
有機農業に取り組む生産者にとって、病害虫防除は最大の課題の一つです。「有機栽培は無農薬である」という誤解が消費者には根強くありますが、実務を行う皆さんであれば、JAS規格(日本農林規格)において「使用可能な農薬」が明確に定義されていることはご存知でしょう。しかし、その運用ルールは極めて厳格であり、単に「天然成分だから大丈夫」という安易な判断は、認証取り消しという重大なペナルティにつながりかねません。
有機JAS規格における農薬使用の基本原則は、あくまで「耕種的防除、物理的防除、生物的防除を行ってもなお、病害虫による損害を防げない場合」に限られます。つまり、農薬は最後の手段(ラストリゾート)として位置づけられています。この前提を無視して、慣行栽培のように予防的にカレンダー散布を行うことは、有機農業の理念から外れるだけでなく、資材コストの増大を招きます。
使用が許容される農薬のリストは、農林水産省の告示「有機農産物の日本農林規格」の別表2に記載されています。この表に記載されている成分以外は、たとえ植物抽出液であっても、あるいは食品由来の成分であっても、農薬としての登録がないものや、適合性が確認されていないものは使用できません。
特に注意が必要なのは、「製剤」としての適合性です。有効成分が別表2に含まれていても、製剤化する際に使用される添加物(界面活性剤や保存料)に化学合成物質が含まれている場合、その農薬は有機JASでは使用不可となります。例えば、同じ「ピレトリン(除虫菊成分)」を含む農薬でも、共力剤としてピペロニルブトキシド(PBO)が添加されているものは使用できません。必ず「有機JAS適合」と明記された資材を選ぶか、証明書を取り寄せる必要があります。
有機食品の検査認証制度:農林水産省
農林水産省の公式ページです。最新の告示内容や別表2のリスト、Q&Aが掲載されており、基準の根拠を確認する一次情報として必須です。
別表2に掲載されている農薬は、大きく分けて「植物・動物由来」「鉱物由来」「微生物由来」の3つに分類できます。それぞれの特性を理解し、対象とする病害虫に合わせて適切な天然成分を選択することが、有機栽培での防除成功の鍵となります。
1. 微生物由来(BT剤・スピノサド剤など)
BT剤(バチルス・チューリンゲンシス菌)は、有機農業で最も広く利用される殺虫剤の一つです。この細菌が生成する結晶毒素は、アオムシやヨトウムシなどのチョウ目幼虫の消化管内でのみ毒性を発揮します。人間や益虫(ミツバチなど)には無害であるため、生態系への影響が極めて少ないのが特徴です。
一方、スピノサド剤は放線菌の一種が産生する代謝物を有効成分としており、チョウ目だけでなく、アザミウマ類やハモグリバエ類にも高い効果を示します。慣行栽培並みの速効性が期待できるため、突発的な発生時の防除に適していますが、耐性菌の出現を防ぐため、同一系統の連用は避けるべきです。
2. 鉱物由来(銅剤・硫黄剤・重曹など)
銅剤(ボルドー液など)や硫黄剤は、殺菌剤としての役割を果たします。これらは病原菌の細胞壁や酵素系に作用し、胞子の発芽を阻害する「予防効果」が主となります。病気が蔓延してからの治療効果は低いため、降雨前の予防散布が基本です。ただし、銅剤の多用は土壌への銅蓄積リスクがあるため、欧州の有機基準では使用量の上限が設けられている場合もあります。日本国内でも、土壌分析を行いながら必要最小限の使用に留める意識が重要です。
3. 植物・油由来(マシン油・デンプン・植物油)
マシン油乳剤や調合油乳剤は、害虫の気門を物理的に封鎖して窒息死させる「気門封鎖剤」です。ハダニ類やカイガラムシ類、アブラムシ類に効果があります。化学的な殺虫成分を含まないため、抵抗性が発達しにくいという大きなメリットがあります。デンプン(粘着くんなど)も同様の作用機序を持ち、収穫前日まで使用できる安全性の高さが魅力ですが、直接害虫にかからないと効果がないため、丁寧な散布技術が求められます。
| 分類 | 主な有効成分 | 対象病害虫 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 殺菌剤 | 銅(ボルドー等) | べと病、疫病、炭疽病 | 予防効果が高い。治療効果は低い。 |
| 殺菌剤 | 硫黄 | うどんこ病、さび病 | ダニ類への忌避効果も期待できる。 |
| 殺菌剤 | 重曹(炭酸水素Na) | うどんこ病 | 食品添加物としても使われる安全性。 |
| 殺虫剤 | BT菌 | アオムシ、ヨトウムシ | チョウ目幼虫に特異的に効く。 |
| 殺虫剤 | スピノサド | アザミウマ、ハムシ | 速効性があり、効果が幅広い。 |
| 殺虫・殺ダニ | マシン油、植物油 | ハダニ、アブラムシ | 窒息死させる。抵抗性がつきにくい。 |
これらの資材を使用する際は、必ずラベルの「適用作物」と「希釈倍率」を遵守してください。「有機で使えるから安全」といって、適用外の作物に使用することは農薬取締法違反となります。
