土壌有機物測定方法の原理と簡易な診断手順や計算の違い

土壌有機物の測定方法にはどんな種類があるのか?正確な乾式燃焼法や伝統的なチューリン法、現場でできる簡易な土色診断まで、原理や手順の違いを徹底解説。炭素率からの計算方法や最新技術も紹介します。
土壌有機物測定方法の要点
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化学的測定法

チューリン法や乾式燃焼法など、実験室での正確な分析手法

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簡易診断法

土色帖やスマートフォンを用いた、現場で即座に判定する手法

🧮
計算と換算

炭素量から腐植量を求める係数や、測定値の解釈における注意点

土壌有機物の測定方法

土壌の肥沃度や物理性を決定づける重要な要素である「土壌有機物」ですが、その測定方法は目的や環境によって大きく異なります。精密な分析が必要な研究レベルの手法から、農業現場で実践できる簡易的な目安のつけ方まで、その原理と特徴を正しく理解することが重要です。

 

灼熱減量法とチューリン法の原理

土壌有機物を測定する伝統的かつ公定法として知られるのが、チューリン法灼熱減量法です。これらは多くの土壌診断室で採用されていますが、その原理は全く異なります。

 

チューリン法(重クロム酸酸化滴定法)は、土壌中の有機炭素を化学的に酸化分解し、その際に消費された酸化剤の量から有機物量を推定する方法です。

 

参考)https://www.soilsci.info/Book_SoilSci/10_SoilTesting.pdf

  • 原理: 土壌に重クロム酸カリウム溶液と濃硫酸を加え、熱を加えて有機物を酸化させます。残存した重クロム酸を滴定することで、分解された炭素量を算出します。
  • 特徴: 有機炭素(Organic Carbon)を直接的に化学反応で捉えるため、分解されやすい「易分解性有機物」の評価に適しています。しかし、試薬に有害な六価クロムを使用するため、廃液処理や取り扱いに高度な安全対策が必要となります。

    参考)http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00549/1995/47-0298.pdf

  • 適用: 日本の多くの土壌診断基準において、腐植含量の算出ベースとなっている標準的な手法です。

一方、灼熱減量法(強熱減量法)は、土壌を高温で焼いた際の重量減少を利用します。

 

参考)【No.7】「強熱減量」と「熱しゃく減量」|よろず相談室|ミ…

  • 手順:
    1. 風乾土を105℃で乾燥させ、水分を完全に除去して秤量します。
    2. 電気炉(マッフル炉)に入れ、750℃~800℃(または550℃)で数時間加熱します。
    3. 有機物が燃焼して消失した後の重量を測定し、減少分を有機物量とみなします。
  • 注意点: この方法は「有機物そのもの」を測っているようでいて、実は粘土鉱物に含まれる結晶水(構造水)の放出分も減少量に含まれてしまいます。特に日本の黒ボク土のように粘土鉱物が多い土壌では、有機物以外の減少分が誤差となりやすく、補正が必要です。​
  • メリット: 特別な薬品を使わず、炉と天秤があれば実施できるため、簡便でランニングコストが低い点が挙げられます。

これら二つの方法は、それぞれ「化学的な酸化」と「熱による物理的な消失」という異なるアプローチをとっており、得られる数値の意味合いが少し異なることを理解しておく必要があります。

 

正確な乾式燃焼法との違い

近年、より高精度で迅速な測定方法として普及が進んでいるのが乾式燃焼法(CNコーダー法)です。これは専用の分析機器を使用する方法で、現在の研究分野や大規模な分析センターでの主流となりつつあります。

 

参考)https://www.tsutsuki.net/pdf2020/Soil_diag_practice.pdf

乾式燃焼法のメカニズム:
土壌試料を酸素気流中で1000℃近い高温で瞬時に燃焼させます。発生したCO2(二酸化炭素)やN2(窒素ガス)をガスクロマトグラフィーや熱伝導度検出器で定量します。

 

従来法との決定的な違い:

