生育期の散布だけでは効果が低い
ホウレンソウケナガコナダニによる被害は、日本全国のホウレンソウ産地で深刻な問題となっています。特に雨よけ栽培のハウスでは被害が集中しやすく、放置すると甚大な経済損失につながります。
広島県では平成18年に約2億円ものコナダニ被害が発生しました。これは県内の夏秋ホウレンソウ産地全体の約20%に相当する規模です。被害を受けたホウレンソウは新芽が褐変し、葉が正常に展開できず奇形となるため商品価値を失います。
つまり放置すれば収入が2割減るということですね。
このコナダニは体長0.3〜0.5mm程度(米粒の長さの約15分の1ほど)と非常に小さく、肉眼での確認が困難です。土壌中で有機物を餌として増殖し、ホウレンソウの生育期に株へ移動して新芽部分を食害します。被害を受けた葉には小さな穴が開き、コブ状の小突起が生じるのが特徴です。
発芽障害も引き起こすことがあります。
年間を通じて発生しますが、特に春(3〜6月)と秋(9〜11月)の比較的低温な時期に多発します。20℃前後の環境を好み、卵から成虫まで約20日で成長するため、世代交代が速く密度が急激に上昇しやすい害虫です。夏季の高温期(7〜8月)は発生が少なくなりますが、完全に消滅するわけではなく土壌中で生き残ります。
広島県の追跡評価報告書には被害額と防除技術の詳細が記載されています
ホウレンソウケナガコナダニに登録のある農薬は限られており、さらに成虫に対して効果のある薬剤は非常に少ないことが研究で明らかになっています。この点を理解せずに防除を行うと、十分な効果が得られない場合があります。
効果的な農薬として広く使用されているのが、フルフェノクスロン乳剤を主成分とする「カスケード乳剤」です。4000倍液に希釈して使用しますが、この薬剤はIGR剤(昆虫成長制御剤)であり幼虫には高い効果を示すものの、成虫に対する殺虫効果はほとんどありません。
そのため散布時期が極めて重要になります。
成虫には効かないということです。
もう一つの主要農薬が、エマメクチン安息香酸塩を有効成分とする「アファーム乳剤」です。2000倍液で使用し、カスケード乳剤よりも幅広い発育段階に効果を示します。この2剤を組み合わせた体系防除が現在の標準的な方法となっています。
その他にも「スミチオン乳剤」(MEP乳剤)、播種前の土壌処理剤として「フォース粒剤」や「コテツベイト」などがあります。コテツベイトは土壌表面散布タイプで、コナダニを薬剤におびき寄せて摂食させることで防除する仕組みです。
播種時から収穫14日前まで使用できます。
新しい薬剤として「ネコナカットフロアブル」も登録されており、ニラのネダニ防除にも使用される新規系統の殺ダニ剤として注目されています。作物への安全性が高く、ローテーション防除の選択肢を増やす意味で重要です。
選択肢が増えたのはいいことですね。
注意すべき点として、過去に主要薬剤として使用されていたDDVP乳剤は2008年に製造中止、2009年に販売中止、2010年に使用禁止となりました。このため代替農薬の選定と効果的な防除体系の確立が必要になっています。
BASFのminorasu(ミノラス)にホウレンソウケナガコナダニの詳しい防除策が解説されています
農薬散布の時期を誤ると、どれだけ良い薬剤を使用しても十分な効果が得られません。ホウレンソウケナガコナダニは新芽付近に潜んでおり、生育期の茎葉散布剤がかかりにくい場所に生息しているためです。
最も効果的な防除体系は、播種前・2葉期・4葉期の3段階で実施する方法です。まず播種前に土壌処理剤(フォース粒剤やコテツベイトなど)を施用して、土壌中のコナダニ密度を低減させます。この段階での密度抑制が後の被害を大きく左右します。
土壌処理が基本です。
次に本葉2葉期にカスケード乳剤4000倍液を散布します。研究によれば、2葉期の散布は4葉期の散布よりもコナダニ密度抑制効果が高く、被害株率を低く抑えられることが確認されています。これはコナダニが土壌表層から株へ移動する前に防除できるためです。
続いて本葉4葉期にアファーム乳剤2000倍液を散布します。この時期は土壌から株への移動がピークを迎える直前であり、侵入を阻止する最後の機会となります。2葉期と4葉期の両方で散布することで、異なる発育段階のコナダニを効果的に防除できます。
2回散布が原則です。
散布時のポイントとして、土壌表面が乾いている場合は前日に灌水して土壌を湿らせておくことが重要です。コナダニは湿った環境を好むため、薬液が土壌中に浸透しやすくなり効果が高まります。また株だけでなく、株間の土壌表面にも十分に薬液がかかるよう散布してください。
