三相分布の測定方法で土壌の物理性を診断し排水性を改善

理想的な土壌環境を知るために欠かせない「三相分布」の正確な測定手順とは?測定データの計算から診断、そして具体的な土壌改良のアプローチまでを網羅。あなたの圃場の土は、作物の根にとって最高のベッドになっていますか?

三相分布と測定方法

記事の概要
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三相分布の基礎

固相・液相・気相のバランスが作物の生育を左右する理由を解説

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正確な測定手順

100mL円筒を使った採土から乾燥、計量までのステップを詳述

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データ活用と改善

理想値との比較による診断方法と、排水性・保水性の改善策

三相分布の定義と土壌物理性の重要性

 

農業において「良い土」とは何かを語るとき、多くの人が堆肥や肥料の成分、つまり「化学性」に注目しがちです。しかし、作物の根が健全に伸び、養分や水分を十分に吸収できるかどうかは、土の硬さや水はけ、通気性といった「物理性」に大きく依存しています。この土壌物理性を数値化して客観的に評価するための最も基本的かつ重要な指標が「三相分布」です。

 

三相分布とは、土壌を構成する3つの要素、すなわち「固相(Solid)」「液相(Liquid)」「気相(Air)」の体積割合を示したものです。これらは以下のように定義されます。

 

  • 固相(Solid): 土壌粒子や有機物などの固形部分。土の骨格を形成し、植物を支持する役割を果たします。
  • 液相(Liquid): 土壌粒子間の隙間(孔隙)にある水分。ここに溶け出した養分を根が吸収します。
  • 気相(Air): 土壌粒子間の隙間にある空気。根の呼吸に必要な酸素を供給します。

これら3つの合計は常に100%となります。例えば、固相が多すぎる土壌は、踏み固められた道路のように硬く、根が伸長しにくい状態(緻密化)を示します。逆に、液相が多すぎて気相が極端に少ない土壌は、水はけが悪く、根腐れや酸素欠乏を引き起こす原因となります。

 

理想的な三相分布のバランスは、一般的に「固相40〜50%、液相30%、気相20〜30%」と言われています。しかし、これはあくまで目安であり、栽培する作物や土壌の種類(黒ボク土砂質土、粘質土など)によって最適な値は変動します。例えば、根菜類など地下部の肥大を目的とする作物では、より高い気相率(通気性)が求められることがあります。

 

このセクションで重要なのは、「土壌の物理性は、化学性(肥料など)の土台である」という認識を持つことです。いくら高価な肥料を施しても、三相分布のバランスが崩れていれば、根はその養分にアクセスできず、肥料の無駄遣いになってしまいます。三相分布を理解することは、精密な土壌管理(土壌診断)の第一歩であり、持続可能な農業生産を実現するための「健康診断」のようなものなのです。

 

三相分布の測定方法と採土の正確な手順

三相分布を正確に測定するためには、現場での「採土(サンプリング)」が最も重要なプロセスとなります。土壌の構造を壊さずに、自然な状態のまま採取する必要があるため、専用の器具と慎重な手技が求められます。ここでは、一般的に普及している「100mL(100cc)採土円筒」を用いた実容積法の手順を解説します。

 

必要な道具

  • 100mL採土円筒(ステンレス製の定容積リング)
  • 採土器(円筒を押し込むためのホルダー)
  • 木槌またはゴムハンマー
  • 移植ゴテ(スコップ)
  • ナイフまたはヘラ(土を切り取るため)
  • サランラップと輪ゴム(乾燥防止用)
  • 油性ペン(記録用)

採土のステップ

  1. 測定地点の選定:

    圃場の中で平均的な生育をしている場所を選びます。作物の株元から少し離れた位置や、通路部分など、目的に応じて場所を決めます。表層だけでなく、作土層の下にある耕盤層の状態を知るために、深さ別(例:0-15cm、15-30cm)に採取することをお勧めします。

     

  2. 土壌表面の整地:

    採取する地点の雑草や落葉を取り除き、平らにします。このとき、土を踏み固めないように注意してください。

     

