収穫量が半減しても気づかない竹林が7割を超えています
タケノコヤガとは、正式にはシナチクノメイガやタケノメイガなどのノメイガ類を指す竹林の重要害虫です。中国原産の外来種であるシナチクノメイガは、チョウ目ツトガ科に属し、成虫は開長30〜40mmと日本のノメイガ類の中では比較的大型の蛾です。2020年に愛知県で国内初確認され、その後京都府や大阪府など関西圏を中心に被害が急速に拡大しています。
幼虫の食害方法には独特の特徴があります。幼虫は竹の葉を自分の体にくるくると巻きつけ、その中に潜んで葉の内側から食べ進めます。食害を受けた葉は葉緑素が失われて白く変色し、やがて黄色から褐色へと変わって枯れ落ちます。遠目には竹林全体が茶色っぽく見え、本来青々としているはずの景観が一変してしまうのです。
被害の進行は驚くほど速いことが特徴です。京都府の調査では、わずか1週間で頭上の竹の葉が薄い茶色に変わった事例が報告されています。これは約A4用紙20枚分の面積に相当する葉が、わずか数日で食い尽くされる計算です。このスピード感は農家にとって大きな脅威で、気づいたときには既に手遅れという状況も少なくありません。
竹とタケノコは地下茎でつながっているため、葉の食害は直接タケノコの成育に影響します。葉で作られる栄養が不足することで、地下茎からタケノコへ十分な養分が供給されなくなり、結果としてタケノコの発生数減少や小型化を招くのです。
つまり被害は目に見える部分だけではありません。
京都府の調査では、府内の竹林の70%で葉枯れが確認されました。これは東京ドーム約1500個分の竹林面積に相当する規模です。特に京都の特産品である京たけのこの産地である乙訓地域では、2025年の収穫量が過去最低の年の半分以下にまで落ち込んだと報告されています。
タケノコヤガ(ノメイガ類)の発生時期は、初夏から秋にかけての温暖な時期に集中します。シナチクノメイガの場合、7月頃から成虫の活動が活発になり、産卵が始まります。この時期は竹の葉が最も茂り、幼虫にとって絶好の餌場となるタイミングと重なっているのです。
成虫の寿命は比較的短く、数週間程度と考えられています。しかし、その間にメスは竹の葉の裏側に卵を産みつけます。卵は数日でふ化し、幼虫となって竹の葉を食べ始めます。幼虫期間は気温によって変動しますが、おおむね3〜4週間程度で蛹になります。
つまり1世代のサイクルが約1〜2ヶ月です。
年間の発生回数については、まだ十分に解明されていない部分も多いのが現状です。国内では2020年に初めて見つかったばかりの外来種であり、詳しい生態は分かっていません。ただし、温暖な地域では年に複数世代が発生する可能性が高く、夏から秋にかけて継続的に被害が発生することが観察されています。
幼虫は非常に食欲旺盛で、1匹が一生のうちに食べる葉の量は、はがき数枚分の面積に相当します。しかし問題なのは、1本の竹に数十匹から数百匹が寄生することがある点です。こうなると、わずか数日で竹の葉がほぼ全滅してしまう事態も起こり得ます。
越冬形態についても研究が進められています。蛹で越冬する可能性が指摘されており、冬季に竹林内の落ち葉や枯れ枝の中に隠れて春を待つと考えられます。このため、冬季の竹林管理も重要な予防策となります。落ち葉の除去や枯れ枝の処分を行うことで、越冬する蛹の数を減らすことができるからです。
発生予察が難しい点も大きな課題です。多くの農作物害虫では、フェロモントラップなどを使った発生予測が確立されていますが、シナチクノメイガについてはまだそうした技術が開発されていません。このため、定期的な竹林の見回りと目視確認が、現時点では最も有効な早期発見方法となっています。
タケノコヤガの被害が収穫量に与える影響は、想像以上に深刻です。京都府長岡京市などの乙訓地域では、2025年に竹林被害が拡大し、タケノコの収穫量が過去最低の年と比較してもさらに半分以下に落ち込みました。これは通常の豊作年と比べると、実に4分の1程度にまで減少したことになります。
