発病後の銅剤散布は効果が低い
レタス腐敗病は、主に細菌Pseudomonas cichoriiによって引き起こされる細菌性病害です。発生適温は25~30℃と高温で、夏秋期の栽培で問題になります。長野県では2015年に作付面積の11%にあたる約634ヘクタールで発生が確認されており、産地にとって深刻な被害をもたらしています。
病原菌は土壌中の被害作物残渣とともに生存し、第一次伝染源となります。レタス葉の気孔、水孔などの自然開口部のほか、風雨や害虫による傷口から侵入するのが特徴です。降雨後や台風通過後には発病が急増するため、天候の変化に応じた防除が求められます。
この病害は軟腐病と異なり、悪臭を発しないのが特徴です。初期症状として葉に水浸状の褐色病斑が現れ、進行すると外葉全体が腐敗します。結球葉にまで被害が及ぶと商品価値を完全に失うため、早期発見と予防が重要になります。
感染のリスクが高まるのは、定植時に苗を傷つけた場合や、収穫時の傷口からです。育苗から定植、収穫に至るまで、苗や株を丁寧に扱うことが感染予防の第一歩となります。
レタス腐敗病の防除には、複数の系統の農薬が登録されています。代表的なものとして、銅剤(カスミンボルドー、キノンドーフロアブル、ヨネポン水和剤、Zボルドーなど)、抗生物質剤(バリダシン液剤5、スターナ水和剤)、生物農薬(ベジキーパー水和剤、マスタピース水和剤)があります。
銅剤は予防効果に優れる基幹剤です。しかし発病後の散布では効果が著しく劣るため、発病前~発病初期からの予防的散布が原則となります。Zボルドーやヨネポン水和剤などの無機銅剤は耐性菌が出現しにくく、既存剤に対する耐性菌にも有効であることから、ローテーション防除の軸として活用できます。
つまり銅剤は治療薬ではないということですね。
生物農薬のベジキーパー水和剤は、レタス腐敗病に対し1,000倍で散布します。使用時期は発病前~発病初期で、収穫前使用日数の制限がないのが利点です。予防効果が主体なので、7~10日間隔での散布が推奨されています。微生物農薬は前半を銅剤にすることで効果が向上するという報告もあり、組み合わせ散布が効果的です。
生物農薬ベジキーパー水和剤の詳細情報(アリスタライフサイエンス公式サイト)
土壌処理剤としては、オリゼメート粒剤が利用できます。レタスおよび非結球レタスに登録があり、定植前の圃場処理で発病を軽減できます。発病圃場では結球開始期から重点的に薬剤散布を行い、台風などによる風雨の後はできるだけ早く防除を実施することが重要です。
注意すべき点として、2003年の改正農薬取締法施行に伴い、登録作物がレタス(結球するもの)と非結球レタス(リーフレタス、サニーレタスなど)に分離されました。レタスに登録があっても非結球レタスには登録がない農薬も多く存在するため、使用前に必ずラベルで作物名を確認する必要があります。
近年の研究で、ナモグリバエの食害がレタス腐敗病の発病を著しく助長することが明らかになっています。長野県農業試験場の調査によると、ナモグリバエの株当たりマイン数(食害痕)が増えるほど、腐敗病の発病度が高まる正の相関が確認されました。
ナモグリバエがレタスに寄生すると、斑点状の産卵吸汁痕を生じるとともに、幼虫の食害が進むと葉肉に穿孔痕(マイン)を生じます。降雨などを受けると、マインが褐変し、後に褐変部位が拡大して葉が腐敗する症状が観察されています。腐敗病菌はこれらの食害痕を主要な侵入門戸として利用するのです。
多発時では株当たり100を超える産卵吸汁痕とマインの合計値が記録されており、病原細菌の侵入門戸として無視できません。2012年の試験では、ナモグリバエ防除の有無が微生物殺菌剤の腐敗病防除効果に大きく影響することも確認されています。
害虫防除が必須です。
レタス腐敗病を効果的に防除するためには、ナモグリバエの防除も同時に行う必要があります。定植時のクロラントラニリプロール水和剤やジノテフラン水溶剤の灌注処理、生育期のピリダリル水和剤散布などを組み合わせることで、食害を抑制し腐敗病の発病リスクを低減できます。育苗期のアクタラ粒剤5や定植時のジュリボフロアブルで約1ヵ月間害虫を予防し、生育期では速効性と残効性のある薬剤をローテーションで使用するのが効果的です。
ナモグリバエの食害によるレタス腐敗病の発病助長に関する研究論文(日本植物防疫協会)
品種選択は、薬剤防除と並ぶ重要な防除手段です。レタスの品種によって腐敗病への耐病性が大きく異なることが知られています。サリナス系の品種は腐敗病には強いものの、斑点細菌病や軟腐病には弱い傾向があります。一方、他の品種系統では逆の特性を示す場合もあります。
栽培圃場でどの細菌病害の発生が多いかを把握し、次作ではその病害に耐病性を持つ品種を選択することが重要です。例えば、腐敗病が常発する圃場ではサリナス系品種を選ぶことで、薬剤散布回数を減らせる可能性があります。