項目 乾式燃焼法 チューリン法 灼熱減量法
測定対象 全炭素 (Total Carbon) 有機態炭素 揮発性物質全般
精度 非常に高い 滴定誤差が入る 結晶水の影響大
操作性 機器分析(自動) 煩雑(手作業) 単純だが時間がかかる
廃液 発生しない 六価クロム廃液 なし
コスト 機器が高額 試薬代・処理費 電気代のみ

全炭素と有機炭素の区別:
乾式燃焼法で測定されるのは「全炭素」です。日本の多くの農地土壌では「全炭素≒有機炭素」と考えて問題ありませんが、石灰質土壌や貝化石を含む土壌など、無機炭素(炭酸カルシウムなど)を多く含む場合は注意が必要です。無機炭素が含まれると、有機物量が過大評価されてしまいます。そのため、酸処理によって無機炭素を除去してから測定するなどの前処理工程が正確さの鍵となります。

 

参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/attach/pdf/tuti_chyosa-26.pdf

この方法は、人的誤差が入り込む余地が少なく、再現性が極めて高いのが特徴です。また、同時に全窒素(Total Nitrogen)も測定できるため、有機物の分解特性を知る上で重要なC/N比(炭素率)を一度の分析で正確に出せる点も大きなメリットです。

 

参考)https://www.hro.or.jp/upload/13658/7.pdf

現場でできる簡易な土色診断の手順

高価な機器や危険な試薬を使わず、圃場の現場で「今すぐに」有機物量のアタリを付けたい場合に有効なのが、土色(つちいろ)による簡易診断です。土壌中の腐植(有機物が分解・再合成された黒っぽい物質)は、土を黒く着色する性質があります。この性質を利用し、土の色から腐植含量を推定します。

 

参考)https://www.pref.ibaraki.jp/nourinsuisan/noken/seika/r1pdf/documents/r1-23.pdf

標準土色帖(マンセル表色系)の使用手順:

  1. 土壌の採取: 表層だけでなく、作土層全体を代表するような土をスコップで採取します。
  2. 水分の調整: 土色は水分量によって変化します。基本的には「湿潤時」ではなく「風乾(乾いた状態)」または「適度な湿り気」での基準を確認します。一般的に腐植判定には7.5YR10YRなどの色相ページを使用します。
  3. 判定:
    • 土壌を指先に取り、カラーチップの隣に並べます。
    • 明度(Value)彩度(Chroma)を確認します。
    • 一般に、黒ボク土においては「黒ければ黒いほど(明度が低いほど)」腐植含量が高いと判断されます。
    • 例えば、明度が1.7以下であれば腐植含量が10%以上、明度が3前後なら5%程度、といった目安が存在します(地域や土壌タイプにより基準は異なります)。

簡易キットとの併用:
「みどりくん」などの簡易土壌診断キットは、主にpH、硝酸態窒素、リン酸などを測定するものであり、有機物そのものを測る試薬は含まれていません。しかし、これらのキットで測定した「窒素の肥効」と「土色による腐植推定」を組み合わせることで、「この土は有機物は多いが、分解が遅く窒素が出てきていない」といった総合的な判断が可能になります。

 

参考)自分でできる簡易的な土壌診断法。健康な土壌を維持するために知…

注意点:
土色は、有機物だけでなく、鉄の酸化状態(赤や青灰色)や母材(元の岩石の色)にも影響されます。単に「黒いから有機物が多い」と過信せず、あくまでスクリーニング(初期診断)として活用し、数年に一度は分析室での精密検査を行うのが理想的です。

 

腐植含有量の計算式と換算

土壌診断書に記載されている「腐植(Humus)」の値は、実は測定値そのものではなく、測定した「炭素量」から計算で求めた推定値であることがほとんどです。この換算係数の存在を知っておくことは、データの裏読みをする上で重要です。

 

基本的な計算式:
腐植含量 (%)=有機炭素含量 (%)×1.724\text{腐植含量 (\%)} = \text{有機炭素含量 (\%)} \times 1.724腐植含量 (%)=有機炭素含量 (%)×1.724
「1.724」という係数の根拠:
この数字は、土壌有機物中の炭素含有率を平均して58%と仮定したことに由来します(100 ÷ 58 ≒ 1.724)。これは19世紀の土壌学者Van Bemmelenによって提唱された古い係数ですが、慣例的に現在でも広く使用されています。

