの場合は発芽ムラを防ぐために、播種後に浅くロータリーをかけるか、鎮圧ローラーで土と種を密着させることが重要です。
品種の選び方
日本国内で流通しているセスバニア種子の代表格が、雪印種苗の「田助(でんすけ)」です。
国内で最も普及している品種です。特に耐湿性が強化されており、排水不良田での生育が安定しています。初期生育も改良されており、雑草との競合に強いのが特徴です。種子の入手もしやすく、地域のJAや種苗店で注文すれば容易手に入ります。
他の品種としては、輸入種子などが安価で販売されていることがありますが、発芽率や日本の気候への適応性、特に「初期生育のスピード」において田助などの選抜品種に劣る場合があります。緑肥栽培で最も避けたいのは「緑肥が育たずに雑草だらけになること」ですので、信頼できる品種を選ぶことがコスト対効果を高めるコツです。
緑肥利用マニュアルにて、播種適期や品種選定の重要性が解説されています。
セスバニア栽培において最も神経を使うべき、そして最も失敗が多いのが「すき込み時期」の判断です。ここを誤ると、トラクターを壊したり、後作に悪影響を及ぼしたりする重大なトラブルにつながります。
絶対的なルール:開花直前〜開花始めにすき込む
セスバニアは短日植物であり、日が短くなると花をつけますが、栽培期間で言うと播種後60日〜70日程度が限界ラインです。草丈が1.5m〜2mに達した頃がすき込みの適期です。
なぜ遅れてはいけないのか?
セスバニアの茎は、成長が進むにつれて急速に「木質化(リグニン化)」します。開花期を過ぎて種子(サヤ)を付け始める頃には、茎はまるで若い樹木のように硬くなり、直径も数センチに達します。こうなると、一般的なトラクターのロータリー爪では全く歯が立ちません。無理に耕そうとすれば、ロータリーの爪軸に硬い茎が絡まり、爪が折れる、あるいはトラクターのエンジンに過大な負荷がかかりオーバーヒートや故障の原因になります。
すき込みの具体的な手順
まず、立毛のまま細かく粉砕します。ロータリーでいきなりすき込むのは、草丈が1m以下の幼苗の時以外は避けてください。茎が硬くなっている場合は、必ずフレールモアなどでチップ状に粉砕する必要があります。
時間に余裕があれば、粉砕後1〜2日ほど天日干しにして水分を飛ばします。
粉砕した有機物を土に混ぜ込みます。
分解を早めるコツ
セスバニアなどの木質化しやすい緑肥は、土中での分解に時間がかかります。分解が遅れると、土の中で有機酸が発生して後作の根を傷めたり、未分解の有機物が邪魔をして播種精度が落ちたりします。
茎の木質化によるすき込みの難易度やすき込み適期について詳細に記述されています。
セスバニアの栽培とすき込み時期の注意点
緑肥のすき込み手順や分解期間の目安についての公的ガイドラインです。
非常に効果の高いセスバニアですが、メリットばかりではありません。導入前に知っておくべきデメリットやリスクを理解し、対策を講じておくことが成功への鍵です。
1. 窒素飢餓のリスク(C/N比の問題)
セスバニアが大きく育ちすぎ、茎が硬くなった状態(木質化した状態)は、炭素率(C/N比)が高い状態です。これをそのまま土にすき込むと、土壌中の微生物が有機物を分解するために、周囲の土にあるチッソ分を急速に奪い取ってしまいます。これを「窒素飢餓」と呼びます。
結果として、後作の作物が初期生育で肥料不足に陥り、葉が黄色くなるなどの障害が出ます。
2. 機械への過度な負担
前述の通り、成長しすぎたセスバニアは「草」ではなく「木」です。家庭菜園用の小型管理機や、馬力の小さいトラクターでは処理できない可能性があります。
3. センチュウへの効果の限定性
セスバニアは一部の土壌害虫に対して抑制効果があるとされますが、万能ではありません。例えば、サツマイモネコブセンチュウなどに対しては、クロタラリアやギニアグラスの方が抑制効果が高いという報告もあります。セスバニアの主目的はあくまで「排水改善」や「有機物供給」であり、センチュウ対策を第一目的とする場合は、対象となるセンチュウの種類と緑肥の特性をよく照らし合わせる必要があります。
4. 発芽初期の湿害(冠水)
「湿気に強い」と言われるセスバニアですが、それはある程度成長してからの話です。播種直後の発芽揃いの時期に完全に水没してしまうと、さすがに酸欠で腐敗することがあります。
緑肥利用における窒素飢餓のメカニズムと対策について解説されています。
緑肥作物セスバニアの活用上の留意点(福島県)
沖縄における緑肥の分解特性とC/N比に関する研究論文です。