重要里地里山 とは、「生物多様性保全上重要な里地里山」のことで、原生的な自然と都市との中間に位置する里地里山のうち、生物多様性の観点から特に保全すべき地域を環境省が選定したものを指す。
ここでいう里地里山は、集落を中心に、水田・畑・ため池・小川・二次林・草地・雑木林などがモザイク状に広がる、人と自然が長年関わってきた二次的自然環境として位置づけられている。
国土のおよそ4割がこのような里地里山に相当するとされ、農林業生産の場であると同時に、生物多様性のホットスポットであり、景観や文化の伝承の場としても重要視されている。
里地里山は、戦後の農業機械化や燃料革命により、かつてほど人の手が入らなくなった結果、下草刈りや薪炭材の採取が減少し、アカマツ林の遷移や竹林の拡大など、環境の変化が急速に進んだ地域でもある。
参考)https://www.shinrinbunka.com/wp-content/uploads/2024/03/44c6da95e5b00b67d8a75812bae5d085.pdf
農業従事者にとっては「作業の場」であると同時に、農業用水を供給し、洪水緩和や土砂流出防止などの役割を果たすインフラ的な側面を持つ点も見逃せない。
参考)https://www.mlit.go.jp/common/000129705.pdf
こうした多面的機能を評価しつつ、生物多様性保全上の優先度が高い場所を見える化するための枠組みとして生まれたのが、重要里地里山という考え方だと言える。
参考)https://www.env.go.jp/nature/satoyama/conf_pu/27_2/shiryou1.pdf
里地里山から得られる恵みは「生態系サービス」と呼ばれ、食料や木材の供給だけでなく、良好な景観やレクリエーションの場、伝統行事・祭礼などの文化的サービスも含むと整理されている。
参考)【1分解説】里地里山とは?
農業者が日々の作業で当たり前に使っている水路や畦道も、生態系サービスを支える重要な構成要素とみなされており、農業と自然保全を対立させない政策設計のベースになっている。
参考)https://www.env.go.jp/nature/satoyama/pdf/satoyama_500.pdf
一見「山と田んぼがある当たり前の風景」が、国レベルでは「次世代に残すべき自然資本」として位置づけ直されていることを意識しておくと、自分の圃場を眺める目も変わってくるだろう。
重要里地里山の選定では、全国の里地里山候補地を対象に、生物多様性保全上の重要性を示す三つの基準が用いられている。
基準1は「多様で優れた二次的自然環境を有すること」で、農地・二次林・ため池・草地などが複合したモザイク的な景観が良好に保たれているかが評価のポイントとなる。
基準2は「里地里山に特有で多様な野生動植物が生息・生育すること」、基準3は「生態系ネットワークの形成に寄与すること」であり、これら三つのうち少なくとも二つ以上に該当することが選定条件とされている。
選定プロセスでは、全国規模の自然環境調査、地方公共団体や専門家からの情報提供、既存の保護区データなどを総合的に活用し、候補地を抽出している。
そのうえで、有識者からなる「里地里山保全・活用検討会議」や地域別分科会での議論を経て、最終的に500か所を重要里地里山として選定したことが公表されている。
参考)生物多様性保全上重要な里地里山(重要里地里山)の選定について…
この過程では、単に種数だけでなく、「保全の緊急性」や「モデル性(代表的・先進的事例)」といった質的な観点も加味されているため、小規模だが先駆的な取り組みをしている地域が選ばれるケースも少なくない。
参考)環境省_「重要里地里山」の選定
興味深いのは、重要里地里山に指定されたからといって、ただちに厳格な法的規制がかかるわけではない点だ。
参考)https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=viewamp;serial=4449
むしろ、里地里山を活かした地域ブランドづくりや、エコツーリズム、環境教育のフィールドとして活用していく際の「お墨付き」として働くことを期待した制度設計になっている。
参考)https://www.biodic.go.jp/biodiversity/shiraberu/policy/pes/satotisatoyama/index.html
つまり農業者にとっては、「縛られる制度」というより、「地域資源の価値を見える化し、補助事業やPRの際に使える肩書き」として理解すると、戦略的な使い道が見えやすいだろう。
参考)https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/c_bd/pr/attach/pdf/pr-66.pdf
重要里地里山の多くは、水田や畑、果樹園などの農地を含んでおり、農業のあり方そのものが生物多様性に直接影響する空間となっている。
たとえば、水田はドジョウやタガメ、カエル類、トンボ類など、多くの水生・半水生生物にとって産卵・成育の場であり、モニタリングサイト1000の里地調査では、全国158地点で450種以上の動物と約3,000種の植物が記録されている。
