目を疑う事実ですが、害虫密度調査を省略して慣行散布を続けると、年間で農薬費が平均3割以上余分にかかっています。
害虫密度調査とは、圃場に生息する害虫の種類と個体数を一定の手順で数え、「防除が必要かどうか」を科学的根拠に基づいて判断するための調査活動です。感覚や経験則ではなく、実際のデータを使って防除の要否を決める点が最大の特徴です。
農業現場では「虫が1匹でも見えたら薬を撒く」という考え方が今も根強く残っています。しかし国際的な害虫管理の枠組みであるIPM(総合的病害虫・雑草管理)では、害虫が経済的被害を与えるほどの密度に達するかどうかを見極める「要防除水準(ET:Economic Threshold)」という考え方を採用しています。
害虫密度調査はまさにこの要防除水準を判断するための情報収集ステップです。密度が低ければ防除をスキップし、密度が高ければ迷わず対処する——この判断サイクルが農薬使用量と費用の両方を適正化します。
農水省の推進するIPMの実践指針においても、害虫密度の定期的な確認は基本中の基本として位置づけられています。
農林水産省:IPM(総合的病害虫・雑草管理)の推進について
つまり「数えてから判断する」が原則です。
実際の調査は、①調査地点の設定 → ②サンプリング → ③個体数の計数 → ④記録という4ステップで進めます。
調査地点は圃場全体を代表できるよう、対角線上や「W字型」に5〜10点を選ぶのが基本です。偏った場所だけ数えると、圃場全体の密度を大きく読み誤ることになります。
サンプリング方法は害虫の種類によって異なります。
調査頻度は作物の生育ステージと害虫の発生消長に合わせます。一般的には週1〜2回が推奨されていますが、害虫の世代交代が速い夏季は週2〜3回に増やすと見逃しを防げます。
これは手間のかかる作業ですね。
とはいえ、調査に慣れると1圃場あたり15〜20分程度で完了できます。農薬代と散布労力の節約効果を考えれば、時間の投資対効果は非常に高いです。
農研機構:IPM実践のためのサンプリング調査マニュアル(PDF)
要防除水準(ET)とは、「この密度を超えたら防除しないと経済的損失が防除コストを上回る」という閾値のことです。この数値を知っているかどうかで、防除判断の精度が大きく変わります。
例えばコナガ(アブラナ科野菜の主要害虫)であれば、キャベツ定植後〜結球期において「1株あたり幼虫2頭以上」が一般的な要防除水準の目安とされています。2頭未満なら天敵や自然死滅に任せ、散布を控えることが推奨されます。
ハスモンヨトウについては、ダイズ作において「1㎡あたり若齢幼虫3頭以上」が目安です。1㎡はだいたい畳1枚分のイメージで、その範囲に3頭以上いれば対処を検討するということです。
要防除水準の数値は、作物・品種・地域・生育ステージによって異なります。そのため都道府県の病害虫防除所が発行する「病害虫発生予察情報」や「防除基準」を手元に置いておくと実用的です。
これは必須です。
つまり、数値基準を持つだけで判断の質が上がります。
調査した密度データは、記録として残して初めて「資産」になります。単なるメモではなく、日付・圃場名・作物・生育ステージ・害虫種・密度(トラップあたり頭数や株あたり頭数)を統一フォーマットで記録することが大切です。
記録方法は紙の調査票でも構いませんが、スマートフォンのスプレッドシートアプリ(Googleスプレッドシートなど)を使うとグラフ化が容易で、発生のピーク時期を視覚的に把握しやすくなります。
これは使えそうです。
蓄積されたデータから読み取れる情報の例を以下に示します。
| 活用場面 | 得られるメリット |
|---|---|
| 発生ピーク時期の特定 | 散布タイミングを前後1〜2週間単位で最適化できる |
| 年次比較 | 「今年は例年より早い」など発生傾向の変化を把握 |
| 防除効果の検証 | 散布前後の密度変化で農薬の効果を定量評価できる |
| 圃場間の差異確認 | 被害が集中しやすい圃場を特定し重点管理できる |
3年以上のデータが蓄積されると、作付けカレンダーに防除タイミングを組み込んだ「圃場別防除計画書」が作れるようになります。ここまで来ると、農薬使用回数を平均2〜3回削減できた事例も報告されています。
データ管理に特化した農業アプリ(例:「アグリノート」「KSAS(クボタ)」など)は、圃場ごとの記録と地図情報を連携させられるため、複数圃場を管理する農業者に向いています。害虫密度調査の記録機能を持つアプリを1つ導入しておくと、日々の作業がかなり楽になります。
害虫の密度だけを調べて防除判断を下す農業者は多いですが、実は天敵昆虫の密度を同時に記録することで、防除の判断精度が格段に上がります。これは検索上位の記事ではほとんど触れられていない視点です。
天敵昆虫とは、ハダニを捕食するカブリダニ類、アブラムシを寄生させるコマユバチ類、ヨコバイを捕食するクモ類などが代表例です。これらが十分な密度で存在する圃場では、害虫密度が要防除水準に近づいていても、天敵による自然抑制が数日〜1週間以内に密度を下げることがあります。
具体的には「害虫密度:天敵密度」の比率(天敵比率)が1:0.3以上であれば、自然抑制への期待値が高まるとする研究報告があります(農研機構・野菜茶業研究所の事例)。
つまり「害虫数÷天敵数」の比率も記録に加えると判断がより精度を増します。
天敵を生かすためには、殺虫剤の選択に気をつかう必要があります。広域スペクトル型の有機リン系・ピレスロイド系農薬は天敵昆虫への影響が大きいため、天敵密度が高い時期は選択毒性の高いIGR剤(昆虫成長制御剤)や生物農薬への切り替えを検討することが有効です。
天敵密度の調査は高度な同定技術を必要とするため、最初は都道府県の農業試験場や病害虫防除所に相談して、主要天敵の見分け方を教えてもらうのが最短ルートです。
農研機構:天敵利用のための基礎知識(天敵昆虫・ダニ類の活用ガイド)
害虫密度調査に天敵密度を加えるだけで、防除判断の質が1段階上がります。
ぜひ来作から実践してみてください。