エルニーニョ現象とラニーニャ現象の違い
エルニーニョ・ラニーニャの影響まとめ
🌊
エルニーニョ現象(海面水温が高くなる)
貿易風が弱まり、暖水が東へ広がる。日本では「冷夏・暖冬」になりやすく、日照不足による水稲の生育遅延や冷害リスクが高まる。
🔥
ラニーニャ現象(海面水温が低くなる)
貿易風が強まり、冷水が湧き上がる。日本では「猛暑・厳冬」になりやすく、高温障害によるコメの品質低下や大雪被害が懸念される。
🚜
農業現場での対策ポイント
気象庁の監視速報を確認し、冷夏予報なら「深水管理」、猛暑予報なら「高温耐性品種」への切り替えや適切な水管理を徹底する。
エルニーニョ現象とラニーニャ現象の発生メカニズムと貿易風
![]()
エルニーニョ現象とラニーニャ現象は、南米ペルー沖の太平洋赤道域における海面水温の変化によって定義される気候変動現象ですが、その発生には「貿易風」という風が深く関わっています。通常、赤道付近の太平洋では東から西へ向かって貿易風が吹いています。この風によって、海面付近の温かい海水はインドネシアなどの西側へ吹き寄せられ、逆に南米沖の東側では、深海から冷たい海水が湧き上がる「湧昇(ゆうしょう)」が起きています。これが平常時の状態です。
しかし、何らかの原因でこの貿易風が弱まると、西側に溜まっていた温かい海水が東側(南米沖)へと逆流し始めます。同時に、東側での冷たい海水の湧き上がりが弱まるため、太平洋東部の海面水温が平年よりも高くなります。これがエルニーニョ現象の発生メカニズムです。海面水温の変化は、大気の対流活動(積乱雲の発生場所)を変化させ、遠く離れた日本の天候にも大きな影響を与えます。エルニーニョが発生すると、本来インドネシア付近で活発なはずの積乱雲の発生場所が東へずれるため、日本付近への太平洋高気圧の張り出しが弱くなる傾向があります。
反対に、貿易風が平年よりも強くなると、温かい海水がより強く西側へ押しやられ、東側では冷たい海水の湧き上がりがさらに活発になります。これにより、太平洋東部の海面水温が平年より低くなるのがラニーニャ現象です。ラニーニャ現象が発生すると、インドネシア近海での積乱雲の発生が通常よりも活発化し、その反動で日本付近では偏西風が北に蛇行しやすくなります。その結果、太平洋高気圧が強まり、日本に暑い空気を送り込むことになります。
これらの現象は、一度発生すると1年程度続くことが多く、農業計画において「今年はどのような天候傾向になるか」を予測する上で極めて重要な指標となります。特に近年では、地球温暖化の影響も相まって、これら現象が発生した際の気象変動が極端化する傾向にあり、メカニズムの正しい理解が不可欠です。
気象庁のサイトでは、現在の海面水温の状況や今後の見通しについて詳細な解説が掲載されています。
気象庁 | エルニーニョ/ラニーニャ現象とは(仕組みと大気の変動について)
エルニーニョ現象とラニーニャ現象が招く日本の冷夏・暖冬・猛暑
日本の農業にとって最も恐ろしいのは、予期せぬ気温の変動です。エルニーニョ現象とラニーニャ現象は、日本の四季、特に夏と冬の気温に明確な傾向をもたらします。過去の統計データを見ると、この傾向は非常に顕著であり、作付け計画を立てる上での重要な判断材料となります。
エルニーニョ現象発生時の日本の天候傾向
- 冷夏(れいか): 夏の気温が平年より低くなりやすく、日照時間が短くなる傾向があります。これは、太平洋高気圧の勢力が弱まり、梅雨前線が日本付近に停滞しやすくなるためです。東北地方の太平洋側などで「やませ」の影響を受けやすくなり、水稲の登熟に深刻な影響を与えることがあります。
- 暖冬(だんとう): 冬の気温が平年より高くなりやすい傾向があります。西高東低の冬型の気圧配置が続きにくくなるため、日本海側の降雪量が減ることが多いです。一見、農業にはプラスに見えますが、越冬害虫の生存率が高まったり、春先の気温上昇で野菜の抽苔(とう立ち)が早まったりするリスクがあります。
ラニーニャ現象発生時の日本の天候傾向
- 猛暑(もうしょ): 夏の気温が平年よりかなり高くなる傾向があります。太平洋高気圧が日本を広く覆い、厳しい暑さが続きます。近年の「殺人的な暑さ」の多くは、ラニーニャ現象の発生期間中やその余波が残る時期に観測されています。高温による農作物へのストレスは計り知れず、灌水作業の負担も増大します。
