農業の現場において「経験」や「勘」は非常に重要ですが、気候変動や新しい品種の登場により、従来の方法が通用しない場面が増えています。ここで必要となるのが「科学的根拠(エビデンス)」に基づいたアプローチです。科学的根拠とは、難解な数式を扱うことではなく、再現性のあるデータを積み重ね、誰がやっても同じような結果が出せる仕組みを作ることです。本記事では、明日から圃場で使える科学的な視点をわかりやすく解説していきます。
農業において最も科学的根拠を取り入れやすいのが、土壌分析です。多くの農家さんが「土づくり」を重視していますが、その中身を数値で把握しているケースは意外と少ないのが現状です。土壌の状態を数値化することで、作物の生育不良の原因を特定しやすくなり、無駄な資材コストを削減できます。
まず、基本となるのが以下の2つの数値です。
参考)https://meiji.repo.nii.ac.jp/record/12313/files/shakaikagakukiyo_28_2_257.pdf
さらに一歩踏み込んで理解しておきたいのが、CEC(塩基置換容量)という概念です。これはわかりやすく言うと「土の胃袋の大きさ」です。
CECが大きい土(粘土質や腐植が多い土)は、肥料成分をたくさん抱え込むことができますが、CECが小さい土(砂地など)は、肥料を与えてもすぐに流亡してしまいます。
このように、自分の畑の「胃袋の大きさ」を科学的に把握していれば、施肥の回数や量のエビデンスが得られます。「隣の農家さんがこの時期に追肥したから」という理由で真似をして失敗するのは、お互いの土のCECが違うからかもしれません。土壌分析診断書を見る際は、pHやECだけでなく、このCECや「腐植含量」にも注目してください。
参考)肥料・堆肥・土壌改良材・バイオスティミュラントの違いを徹底解…
参考リンク:土作りの基本を解説! 良い土の条件から有機肥料の知識まで | マイナビ農業
※土壌の物理性・化学性・生物性のバランスや、堆肥の具体的な投入目安について解説されています。
「有機栽培は科学的根拠が曖昧だ」と思われることがありますが、実は有機栽培こそ、複雑な微生物の働きを理解する科学的な視点が必要です。ここで重要なのが「植物の無機栄養説」です。
植物は、有機物(堆肥や魚粉など)をそのまま根から吸収することは原則としてできません。有機物は土壌中の微生物によって分解され、アンモニア態窒素や硝酸態窒素といった「無機物(イオン)」になって初めて、植物の根から吸収されます。
つまり、化学肥料(最初から無機物)であっても、有機肥料(微生物が分解して無機物になる)であっても、植物が吸っている成分自体は同じなのです。これが植物生理学の基本です。
では、なぜ有機肥料や微生物資材を使うと味が良くなったり、病気に強くなったりするのでしょうか?ここに最新の科学的知見があります。
さらに最近注目されているのが「バイオスティミュラント(生物刺激資材)」です。これは肥料(栄養)でも農薬(防除)でもない、新しいカテゴリーの資材です。
植物が本来持っている免疫力や、環境ストレス(高温、乾燥、塩害など)への耐性を引き出す効果があります。例えば、海藻エキスやアミノ酸、腐植酸などがこれに当たります。これらは植物の代謝を「刺激」し、異常気象下でも収量を安定させる科学的根拠が蓄積されつつあります。
参考)https://www.syngenta.co.jp/cp/articles/20230110
| 資材の種類 | 主な役割 | 科学的メカニズム |
|---|---|---|
| 肥料(化学・有機) | 栄養の補給 | チッソ、リン酸、カリを供給し、植物の体を大きくする。 |
| 農薬 | 外敵の排除 | 病原菌や害虫を殺菌・殺虫し、マイナス要因を取り除く。 |
| バイオスティミュラント | ストレス耐性向上 | 植物の代謝を活性化し、高温や乾燥などの環境ストレスに耐える力を引き出す。 |
このように、肥料と微生物、そして新しい資材の役割を明確に区別して理解することが、効率的な栽培への近道です。
参考リンク:「バイオスティミュラント」とは何か? | シンジェンタジャパン
※肥料や土壌改良剤との違い、具体的な効果(非生物的ストレス耐性など)について図解入りで解説されています。
「勘と経験」に頼る農業と、「科学的根拠」に基づく農業(データ駆動型農業)には、明確な違いがあります。最大のメリットは「再現性」と「失敗原因の特定」です。
例えば、ある年にトマトが大豊作だったとします。
