農業現場において、農薬散布の効果を左右する重要な資材が展着剤です。その中でも「アビオンE」に代表されるパラフィン系展着剤は、一般的な展着剤とは一線を画すユニークな特徴を持っています。多くの農家が「雨に強い」という理由でアビオンを選びますが、そのメカニズムを正しく理解しているでしょうか?ここでは、アビオンが持つパラフィン被膜の特性と、それが作物にもたらすメリットについて深掘りします。
まず、アビオンの主成分である「パラフィン」について理解しましょう。パラフィンとは、いわゆる「ロウ(ワックス)」の一種です。植物の葉の表面には、もともとクチクラ層(ワックス層)があり、これが水分の蒸発を防いだり、病原菌の侵入を物理的に防いだりしています。アビオンを散布すると、この天然のワックス層の上に、さらに人工的なパラフィンの被膜を形成します。これが「パラフィン被膜」です。
一般的な界面活性剤主体の展着剤(ダインなど)は、表面張力を下げて薬液をベタッと広げる「濡れ性」を重視しています。これに対し、アビオンは「固着性」に特化しています。一度乾くと、パラフィンが葉の表面にしっかりと張り付き、農薬成分を抱え込みます。これにより、散布後に雨が降っても農薬が流れ落ちにくくなるのです 。
参考)プロ農家が教える本当に効く農薬展着剤|失敗しない選び方&使い…
株式会社アビオンコーポレーション:アビオン-Eの特徴とパラフィン被膜のメカニズム
※公式情報として、パラフィンがクチクラワックスを強化し、病原菌の侵入を防ぐイメージ図などが掲載されています。
しかし、注意点もあります。パラフィン系は「固着」させる力が強いため、逆に言えば「洗い落としにくい」という性質も持ちます。収穫直前に使用すると、果実や野菜に白い跡(汚れ)が残る場合があるため、使用時期には配慮が必要です。また、浸透移行性のある薬剤(葉の中に成分を入れたい場合)と併用する場合、パラフィン被膜が邪魔をするのではないか?という疑問を持つ方もいるでしょう。実際には、アビオンは気孔を塞ぐことはなく、薬剤の取り込みを阻害するほどの厚い膜を作るわけではありませんが、浸透性を主目的とする機能性展着剤(アプローチBIなど)とは役割が明確に異なることを理解しておく必要があります。
アビオンを使いこなす上で最も悩ましいのが「希釈倍率」です。製品ラベルには通常「500倍〜2000倍」といった幅広いレンジが記載されており、初心者は「結局何倍で使えばいいの?」と迷ってしまいます。ここでは、状況に応じた最適な希釈倍率の選び方と、効果を最大化する散布タイミングについて解説します。
基本となる希釈倍率は以下の通りです。
参考)https://www.zennoh.or.jp/cb/producer/einou/base/pdf/22-2015.pdf
具体的な使い分けの基準として、以下の表を参考にしてください。
| 状況・目的 | 推奨希釈倍率 | 理由 |
|---|---|---|
| 梅雨入り前・台風接近時 | 500倍 | 耐雨性を最大化し、再散布を防ぐため。 |
| 通常の予防防除 | 1000倍 | コストと効果のバランスが良い標準濃度。 |
| 高温・乾燥時 | 1500〜2000倍 | 薬害(葉焼け等)のリスクを避けるため。 |
| ワックスが強い作物 | 500〜800倍 | ネギ、キャベツ等の弾きやすい葉に付着させるため。 |
散布のタイミングに関しては、「乾く時間を確保すること」が何よりも重要です。アビオンの効果である「パラフィン被膜」は、散布された薬液が完全に乾いた後に形成されます。乾く前に雨が降ってしまうと、被膜が形成されず、普通の展着剤と同じように流れてしまいます。
また、アビオンは「殺虫剤」や「殺菌剤」の効果を安定させるために使われますが、特に予防剤(保護殺菌剤)との組み合わせで真価を発揮します。マンゼブ水和剤や銅剤など、葉の表面で病原菌を迎え撃つタイプの薬剤にアビオンを混用することで、鉄壁の防御層を作ることができます。
展着剤の混用順序については、農業界でも意見が分かれる「永遠のテーマ」の一つです。一般的には「展着剤は一番最初に入れる」と教わることが多いですが、アビオンに関しては「最後に入れるべき」という意見も散見されます。この矛盾の正体と、現場で失敗しないためのリアルな手順を解説します。
結論から言うと、アビオンEは「泡立ちやすい」ため、タンクに直接投入する場合は最後に慎重に入れるか、あるいは「予備溶解」をしてから最初に入れるのが正解です。
一般的に展着剤を最初に入れる理由は、界面活性剤の力で水を「薬液が混ざりやすい状態」にするためです。しかし、アビオンには乳化剤が含まれており、勢いよく水流がある状態で投入すると、激しく泡立ってしまいます。タンクが泡だらけになると、以下の問題が発生します。
このため、一部の指導では「アビオンは最後に入れましょう」とされています 。しかし、粘度の高いアビオンを最後に冷たい水に投入すると、うまく拡散せずに底に溜まってしまうリスクもあります。
参考)希釈タイプの農薬を選ぶとき・組み合わせるときの基礎知識と注意…
バラの育て方・栽培管理:農薬の希釈と混用順序の注意点
※アビオンEのような発泡性のある展着剤は、泡立ちを防ぐために最後に入れるというテクニックが紹介されています。
そこで、プロの農家が実践している「失敗しないアビオンの投入手順」を紹介します。
また、混用時の注意点として、強アルカリ性の薬剤(石灰ボルドー液など)との混用には注意が必要です。パラフィンは比較的安定した物質ですが、極端なpH条件下では乳化バランスが崩れ、分離や凝固(ダマになる現象)が起こることがあります。必ず少量の水で「プレ混用テスト」を行い、沈殿や凝固が起きないか確認することをおすすめします。
近年、環境保全型農業や有機栽培への関心が高まる中で、「使える農薬がない」と嘆く生産者は少なくありません。そんな中で、アビオンEは有機JAS規格(有機農産物の日本農林規格)に適合した資材として、有機農家にとって強力な武器となっています。なぜ化学合成されたように見える展着剤が、有機栽培で使えるのでしょうか?