- 厳冬(げんとう): 冬の気温が平年より低くなりやすく、寒気の吹き出しが強まります。特に日本海側では大雪となるリスクが高まり、農業用ハウスの倒壊被害や、物流の寸断による出荷遅延が懸念されます。露地野菜の凍結被害も発生しやすくなります。
ただし、注意が必要なのは「必ずそうなる」わけではないという点です。近年では地球温暖化の影響により、エルニーニョ現象が発生していても、ベースとなる気温が高いため「冷夏にならず、普通の夏、あるいは暑い夏」になるケースも増えています。しかし、統計的に見れば「リスクの偏り」は明らかであり、警戒レベルを調整するための情報として活用価値は非常に高いと言えます。特に「ラニーニャ=猛暑」の図式は、近年の日本の農業において高温対策が必須であることを示唆しています。
過去の発生年とその時の日本の天候についての詳細は、以下のリンクが参考になります。
気象庁 | エルニーニョ現象及びラニーニャ現象の発生期間(過去の発生年リスト)
エルニーニョ現象とラニーニャ現象による水稲・野菜・果樹への影響
天候の変化は、品目ごとに異なる形で農業被害を引き起こします。ここでは、エルニーニョ・ラニーニャ現象が引き起こす具体的な被害の様相を、主要な作物ごとに深掘りします。特に水稲農家にとっては、どちらの現象も収量と品質に直結する死活問題となり得ます。
水稲(お米)への影響
- エルニーニョ(冷夏)の場合: 最も警戒すべきは「障害型冷害」です。イネの幼穂形成期から減数分裂期(7月中旬〜8月上旬)にかけて低温に遭遇すると、花粉が正常に形成されず、受粉障害を起こして不稔(実が入らないこと)となります。歴史的な大凶作となった1993年(平成5年)の「平成の米騒動」は、エルニーニョ現象による記録的な冷夏が主因でした。この年は作況指数が「74」という戦後最悪の数値を記録し、海外からの緊急輸入が行われました。また、日照不足による「いもち病」の多発も収量減に拍車をかけます。
- ラニーニャ(猛暑)の場合: 近年深刻化しているのが、登熟期の高温障害です。出穂後の気温、特に夜間の気温が高い状態が続くと、デンプンの蓄積が阻害され、玄米が白く濁る「白未熟粒(しろみじゅくりゅう)」が多発します。これにより一等米比率が大幅に低下し、農家の収入が激減します。また、急激な乾燥による「胴割粒(どうわれりゅう)」の発生も品質を著しく低下させます。2023年の猛暑では、新潟県などの米どころで一等米比率が過去最低レベルまで落ち込みました。
野菜への影響
- 高温・干ばつ: ラニーニャによる猛暑は、葉物野菜(ホウレンソウ、小松菜など)の生育不良や葉焼けを引き起こします。また、高温乾燥はハダニ類やアザミウマ類などの微小害虫の増殖を助長し、防除コストが増大します。トマトやナスなどの果菜類では、着果不良や日焼け果の発生が増加します。
- 低温・日照不足: エルニーニョによる冷夏・長雨は、キュウリやメロンなどのウリ科野菜でべと病などの病害を蔓延させます。また、光合成不足により果実の肥大が悪くなり、糖度が上がらないといった品質低下を招きます。
果樹への影響
- 果樹は永年作物であるため、一度被害を受けると翌年以降にも影響が残ります。ラニーニャによる猛暑は、リンゴやブドウの着色不良(夜温が高く色がづかない)を引き起こし、商品価値を下げます。また、日焼けによる果実の損傷も深刻です。一方、エルニーニョによる暖冬は、果樹の休眠打破を不十分にしたり、発芽が早まることで春先の「晩霜(おそじも)」被害のリスクを高めたりします。芽が動き出した後に霜に当たると、その年の収穫が絶望的になることもあります。
農林水産省では、こうした異常気象に対する技術的な対策指針を公開しています。
農林水産省 | 地球温暖化・気候変動対策(高温障害対策などの技術情報)
エルニーニョ現象とラニーニャ現象の予測を活用した栽培管理と品種選定
異常気象が常態化しつつある現在、発生してから対応する「事後対応」ではなく、予測情報を元に先手を打つ「事前対応」への転換が求められています。エルニーニョ・ラニーニャ現象は、突発的な台風などとは異なり、数ヶ月前から発生の確率が高いことが予測可能です。この「リードタイム」があることが、最大の武器になります。
品種選定によるリスク分散
気象庁の「エルニーニョ監視速報」は毎月更新され、半年先までの発生確率が公表されます。
- 高温耐性品種の導入: ラニーニャ現象の発生確率が高い、あるいは夏に高温傾向が予測される場合、次作の水稲品種の一部を「高温耐性品種」に切り替えることを検討すべきです。例えば、「にじのきらめき」や「新之助」など、高温でも白未熟粒が発生しにくい品種を選定することで、猛暑のリスクを軽減できます。
