透水係数の目安を正しく理解することは、農業において作物の生育を左右する最も基本的かつ重要な要素の一つです。土壌の物理性、特に「水がどれくらいの速さで浸透するか」を示すこの数値は、根腐れを防ぐための排水性や、干ばつ時の保水性を判断する決定的な指標となります。多くの農業従事者が感覚的に捉えている「水はけ」を数値化し、客観的なデータに基づいて土壌改良を行うことで、収量の安定化と品質向上を実現できます。
透水係数(係数k)は通常、cm/sec(センチメートル毎秒)という単位で表され、ダルシーの法則に基づき算出されます。この数値が大きければ大きいほど水はけが良い(ザル田に近い)状態であり、小さければ水持ちが良い(あるいは排水不良の)状態を指します。しかし、単に数値が高ければ良いというわけではありません。作物の種類によって最適な水分環境は異なり、特に畑作と稲作では求められる基準が全く逆になることもあります。
本記事では、農業現場で役立つ透水係数の具体的な目安と、専門的な機器を使わずに圃場の状態を把握する診断手法、そして理想的な土壌構造へと導くための改善策について、専門的な知見を交えつつ詳細に解説していきます。
農林水産省:土壌診断の方法と活用(土壌の透水性基準について詳細な数値が記載されています)
農業における透水係数の目安は、栽培する作物の生理生態的特性によって大きく異なります。一般的に、畑地と水田では求められる土壌物理性が異なるため、それぞれの「適正範囲」を知ることが土壌管理の第一歩となります。
畑作において最も理想的とされる透水係数は 10⁻³ ~ 10⁻⁴ cm/s の範囲です。これは、雨が降った後に長時間水たまりができず、かつ適度な湿り気を保てるレベルです。もし透水係数が 10⁻⁵ cm/s 以下 になると、明らかに排水不良となり、湿害のリスクが急激に高まります。特に果樹や根菜類では、土壌中の酸素不足が根の呼吸を阻害し、生育不良や病気の原因となります。
一方、水田においては水を蓄える機能(湛水機能)が必要不可欠です。そのため、畑地よりも低い 10⁻⁵ ~ 10⁻⁶ cm/s 程度が適正とされています。
この透水係数の違いは、土壌の「粒径」と密接に関係しています。
これらの基準値を知ることで、自分の圃場が「改善が必要なレベル」なのか、「作物の選定で対応できるレベル」なのかを判断することができます。例えば、透水係数が10⁻⁷程度の重粘土壌で排水対策なしに果樹を植えるのは無謀ですが、適切な暗渠施工によって係数を人工的に引き上げれば、栽培は可能になります。
広島県:土壌水分管理技術(畑地と水田における透水係数の良否判定基準が表で整理されています)
透水係数の数値が悪化している場合、その原因を特定するための土壌診断が必要です。単に「水はけが悪い」という現象だけを見て対策を講じるのではなく、土層のどの部分に問題があるのかを深掘りすることで、効果的な改善策が見えてきます。
排水不良の多くの原因は、長年のトラクター走行によって形成された「耕盤層(ハードパン)」にあります。作土(表層20〜30cm)の下に、非常に硬く緻密な層ができている場合、ここで水の浸透がストップしてしまいます。
診断方法としては、土壌硬度計(山中式など) を用いるのが確実ですが、鉄の棒(検土杖や支柱)を刺すだけでも簡易的な判断が可能です。スムーズに入っていく層と、ガチンと止まる層の深さを記録しましょう。もし30cm未満の浅い位置で硬い層に当たる場合、それが垂直浸透を妨げる「不透水層」となっている可能性が高いです。
スコップで50cmほど穴を掘り、土の色を観察してください。もし土が青灰色や灰色(ドブ臭い色)をしている場合、それは「グライ層」と呼ばれ、長期間水に浸かり酸素が欠乏している証拠です。この層が存在する場合、透水係数は極めて低く、還元状態にあるため根腐れが発生しやすい環境です。酸化鉄の斑紋(赤茶色のシミ)が見られる場合は、過去に地下水位の変動があったことを示しており、時期によっては排水不良になる可能性があります。