レタス根腐病抵抗性品種の中では、品種間でナモグリバエの被害程度にも差異が認められています。'シナノホープ'はレース1抵抗性品種の中で最もマイン数が少なく、'シナノパワー'や'エスコート'もレース2抵抗性品種の中でマイン数が少ない品種です。ナモグリバエの被害を受けにくい品種を選ぶことで、間接的に腐敗病の発生も抑制できます。
品種選びが防除の鍵ですね。
興味深いことに、サニーレタスなどの非結球レタスは、球レタスと比較してナモグリバエのマイン数が有意に少ないことが複数年の試験で確認されています。2012年の試験では、球レタスの株当たりマイン数の平均値が65.6であったのに対し、サニーレタスでは2.1と大幅に少ない結果でした。ナモグリバエに対する防除圧が低くても生産可能な品種として注目されています。
品種間差異の要因として、葉緑素濃度(SPAD値)との関係が指摘されています。マイン数とSPAD値には正の相関が認められ、葉緑素濃度が低い品種ほどナモグリバエの被害が少ない傾向が見られました。耕種的防除の一つとして、被害を受けにくい品種利用は有効な選択肢となります。
薬剤防除だけに頼らず、圃場管理と耕種的防除を組み合わせることで、レタス腐敗病の発生を大幅に抑制できます。
基本となるのは排水対策です。
レタスは湿害に弱く、排水対策が不十分だと小玉や腐敗球が多くなります。
心土破砕や明渠施工など、圃場の排水対策を徹底することが第一歩です。弾丸暗渠は30~40cmの深さで行い、圃場周囲への明渠施工と組み合わせることで、腐敗性病害の発生を軽減できます。特に転作田や排水不良畑で栽培する際には、これらの対策が必須となります。
レタス残渣を圃場外に除去することも重要な対策です。病原細菌は被害作物残渣とともに土壌中で生存し、次作の伝染源となるためです。岩手県の研究では、レタス栽培後の圃場にヘイオーツ(緑肥用エンバク)を鋤き込むことで、腐敗病の発生が抑制される効果も報告されています。
高畦栽培も効果的です。
トンネル栽培では、腐敗病や軟腐病予防のため、両裾を開けて換気し、トンネル内の湿度を適切に保つことが重要です。結球中期以降は病害発生を助長するので、畝間灌水は行わないよう注意が必要です。凍霜害を受けることの多い冬作レタスでは、無傷のレタスを侵すことはほとんどない病原細菌でも侵入しやすくなるため、防寒対策も兼ねた管理が求められます。
土壌消毒も選択肢の一つです。軟腐病は土壌中の生存力が高く、残渣などから再発する可能性があるため、クロルピクリンなどを用いた土壌消毒で土壌中の病原菌密度を下げることは防除に有効です。ただし、腐敗病の多発年では耕種的防除だけでは効果が見られない場合もあるため、従来どおりの薬剤防除も併せて行う必要があります。
定植時の丁寧な取り扱いも忘れてはなりません。育苗から定植にかけての工程で、苗が傷つかないよう丁寧に扱うことに注意し、結球開始前から予防処置として銅剤の薬剤散布を試みることで、感染リスクを最小限に抑えられます。降雨時などの収穫は避け、収穫時の傷口からの感染を防ぐことも大切です。
レタスの病害防除では、薬剤耐性菌の出現が大きな問題となっています。同一薬剤や同一系統剤を連用することにより、殺菌剤では薬剤耐性菌の発生が懸念されます。腐敗病菌でも1981年にストレプトマイシン耐性菌、1999年にオキソリニック酸耐性菌の出現が報告されています。
耐性菌対策の基本は、他系統とのローテーション散布です。作用機作が異なる複数の薬剤を輪番で使用することで、特定の薬剤に対する耐性菌の出現を遅らせることができます。銅剤は多作用点阻害剤であり、耐性菌出現リスクが低いため、ローテーション防除の基幹剤として位置づけられます。
ローテーションが基本原則です。
具体的なローテーション例として、結球開始前に銅剤(Zボルドーやヨネポン水和剤)で予防散布を開始し、その後生物農薬(ベジキーパー水和剤やマスタピース水和剤)、抗生物質剤(バリダシン液剤5やスターナ水和剤)を7~10日間隔で順次使用する方法があります。前半を銅剤にすることで、微生物農薬の効果も向上することが確認されています。
薬剤散布にあたっては、農薬ラベルに記載の使用方法、注意事項等を守り、周辺作物への飛散(ドリフト)に注意することが必須です。特に収穫前日数、使用回数、希釈倍数などの登録条件を厳守しなければなりません。違反使用は残留農薬基準違反につながり、出荷停止などの重大な結果を招きます。
灰色かび病や菌核病など、他の病害でも薬剤耐性菌が問題になっている現状を考えると、総合的な耐性菌管理が重要になります。複数の剤をローテーション散布し、多作用点阻害剤を基幹として組み立てることで、長期的に安定した防除効果を維持できます。気象予報を考慮しながら薬剤散布のタイミングを適切に判断し、降雨前の予防散布を心がけることも、薬剤の有効性を最大限に引き出すポイントです。
Please continue.