参考)https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/61580.pdf

計算における落とし穴と近年の見解:
しかし、近年の研究では、土壌の種類や深さによって有機物の組成は異なり、炭素率は必ずしも58%ではないことが指摘されています。

 

  • 実際の有機物の炭素率は50%程度(係数2.0)であるという報告もあります。
  • 特に未分解の植物残渣が多い場合や、黒ボク土の腐植酸の種類によっては、1.724という係数が実態と乖離することがあります。

灼熱減量法からの換算:
灼熱減量法(Weight Loss on Ignition)のデータから腐植や炭素を推定する場合もありますが、これはさらに粗い推定になります。

 

全炭素(灼熱減量粘土鉱物由来の補正値)×係数\text{全炭素} \approx (\text{灼熱減量} - \text{粘土鉱物由来の補正値}) \times \text{係数}全炭素≈(灼熱減量−粘土鉱物由来の補正値)×係数
という回帰式を用いますが、地域ごとに補正値(切片)が大きく異なるため、全国一律の式は使えません。自分の畑がある地域の農業試験場などが公表している「地域別の相関図」や「換算テーブル」を参照するのが最も確実です。

実務での活用:
診断書の数値を見る際は、「腐植 5.0%」とあっても、それが「チューリン法で測った炭素に1.724を掛けた値」なのか、「乾式燃焼法で測った全炭素から換算した値」なのかを確認してください。測定方法が違えば、同じ土でも数値が1~2%ズレることは珍しくありません。経年変化を追う場合は、必ず同じ測定方法のデータと比較することが鉄則です。

近赤外分光法による最新の診断技術


従来の「試薬で溶かす」「炉で焼く」といった破壊検査とは一線を画す、新しい測定技術として注目されているのが近赤外分光法(NIR: Near-Infrared Spectroscopy)や画像解析技術です。これらは「光」を利用して、土壌の成分を瞬時にスキャンする方法です。

参考)https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/450971.pdf


近赤外分光法の仕組み:
土壌に近赤外線を照射し、その反射光のスペクトル(波長ごとの強さ)を解析します。有機物に含まれるC-H結合やO-H結合は特定の波長の光を吸収する性質があるため、その吸収パターンを解析することで、有機炭素量を推定します。

 

  • メリット:
    • 非破壊・迅速: 試料を前処理(乾燥・粉砕)するだけで、数秒~数十秒で測定が終わります。
    • 多成分同時分析: 有機物だけでなく、水分、全窒素、CEC(塩基置換容量)などを同時に推定できる可能性があります。
    • 廃液ゼロ: 薬品を一切使用しないため、環境負荷がありません。

    独自視点:スマートフォンとAIによる画像解析:
    さらに手軽なアプローチとして、スマートフォンのカメラを用いた解析技術も開発されています。愛知県などの研究機関では、スマホで撮影した土壌画像の色の値(Lab*表色系)と、実際の土壌炭素含有量の相関関係をAI(機械学習)モデル化し、写真一枚で土壌炭素を推定する試みが行われています。

    • 現場での応用:

      専用の高価な分光計がなくても、アプリさえあれば、圃場のその場で「ここは色が淡いから有機物が抜けているかも」といった定性的な判断を、人間の目よりも客観的な数値として得られます。

       

    • 課題:

      撮影時の光の加減(日向か日陰か)、土の水分状態(濡れると黒くなる)による補正が必要です。しかし、撮影時にカラーチャートを同時に写し込むことで色調補正を行う技術が確立されつつあり、将来的には「スマホをかざすだけの土壌診断」が農業現場のスタンダードになる可能性があります。

       

    これらの光学的な手法は、あくまで「推定」であるため、定期的な化学分析(キャリブレーション)は必要ですが、広大な農地の有機物ムラをマッピングし、可変施肥を行うスマート農業においては、最強のツールとなり得ます。