いちご栽培において、液肥の選定は単に「肥料を与える」という行為以上の意味を持ちます。植物の生理状態をコントロールするための「操縦桿」のような役割を果たすからです。市場には数え切れないほどの液肥が存在しますが、大きく分けて「化成(無機)液肥」と「有機入り液肥」の2つに分類され、それぞれ明確な役割分担があります。これらを混同して使用すると、意図しない徒長(とちょう)や根傷みを引き起こす原因となります。
プロの生産現場では、これらを「どちらか一方」ではなく、「ハイブリッド」で使用するのが主流です。例えば、ベースの樹勢維持にはコストパフォーマンスに優れ計算しやすい化成液肥を使用し、食味を乗せたい収穫期の1週間前や、天候不順で光合成能力が落ちている時の補助として有機入り液肥を投入するといった使い分けです。
参考リンク:いちご専用有機入り肥料の成分バランスと特長(朝日アグリア)
また、肥料成分の中でも特に「窒素」の形態に注目する必要があります。いちごは低温下では「アンモニア態窒素」の吸収阻害が起きやすいため、冬場の液肥は吸収効率の良い「硝酸態窒素」の割合が高いものを選ぶのが鉄則です。逆に、春先で気温が上がってきた際に硝酸態窒素を与えすぎると、一気に徒長して「軟弱な株」になり、うどんこ病や灰色かび病のリスクが高まるため、春以降はアンモニア態や尿素態を含んだバランスの良い液肥に切り替えるといった、高度な調整が求められます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10333222/
「週に1回、500倍で与える」というのは、あくまで家庭菜園レベルの目安に過ぎません。農業従事者やハイレベルな栽培を目指す場合、追肥のタイミングと頻度は「植物の要求量」と「環境要因」によってダイナミックに変化させる必要があります。漫然とした施肥は、肥料焼け(濃度障害)やチップバーン(カルシウム欠乏による葉先枯れ)を引き起こすだけです 。
参考)家庭菜園でいちご栽培!おすすめ肥料と追肥タイミングを徹底解説…
具体的な判断基準として、以下の要素を常にモニタリングします。
いちごは、その一生の中で肥料を欲しがる時期と、そうでない時期がはっきりしています。
| 生育ステージ | 施肥の狙い | N-P-K バランスの目安 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 育苗期 | ガッチリしたクラウン(株元)の形成 | 窒素=カリ > リン酸 | 窒素過多は炭疽病の誘引になるため、切れる時はしっかり切る(窒素中断)。 |
| 定植〜活着 | 発根促進 | リン酸主体 | 根が動くまでは薄い濃度で回数を多く。 |
| 開花〜肥大期 | 果実への転流促進 | リン酸・カリ高め | カリウムは果実の肥大と糖度輸送に必須。不足すると果実が太らない。 |
| 収穫最盛期 | 草勢維持(なり疲れ防止) | 窒素・カリバランス型 | 果実に養分を奪われるため、窒素も補給しないと次の花が来ない。 |
液肥の効果は「濃度(EC)」と「量」の掛け合わせで決まります。
従来の「週1回のドカやり」は、土壌中の肥料濃度が急激に上がり下がりするため、根にストレスがかかります。理想は、毎回または2回に1回の灌水時に薄い液肥を混入させる「連続施肥」です。これにより、土壌中の肥料濃度を一定に保ち、いちごが常に安定して養分を吸収できる環境を作ります。
1日に数回〜数十回に分けて給液する場合、全ての回で肥料を入れるのではなく、「水のみの時間帯」と「液肥の時間帯」を使い分ける方法もあります。例えば、朝一番は水のみで目覚めさせ、光合成が活発になる午前中に液肥を集中的に与え、午後はまた水に戻して培地内の余分な塩類を洗い流す、といった制御が品質向上につながります 。
参考リンク:生育ステージごとの追肥タイミングと濃度の考え方(ファームナビ)
