農業において「良い土」とは何かを語るとき、多くの人が堆肥や肥料の成分、つまり「化学性」に注目しがちです。しかし、作物の根が健全に伸び、養分や水分を十分に吸収できるかどうかは、土の硬さや水はけ、通気性といった「物理性」に大きく依存しています。この土壌物理性を数値化して客観的に評価するための最も基本的かつ重要な指標が「三相分布」です。
三相分布とは、土壌を構成する3つの要素、すなわち「固相(Solid)」「液相(Liquid)」「気相(Air)」の体積割合を示したものです。これらは以下のように定義されます。
これら3つの合計は常に100%となります。例えば、固相が多すぎる土壌は、踏み固められた道路のように硬く、根が伸長しにくい状態(緻密化)を示します。逆に、液相が多すぎて気相が極端に少ない土壌は、水はけが悪く、根腐れや酸素欠乏を引き起こす原因となります。
理想的な三相分布のバランスは、一般的に「固相40〜50%、液相30%、気相20〜30%」と言われています。しかし、これはあくまで目安であり、栽培する作物や土壌の種類(黒ボク土、砂質土、粘質土など)によって最適な値は変動します。例えば、根菜類など地下部の肥大を目的とする作物では、より高い気相率(通気性)が求められることがあります。
このセクションで重要なのは、「土壌の物理性は、化学性(肥料など)の土台である」という認識を持つことです。いくら高価な肥料を施しても、三相分布のバランスが崩れていれば、根はその養分にアクセスできず、肥料の無駄遣いになってしまいます。三相分布を理解することは、精密な土壌管理(土壌診断)の第一歩であり、持続可能な農業生産を実現するための「健康診断」のようなものなのです。
三相分布を正確に測定するためには、現場での「採土(サンプリング)」が最も重要なプロセスとなります。土壌の構造を壊さずに、自然な状態のまま採取する必要があるため、専用の器具と慎重な手技が求められます。ここでは、一般的に普及している「100mL(100cc)採土円筒」を用いた実容積法の手順を解説します。
必要な道具
採土のステップ
圃場の中で平均的な生育をしている場所を選びます。作物の株元から少し離れた位置や、通路部分など、目的に応じて場所を決めます。表層だけでなく、作土層の下にある耕盤層の状態を知るために、深さ別(例:0-15cm、15-30cm)に採取することをお勧めします。
採取する地点の雑草や落葉を取り除き、平らにします。このとき、土を踏み固めないように注意してください。
採土円筒をホルダーにセットし、地面に垂直に当てます。木槌を使って、円筒が完全に土に埋まるまで静かに打ち込みます。強い衝撃を与えすぎると土壌構造が圧縮されてしまうため、コンコンと小刻みに叩くのがコツです。
円筒の周りの土を移植ゴテで大きめに掘り下げ、円筒の下にコテを差し込んで、土の塊ごと慎重に取り出します。
円筒からはみ出している土を、ナイフやヘラを使って円筒の縁に合わせて平らに切り落とします(すり切り)。この作業で、正確に100mLの体積の土が確保されます。この時、土の表面を練らないように、スパッと切ることが重要です。
採取した土壌の水分が蒸発しないよう、すぐに両端をラップで覆い、輪ゴムで止めます。採取日、場所、深さをラベルに記入し、振動を与えないように持ち帰ります。
この採土作業の精度が、最終的なデータの信頼性を決定づけます。特に、土の中に石や太い根が混入してしまった場合は、測定値に大きな誤差(特に固相率の過大評価)が生じるため、そのサンプルは破棄して近くでやり直すのが賢明です。プロの農家や普及指導員は、1つの圃場につき最低3〜5か所のサンプルを採取し、その平均値を見ることで、圃場全体の物理性の傾向を把握します。
参考リンク:土壌三相・土壌水分・硬度計の基礎知識(大起理化工業株式会社)
リンク先では、土壌三相の測定に必要な専門機器(DIK-1150など)の詳細や、測定原理について図解付きで解説されています。専門的な機材導入を検討する際の参考になります。
採取した土壌サンプルを持ち帰ったら、次は実験室(または作業場)での測定と計算に移ります。ここでは、高価な「土壌三相計(実容積測定装置)」を使わずに、重量測定と乾燥だけで三相分布を算出する「乾燥法」の計算プロセスを詳しく解説します。この方法は、土壌の「真比重(粒子の密度)」を仮定する必要がありますが、一般的な農地土壌であれば、真比重を「2.60〜2.65」と仮定しても実用上十分な精度が得られます。
測定の手順
持ち帰ったサンプルのラップを外し、円筒を含めた全体の重さを0.1g単位まで正確に測ります。ここから円筒の重さを引いたものが、湿った土の重さ(生土重)です。
土壌を円筒ごと乾燥機に入れます。標準的な公定法では「105℃で24時間」乾燥させます。これにより、液相(水分)を完全に蒸発させます。家庭用のオーブンでも代用可能ですが、温度管理には注意が必要です。
乾燥後のサンプルをデシケーター(防湿容器)内で放冷した後、重さを測ります。ここから円筒の重さを引いたものが、乾いた土の重さ(乾土重)です。
計算式
得られた数値を使って、以下の式で三相の割合(%)を算出します。円筒の容積(V)は通常100mL(=100cm³)です。
データの分析と孔隙(こうげき)