その理由は、主成分である「パラフィン」の安全性にあります。
パラフィンは、食品添加物(ガムの基礎剤やチョコレートの艶出しなど)や、化粧品、医薬品のコーティング剤としても広く使われている物質です。人体への毒性が極めて低く、環境中での残留性も問題にならないレベルであるため、有機JAS規格においても「使用可能な調整用資材」として認められています 。
参考)https://www.sandonoyaku.com/?pid=178596629
有機栽培におけるアビオンのメリット:
農薬通販サイト サンド:アビオンEの有機JAS適合詳細
※有機JAS適合資材としての仕様や、有効成分パラフィンの安全性が解説されています。
ただし、有機JASで使用する場合でも、「アビオンなら無制限に使って良い」というわけではありません。使用目的はあくまで「農薬(特定農薬や天然系農薬)の効果増進」であり、アビオン単体で殺菌や殺虫を行うものではない点を誤解しないようにしましょう。
展着剤にはアビオン以外にも「ダイン」「アプローチBI」「スカッシュ」など多くの種類があり、それぞれ特性が異なります。これらを適切に使い分けることが、プロの防除技術です。「とりあえず全部アビオン」では、状況によっては効果が落ちたり、コスト高になったりすることもあります。
ここでは、代表的な展着剤とアビオンの違いを比較し、失敗しない選び方を提案します。
展着剤の機能別比較表
| 商品名 | タイプ | 主な機能 | 希釈倍率 | コスト | おすすめの場面 |
|---|---|---|---|---|---|
| アビオンE | パラフィン系 | 固着・耐雨性 | 500-1000倍 | 中 | 予防散布、梅雨時、有機栽培 |
| アプローチBI | 機能性(浸透) | 浸透・移行性 | 1000-2000倍 | 高 | 治療散布、殺虫剤、難防除病害 |
| ダイン | 一般(界面活性剤) | 濡れ・拡展性 | 3000-10000倍 | 安 | とりあえずの散布、低コスト重視 |
| スカッシュ | 機能性(吸着) | 気門封鎖・拡展 | 1000-3000倍 | 中〜高 | ハダニ・アブラムシ、濡れにくい虫 |
1. 予防剤(保護殺菌剤)には「アビオン」
病気が出る前に撒く「ジマンダイセン」や「Zボルドー」などの保護殺菌剤は、葉の表面をコーティングして菌を防ぐのが目的です。この場合、葉の表面に留まらせる力が強いアビオンが最適解です。逆に、浸透性の高い展着剤を使ってしまうと、せっかくの保護成分が薄く広がってしまい、防御壁としての機能が低下する恐れがあります。
2. 治療剤(浸透移行性剤)には「アプローチBI」
既に病気が発生してしまい、葉の中にいる菌を叩きたい場合(治療剤)や、葉裏に潜む害虫に成分を届けたい場合は、浸透性を高めるアプローチBIなどの機能性展着剤を選びましょう。アビオンでは内部への浸透を促進する力は弱いため、治療効果を最大化できない可能性があります 。
参考)展着剤の種類と基本的な使い方!農薬メーカーに問い合わせてみた…
3. コスト重視の定期散布には「ダイン」
特段、雨の心配もなく、対象作物も濡れやすい(キュウリやナスなど)場合は、高価な機能性展着剤を使う必要はありません。安価なダインなどの一般展着剤で十分です。アビオンは一般展着剤に比べるとコストがかかるため、ここぞという時(雨前や長期予防)の切り札として使うのが経済的です。
4. 混用時の失敗例
最も避けるべきは、「アビオン」と「アプローチBI」のような機能性展着剤同士の混用です。「固着させたいのか、浸透させたいのか」が矛盾し、互いの効果を打ち消し合うだけでなく、界面活性剤の濃度が高くなりすぎて深刻な薬害(葉焼け、落葉)を引き起こすリスクがあります。展着剤は「混ぜれば強くなる」ものではありません。必ず1種類を選択して使用してください。
アビオンは「守りの展着剤」です。この特性を理解し、攻め(浸透)が必要な場面と明確に使い分けることで、農薬のパフォーマンスを最大限に引き出すことができるでしょう。