収穫量減少のメカニズムを理解することが重要です。竹の葉は光合成によって栄養を作り出し、その栄養は地下茎を通じて地下に蓄えられます。タケノコは、この地下茎に蓄えられた栄養を使って春に一気に成長するのです。つまり前年の葉の状態が、翌年のタケノコの出来を左右します。
2024年夏に葉の食害を受けた竹林では、2025年春のタケノコ収穫に直接的な影響が出ました。タケノコの発生本数が減っただけでなく、発生したタケノコも小型で、市場価値の低いものが増えたと報告されています。高級ブランドとして知られる京たけのこの産地では、この品質低下が経済的な打撃となりました。
タケノコには隔年結果の傾向があり、豊作の年(表年)と不作の年(裏年)が交互に訪れます。2025年はもともと裏年に当たっていたため、そこにタケノコヤガの被害が重なり、ダブルパンチとなったのです。通常の裏年でも表年の6〜7割程度の収穫量になりますが、害虫被害が加わることで、その半分以下にまで落ち込みました。
経済的損失は収穫量だけでは測れません。竹林の管理には年間を通じて多くの労力が必要ですが、収穫量が減ることで収益性が大幅に悪化します。特に高齢化が進む竹林農家では、労力をかけても収入が得られないという状況が、離農や竹林の放置につながる懸念があります。
料亭や飲食店への影響も深刻です。京都の老舗料亭の中には、特定の生産者から長年にわたり京たけのこを仕入れているところも多く、供給不足により料理の提供を見合わせたり、代替品を使わざるを得なくなったケースも報告されています。これは伝統的な食文化の継承にも関わる問題です。
タケノコヤガ防除の第一歩は、早期発見です。竹林を定期的に見回り、葉の変色や幼虫の存在を確認することが重要です。特に7月から9月の発生時期には、週に1回程度の見回りを推奨します。葉が白く変色し始めたら、すぐに対策を講じる必要があります。
薬剤防除では、BT剤(バチルス・チューリンゲンシス)が有効です。京都府は2025年1月、植物防疫法第29条第1項に基づき、たけのこのノメイガ類に対して「エスマルクDF」の使用を特別に認めました。これは微生物を利用した農薬で、チョウ目害虫に高い効果を発揮しながらも、人や環境への影響が少ないという特徴があります。
エスマルクDFの散布は、幼虫の若齢期に行うことが最も効果的です。幼虫が大きく成長してからでは効果が低下するため、葉の変色を確認したらすぐに散布を開始します。散布には動力噴霧器を使用し、竹の葉全体に薬液が行き渡るように丁寧に作業します。10アールあたり100〜200リットルの水で希釈して散布する必要があり、竹林全体に均一に薬剤を行き渡らせるには相応の労力が必要です。
超音波を利用した防除技術も注目されています。農研機構が開発した超音波発信装置は、蛾類が天敵のコウモリから逃げるために反応する超音波を発信し、蛾の飛来を防ぎます。有効範囲は半径25m程度の円形エリアで、従来の防蛾灯に比べて高い効果が確認されています。超音波は人間には聞こえず、周囲の環境への影響もないため、住宅地に近い竹林でも使用可能です。
超音波装置の導入を検討する場合は、竹林の広さに応じて必要な台数を計算します。1台でカバーできる面積は約2000平方メートル(20アール)程度なので、1ヘクタールの竹林なら5台程度が必要です。初期投資は必要ですが、薬剤散布の労力削減と殺虫剤使用量の低減を考えれば、長期的にはコスト削減につながります。
株式会社メムス・コアが提供する超音波発信装置は、果樹園での実証試験で高い効果を示しています。タケノコヤガを含むヤガ類による被害を大幅に軽減できることが確認されており、殺虫剤のみに依存しない防除体系の構築に役立ちます。
農研機構の超音波防除技術プレスリリース - 超音波によるヤガ類防除の詳細な研究成果と実証データが掲載されています
耕種的防除も重要な予防策です。竹林内の通風と採光を改善するため、適切な密度管理を行います。理想的な竹の立ち本数は、1ヘクタールあたり3000〜6000本程度です。これは1平方メートルあたり約3〜6本に相当します。密度が高すぎると湿度が上がり、害虫の発生を助長するため、定期的な間伐が必要です。