計算結果を表計算ソフトなどに入力し、グラフ化してみましょう。ここで注目すべきは「孔隙率(くうげきりつ)」です。孔隙率とは「気相+液相」の合計値、つまり土の「隙間の多さ」です。
孔隙率が高い(60%以上など)場合は、土がフカフカであることを示しますが、高すぎると土がスカスカで乾燥しやすい可能性があります。逆に孔隙率が低い(40%以下など)場合は、土が締め固まっており、根が伸びにくい状態です。
また、「仮比重(かひじゅう)」も同時に計算しておくと便利です。
仮比重が1.0以下であれば黒ボク土のように軽く、1.3を超えると砂質土や締まった土壌であると推測できます。これらのデータを蓄積し、毎年の変化を追うことで、土壌改良の効果を数値で実感できるようになります。
参考リンク:土壌診断の方法(農林水産省)
リンク先は農林水産省による公式マニュアルです。14ページ付近に三相分布の計算方法や、作物ごとの適正値に関する詳細な記述があり、公的な基準を知る上で非常に有用です。
算出された三相分布のデータをどのように読み解き、具体的なアクションに繋げればよいのでしょうか。ここでは、典型的なパターンの診断と、それに基づいた土壌物理性の改善策を解説します。
パターン別の診断と対策
理想的な「団粒構造」を目指して
三相分布の改善のゴールは、単に数値を合わせることではなく、「団粒構造」を発達させることにあります。団粒構造とは、土の粒子が団子状に集まり、その団子の中に水を保持し(液相)、団子と団子の間には空気が通る(気相)という、保水性と排水性を両立させた魔法のような構造です。
この構造を作る主役は、土壌中の微生物やミミズです。私たち人間ができるのは、彼らが働きやすい環境(適度な有機物と、極端な乾燥や過湿のない環境)を整え、定期的な診断(三相分布測定)でその変化を見守ることだけです。数値の変化は年単位でゆっくりと現れますが、継続的な測定は必ず裏切らないデータとして蓄積されます。
参考リンク:土壌診断と対策マニュアル(青森県)
青森県の技術マニュアルでは、物理性改善のための具体的な資材の選び方や、心土破砕の効果について実践的なデータが掲載されています。寒冷地や畑作中心の農家にとって特に有益な情報源です。
これまでに解説した「100mL円筒による採土と乾燥法」は、最も確実で低コストな基本技術ですが、唯一の欠点は「非常に手間と時間がかかる」ことです。24時間の乾燥を待ち、精密な重量測定を行うプロセスは、多忙な農家にとってハードルが高いのも事実です。そこで近年、この物理性診断の世界にも「スマート農業」の波が押し寄せています。従来の三相分布測定を補完、あるいは代替する最新のセンシング技術について紹介します。
1. TDR/FDR水分計によるリアルタイム計測
従来の三相分布測定は「ある一点の瞬間的な状態」を切り取るものでしたが、TDR(Time Domain Reflectometry)やFDR(Frequency Domain Reflectometry)といった誘電率土壌水分計を使用すれば、液相(体積含水率)の変化をリアルタイムでスマホで確認できます。
これにより、「雨が降った後、どれくらいの速度で液相が減り、気相が回復するか」という「水の動き」を動的に把握できます。排水性の良し悪しを判断するには、静的な三相分布よりも、この動的な水分変化のグラフの方が有用な場合も多いのです。
2. 可視・近赤外分光法(Vis-NIR)による非破壊測定
研究レベルで実用化が進んでいるのが、光を土に当てるだけで物理性や化学性を瞬時に推定する技術です。トラクターに搭載したセンサーで土壌をスキャンしながら走行することで、圃場全体の「土壌マップ」を作成します。これにより、「畑のあそこの角だけ水はけが悪い(液相率が高い)」といった空間的な分布(バラツキ)が可視化され、ピンポイントでの土壌改良が可能になります。従来の「点の診断」から「面の診断」への進化です。
3. AIとドローンによる土壌推計
上空からのドローン撮影画像(マルチスペクトル画像)と、少数の土壌分析データをAIに学習させることで、圃場全体の三相分布や腐植含量を推計するサービスも登場しています。土の色や乾き具合の微妙な差をAIが解析し、広大な圃場でも労力をかけずに診断を行うことができます。
4. 電気伝導度(EC)センサーによる土性マップ
土壌の電気の通りやすさを測定するECセンサーを牽引しながら走行することで、土壌の粘土含量や硬さの分布をマッピングする技術も普及し始めています。粘土が多い場所は保水性が高く(液相寄り)、砂質の場所は水はけが良い(気相寄り)という相関関係を利用し、間接的に物理性を評価します。
これらの最新技術は導入コストがかかりますが、大規模経営や精密農業を目指す場合には、労働費の削減と収量アップによって十分にペイする可能性があります。しかし、どんなに技術が進歩しても、基本となるのは「実際に土を触り、円筒で採ってみて、実感を伴った理解をする」ことです。アナログな三相分布測定で土の理屈を理解しているからこそ、デジタルのデータを正しく解釈できるのです。まずはスコップと円筒を手に、自分の畑の「三相」と向き合ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。