畦や用水路の管理方法一つをとっても、草刈りの時期や水管理の仕方によって、そこに棲む生き物の顔ぶれが大きく変わることが報告されている。
一方で、耕作放棄地の増加や、圃場整備による水路のコンクリート化、除草剤の多用などにより、里地里山に特有の生物の生息環境が急速に失われつつある現実も指摘されている。
農業者が高齢化し、集落の維持自体が難しくなる地域では、棚田や小さなため池が機能を失い、カエルやホタル、ゲンゴロウなど、かつて身近だった生き物が姿を消すケースが増えている。
参考)人口減少で生物多様性が損失する可能性も明らかに —日本全国1…
重要里地里山の枠組みは、こうした変化を早期に捉え、どの地点でどのような種が減少しているのかをモニタリングし、保全施策につなげるための「警報装置」としての役割も担っていると言える。
農業現場で実践されている取組としては、冬期湛水・中干しの工夫、ビオトープづくり、減農薬・有機栽培、草生栽培、放牧と草地管理の組み合わせなどが、生物多様性と収益性のバランスを取りながら進められている。
これらは、「生きものブランド米」や環境配慮型農産物として市場で差別化される例もあり、里地里山の自然資本を付加価値に変える動きとして注目される。
重要里地里山の指定地でこうした取組を行うことで、「保全」と「稼ぐ」を両立させるモデルケースとして、補助事業や研究プロジェクトの対象になりやすくなるメリットもある。
重要里地里山は、生物多様性保全だけでなく、地域ブランドや観光資源としての活用も視野に入れて選定されており、環境省の資料でも「農産物のブランド化や観光資源としての活用」を明確に想定している。
たとえば丹波地域では、「重要里地里山選定地」であることを前面に押し出し、黒豆・小豆・栗など地域の特産品と、里山の景観や歴史文化を組み合わせた情報発信を行っている。
単に「山里の農産物」ではなく、「重要里地里山で育まれた生物多様性豊かな環境からの産品」というストーリーを打ち出すことで、他産地との差別化につなげているのが特徴だ。
また、重要里地里山の指定をきっかけに、エコツーリズムや農業体験、環境教育プログラムを展開する地域も増えている。
水田での田植え体験と、生き物観察会、里山散策を組み合わせたツアーや、薪割り・炭焼き・キノコ原木づくりといった作業を通じて、かつて当たり前だった里山の暮らしを再現するメニューなどが好評を博している。
農業者自身がガイド役となったり、農協・NPO・自治体と連携して年間プログラムを組むことで、オフシーズンの収入源や、次世代の担い手育成の場として活用されつつある。
ここで意外に見落とされがちなのが、「人口減少そのものが生物多様性の損失要因になりうる」という指摘だ。
近畿大学などの研究では、里地里山のモニタリングデータと人口動態の分析から、人が減りすぎることで草刈りや水路管理が行われなくなり、結果として特定の生き物が急減するケースが示唆されている。
つまり、観光や教育などで外部の人を巻き込み、「人が関わり続ける仕組み」をつくること自体が、生物多様性保全の実質的な対策になる可能性があるということだ。
重要里地里山は、一見すると「環境の話」に見えるが、農業者にとってはリスク管理と将来戦略を考えるうえでの重要なキーワードでもある。
豪雨災害や渇水が増えるなか、里地里山の森林や草地、水田は、雨水の貯留・浸透や土砂流出の抑制に寄与し、下流域の被害を和らげる「グリーンインフラ」として評価されている。
里山の手入れを怠り、竹林が放置されたり、ため池が埋め立てられたりすると、土砂崩れや洪水リスクが高まり、最終的には自分の圃場や集落が被害を受ける可能性があることを、過去の災害事例が物語っている。
気候変動が進む中で、単一作物への依存度を下げ、多様な樹種や作物を組み合わせた里山的な景観を維持することは、病害虫や市場変動へのリスク分散にもつながる。
たとえば、薪炭材やチップとして利用できる雑木林、シカ除けを兼ねた広葉樹の植栽、棚田を活用した水稲と雑穀・野菜の複合経営など、重要里地里山的なモザイク景観を維持することが、結果としてレジリエントな経営基盤になりうる。
こうした発想は、世界農業遺産である「能登の里山里海」などの事例が示すように、地域内のエネルギー・食料・資材循環を高める方向性とも親和性が高い。
独自の視点として注目したいのは、「重要里地里山を、農業者にとっての『自然資本の信用格付け』のように活用できないか」という考え方だ。
もし自分の地域が重要里地里山に含まれているなら、その事実は「生物多様性に富み、将来的にも自然資本が劣化しにくいポテンシャルがある土地」という国のお墨付きと解釈できる。
この情報を、金融機関との対話や、ESG投資を意識した企業との連携、カーボンクレジットや生物多様性クレジットの創出などに結びつけることで、里地里山の保全を「コスト」ではなく「投資リターンの源泉」として評価してもらう道も、今後現実味を帯びてくるかもしれない。
環境省の里地里山ポータルでは、里地里山の基礎概念や政策的な位置づけ、保全・活用の全体像が整理されています(重要里地里山の定義と選定の背景を説明する部分の参考リンク)。
環境省 自然環境局 里地里山の保全・活用
重要里地里山500のパンフレットでは、選定基準や全国の代表的な選定地の概要、農林業との関係が写真付きでわかりやすく紹介されています(選定基準と具体的事例解説の参考リンク)。