「特定農薬(特定防除資材)」をご存知でしょうか。これは、有機JAS規格の中でも特殊な立ち位置にある資材です。農薬取締法において、原材料の安全性や効果が明白であり、人の健康や環境に悪影響を及ぼす恐れがないものとして、農林水産大臣及び環境大臣が指定したものを指します。現在、この特定農薬として指定されている代表的なものが「酢(食酢)」と「重曹(炭酸水素ナトリウム)」、そして「天敵」です。
1. 食酢(お酢)の活用
食酢は、古くから農家が民間療法的に使用してきた資材ですが、特定農薬として認められたことで、堂々と防除記録に記載できるようになりました。
2. 重曹(炭酸水素ナトリウム)の活用
重曹もまた、家庭にある身近な素材ですが、農業現場では立派な殺菌剤として機能します。
これらの特定農薬は、入手が容易でコストも安いため、小規模な圃場や家庭菜園レベルでは非常に重宝します。しかし、業務用として広大な面積で防除を行う場合、その効果は化学合成農薬に比べてマイルドであることは否めません。あくまで「初期発生の抑制」や「他の有機農薬とのローテーション防除の一角」として組み込むのが賢明です。
特定農薬とは何か。有機農業でも使える「農薬」の基礎知識
特定農薬(特定防除資材)の定義と、有機JASでの取り扱いについて詳しく解説されています。食酢や重曹の法的な位置づけを理解するのに役立ちます。
多くの生産者が見落としがちであり、かつ監査で指摘されやすい「盲点」が展着剤です。
農薬(主剤)が有機JAS適合であっても、それを葉に付着させるために混ぜる展着剤が不適合であれば、散布した瞬間にその作物は「有機農産物」としての資格を失います。
一般的な慣行栽培で使用される展着剤の多くは、ポリオキシエチレンアルキルエーテルなどの合成界面活性剤を主成分としています。これらは化学合成物質であるため、有機JAS規格では原則使用禁止です。
有機JAS(別表2)において使用が許容されている展着剤の成分は、以下のものに限られています。
具体的に商品名で言えば、以下のような製品が有機JAS適合として広く知られています(※最新の適合リストは必ず購入前に確認してください)。
独自の視点:展着剤選びで防除効果が変わる
有機JASで使用できる農薬(特にBT剤や銅剤)は、化学合成農薬のように「浸透移行性(葉の中に成分が染み込んで効く性質)」を持たないものがほとんどです。つまり、「かかった場所にしか効かない」のです。
そのため、薬液を葉の表面に均一に広げ、かつ雨で流されないように留める展着剤の役割は、慣行栽培以上に重要になります。
「たかが展着剤」と安易に考えず、主剤と同じくらい慎重に選定してください。監査時には、使用した展着剤の資材証明書も必ず要求されます。保管場所にある「慣行栽培用の展着剤」をうっかり混用してしまわないよう、有機専用の農薬保管庫や棚を物理的に分けるなどのリスク管理も推奨されます。
最後に、実務で最も重要な「その資材が本当に使えるかどうか」を判断するための検索方法と確認プロセスについて解説します。
農薬メーカーのカタログに「有機JAS対応」と書いてあっても、それだけで判断するのはリスクがあります。なぜなら、JAS規格は改正されることがあり、過去に適合していたものが不適合になるケースや、その逆も稀にあるからです。
確実な適合確認を行うためには、以下のステップを踏むことを強くお勧めします。
多くの有機登録認定機関(認証団体)は、独自に評価・確認済みの「適合資材リスト」を会員向けに公開しています。自分が契約している認証機関が「使用可」と判断している資材を使うのが最も安全なルートです。
「日本有機農業研究会」や「有機JAS資材評価協議会」などの団体が、メーカーからの申請に基づいて規格適合性を評価したリストを公表しています。
リストに載っていない資材や、新発売の資材を使用したい場合は、メーカーから「資材証明書」を取り寄せる必要があります。この証明書には、全成分(有効成分だけでなく、界面活性剤や溶剤などの補助成分すべて)が開示されているか、あるいは「有機JAS規格別表1または2に適合する成分のみで構成されている」旨の宣誓が記載されている必要があります。これを自社の認証機関に提出し、事前承認を得てから使用を開始します。
検索時のキーワードのコツ
Web検索で資材を探す際は、単に「有機 農薬」と検索するのではなく、以下のような複合ワードを使うと、より精度の高い情報に辿り着けます。
監査への備え
有機JASの年次監査では、購入伝票と使用記録(栽培日誌)、そして在庫量の整合性が厳しくチェックされます。「いつ、どこで、何を、何倍で、何リットル撒いたか」という記録に加え、「その資材が適合資材である根拠(リストのコピーや証明書)」をセットでファイリングしておくことが、スムーズな監査クリアの鉄則です。
有機農業における農薬使用は、単なる「害虫退治」ではなく、高度な「コンプライアンス管理」そのものです。正しい知識と最新のリストを手元に置き、胸を張って出荷できる農産物作りを目指しましょう。
有機資材リスト掲載一覧表:農林水産省
各登録認定機関等が作成・公表している有機JAS適合資材のリストへのリンク集です。ここから各団体の最新リストにアクセスできます。

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