農業において、作物の出来不出来を左右する最も基本的かつ重要な要素が「土」です。しかし、良い土とは具体的にどのような状態を指すのでしょうか。ここで鍵となるのが「気相」「液相」「固相」という3つの要素、すなわち「土壌の三相(さんそう)」です。これらは土壌の物理的な性質を決定づける構成要素であり、このバランスが崩れると、いくら肥料を与えても作物は十分に育ちません。
土壌は、岩石が風化した鉱物や枯れ葉などが分解された有機物といった固形部分(固相)と、その隙間を満たす水分(液相)、そして空気(気相)から成り立っています。これら3つの体積比率を「三相分布(さんそうぶんぷ)」と呼びます。
このセクションでは、それぞれの役割と、なぜこれらが農業現場で重視されるべきなのかを深掘りしていきます。多くの農家が経験的に「フカフカの土が良い」と知っていますが、それを数値的な根拠である「三相」として理解することで、より科学的で確実な土壌管理が可能になります。
気相と液相は、実はトレードオフの関係にあります。雨が降って水(液相)が増えれば、その分だけ空気(気相)が追い出されます。逆に、日照りで乾燥すれば水が減り、空気が入り込みます。この絶え間ない変化の中で、いかに作物の根にとって快適な環境を維持するかが、栽培技術の見せ所といえるでしょう。
農林水産省の土壌に関する基礎知識ページでは、土壌の物理性について詳しく解説されています。
土壌の三相分布には、作物の生育に最適とされる「黄金比」が存在します。一般的に、最も理想的なバランスは以下の通りです。
あるいは、もう少し幅を持たせて「固相40〜50%、液相25〜30%、気相20〜25%」程度が良いとされる場合もあります。この比率において、土壌は「団粒構造(だんりゅうこうぞう)」を形成しやすくなります。団粒構造とは、土の粒子がくっつき合って小さな塊(団粒)を作り、その団粒同士の間に適度な隙間がある状態のことです。
この理想的な比率が保たれている土壌では、次のようなメリットが生まれます。
逆に、このバランスが崩れるとどうなるでしょうか。例えば、大型機械による踏み固めなどで「固相」の割合が増えすぎると、土が硬くなり(緻密化)、根が伸びにくくなります。また、隙間がつぶれることで気相と液相のスペースが減り、排水不良や酸欠を引き起こします。
逆に砂質土のように「気相」が多すぎる場合は、水はけが良すぎて肥料や水分が保持できず(保水性・保肥力が低い)、作物が水不足や肥料切れを起こしやすくなります。
粘土質の土壌で雨が続くと「液相」が過剰になり、気相がほぼゼロになります。これが長く続くと根は窒息し、枯れてしまいます。このように、三相分布は固定されたものではなく、天候や管理作業によって常に変動するものです。だからこそ、理想の比率をターゲットにしつつ、変動に対応できる「緩衝能(バッファ)」を持った土作りが重要になるのです。
理想の三相分布に近づけるためには、物理的な耕転だけでなく、適切な資材の投入が不可欠です。ここでは、バランスの崩れた土壌を修正するための具体的な資材とアプローチを紹介します。
1. 気相を増やしたい(土が硬い、水はけが悪い場合)
粘土質の畑や、トラクターで踏み固められた耕盤層がある場合、気相が不足しがちです。この場合、「隙間」を作ることが最大の目的となります。
多孔質で軽く、土に混ぜることで物理的な隙間を作り出します。また、微生物の住処となり、団粒化を促進する効果も期待できます。アルカリ性なので、酸性土壌の改良も兼ねられます。
繊維質な有機物は、土の中で分解される過程で土の粒子を接着し、団粒構造を形成します。これにより、大きな隙間(孔隙)が生まれ、通気性と排水性が向上します。
真珠岩を高温で焼成した発泡体です。非常に軽く、混ぜ込むことで確実に気相を確保できます。プランター栽培などで特によく使われますが、畑の土壌改良にも有効です。
2. 液相・保水性を高めたい(砂地、水持ちが悪い場合)
砂質土壌など、水がすぐに抜けてしまう畑では、水分を抱え込む力を持つ資材が必要です。
ひる石を焼成したもので、多層構造になっています。この層の間に水分や肥料分を保持する能力が非常に高く、保水性と保肥力の両方を劇的に改善します。
植物性有機物を多く含む牛ふん堆肥は、土壌の腐植を増やし、スポンジのように水を蓄える力を高めます。肥料成分は比較的少ないため、土壌改良材として大量に投入しやすいのも特徴です。