  3. 採土円筒の打ち込み:

    採土円筒をホルダーにセットし、地面に垂直に当てます。木槌を使って、円筒が完全に土に埋まるまで静かに打ち込みます。強い衝撃を与えすぎると土壌構造が圧縮されてしまうため、コンコンと小刻みに叩くのがコツです。

     

  4. 円筒の掘り出し:

    円筒の周りの土を移植ゴテで大きめに掘り下げ、円筒の下にコテを差し込んで、土の塊ごと慎重に取り出します。

     

  5. 余分な土の切除(整形):

    円筒からはみ出している土を、ナイフやヘラを使って円筒の縁に合わせて平らに切り落とします(すり切り)。この作業で、正確に100mLの体積の土が確保されます。この時、土の表面を練らないように、スパッと切ることが重要です。

     

  6. 密封と搬送:

    採取した土壌の水分が蒸発しないよう、すぐに両端をラップで覆い、輪ゴムで止めます。採取日、場所、深さをラベルに記入し、振動を与えないように持ち帰ります。

     

この採土作業の精度が、最終的なデータの信頼性を決定づけます。特に、土の中に石や太い根が混入してしまった場合は、測定値に大きな誤差(特に固相率の過大評価)が生じるため、そのサンプルは破棄して近くでやり直すのが賢明です。プロの農家や普及指導員は、1つの圃場につき最低3〜5か所のサンプルを採取し、その平均値を見ることで、圃場全体の物理性の傾向を把握します。

 

参考リンク:土壌三相・土壌水分・硬度計の基礎知識(大起理化工業株式会社)
リンク先では、土壌三相の測定に必要な専門機器(DIK-1150など)の詳細や、測定原理について図解付きで解説されています。専門的な機材導入を検討する際の参考になります。

 

三相分布の計算式とデータの分析手法

採取した土壌サンプルを持ち帰ったら、次は実験室(または作業場)での測定と計算に移ります。ここでは、高価な「土壌三相計(実容積測定装置)」を使わずに、重量測定と乾燥だけで三相分布を算出する「乾燥法」の計算プロセスを詳しく解説します。この方法は、土壌の「真比重(粒子の密度)」を仮定する必要がありますが、一般的な農地土壌であれば、真比重を「2.60〜2.65」と仮定しても実用上十分な精度が得られます。

 

測定の手順

  1. 生土重量(W1)の測定:

    持ち帰ったサンプルのラップを外し、円筒を含めた全体の重さを0.1g単位まで正確に測ります。ここから円筒の重さを引いたものが、湿った土の重さ(生土重)です。

     

  2. 乾燥:

    土壌を円筒ごと乾燥機に入れます。標準的な公定法では「105℃で24時間」乾燥させます。これにより、液相(水分)を完全に蒸発させます。家庭用のオーブンでも代用可能ですが、温度管理には注意が必要です。

     

  3. 乾土重量(W2)の測定:

    乾燥後のサンプルをデシケーター(防湿容器)内で放冷した後、重さを測ります。ここから円筒の重さを引いたものが、乾いた土の重さ(乾土重)です。

     

計算式
得られた数値を使って、以下の式で三相の割合(%)を算出します。円筒の容積(V)は通常100mL(=100cm³)です。

 

  • 液相率(%) = (生土重量g - 乾土重量g) ÷ 容積mL × 100
    • 解説: 生土と乾土の差は「失われた水分量」です。水の密度を1g/cm³とすれば、重さの差がそのまま水の体積になります。
  • 固相率(%) = 乾土重量g ÷ 真比重 ÷ 容積mL × 100
    • 解説: 乾土重量を土の密度(真比重)で割ることで、土粒子そのものの体積を求めます。真比重は日本の一般的な土壌では「2.65」を使用することが多いですが、黒ボク土など有機物が多い土壌では「2.50〜2.60」程度に設定することもあります。
  • 気相率(%) = 100 - (液相率 + 固相率)
    • 解説: 全体(100%)から水と土の割合を引いた残りが、空気の割合です。