透水係数自体が良くても、地下水位が高ければ水は抜けません。穴を掘って放置し、水面がどの位置で安定するかを確認します。作物の根域よりも高い位置に地下水位がある場合、透水性の改善(縦の浸透)だけでなく、排水路への出口確保(横の排水)が必要になります。
このような診断プロセスを経ることで、「耕盤破砕だけで済むのか」「暗渠を入れる必要があるのか」「客土が必要なのか」という対策の優先順位をつけることができます。例えば、表層だけが粘土質で下層が砂質であれば、天地返しや深耕によって劇的に透水係数が改善することもあります。
高価な実験器具やコンサルタントへの依頼がなくても、農業現場にある道具を使って透水係数(厳密には減水深からの推定値)を簡易的に測定する方法があります。これは「シリンダーインテークレート法」や「変水位透水試験」の原理を応用したものです。
より実践的な「減水深」としての目安は、水田であれば 1日あたり15〜25mm 程度の減水が適正とされています。これを秒換算すると約 1.7 〜 2.9 × 10⁻⁵ cm/s となり、前述の目安と合致します。この簡易テストを圃場の数カ所で行うことで、場所によるムラ(あそこは乾くのが遅い、など)を数値で把握でき、部分的な改良を行う際の根拠となります。
岡山県:現場でできる透水性診断(簡易透水性診断法による減水深と透水係数の相関関係について解説)
透水係数を物理的に改善するというのは、言い換えれば土壌中の「孔隙(こうげき)」、つまり空気や水が通る隙間を増やすことです。土壌は「固相・液相・気相」の三相で構成されていますが、このうち気相と液相が入るスペース(孔隙)の構造を変えることが対策の核心です。
最も即効性があるのは、物理的に硬い層を壊すことです。
根本的な体質改善には、堆肥や緑肥などの有機物投入が欠かせません。土中の微生物が有機物を分解する過程で出す粘液が、土の粒子同士を接着させ「団粒構造」を作ります。
透水係数の低い粘土質土壌においては、いくら耕してもすぐに土が締まって元に戻ってしまいます。この場合、地下60cm〜1m程度の深さに吸水管(暗渠パイプ)と疎水材(籾殻や砂利)を埋設し、強制的に排水経路を作ることが最終的な解決策となります。暗渠上の土壌(疎水材を入れた部分)は透水係数が非常に高くなるため、圃場全体の余剰水を速やかに排出するバイパスの役割を果たします。
新潟県:土づくりのすすめ方(透水性と減水深の目安、土壌改良の具体的な目標値が掲載されています)
一般的に農業では「排水性改善」ばかりが注目されがちですが、実は「透水係数が高すぎる(水はけが良すぎる)」ことによる弊害も見逃せません。いわゆる「ザル田」や砂質土壌がこれに該当します。透水性が過剰であることは、経営的な損失に直結する深刻な問題を引き起こします。
透水係数が10⁻³ cm/sを超えるような土壌では、灌水や降雨とともに、施用した肥料成分(特に硝酸態窒素やカリウム)があっという間に根圏(根が届く範囲)より下へ流されてしまいます。これを「リーチング」と呼びます。作物は肥料を吸収する前に成分が失われるため、生育不良に陥りやすく、農家は追肥を繰り返すことになりコストが増大します。また、流出した肥料成分が地下水を汚染する環境問題にもつながります。
水田において透水性が高すぎると、冷たい井戸水などを常に入れ続けなければ水位を保てず、水温や地温が上がりません。初期成育において地温確保は重要であり、ザル田では「冷水障害」のリスクが高まります。
透水係数は「高ければ高いほど良い」のではなく、あくまで「作物にとって適正な範囲(目安)に収まっているか」が重要です。自分の圃場の土質を見極め、足りない場合は排水対策を、過剰な場合は保水対策を行うという「中庸」を目指す土壌管理こそが、プロの農業技術と言えるでしょう。

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