リジェネラティブ農業の中核にあるのが「土をできるだけ乱さず、常に覆っておく」という考え方で、不耕起栽培とカバークロップ(被覆作物)はその代表的な実践です。 近年のレビュー論文では、土壌を耕さず、作付けしていない期間にもクローバーやライ麦などを生やすことで、炭素貯留と侵食防止、雑草抑制を同時にかなえることが示されています。
日本でも、環境再生型農業の事例として不耕起の有機大豆や野菜栽培に挑戦する農家が紹介されており、畑を耕さずに草生管理とカバークロップで土壌を守りながら収量を維持する取り組みが報告されています。 こうした農場では、動力機械の使用を抑え、圃場に生える草や微生物の働きを活かし、CO2排出を減らしつつ土壌有機物を増やす工夫が重ねられています。
参考)日本のリジェネラティブ(環境再生型)農業 脱炭素に貢献
不耕起+カバークロップの組み合わせには、実務的なポイントも多く存在します。
参考)リジェネラティブ農業とは何か─ESG経営における次の一手
・単一作物の連作ではなく、マメ科やイネ科など複数種を混植しながら常に畑を「生きた根」で満たすことが推奨されます。
参考)不耕起栽培とは? メリット・デメリット、やり方を解説|マイナ…
・被覆作物の選定では、根の深さや残渣量、窒素固定能力などを見ながら、主作物の前後にどの種を入れるかを設計することが重要です。
参考)https://www.mdpi.com/2077-0472/12/12/2076/pdf?version=1670392711
・カバークロップのすき込み時期や刈り方を誤ると土壌水分が過剰になったり、逆に乾燥を招いたりするため、地域の気候条件を踏まえた管理スケジュールが欠かせません。
参考)「耕さない農業」が土壌炭素を貯留し土壌微生物の多様性を高める
国内の解説では、不耕起とカバークロップを導入した畑で、土壌炭素の蓄積量が増え、微生物多様性や地上部のバイオマスが向上した事例も紹介されています。 また、被覆作物により土壌表面が保護されることで、集中豪雨時の表土流亡が抑えられたという報告もあり、気候変動リスクが高まる中での「保険」としても注目されています。
参考)リジェネラティブ農業(環境再生型農業)とは?事例とともに紹介
不耕起栽培は一度に全面的に切り替えるとリスクが高いため、先行事例では一部圃場から試験的に導入し、草種構成や除草機の改良を数年かけて行っている点も示されています。 現場では、「最初の数年は見た目が荒れても、5年スパンで土の変化を見る」という長期目線が共有されているのが印象的です。
参考)リジェネラティブ農業とカバークロップ
リジェネラティブ農業の基本原則や日本での議論の整理には、以下の日本語解説が参考になります。
参考)リジェネラティブ農業とは? 土壌を再生し地球を救う、古くて新…
リジェネラティブ農業とは? 土壌を再生し地球を救う
日本のリジェネラティブ農業の中でも象徴的なのが、北海道の山地酪農と平飼い養鶏を組み合わせた放牧酪農の事例です。 平地や山間地で牛を放牧しながら、同じ牧草地で平飼い鶏を飼育し、「放牧酪農でCO2マイナスを実証する」というテーマで大学と共同研究を行っている取り組みが紹介されています。
この農場では、放牧により牛が草を食べ、糞尿をその場に落とすことで、牧草地の土壌に有機物が還元されます。 さらに平飼い鶏が虫をついばみ、地表をつつくことで、表層の有機物が撹拌され、草の更新が促されるという「動物と草地の共生サイクル」が意識的に設計されています。
参考)「リジェネラティブ農業」(環境再生型農業)とは? 日本と世界…
CO2マイナスの実証では、牧草地の土壌炭素の増減と、牛や鶏からのメタン・亜酸化窒素排出を同時に測定し、「排出よりも土壌への炭素貯留が上回るか」を検証する試みが進められています。 海外の研究でも、多種家畜を組み合わせた牧草地システムが、生物多様性と土壌炭素を高めつつ、収益性を維持しうることが報告されており、日本の事例も同様の発想に立っています。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fsufs.2020.544984/pdf
放牧酪農型のリジェネラティブ農業は、単に環境に優しいだけではなく、ブランド価値の向上にもつながっています。
参考)リジェネラティブ農業とは?今、注目のリジェネラティブ農業と農…