「甘いいちごを作りたい」というのは全生産者の願いですが、単に甘くするだけでなく、酸味とのバランスやコク深さを出すために、近年注目されているのが「アミノ酸入り液肥」の活用です。
通常、植物は根から吸収した無機質の窒素(硝酸態窒素など)を、体内で光合成によって得たエネルギー(炭水化物)を使って「アミノ酸」に合成し、さらにタンパク質へと作り変えます。この工程には多くのエネルギーが必要です。
しかし、アミノ酸そのものを液肥として直接根や葉から吸収させることができれば、植物は「窒素からアミノ酸へ合成するエネルギー」を節約(ショートカット)することができます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11278703/
アミノ酸液肥は、単独で与えるよりも、リン酸やカリウム、微量要素(ミネラル)とセットで与えることで相乗効果を発揮します。特に「マグネシウム(苦土)」は光合成の中心物質であるため、アミノ酸と一緒に施用することで、光合成能力そのものを高め、さらなる糖度アップが期待できます。
注意点として、有機質を含むアミノ酸液肥は、点滴チューブ内でのバイオフィルム(汚れ)の発生原因になりやすいため、使用後は必ず水だけでフラッシング(洗浄)を行うか、資材によっては葉面散布をメインに据える戦略も有効です 。
検索上位の一般的な記事ではあまり触れられませんが、プロの生産者が品質と耐病性を高めるために密かに、しかし積極的に行っているのが「ケイ酸(シリカ)」と「カルシウム」の葉面散布です。これらは土壌施用だけでは吸収効率が悪い、あるいは特定の部位に届きにくいという特性があるため、液肥による葉面散布が劇的な効果を生みます 。
参考)Si22(500ml)【即効性ケイ酸カリ液肥】ケイ酸22% …
カルシウムは植物体内で「ペクチン」と結合し、細胞壁を強固にするセメントのような役割を果たします。しかし、カルシウムは植物体内で非常に移動しにくい(水と一緒に蒸散流に乗ってしか動かない)という欠点があります。
特に、新芽や果実の先端など、蒸散が少ない部位にはカルシウムが届きにくく、これが細胞壁の形成不全、すなわち「チップバーン(葉先枯れ)」や「果実の軟化」の原因となります。
これを防ぐには、根からの吸収を待つのではなく、「キレートカルシウム」などの吸収されやすい形態の液肥を、新芽や幼果に直接スプレーする(葉面散布)のが最も即効性があり効果的です。これにより、果皮が強くなり、日持ちが向上し、輸送中の傷みも軽減されます 。
いちごは本来、ケイ酸をあまり吸収しない植物とされてきましたが、近年の研究や現場の実践で、可溶性ケイ酸の葉面散布が非常に有効であることが分かってきました。
ケイ酸を葉面から吸収させると、葉の表皮細胞の直下に「シリカ層(クチクラ・シリカ二重層)」を形成します。
葉面散布を行う際は、気孔が開いている早朝(日が昇ってから数時間以内)に行うのがベストです。また、展着剤を必ず使用し、葉の裏面にもしっかりとかかるように散布します。
【プロの散布ローテーション例】
特に「亜リン酸(ありんさん)」は、通常のリン酸よりも植物内での移動が速く、一時的に植物の防御システム(全身獲得抵抗性)をスイッチオンにする効果があると言われており、ケイ酸と組み合わせることで、農薬の使用量を減らしながら健全な株を維持することが可能になります。
参考リンク:いちご栽培におけるケイ酸・葉面散布剤の具体的効果と選び方(いちごテック)
このように、液肥はいちごの「食事」であると同時に、病気を防ぐ「サプリメント」であり、体を鍛える「プロテイン」でもあります。漫然と与えるのではなく、一つ一つの成分の意味を理解し、生育ステージと天候に合わせて使い分けることで、収量と品質は劇的に向上します。

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