くん煙剤は、有効成分を加熱して微細な煙粒子としてハウス内に拡散させ、作物表面や隠れた場所の病害虫に付着・接触させることで効果を発揮する農薬です。
噴霧器散布と違い、煙がハウスの隅々や葉裏まで広がるため、防除ムラを抑えやすいのが大きな特徴です。
施設栽培向けのくん煙剤には、主に殺菌剤タイプと殺虫剤タイプがあり、灰色かび病・うどんこ病などの病害や、アブラムシ類・アザミウマ類・ハダニ類などの害虫に対して登録されています。
参考)https://noya.co.jp/pdf/item_20140044.pdf
多くの製品が「温室・ビニールハウス等の密閉できる場所」を適用場所としており、露地よりもハウス栽培で真価を発揮する資材と言えます。
参考)https://www.pref.nagasaki.jp/shared/uploads/2022/07/1657697170.pdf
くん煙剤のメリット・デメリットを、圃場目線で整理すると次のようになります。
代表的な対象病害虫と、くん煙剤でねらいやすい場面を簡単な表にまとめます。
| 対象 | ハウスで問題になりやすい場面 | くん煙剤が向く理由 |
|---|---|---|
| 灰色かび病・うどんこ病 | いちご・きゅうり・トマトなどで、湿度が高くなる時期 | 病斑や葉裏まで煙が行き渡り、発生初期~予防で効果を出しやすい |
| アブラムシ類・コナジラミ類・アザミウマ類 | 果菜類や葉菜類で、上位葉や新芽に高密度で増殖するとき | 葉裏や新芽の込み入った部分まで到達しやすく、防除ムラを減らせる |
| ハダニ類 | 乾燥気味のハウスで、葉裏に群生しているとき | 葉裏への付着性が高く、薬剤到達が難しい場面で選択肢になる |
一方で、くん煙剤は「他剤の代わりに何でも効く万能薬」ではなく、系統や有効成分が偏ると耐性リスクも高まります。
参考)https://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_touroku/attach/pdf/index-80.pdf
ラベルに記載されたローテーションの推奨や「連続使用を避ける」といった注意書きを守り、散布剤・粒剤・天敵などと組み合わせたIPMの中に位置付けることが重要です。
参考)https://www.s-boujo.jp/kihon/file/14sonota/1410.pdf
くん煙剤の実務でいちばん悩ましいのが、「この作物・この病害に、本当に使ってよいのか」というラベル判断です。
群馬県などが公開している「くん煙剤一覧」では、きゅうりやトマト、いちごなどの適用作物ごとに、対応する病害名(うどんこ病・灰色かび病など)と使用量が一覧化されています。
くん煙剤のラベルや一覧表で、特にチェックしておきたい項目は次の通りです。
一例として、施設きゅうり向けの殺菌くん煙剤では、「温室・ビニールハウス等の密閉できる場所」「うどんこ病・灰色かび病」「収穫前日まで」「年4回以内」といった情報がセットで記載されています。
参考)フルピカくん煙剤│園芸/殺菌剤│農薬製品│クミアイ化学工業株…
このように、くん煙剤のラベルは「どこで・何に・どのくらいまで」使えるかがひと目で分かる構造になっているため、作付け前にまとめて読み込んでおくと設計がスムーズになります。
参考)農薬の詳細
有機栽培・特別栽培との関係も、意外と見落とされがちなポイントです。
有機JASや特別栽培のガイドラインでは、硫黄くん煙剤など一部の資材だけが使用可能とされ、それ以外のくん煙・くん蒸剤は使用制限を受けるケースがあります。
参考)https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/pdf/tokusai_qa.pdf
「有機圃場だからくん煙剤はすべてNG」と決めつけず、自分が使おうとしている製品がガイドライン上どう扱われているか、事前に確認しておく必要があります。
農家向けの農薬情報システムでは、県別に登録農薬の一覧やラベル情報が検索できるため、くん煙剤の登録内容もオンラインで確認可能です。
紙ラベルだけで判断せず、県の情報システムや一覧表と突き合わせることで、誤用リスクをかなり減らせます。
参考)https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/658122.pdf
くん煙剤の基本手順は「密閉 → 点火 → 退室 → 所定時間放置 → 換気」という流れで、多くのマニュアルや製品説明でも共通しています。
施設栽培に関する県の指導資料では、処理は日没後に行い、点火後は速やかにハウス外へ退避し、処理中はハウス内に立ち入らないよう明記されています。
実務で押さえておきたいポイントを、工程ごとに整理します。
家庭用くん煙剤の説明では「使用時は24時間換気扇を止める」「処理後に窓を開けて換気する」といった換気タイミングが具体的に示されていますが、ハウスでも同様に「処理中は密閉」「終了後はしっかり換気」というメリハリが重要です。
参考)くん煙(煙・霧)剤ご使用前の準備と使い方
農薬暴露の安全評価資料でも、点火後は暴露がほぼ生じない一方、くん煙終了時の入室や換気時に暴露リスクがあることが示されており、換気作業時こそ防護具を着用すべきとされています。
参考)https://www.maff.go.jp/j/council/sizai/nouyaku/attach/pdf/shiyousya06-4.pdf
意外に知られていないリスクとして、「別種類のくん蒸・くん煙剤との併用による事故」があります。
