農業の現場において「苗半作(なえはんさく)」という言葉があるように、苗の出来栄えと定植後のスムーズな活着は、その後の収量や品質を決定づける極めて重要な要素です。特に近年のような異常気象や高温乾燥が続く環境下では、定植直後の苗が受けるストレスは計り知れません。そこで不可欠となる技術が「ドブ漬け(定植前灌注)」です。これは単に苗に水を与える作業ではなく、計画的な戦略に基づいて苗のポテンシャルを最大限に引き出すためのプロフェッショナルな工程です。
参考)\SAS5期スクール日記・圃場実習 DAY2・9月26日開催…
ドブ漬けの基本的な手順は、以下の通り非常にシンプルですが、細部のこだわりが結果に大きく影響します。
まず、苗箱(セルトレイやポット)がすっぽりと入る大きさの容器(ローリータンクや大型のタライ、衣装ケースなど)を用意します。ここに、目的とする薬剤や液肥、活力剤を規定の倍率で希釈した薬液を作ります。重要なのは水温です。井戸水などで冷たすぎる水を使うと、根がショックを受けて吸水能力が低下することがあるため、できるだけ外気温に近い水温(20℃前後)に馴染ませておくことが理想的です。
参考)本物野菜の作り方
用意した薬液に、苗箱ごと静かに沈めます。この際、勢いよく沈めると培土が浮き上がったり崩れたりする原因になるため、ゆっくりと気泡を抜きながら沈めるのがコツです。薬液の水位は、ポットの用土表面がうっすらと浸かる程度にします。完全に水没させる方法もありますが、病害予防の観点や作業性を考慮し、株元(地際部)まで薬液が確実に行き渡る深さをキープします。
浸漬時間は、培土全体に薬液が均一に染み渡るまで行う必要があります。一般的には数十秒から数分程度と言われますが、培土の乾燥具合によっては吸水に時間がかかる場合があります。気泡が出なくなるまで待ち、十分に吸わせることが肝心です。ただし、長時間漬けすぎると根酸欠のリスクがあるため、長くても30分以内を目安に引き上げます。
引き上げた後は、余分な薬液をしっかりと切ります。ビチャビチャの状態で定植作業を行うと、ハンドリングが悪くなるだけでなく、泥汚れの原因にもなります。また、過剰な水分を含んだまま強い直射日光に当たると蒸れの原因にもなるため、風通しの良い日陰で適度に水気を切ってから圃場へ運びます。
この一連の作業により、苗はたっぷりの水分と栄養、そして防御薬剤を体内に蓄えた「フル装備」の状態で本圃という戦場へ送り出されることになります。乾燥した畑土にいきなり植えられるのと違い、根鉢(ルートボール)自体が保水タンクの役割を果たすため、スムーズに新しい土へ根を伸ばすエネルギーを確保できるのです。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2024.1433719/full
ドブ漬けを行う最大のメリットの一つは、殺虫剤や殺菌剤、そして液肥を「高濃度かつ局所的」に効かせられる点です。本圃に定植してから動噴などで全面散布する場合に比べ、必要な薬剤量は圧倒的に少なく済み、環境への負荷も低減できます。また、葉面散布では届きにくい「根」や「生長点付近の内部」にまで成分を行き渡らせることができるため、効果の持続性が格段に違います。
参考)ベリマークSCの使い方と希釈倍率【適用一覧】
効果的なドブ漬け・灌注を行うためには、目的に合わせた資材選びが重要です。
定植初期に問題となるアブラムシ類、アザミウマ類、コナジラミ類、ハモグリバエ類などを防除するために、浸透移行性のある殺虫剤を使用します。
代表的な薬剤としては、ベリマークSCやジュリボフロアブル、モスピランなどのネオニコチノイド系やジアミド系の薬剤が挙げられます。これらは根から吸収されて植物体全体に広がり、約3週間~1ヶ月程度の間、害虫の吸汁や食害を防ぐバリアを形成します。定植後の忙しい時期に防除作業を省力化できるのは大きなメリットです。
根腐れや立ち枯れ病、疫病などの土壌伝染性病害を予防するために、殺菌剤を混用することも効果的です。例えば、ベンレート水和剤やリドミルゴールド、アミスターなどが使用されます。これらを定植前に根圏に処理しておくことで、移植時の断根による傷口からの病原菌侵入を防ぎ、感染リスクを大幅に下げることができます。