    データの分析と孔隙(こうげき)
    計算結果を表計算ソフトなどに入力し、グラフ化してみましょう。ここで注目すべきは「孔隙率(くうげきりつ)」です。孔隙率とは「気相+液相」の合計値、つまり土の「隙間の多さ」です。

     

    孔隙率が高い(60%以上など)場合は、土がフカフカであることを示しますが、高すぎると土がスカスカで乾燥しやすい可能性があります。逆に孔隙率が低い(40%以下など)場合は、土が締め固まっており、根が伸びにくい状態です。

     

    また、「仮比重(かひじゅう)」も同時に計算しておくと便利です。

     

    • 仮比重 = 乾土重量g ÷ 容積mL

      仮比重が1.0以下であれば黒ボク土のように軽く、1.3を超えると砂質土や締まった土壌であると推測できます。これらのデータを蓄積し、毎年の変化を追うことで、土壌改良の効果を数値で実感できるようになります。

       

    参考リンク:土壌診断の方法(農林水産省)
    リンク先は農林水産省による公式マニュアルです。14ページ付近に三相分布の計算方法や、作物ごとの適正値に関する詳細な記述があり、公的な基準を知る上で非常に有用です。

     

    三相分布の理想値と土壌改善のポイント

    算出された三相分布のデータをどのように読み解き、具体的なアクションに繋げればよいのでしょうか。ここでは、典型的なパターンの診断と、それに基づいた土壌物理性の改善策を解説します。

     

    パターン別の診断と対策

    1. 気相率が低い(10%未満)=「酸欠・排水不良型」
      • 症状: 水はけが悪く、雨が降るといつまでも水たまりが残る。根腐れが起きやすく、作物の元気がなくなる。
      • 原因: トラクターによる踏圧で土が締め固まっている(耕盤層の形成)、または粘土質が強すぎる。
      • 改善策:
        • サブソイラーや心土破砕: 硬くなった下層土(耕盤)を物理的に破砕し、縦方向の水みちを作ります。これにより気相率と透水性が劇的に改善します。
        • 有機物の投入: 稲わら、もみ殻、バーク堆肥などの粗大有機物を投入し、土壌中に物理的な隙間を作り出します。これらが分解される過程で団粒構造が発達し、自然な気相が増えます。
        • 明渠暗渠の設置: 地下水位が高い場合は、物理的に水を抜くための排水路を整備します。
      • 液相率が低い・固相率が高い =「保水力不足・乾燥型」
        • 症状: 土がすぐに乾き、夏場に作物が萎れやすい。肥料持ちが悪く、肥料切れを起こしやすい。
        • 原因: 砂質土壌で水が抜けすぎる、または腐植(有機物)が極端に少ない。
        • 改善策:
          • 完熟堆肥の投入: 牛ふん堆肥など、保水性の高い良質な有機物を大量に投入します。腐植はスポンジのように水を蓄える力があります。
          • 客土: 保水力のある粘土質の土や黒ボク土を混ぜ合わせることで、土壌のテクスチャ自体を改良します。
          • マルチング: 土壌表面をワラやビニールで覆い、水分の蒸発を防ぐ対症療法も有効です。
        • 固相率が極端に低い(30%以下) =「浮き土・定着不良型」
          • 症状: 足が沈むほどフカフカすぎる。播種後の発芽が揃わない、根が土を掴めず倒伏しやすい。
          • 原因: ロータリー耕うんのしすぎ(過剰砕土)、または未熟な有機物の過剰投入によるガス湧きや空洞化。
          • 改善策:
            • 鎮圧(ローラー掛け): 播種前後に適度な鎮圧を行い、土と種、土と根を密着させます。
            • 耕うん回数の削減: 必要以上に土を細かくしすぎないよう、ロータリーの回転数を落とすか、粗耕しに留めます。