竹林の日常管理が、タケノコヤガの被害を最小限に抑える基本となります。
まず重要なのは、竹林内の衛生管理です。
枯れた竹や枯れ枝は、害虫の越冬場所となるため、見つけ次第除去することが推奨されます。特に冬季の管理作業で、前年に枯れた竹を切り倒し、竹林の外に搬出するか、細かく破砕して処理します。
竹の伐採時期も防虫対策として有効です。伝統的に、竹は秋から冬にかけての糖分が少ない時期に伐採すると虫がつきにくいとされています。具体的には10月から3月の間が適期で、この時期に伐採した竹材は、害虫の食害を受けにくくなります。タケノコ生産を目的とする竹林でも、親竹の更新時期を考慮した計画的な伐採が重要です。
竹林の密度管理は、通風と採光の改善だけでなく、見回りの効率化にもつながります。適切に間伐された竹林は、内部の見通しが良くなり、葉の変色や幼虫の発生を早期に発見しやすくなります。竹林内を歩きやすくすることで、定期的な見回りの負担も軽減されます。
施肥管理にも注意が必要です。過剰な窒素肥料は、竹の葉を柔らかくして害虫の食害を受けやすくする可能性があります。バランスの取れた施肥を心がけ、有機質肥料を中心とした土づくりを行うことで、竹自体の抵抗性を高めることができます。堆肥や腐葉土を施用することで、土壌の保水性と通気性が改善され、健全な竹の生育を促します。
モニタリング体制の構築も効果的です。地域の竹林農家が協力して、定期的な見回りと情報共有を行うことで、被害の拡大を早期に食い止めることができます。京都府では、JAや行政が中心となって対策協議会を設立し、被害状況の把握と防除方法の情報共有を進めています。個々の農家だけでは対応が難しい広域的な害虫管理も、地域ぐるみの取り組みによって実現可能になります。
京都府のタケノコヤガ防除指針 - エスマルクDFの使用方法と注意事項が詳しく解説されています
記録を残すことも重要な管理ポイントです。いつどこで被害が発生したか、どのような対策を取ったか、その効果はどうだったかを記録することで、翌年以降の防除計画に活かすことができます。特に新しい害虫であるタケノコヤガについては、現場での経験知の蓄積が今後の対策技術の向上につながります。
被害を受けた竹林の回復には、2〜3年の時間が必要です。葉を失った竹は、翌年の春に新しい葉を展開しますが、前年の栄養蓄積が不足しているため、回復は緩やかになります。この間、適切な管理を続けることで、徐々に竹林の活力を取り戻すことができます。
回復期間中の施肥は慎重に行います。窒素肥料を急激に増やすと、かえって病害虫の発生を助長する可能性があるため、有機質肥料をベースにした緩効性の施肥を心がけます。1回あたりの施肥量は控えめにし、年に2〜3回に分けて施用することで、竹に無理なく栄養を供給できます。
被害を受けた竹の中には、翌年になっても回復せずに枯死するものも出てきます。こうした枯死竹は、新たな害虫の発生源となる前に、早めに伐採して処分することが重要です。伐採した竹は、チッパーで粉砕して竹林内にまくか、竹林外に搬出して適切に処理します。粉砕した竹チップは、竹林の地表面に敷くことで、除草効果と土壌改良効果が期待できます。
タケノコの収穫についても、回復期間中は戦略的に考える必要があります。収穫量が減っている状況では、全てのタケノコを掘り出すのではなく、一部を親竹として残すことで、竹林の更新を促すことができます。通常は春に発生したタケノコのうち、形の良いものを10本程度残して親竹とし、それ以外を収穫します。
地域全体での取り組みが、個々の竹林の回復を早めます。周辺の竹林が害虫の発生源となっていれば、いくら自分の竹林を管理しても被害は繰り返されます。地域の竹林管理組織やJAと連携し、広域的な防除体制を構築することが、長期的な被害軽減につながります。行政の支援制度を活用して、防除資材の共同購入や防除作業の共同実施を進めることも検討に値します。