参考)https://www.kumiai-chem.co.jp/cms/attachment/file?id=7680
活着を早めるための「エンジン」となるのが、発根促進効果のある液肥や活力剤です。
アグリボEXやメリットなどのアミノ酸入り液肥、酢酸を含有した資材などは、根の活動を活性化させます。また、近年注目されているバイオスティミュラント資材(腐植酸や海藻エキスなど)を混合することで、乾燥ストレスや低温・高温ストレスへの耐性を高めることができます。これらを農薬と混用して一度に処理できるのがドブ漬けの強みです。
参考)定植前処理のススメ。 : アグリボ新聞
薬剤を選ぶ際の注意点として、必ず「適用作物」と「使用時期」、「希釈倍率」を確認してください。「定植前灌注」や「苗浸漬」という登録がない薬剤をドブ漬けに使用すると、薬害が発生したり、農薬取締法違反になったりする恐れがあります。特に、定植時灌注とドブ漬け(浸漬)では、登録上の希釈倍率が異なる場合があるため、ラベルの確認は必須です。また、複数の薬剤を混用する場合は、沈殿や凝固が起きないか、事前に少量の水でテスト(ジャーテスト)を行うことをお勧めします。
ドブ漬けは非常に効果的な技術ですが、やり方を間違えると苗を枯らしてしまう「諸刃の剣」でもあります。特に多い失敗事例は、薬害による生育不良や、病気の拡散です。失敗を防ぐためには、適切なタイミングと細心の注意が必要です。
最適なタイミングはいつか?
一般的には、定植の前日~当日の朝に行うのがベストです。定植の数日前に処理してしまうと、せっかく吸わせた水分や薬剤の効果が薄れてしまったり、トレイ内で根が伸びすぎて定植時に根が切れる原因になったりします。また、薬剤の効果期間(残効)を最大限に定植後の期間に充てるためにも、定植直前が最も効率的です。
ただし、大規模な栽培で定植作業に数日かかる場合は、作業工程に合わせて計画的に処理を行う必要があります。薬剤によっては「定植3日前から前日まで」と推奨されているものもあるため、使用する薬剤の特性に合わせることが大原則です。
参考)https://www.fmc-japan.com/Agricultural-Solutions/Verimark/special/05
失敗しないための重要チェックポイント。
ドブ漬けをする直前の苗が「カラカラに乾いている」状態は危険です。極端に乾燥した苗を薬液に浸すと、急激に高濃度の薬液を大量に吸い上げてしまい、葉先が枯れるなどの薬害(肥料焼け)を起こすリスクが高まります。逆に、水浸しの状態では薬液があまり浸透しません。理想は、朝一番に軽く潅水をしておき、ある程度湿り気がある状態でドブ漬けを行うことです。これにより、マイルドに薬液を吸収させることができます。
これは意外と見落とされがちな盲点です。大きなタンクに作った薬液に次々と苗箱を浸していくと、もし最初のほうの苗に病気(例えば立枯病やウイルス病)があった場合、その病原菌が薬液中に溶け出し、その後に浸けたすべての健全な苗に病気を移してしまう「ドブ漬け感染」のリスクがあります。
対策としては、明らかに生育不良や病気の疑いがある苗箱はドブ漬けせず、廃棄するか最後に回すこと。また、大量の苗を処理する場合は、定期的に薬液を作り直すか、殺菌剤を必ず混用してリセット効果を狙うなどの対策が必要です。
真夏の高温時に炎天下でドブ漬け作業を行うと、水温が上昇してお湯のようになり、根を傷めます(煮え苗)。必ず日陰や作業舎の中で行いましょう。また、処理後の濡れた苗を直射日光下に放置するとレンズ効果や蒸れで葉焼けを起こすため、定植直前まで寒冷紗などで保護しておく配慮が必要です。
通常のドブ漬けは「化学農薬」と「化学肥料」の組み合わせが主ですが、ここで一つ、他と差をつけるための高度なテクニックとして「有用微生物資材(バイオ資材)」の活用を提案します。これは、いわば苗の根圏環境を「善玉菌」でコーティングし、初期化してから畑に植えるという戦略です。
畑の土壌には、無数の微生物が存在しており、その中には作物を害する病原菌(フザリウムやピシウムなど)も虎視眈々と根を狙っています。定植直後の苗の根は、傷ついていたり、新しい環境に馴染んでいなかったりと無防備な状態です。ここにいきなり病原菌が取り付くと、立ち枯れや生育不良の原因になります。
