石灰を撒けば酸性土壌は改善できると思っていませんか?実は撒きすぎると土壌中のホウ素やマンガンが不溶化し、作物が微量要素欠乏で収量が3割以上落ちることがあります。
土壌のpHとは、土の酸性・アルカリ性の度合いを示す指標です。pH7が中性で、それより低いと酸性、高いとアルカリ性になります。日本の農地は降雨による塩基の溶脱や、窒素肥料の継続使用によって自然に酸性化が進む傾向があります。
農林水産省のデータによれば、日本の農耕地の約6割がpH6.0を下回る酸性状態にあるとされています。これはコンビニの店舗数が全国に約5万7,000店あるのと同じくらい、日本の農地のいたるところで起きている問題です。
pHが低下すると、リン酸やカルシウム・マグネシウムなどの主要養分が土中で固定され、根が吸収できなくなります。施肥量を増やしても肥料が無駄になるだけです。
つまり、pH管理なしに収量は語れません。
さらにpH5.0以下になると、アルミニウムや鉄が溶け出して根を直接傷つけます。根が傷つけば水分や養分の吸収力が落ち、干ばつや病害への抵抗力も下がります。
厳しいところですね。
多くの野菜や穀物が最も生育しやすいpH帯は6.0〜6.5です。作物ごとの目標pHを把握しておくことが改良の第一歩です。
| 作物 | 適正pH | 酸性に強い/弱い |
|---|---|---|
| 水稲 | 5.5〜6.5 | やや強い |
| 大豆 | 6.0〜6.5 | 普通 |
| トマト | 6.0〜6.5 | 普通 |
| キャベツ | 6.0〜7.0 | 弱い(石灰要求大) |
| ジャガイモ | 5.0〜6.0 | 強い |
| ブルーベリー | 4.5〜5.5 | 非常に強い(酸性必須) |
ブルーベリーのように「あえて酸性を維持する」作物もあります。pH6.0に改良してしまうと逆に生育不良を起こす点は特筆すべきポイントです。pH管理は「上げれば良い」という単純な話ではありません。
改良資材を選ぶ前に、それぞれの特性を理解しておく必要があります。資材によって中和速度・含有成分・コストが大きく異なるからです。
まず最もよく使われる消石灰(水酸化カルシウム)はpH上昇効果が高く速効性があります。100kgあたり1,500〜2,500円程度と比較的安価ですが、撒いた直後は強アルカリ性のため、施用後2週間以上待たないと種や根を傷めます。
これは必須の知識です。
苦土石灰(炭酸カルシウム+炭酸マグネシウム)は最も汎用性が高い資材です。カルシウムとマグネシウムを同時に補給でき、効果の持続期間も2〜3年と長めです。1袋(20kg)あたり500〜1,000円で入手でき、使いやすさのバランスが優れています。
苦土石灰が基本です。
炭酸石灰(炭酸カルシウム)は粒子が細かく、土壌への馴染みが早いのが特徴です。緩やかに溶けるため過剰施用のリスクが低く、有機農業でも使いやすいタイプです。
近年注目されているのが貝化石(カキ殻石灰)や木炭灰などの天然由来資材です。主成分は炭酸カルシウムですが、微量ミネラルを豊富に含み、土壌微生物の活性化に貢献するとされています。コストは苦土石灰の2〜4倍になりますが、有機JAS認定にも対応しているため有機農家から支持されています。
pHの上昇量は土壌の種類によっても異なります。粘土質土壌は砂質土壌に比べて緩衝能が高いため、同量を施用してもpHが上がりにくい特性があります。砂質の畑では少量でもpHが急変しやすいため、特に慎重な計算が必要です。
改良資材の施用量を「なんとなく1袋」で決めていませんか?これが最もやってはいけない施用方法です。過剰施用はpHを必要以上に上げ、微量要素の欠乏を引き起こします。
施用量の計算には、まず土壌pH測定が不可欠です。市販の簡易土壌診断キットは1セット1,000〜3,000円で購入でき、15分程度で現在のpHを確認できます。精度が高い分析が必要なら、各都道府県の農業試験場や農協が提供する土壌診断サービスを利用する方法もあります。費用は1検体あたり2,000〜5,000円程度です。