- 晩生品種の活用: 出穂期をずらすために、早生・中生・晩生を組み合わせて作付けすることも有効です。最も暑い時期と、イネが最も高温に弱い時期(出穂開花期〜登熟初期)が重ならないように作期を分散させるのです。
水管理と土作りによる適応
- 深水管理(ふかみずかんり): エルニーニョによる冷夏が予測される場合、幼穂形成期に水深を深く(15cm以上)保つことで、幼穂を冷たい外気から守ることができます。水温は気温よりも変化が緩やかであるため、保温効果が期待できるのです。
- ケイ酸の施用: 気象変動に強い「強靭な稲」を作るためには、土作りが基本です。特にケイ酸資材の施用は、イネの受光態勢を良くし、根を丈夫にする効果があります。これにより、高温時の蒸散過多による消耗や、低温時の生育停滞に対する抵抗力が高まります。「天候が悪い時ほど、地力の差が出る」というのは農業の鉄則です。
スマート農業技術の活用
最近では、長期予報データを農業日誌アプリや栽培管理システムに取り込み、最適な播種日や追肥時期をシミュレーションするサービスも登場しています。経験や勘だけに頼るのではなく、データに基づいた栽培計画を立てることで、異常気象下でも安定した収量を確保することが可能になります。
気象庁の季節予報を活用した農業技術については、各都道府県の農業試験場の情報も重要です。
農研機構 | 季節予報を活用した農業気象災害対策(早期警戒情報の活用)
エルニーニョ現象とラニーニャ現象と世界的な配合飼料価格への経済的波及
ここまでは日本の気候と直接的な栽培被害について解説してきましたが、エルニーニョ・ラニーニャ現象の影響は日本国内に留まりません。特に畜産農家にとっては、これらの現象が引き起こす「世界の穀物相場」の変動が、経営を揺るがす重大なリスク要因となります。これは、見落とされがちですが非常に重要な「独自視点」の経済的影響です。
世界の穀倉地帯と気象リスク
日本の配合飼料の原料となるトウモロコシや大豆の多くは、アメリカやブラジル、アルゼンチンなどの南北アメリカ大陸から輸入されています。
- ラニーニャ現象と北米の干ばつ: ラニーニャ現象が発生すると、アメリカの穀倉地帯(コーンベルト)では高温・乾燥傾向になりやすいことが知られています。トウモロコシや大豆の生育期に干ばつが重なると、単収が激減し、国際穀物価格(シカゴ相場)が急騰します。これがタイムラグを経て、日本の配合飼料価格の値上げとして跳ね返ってきます。
- エルニーニョ現象と南半球の不作: 一方、エルニーニョ現象が発生すると、オーストラリアでは深刻な干ばつが発生しやすくなり、小麦や大麦の生産量が落ち込みます。また、東南アジアでの少雨はパーム油などの生産に影響します。
「風が吹けば桶屋が儲かる」式の連鎖
- ラニーニャ現象が発生する。
- アメリカ中西部で干ばつが発生し、トウモロコシが不作になる。
- 国際マーケットでのトウモロコシ価格が高騰する。
- 数ヶ月後、日本の飼料メーカーが価格改定を発表する。
- 日本の畜産農家の生産コストが上昇し、経営が圧迫される。
このように、自分の畑の天候が良くても、地球の裏側の天候によって経営が危機に瀕することがあります。特に、飼料コストが経営費の大部分を占める養豚・養鶏・肉用牛経営では、この影響は甚大です。
経営的なリスクヘッジ
こうしたグローバルなリスクに対して、農家個人ができる対策は限られますが、以下の視点を持つことは可能です。
- 飼料用米の活用: 輸入穀物への依存度を下げるため、国産の飼料用米やエコフィード(食品残渣飼料)の利用比率を高める。
- 配合飼料価格安定制度の加入: 飼料価格が高騰した際に補填金が受け取れるセーフティネットへの加入を検討・継続する。
- 情報の先読み: 「ラニーニャ現象が発生しそうだ」というニュースを聞いた時点で、将来的な飼料値上げを想定し、資金繰りを見直したり、早期出荷を検討したりするなどの経営判断を行う。
エルニーニョ・ラニーニャ現象を単なる「天気の話」として捉えるのではなく、「世界の食料需給と価格を動かす経済指標」として捉え直す視点が、これからの強い農業経営には求められています。
農林水産省 | 飼料をめぐる情勢(配合飼料価格の推移や安定制度について)
![]()
殺人スタジオ~エルニーニョ現象 [Explicit]