・「放牧」「平飼い」「環境再生」といったキーワードは、消費者にとって分かりやすいストーリーとなり、乳製品やスイーツの商品価値を高めています。
・レストランや菓子メーカーが、こうした農場と連携して限定商品を開発することで、都市部の消費者にリジェネラティブの概念を伝える役割も担っています。
参考)CO2を減らして生物多様性を高める、Mieleのリジェネラテ…
・CO2マイナス実証などの研究成果は、企業のサステナビリティレポートやESGコミュニケーションでも活用され、農場側への中長期的な投資にもつながりやすくなっています。
参考)【図解】リジェネラティブ農業(環境再生型農業)の本質と企業の…
一方で、山地酪農は気象リスクや労力の偏りが大きく、安定的な運営には放牧計画や冬期飼料の確保などのノウハウが必要です。 先行事例では、放牧面積の区画分けやローテーション周期の工夫により、牧草再生期間を確保しながら、牛の健康と乳量を両立させる技術が蓄積されつつあります。
アグロフォレストリー(森林農法)は、樹木・果樹・一年生作物・家畜を同じ土地で組み合わせるリジェネラティブ農業の代表的な形態で、世界各地でコショウやカカオ、コーヒーなどの永年作物の再生事例が報告されています。 ニカラグアやインドネシアでは、放棄されていたゴム農園をモデル農場に転換し、白コショウとバナナなどの食用作物を混植することで、生物多様性の回復と農家収入の安定を同時に実現したプロジェクトが紹介されています。
コーヒー栽培でも、アマゾン熱帯雨林などで在来樹種とコーヒーを組み合わせ、森林伐採跡地を「森を取り戻す農園」として再生する取り組みが進んでいます。 こうした事例では、高木が強い日差しや豪雨からコーヒーを守りつつ、落葉が土壌に有機物を補給し、長期的に肥料コストを抑える効果も確認されています。
果樹園に防風林を兼ねた樹木帯を設けたり、薪炭林と果樹・野菜を組み合わせた「里山型アグロフォレストリー」の実験が徐々に増えています。
参考)https://www.utopiaagriculture.com/journal/819
・果樹列の間にシェードツリーや窒素固定樹種を植え、夏季の高温ストレスを下げる工夫。
参考)【農業SDGs】リジェネラティブ農業とは? 気候変動対策に繋…
・遊休地に多様な樹木とベリー類・ハーブ・鶏を組み合わせ、「収穫期のずれ」を利用して年間キャッシュフローを平準化するモデル。
参考)マダガスカル訪問記2023 vol.1
・観光や教育プログラムと組み合わせた「森を守り森をつくるコーヒー」「リジェネラティブな森林農法ツアー」など、付加価値サービスの開発。
参考)「大地再生チョコレート&コーヒー2026」ーRegenera…
アグロフォレストリーは、植栽設計と初期投資の難易度が高く、収益化まで時間がかかる一方で、10年スパンで見ると土壌浸食の抑制や気候変動へのレジリエンス向上という大きなメリットがあります。 農家単独では踏み出しにくいため、コーヒーやチョコレートメーカーがパートナーとなり、苗木供給や技術研修、買い取り保証をセットにした長期プロジェクトとして進めている点も特徴的です。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fagro.2023.1134514/pdf
検索上位にはあまり出てこない視点として、小規模農家と地域コミュニティの関係再構築に焦点を当てたリジェネラティブ農業の事例があります。 中南米やアジアでは、小規模農家がコーヒーやカカオのリジェネラティブ栽培を通じて、収入向上と森林保全を両立させている取り組みが報告されています。
例えばペルーでは、小規模農家が土壌の健康を重視したコーヒー・カカオ栽培に移行し、品質向上によるプレミアム価格と、森林伐採抑制による環境価値を同時に生み出しているケースが紹介されています。 これらのプロジェクトでは、農家同士が学び合うフィールドスクール形式や、市民参加型の実証農場を通じて技術移転が行われている点が特徴です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4132462/
日本でも、不耕起草生栽培を実践する教育農場や、市民が参加できるリジェネラティブ実証農場の例が出てきています。
参考)リジェネラティブってなに? 世界のさまざまな事例から学ぼう!