栽培技術をデータ化する指標として、以下のようなものが簡単に導入できます。
これらのデータを蓄積することで、農業経営はギャンブルから「計算できるビジネス」へと変化します。特に新規就農者や従業員への技術継承において、言葉で「土が乾いたら」と教えるよりも、「水分計の数値がpF2.0になったら」と伝えるほうが、圧倒的にミスが減り、習得が早くなります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/be8d3e69e89902766301b22c245d348380fba944
また、スマート農業というと高額なロボットをイメージしがちですが、スマホの無料アプリで積算温度を管理したり、安価なECメーターを使ったりすることも立派な科学的アプローチです。まずは「記録をつけること」から始めてみましょう。
参考リンク:日本型精密農業を目指した技術開発 | 農林水産省
※収量コンバインによる収量マップの作成や、土壌肥沃度の可変施肥など、データに基づいた精密農業の事例が紹介されています。
栽培で行き詰まったとき、Googleで「〇〇 育て方」と検索しても、似たような内容のまとめサイトばかりで解決しないことはありませんか?そんなとき、一般の農家さんにもぜひ使ってほしいのが「学術論文」の検索です。「論文なんて難しくて読めない」と敬遠されがちですが、実は「宝の山」であり、検索と読み方にちょっとしたコツがあれば、誰でも最強の栽培マニュアルとして使えます。
おすすめの検索サイト(データベース):
参考)農研機構研究報告
参考)農研機構機関リポジトリ
独自視点:論文は「要旨(Abstract)」と「考察」だけ読めばいい
論文を最初から最後まで読む必要はありません。研究者でない私たちが知りたいのは「結局、どうすればいいのか?」という結論だけです。
例えば、「ナス 更新剪定 時期」で論文検索すると、「7月下旬に剪定した場合と8月上旬の場合の秋ナスの収量比較」といった具体的なデータが出てくることがあります。個人のブログ記事よりも、条件を揃えて比較実験された論文のほうが、情報の信頼性(エビデンスレベル)は圧倒的に高いです。
また、検索キーワードに「品種比較」「施肥体系」「栽植密度」などの専門用語を組み合わせると、より実践的なレポートにヒットしやすくなります。
参考リンク:農研機構 作物研究部門 データベース一覧
※イネやダイズなどのゲノム情報から、品種特性、栽培試験のデータまで、多岐にわたる研究データベースへの入り口です。
最後に、生産した農産物を販売する際に、消費者へ「科学的根拠」を持って説明することの重要性について触れます。特に「食の安全」に関しては、消費者のイメージと科学的な事実の間に乖離があることが多々あります。
その典型例が「無農薬だから安全」という神話です。もちろん、農薬を使用しない栽培には環境保全などの大きな意義があります。しかし、科学的な毒性学の視点で見ると、「植物は動けないため、外敵から身を守るために自ら天然の毒(農薬成分)を作っている」という事実があります。
参考)天然モノの「安全神話」はすでに崩れている 食事に含まれる毒素…
一部の研究では、無農薬で栽培され、激しい害虫や病気のストレスにさらされた野菜は、自らを守るためにこれらの天然毒素の濃度を高める場合があることが報告されています。つまり、「農薬を使わない=化学物質がゼロ」ではなく、「人工の農薬はゼロだが、植物自身が作る天然の化学物質は増える可能性がある」ということです。
参考)https://ameblo.jp/rik01194/entry-12036101981.html
これを消費者に「だから無農薬は危険だ」と煽る必要はありません。重要なのは、「慣行栽培(農薬使用)も有機栽培も、どちらも科学的な基準に基づいて管理されており、食品としての安全性は担保されている」と説明できることです。
「農薬は決められた使用基準を守れば、残留しても健康に影響がないレベルで分解される」「有機栽培は土壌の微生物相を豊かにし、環境負荷を下げるメリットがある」といった、それぞれの農法のメリットを、感情論ではなく科学的根拠(リスク評価)に基づいて簡単に説明できる農家こそが、真に消費者から信頼される生産者と言えるでしょう。
参考リンク:知識があればこわくない!天然毒素 | 農林水産省
※植物が持つ天然毒素の種類や、それらによる食中毒を防ぐための正しい知識が網羅されています。消費者への説明材料として最適です。