そこで、ドブ漬けの段階でアーバスキュラー菌根菌やトリコデルマ菌、バチルス菌(枯草菌)などの有用微生物資材を高濃度で接種します。
例えば、「キンコンバッキー」や「マイコス」などの菌根菌資材や、「楽農美人」のような複合微生物資材を希釈液に混ぜてドブ漬けします。
この処理には以下のような独自の効果があります。
根の表面や内部にあらかじめ有用菌を住まわせておくことで、後から来る病原菌が入り込むスペースを物理的・生物的に奪ってしまいます。これを「ニッチの占有」と呼びます。
有用菌が根に接触することで、植物本来が持っている防御システム(誘導抵抗性)がスイッチオンになります。これにより、病気だけでなく環境変化へのストレス耐性も向上します。
菌根菌などは、根と共生して土壌中のリン酸やミネラルを効率よく集めるパートナーとなります。ドブ漬けでこれらを感染させておくことは、いわば優秀な補給部隊(パートナー)を連れて敵地(本圃)へ乗り込むようなものです。
特に、土壌消毒をした後の畑や、痩せた土地、連作障害が心配な圃場では、この「微生物ドブ漬け」が劇的な効果を発揮することがあります。化学農薬だけでは防ぎきれない微細な根のストレスケアとして、ぜひ取り入れてみてください。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1111/1751-7915.14350
ドブ漬け処理を行った苗は、水分と有効成分を十分に含んだ状態ですが、その後の管理や定植作業がおろそかでは効果が半減してしまいます。最後の仕上げとして、処理後の苗の扱いや定植時のコツを押さえておきましょう。
処理後の苗は「乾かしすぎない」が鉄則
ドブ漬け後の苗は、一時的に水分過多の状態ですが、これを長時間放置してカラカラに乾かしてしまうと、培土中の薬剤濃度や肥料濃度が相対的に高まり、濃度障害(塩類集積による根焼け)を起こす可能性があります。特に夏場の育苗ハウス内などは想像以上に乾燥が早いため注意が必要です。ドブ漬け処理を行ったら、できるだけ速やかに(遅くとも翌日中には)定植を行いましょう。もし定植が延期になった場合は、真水で一度軽く灌水して濃度をリセットするくらいの慎重さが求められます。
定植時の植え穴処理との併用
ドブ漬けは強力な方法ですが、それだけで万能ではありません。ネキリムシやコガネムシの幼虫など、比較的大きな土壌害虫が多い圃場では、ドブ漬けの殺虫成分だけでは防ぎきれない場合があります。その際は、定植時の植え穴にダイアジノン粒剤などの接触毒性のある粒剤を少量混和する「ダブル処理」が有効です。ドブ漬けで「吸わせて効かせる」のと、粒剤で「接触させて効かせる」のを組み合わせることで、地上部・地下部ともに鉄壁の守りを固めることができます。
参考)https://www.seikoen-kiku.co.jp/wp-content/uploads/2019/08/525a93dea42578d09dc2b89ebc5ae4c8.pdf
活着確認までの水管理
「ドブ漬けしたから水やりは控えめでいいだろう」と油断するのは禁物です。ドブ漬けの水はあくまで苗の根鉢内だけの水分です。定植後、苗の根が畑の土へと伸びていくためには、畑の土壌水分と根鉢の水分がつながる必要があります(水みち)。
定植直後は、株元にしっかりと土を寄せ、手灌水やチューブ灌水でたっぷりと水を与えて「根鉢と畑の土を密着させる」ことが、活着の最終ステップです。ドブ漬けで勢いづいた根が、スムーズに新しい土壌環境へ移行できるよう、活着が確認できるまで(新葉が展開し始めるまで)は、こまめな観察と水管理を継続してください。
参考)イチゴ_栽培管理ポイント_定植時から開花期まで
ドブ漬け定植前灌注は、わずかな手間で大きなリターンが得られる、現代農業における「攻めの技術」です。薬剤やバイオ資材を賢く使いこなし、最高のスタートダッシュを切ってください。

植物発根液 50ml 植物成長調整剤 植 物根ブースター液 発根促進剤 発 根ジェル 挿し木用発 根ホルモン 植 物活力剤 挿し木用成長促進剤 根刺激剤 素早く強力な根の成 長 挿 し 木の新しい根を助け、強い健康な根を促 進 するための植 物 発 根液 花 多肉植 物 野菜用 苗活着 促 進 (A) [並行輸入品]