・学校教育と連携し、子どもが里山や田畑で「生きる力」を学ぶ合宿プログラムに、リジェネラティブ農業の考え方を組み込んだ取り組み。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fsufs.2021.699694/pdf
・小規模農家がグループでトラクターや乾燥施設を共有し、遊休農地を共同管理することで、経営負担を軽減しつつ土壌再生型の有機農業に挑戦する事例。
参考)環境再生の実践には無限の選択肢がある。パタゴニアとともに「リ…
・地域の飲食店や加工業者と連携し、「環境再生型の農産物」を軸にしたローカルブランドづくりを行う動き。
これらの事例では、「リジェネラティブ農業=特殊な先進農家の取り組み」ではなく、「地域の暮らしそのものを再設計する手段」として位置づける視点が重要になります。 小規模農家にとっては、高価な機械や資材に依存しないため初期投資が抑えられる一方で、労働力やコミュニティのつながりが成功の鍵となるため、地域ぐるみの仕組みづくりが欠かせません。
参考)地球を救うリジェネラティブ農業
近年の大きな潮流として、食品・飲料・アパレルなどの企業が、自社サプライチェーン全体でリジェネラティブ農業を推進しようとする動きが加速しています。 例えば、大手食品メーカーは数百億円規模の投資を表明し、数十万戸の農業従事者と連携して再生型農業への移行を支援する計画を公表しています。
日本企業でも、国産ライ麦やコーヒー、乳製品などの原料調達で環境再生型の農場と連携し、「再生型農業の普及」と「自社商品の差別化」を同時に進める事例が増えています。 また、「リジェネラティブ・バイイング」と呼ばれる調達方針を掲げ、森林伐採の防止や農地再生によるCO2削減、生態系の回復をサプライチェーン全体のKPIとして管理する企業も現れています。
参考)リジェネラティブ(価値観)|アグリシステム株式会社|北海道の…
脱炭素の観点では、「カーボンインセット」として自社サプライチェーン内の農地で炭素貯留を進める仕組みが注目されています。
参考)「リジェネラティブ」とは?サステナブルを超える企業の取組
・企業がパートナー農家の土壌炭素量やGHG排出をモニタリングし、その改善分を自社の排出削減としてカウントする取り組み。
参考)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001116.000073077.html
・人工衛星データやモデルを用いて、農地の炭素貯留量を予測し、FLAG(森林・土地利用・農業)排出への対応を進める実証プロジェクト。
参考)農業の脱炭素化を目指して——再生型農業に挑む先進企業の最前線…
・こうしたデータをもとに、プレミアム価格や長期契約という形で農家に還元し、リジェネラティブ農業への移行コストを企業側が一部負担するスキーム。
参考)Lively合同会社- リジェネラティブ農業 環境・社会・…
一方で、企業主導のリジェネラティブ農業には、「認証やスコアリングだけが先行し、現場の多様性が置き去りになるリスク」も指摘されています。 最近の研究では、再生型農場を評価する際に、実際の土壌指標や生物多様性、農家の経済状況など複数の視点を組み合わせたシステムが提案されており、「数値化しやすい項目だけを追う」偏りを避ける工夫が模索されています。
参考)https://f1000research.com/articles/10-115/v1/pdf
農家の立場から見ると、企業との連携は価格や販路の安定と引き換えに、データ提供や栽培基準への適合が求められる関係になります。 そのため、自らの農場のビジョンと企業のサステナビリティ方針がどこまで重なるのかを見極め、「再生のためのパートナーシップ」として対等な関係を築けるかどうかが、これからの重要な論点になっていくでしょう。
参考)Editor’s Eyes米国で見直される「土づくりへの回帰…