目標pHと現在のpHの差をもとに、以下の簡易計算式を使います。
10aとは1,000㎡、つまり約30m×33mの広さです。野球のグラウンドのホームベースから外野フェンスまでの約半分のエリアをイメージすると分かりやすいですね。
施用のタイミングは播種・定植の2〜4週間前が原則です。特に消石灰は反応が強く、最低でも2週間は土となじませてから作付けします。苦土石灰や炭酸石灰であれば1〜2週間前でも許容範囲に入ります。
深耕ロータリーで10〜15cmの深さまでよく混和することも重要です。表面だけ撒いて放置すると上層だけが中性になり、根が深く伸びる作物には効果が届きません。
均一に混ぜることが条件です。
農研機構の土壌改良に関する技術資料はこちらが参考になります。
石灰を施用してpHを上げれば改良完了、と考えていると大きな落とし穴があります。pH上昇に伴い、一部の微量要素が土壌中で不溶化して作物が吸収できなくなるからです。
特に問題になりやすいのがホウ素(B)とマンガン(Mn)の欠乏です。ホウ素はpH7.0を超えると急激に吸収量が低下し、キャベツやブロッコリー、根菜類では心腐れや空洞症の原因になります。マンガン欠乏はpH6.5以上の環境で発生しやすく、葉脈間が黄化するクロロシスとして現れます。
これは意外ですね。「石灰を入れて土を良くしたのに葉が黄色くなった」という症状の多くが、実は過剰施用による微量要素欠乏です。原因が分からないまま追肥を増やしても解決しません。
対策として、pH矯正後は微量要素を含む複合肥料や、ホウ素単体の葉面散布(0.1〜0.2%溶液)を活用する方法があります。土壌診断で微量要素の項目も同時にチェックすれば、欠乏リスクを事前に把握できます。
また、有機物の投入がこの問題の根本的な緩衝材になります。完熟堆肥を1t/10a以上施用することで土壌の緩衝能が高まり、pH変動に伴う微量要素の急激な不溶化を抑える効果が得られます。
都道府県の農業改良普及センターでは微量要素を含む詳細土壌診断も受け付けています。年1回の精密診断を習慣にすることで、見えない欠乏リスクを数字で管理できます。
これは使えそうです。
農林水産省 環境保全型農業における土壌管理・診断に関する情報
pH管理と有機物管理を別々に考えている農家が多いですが、この2つは組み合わせてこそ最大の効果を発揮します。これが多くの農業関連記事では語られていない実践的な視点です。
有機物(堆肥・緑肥)は土壌微生物のエサになり、微生物の代謝活動がpHを緩やかに安定させるバッファー効果を生みます。化学的な石灰だけで管理するよりもpHの急変動が少なく、作物へのストレスが軽減されます。
結論は有機物とpH管理の併用です。
具体的な手順としては、以下のサイクルが効果的です。
緑肥の中でも特にソルゴー(モロコシ)は地上部・根部ともに大量の有機物を生産し、10a当たり乾物で1〜2tの有機物を土壌に還元できます。分解時に生成される腐植酸がカルシウムと結合して土壌団粒構造を安定させ、排水性・保水性のバランスが改善します。
さらに、竹炭・バイオ炭(バイオチャー)の施用も注目されています。バイオ炭はpH8〜9のアルカリ性を示すため酸性土壌の矯正効果を持ちながら、多孔質構造が微生物の住処になり土壌生物性も高める一石二鳥の資材です。施用量の目安は100〜500kg/10aで、効果は数年にわたって持続するとされています。
農林水産省の有機農業推進計画(みどりの食料システム戦略)でも、土壌有機物の増加が農業生産の持続性向上に直結すると明記されています。補助金や直接支払い制度の対象にもなっているため、コスト面でも有機物管理の導入メリットがあります。
農林水産省 みどりの食料システム戦略 – 有機農業・土壌炭素貯留に関する政策情報
土壌改良は一度やって終わりではありません。毎年の診断と継続的な有機物補給の組み合わせが、長期的な収量安定につながります。pH管理と有機物管理、この2つをセットで習慣化することが、持続可能な農業経営の土台になります。