    理想的な「団粒構造」を目指して
    三相分布の改善のゴールは、単に数値を合わせることではなく、「団粒構造」を発達させることにあります。団粒構造とは、土の粒子が団子状に集まり、その団子の中に水を保持し(液相)、団子と団子の間には空気が通る(気相)という、保水性と排水性を両立させた魔法のような構造です。

     

    この構造を作る主役は、土壌中の微生物やミミズです。私たち人間ができるのは、彼らが働きやすい環境(適度な有機物と、極端な乾燥や過湿のない環境)を整え、定期的な診断(三相分布測定)でその変化を見守ることだけです。数値の変化は年単位でゆっくりと現れますが、継続的な測定は必ず裏切らないデータとして蓄積されます。

     

    参考リンク:土壌診断と対策マニュアル(青森県)
    青森県の技術マニュアルでは、物理性改善のための具体的な資材の選び方や、心土破砕の効果について実践的なデータが掲載されています。寒冷地や畑作中心の農家にとって特に有益な情報源です。

     

    三相分布の測定方法に代わる最新スマート農業技術

    これまでに解説した「100mL円筒による採土と乾燥法」は、最も確実で低コストな基本技術ですが、唯一の欠点は「非常に手間と時間がかかる」ことです。24時間の乾燥を待ち、精密な重量測定を行うプロセスは、多忙な農家にとってハードルが高いのも事実です。そこで近年、この物理性診断の世界にも「スマート農業」の波が押し寄せています。従来の三相分布測定を補完、あるいは代替する最新のセンシング技術について紹介します。

     

    1. TDR/FDR水分計によるリアルタイム計測
    従来の三相分布測定は「ある一点の瞬間的な状態」を切り取るものでしたが、TDR(Time Domain Reflectometry)やFDR(Frequency Domain Reflectometry)といった誘電率土壌水分計を使用すれば、液相(体積含水率)の変化をリアルタイムでスマホで確認できます。

     

    これにより、「雨が降った後、どれくらいの速度で液相が減り、気相が回復するか」という「水の動き」を動的に把握できます。排水性の良し悪しを判断するには、静的な三相分布よりも、この動的な水分変化のグラフの方が有用な場合も多いのです。

     

    2. 可視・近赤外分光法(Vis-NIR)による非破壊測定
    研究レベルで実用化が進んでいるのが、光を土に当てるだけで物理性や化学性を瞬時に推定する技術です。トラクターに搭載したセンサーで土壌をスキャンしながら走行することで、圃場全体の「土壌マップ」を作成します。これにより、「畑のあそこの角だけ水はけが悪い(液相率が高い)」といった空間的な分布(バラツキ)が可視化され、ピンポイントでの土壌改良が可能になります。従来の「点の診断」から「面の診断」への進化です。

     

    3. AIとドローンによる土壌推計
    上空からのドローン撮影画像(マルチスペクトル画像)と、少数の土壌分析データをAIに学習させることで、圃場全体の三相分布や腐植含量を推計するサービスも登場しています。土の色や乾き具合の微妙な差をAIが解析し、広大な圃場でも労力をかけずに診断を行うことができます。

     

    4. 電気伝導度(EC)センサーによる土性マップ
    土壌の電気の通りやすさを測定するECセンサーを牽引しながら走行することで、土壌の粘土含量や硬さの分布をマッピングする技術も普及し始めています。粘土が多い場所は保水性が高く(液相寄り)、砂質の場所は水はけが良い(気相寄り)という相関関係を利用し、間接的に物理性を評価します。

     

    これらの最新技術は導入コストがかかりますが、大規模経営や精密農業を目指す場合には、労働費の削減と収量アップによって十分にペイする可能性があります。しかし、どんなに技術が進歩しても、基本となるのは「実際に土を触り、円筒で採ってみて、実感を伴った理解をする」ことです。アナログな三相分布測定で土の理屈を理解しているからこそ、デジタルのデータを正しく解釈できるのです。まずはスコップと円筒を手に、自分の畑の「三相」と向き合ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。

     

     


    新しい電気回路<下> (KS理工学専門書)