微細な穴が無数に空いている鉱物です。水分だけでなく、アンモニアなどの肥料成分を吸着・保持する力(CEC:陽イオン交換容量)が高く、肥料持ちを良くする効果もあります。
3. 固相の質を変えたい(団粒化の促進)
単に固相の割合を減らすだけでなく、固相(土の粒子)自体の質を変えることも重要です。
化学的な作用で土の粒子を瞬時に結合させ、団粒構造を作り出す資材です。即効性があり、水はけの悪い粘土質土壌を一気に改善したい場合に有効です。ただし、有機物による団粒化とは異なり、効果の持続性には注意が必要です。
資材ではありませんが、根を深く張る緑肥を栽培し、それをすき込むことで、根が張っていた部分が気相の通り道となり、すき込まれた有機物が分解されて団粒化を促します。
土壌改良資材の選び方については、JAグループの解説が参考になります。
「自分の畑の三相分布はどうなっているのか?」これを知るには、土壌診断が必要です。専門機関に依頼するのが最も確実ですが、簡易的な方法であれば自分で行うことも可能です。ここでは、実容積測定法(ピクノメーター法など専門的なものではなく、現場でイメージしやすい原理)に基づいた考え方と計算のロジックを解説します。
三相分布を測定する基本的な流れ
100ccの採土円筒(ステンレス製の筒)を使って、土の構造を壊さないように採取します。これが全体の体積(V)となります。
採取した直後の土の重さ(生土重量)を量ります。
土を完全に乾燥させ(通常は105℃の乾燥機で24時間)、水分を飛ばした後の重さ(乾土重量)を量ります。
土の粒子の密度(一般的には約2.65g/cm³とされることが多いですが、黒ボク土などはもっと軽い)を用いて計算します。
計算式のイメージ
それぞれの相の割合(%)は、以下の論理で求められます。
水分量は「生土重量 - 乾土重量」で求められます。水1g=1ccと仮定すれば、この重量差がそのまま液相の体積になります。
液相(%)=円筒の体積(100cc)生土重量−乾土重量×100
また、「pFメーター(土壌水分計)」を使用することで、液相の状態(水分張力)を常時モニタリングすることも可能です。これにより、今、土が乾燥しすぎているのか(気相過多)、湿りすぎているのか(気相不足)を客観的に判断し、灌水のタイミングを決めることができます。
検索上位の記事ではあまり深く触れられていない視点として、「根圏(こんけん)における局所的な酸素不足」の問題があります。三相分布の全体平均が適正であっても、根の周りで微視的な酸素欠乏が起きているケースは意外と多いのです。
土壌全体の三相分布はあくまで「平均値」です。しかし、植物の根が実際に呼吸しているのは、根の表面に接しているごくわずかな領域(根圏)です。
有機物の分解による酸素消費
未熟な堆肥や緑肥をすき込んだ直後に作付けを行うと、土壌中の微生物が有機物を分解しようとして急激に増殖します。この時、微生物は大量の酸素を消費します(呼吸熱が発生するのもこのためです)。
その結果、土壌全体としては気相が確保されているように見えても、有機物の周辺や根の周りでは微生物との酸素の奪い合いが発生し、一時的に極度の酸欠状態(還元状態)に陥ることがあります。
これが「ガス湧き」や「根傷み」の正体の一つです。三相分布の数字だけを見て「気相は30%あるから大丈夫」と安心していると、この局所的な酸欠を見落としてしまいます。これを防ぐためには、以下の対策が必要です。
また、根圏の微生物相(マイクロバイオーム)を多様化させることも、間接的に三相バランスの安定に寄与します。特定の微生物だけが爆発的に増えるのではなく、多様な菌が共存する環境では、有機物の分解プロセスが緩やかになり、急激な環境変化(酸素濃度の低下など)が起こりにくくなるからです。
さらに、マルチングの種類によっても地中のガス交換効率は変わります。黒マルチなどは保湿・保温に優れますが、完全密閉するとガス交換が妨げられることもあります。最近では、適度な通気性を持つ機能性マルチなども開発されており、これらを活用することで、地温確保と気相維持の両立が可能になります。
土壌の三相は、静的な「割合」ではなく、微生物活動や根の成長、気象条件によって刻一刻と変化する動的な「環境」であることを理解し、作物の顔色を見ながら管理していくことが、真のプロ農家の技術といえるでしょう。