機能性展着剤「アプローチBI」を添加すると、土壌中のコナダニの死虫率が高くなり防除効果が向上することが確認されています。展着剤の使用は薬剤の付着性を高め、より効率的な防除を可能にします。
前作で多発していた圃場では、播種前の土壌消毒(クロルピクリン剤やダゾメット剤など)を併用することで、より確実な密度低減が期待できます。ただし土壌消毒を行っても、その後の侵入を完全に防げるわけではないため、生育期の薬剤散布は必須です。
化学農薬による防除と同じくらい重要なのが、コナダニの増殖源となる環境を作らないことです。特に有機質資材の選択は、コナダニ密度に直接影響する重要な要素となっています。
ホウレンソウケナガコナダニは土壌中の有機物や糸状菌(カビ)を餌として増殖します。中でも未熟な堆肥、菜種油粕、米ぬか、稲わら、もみ殻などは格好の餌となり、施用すると爆発的に増殖する原因となります。
未熟堆肥は厳禁です。
研究によれば、コナダニが増殖しにくい有機質資材は、バーク堆肥、腐葉土、もみ殻くん炭です。これらは十分に分解が進んでおり、コナダニが好む未分解の有機物が少ないためです。牛ふん堆肥は製造元の堆積日数や管理方法によって増殖程度が異なるため、使用する場合は十分に腐熟したものを選択する必要があります。
堆肥センターによって品質が違うということですね。
油粕や米ぬかなどの有機質肥料もコナダニの増殖源となります。これらを使用する必要がある場合は、播種の十分前に施用して分解を促してください。施用直後に播種すると、ちょうどコナダニが増殖するタイミングとホウレンソウの生育期が重なり、被害が拡大します。
前作の残渣や間引き株も増殖源となるため、栽培終了後は速やかに圃場外へ除去することが重要です。特に連作する場合、前作で発生したコナダニが次作の初期密度を高める原因となります。残渣処理を徹底するだけで、次作の被害を大幅に軽減できます。
もみ殻は堆肥に混ぜて堆積しても腐熟が遅いため、増殖量が低減されません。多発圃場ではもみ殻の使用自体を避けるべきです。どうしても使用する場合は、完全にくん炭化したものを選んでください。
多発圃場では完熟堆肥のみを使用するのが基本です。
化学農薬や耕種的防除に加えて、生物的防除も研究が進んでいます。特に注目されているのが、土着天敵「ヤマウチアシボソトゲダニ」を利用した防除法です。
ヤマウチアシボソトゲダニは、ホウレンソウケナガコナダニを捕食する土着の天敵ダニです。北海道のホウレンソウ圃場の土壌から発見され、コナダニの卵、幼虫、若虫、成虫のすべての発育段階を捕食することが確認されています。1頭の雌成虫が24時間で複数のコナダニを捕食する能力があります。
天敵も選択肢の一つです。
この天敵ダニの大量増殖法が確立されており、籾殻培地を使用して増殖させた後、ホウレンソウ栽培圃場に定着向上資材とともに放飼する技術が開発されています。絶食耐性が高く、餌となるコナダニがいない時期でも生き残れる特性を持つため、圃場への定着が期待できます。
生物農薬としての登録も進んでおり、環境に配慮した防除手段として今後の普及が見込まれています。ただし現時点では化学農薬ほどの即効性や確実性はないため、総合的な防除体系の一部として位置づけるのが現実的です。
広島県の研究では、ハウス周辺部に稲わらを設置することで、その中で天敵が増殖し、ハウス内へのコナダニ侵入を抑制する効果が確認されています。稲わらは天敵の温床となる一方、コナダニの餌にもなるため、ハウス内ではなく周辺部に設置することがポイントです。
配置場所が重要ということですね。
天敵利用の課題は、コンバイン収穫により稲わらが細断されて確保しにくいことです。水田還元が進んでいる地域では、稲わらの入手自体が困難になっており、この防除法の普及を妨げる要因となっています。
太陽熱消毒や土壌還元消毒も化学農薬を使わない防除法として有効です。特にホウレンソウケナガコナダニは高温に弱く、40℃で24時間、45℃で3時間、50℃で1時間の処理で死滅します。夏季の休閑期に透明マルチで覆って太陽熱を利用すれば、次作の初期密度を大幅に低減できます。
協友アグリのサイトにケナガコナダニの総合的な対策方法が詳しく掲載されています
ホウレンソウケナガコナダニの防除は、農薬散布だけでなく播種前の土壌処理、適切な散布時期の遵守、有機質資材の選択、残渣処理の徹底など、複数の対策を組み合わせた総合防除が基本です。特に広島県の事例が示すように、適切な防除体系を確立すれば被害をほぼゼロにすることも可能です。農薬登録内容は変更されることがあるため、使用前には必ずラベルを確認し、最新の情報に基づいて防除を実施してください。