家庭用では、全量噴射式くん蒸殺虫剤の可燃性ガスが残っている室内で、着火式くん煙殺虫剤を使用したことにより爆発事故が発生した事例が報告されています。
参考)製品安全情報マガジン Vol.43 2月23日号「併用の危険…
ハウスでも、他の可燃性ガスや暖房機器がある環境で点火する場合は、同様のリスクが潜んでいると考え、機器の電源オフやガス漏れの有無を確認してから作業するべきです。
また、くん煙処理後に十分な換気を行わず、室内に長時間滞在した結果、腹部不快感やしびれなどの症状が出た吸入事故も報告されています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/12/h1222-2f.html
「朝イチの作業に間に合わせたいから」と換気を端折らず、作業計画の段階で換気に必要な時間を見込んでおくことが、現場の安全と作業効率の両立につながります。
施設栽培でのくん煙剤使用における安全ポイントを詳しくまとめた自治体資料があります。
長崎県「農薬の危被害防止(施設栽培でのくん煙剤使用)」資料
くん煙剤は「背負って撒かない」ぶん安全そうに見えますが、濃いガスや煙を扱うという点では土壌くん蒸剤と共通するリスクを持っています。
滋賀県の「農薬の安全使用」資料では、くん蒸剤・くん煙剤を使用する際には防護マスクを装着し、周辺にガスが漏れないようにすることが明記されています。
薬害リスクに関しては、製品ラベルで「定植直後や幼苗には使用しない」「高温時のくん煙は避け、夕方からくん煙し翌朝開放する」といった注意が目立ちます。
参考)https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/wp-content/uploads/2023/03/F_TELSTAR_J.pdf
高温・高湿度の条件で濃い煙に長時間さらされると、葉焼けや生育停滞などの薬害が出やすくなるため、夕方~夜間の比較的温度が下がる時間帯を選ぶのが基本です。
農薬中毒の観点では、土壌くん蒸剤クロルピクリンの不適切な使用により、近隣住民に軽度の中毒症状が出た事例が報告されています。
参考)No.1551 農薬・土壌くん蒸剤「クロルピクリン」(劇物)…
クロルピクリン自体は土壌くん蒸剤ですが、「被覆を怠る」「ガス抜き不足」といった管理ミスが、中毒事故に直結しうることを示す象徴的なケースです。
くん煙剤を含むガス系農薬で、特に避けたい危険パターンを整理すると次のようになります。
防護具については、自治体資料などで防護マスクの装着が強く推奨されているほか、ガス漏れを防ぐために隙間の多い古いハウスでは周辺への影響にも注意が必要とされています。
参考)https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5531129.pdf
「短時間だから」「毎年やっているから大丈夫」という思い込みを捨て、マスク・手袋・長袖を標準装備としてルーティン化してしまうのが、長期的な健康を守る近道です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrm1952/27/4/27_4_712/_pdf/-char/ja
近年は、人手不足やハウス大型化に対応するため、「自動くん煙機」と組み合わせた省力防除の研究も進んでいます。
農研機構の報告では、600Wヒーターでくん煙剤を加熱し、送風機でハウス内に煙を送る自動くん煙機の試験が行われ、粒子の分布や防除効果の安定性が検討されています。
こうした自動くん煙システムは、点火後にハウス内を歩き回る必要がなく、装置のスイッチ操作だけで広い面積をカバーできるのが大きな利点です。
参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/archive/files/0100-0110.pdf
また、粒子の大きさや噴出位置を設計することで、従来の手点火方式よりも均一な薬剤分布を得られる可能性が指摘されています。
実務面では、以下のような活用イメージが考えられます。
一方で、ガス暴露のリスク評価では、土壌くん蒸剤など気体状態で暴露する農薬について、気中濃度ベースの評価をどう行うかが議論されており、自動くん煙機のようなシステムでも、過度な濃度にならない運転設計が求められます。
参考)https://www.maff.go.jp/j/council/sizai/nouyaku/attach/pdf/shiyousya15-4.pdf
省力化だけを追いかけるのではなく、「誰が・いつ・どのくらいガスに近づくのか」を想定したうえで、装置の配置やタイマー設定、防護具の運用ルールまで含めてシステムとして組み立てることが重要です。
今後、センサー技術やIoTと組み合わせて、ハウス内のガス濃度や温湿度をリアルタイムに見える化しつつ、くん煙処理を自動制御する仕組みも十分現実的になってきています。
参考)https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/wp-content/uploads/2025/04/006-048.pdf
くん煙剤を「ただの薬剤」ではなく、「省力防除システムの一部」として捉え直すことで、労力削減と安全性の両立を図れる余地はまだ大きいと言えるでしょう。

バルサン ワンタッチ 煙タイプ くん煙剤 40g × 3個 (12~16畳・20~26㎡ 用 × 3個) 家中のいやーな虫をまるごと殺虫 ・スミズミまでよく効く