農薬の剤形の種類と特徴の一覧
この記事のポイント
💡
剤形の基本を理解
固体、液体など剤形の基本的な分類とそれぞれの役割を解説します。
🎯
正しい選び方を習得
作物や病害虫、状況に応じた最適な剤形の選び方がわかります。
🚀
未来の技術を知る
ドローン散布用や環境配慮型など、進化する最新の剤形技術を紹介します。
剤形の基本的な種類と分類
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農薬は、有効成分を効率よく作物に届け、効果を最大限に発揮させるために「剤形」という様々な形態に加工されています 。病院で処方される薬に錠剤や粉薬、シロップがあるのと同じように、農薬にも用途や性質に合わせて多種多様な剤形が存在します 。
剤形は、大きく分けて「そのまま使用するもの」と「水に薄めて使用するもの」の2つに大別されます。さらに、その形状から「固体」と「液体」に分類することができます 。
- 固体の剤形 🧱: 粉剤、粒剤、水和剤、顆粒水和剤などがあります。粉剤や粒剤はそのまま散布できる手軽さが特徴です。一方、水和剤や顆粒水和剤は水に溶かして液体として散布します 。
- 液体の剤形 💧: 乳剤、液剤、フロアブル(水和剤の一種ですが液体状)、油剤などがあります。これらは多くが水で希釈して使用しますが、油剤のようにそのまま使うものもあります 。
これらの剤形は、有効成分の性質(水に溶けやすいか、溶けにくいかなど)、対象とする病害虫や雑草の生態、そして使用する農業従事者の安全性や利便性を考慮して開発されています。例えば、風で飛散しやすい粉剤のリスクを低減するために粒剤が開発されたり、粉末の計量の手間や粉立ちをなくすためにフロアブルが登場したりと、剤形は常に進化を続けているのです 。
剤形ごとの特性をまとめた以下の表を参考に、基本的な違いを把握しておきましょう。
分類 |
代表的な剤形 |
使用方法 |
主な特徴 |
固体 |
粉剤、粒剤 |
そのまま散布 |
手軽で準備が不要。ただし飛散しやすいものもある。 |
水和剤、顆粒水和剤 |
水に希釈して散布 |
多くの有効成分で利用可能。適用範囲が広い。 |
液体 |
乳剤、液剤、フロアブル |
水に希釈して散布 |
計量が容易で、散布時のムラが出にくい。 |
油剤 |
そのまま散布 |
特定の用途(無人ヘリなど)で使われることが多い。 |
以下のリンクは、農薬工業会が提供する剤形に関する詳しい情報です。より専門的な分類や定義を確認したい場合に役立ちます。
農薬の剤型について - 農薬工業会
剤形の代表例:水和剤・粒剤・乳剤・フロアブルの特徴
数ある剤形の中でも、特に使用頻度が高い「水和剤」「粒剤」「乳剤」「フロアブル」には、それぞれ明確な特徴、メリット、デメリットがあります。これらを理解することが、適切な農薬選びの第一歩です。
1. 水和剤 (WP: Wettable Powder)
水に溶けにくい有効成分を微細な粉末にし、水に分散しやすくした剤形です 。
- メリット 👍: 適用できる有効成分の種類が非常に多く、古くから使われているため製品ラインナップが豊富です。比較的安価な製品が多いのも魅力です。乳剤に比べて薬害が出にくい傾向があります。
- デメリット 👎: 散布液を調製する際に粉が舞いやすく、吸入しないよう注意が必要です。また、タンク内で放置すると成分が沈殿しやすいため、散布中は常に攪拌が必要になります 。
- 意外な豆知識 💡: 近年では、粉立ちを抑え、水への分散性を高めた「顆粒水和剤(ドライフロアブル、WDGとも呼ばれる)」が主流になりつつあります 。これは水和剤の欠点を大きく改善した進化形と言えます。
2. 粒剤 (G: Granule)
有効成分を粘土鉱物などの担体に含ませ、粒状に成形したものです 。主に土壌処理や株元散布に使われます。
- メリット 👍: 水で希釈する必要がなく、そのまま散布できるため非常に手軽です。風による飛散(ドリフト)が少なく、狙った場所に施用しやすいのが大きな利点です 。効果がゆっくりと現れ、長期間持続するタイプが多いのも特徴です 。
- デメリット 👎: 散布機を使わないと、圃場全体に均一に撒くのが難しい場合があります。また、効果が現れるまでに時間がかかるため、速効性を求める場面には向きません。
- 意外な豆知識 💡: 水田用の除草剤では、拡散性を高めた「ジャンボ剤」や、投げるだけで使えるパック剤など、省力化を極めたユニークな粒剤が開発されています 。
3. 乳剤 (EC: Emulsifiable Concentrate)
水に溶けにくい有効成分をキシレンなどの有機溶剤に溶かし、界面活性剤を加えることで水に混ざるようにした液体状の剤形です 。水で薄めると牛乳のように白く濁るのが特徴です 。
- メリット 👍: 有効成分の浸透性が高く、速効性に優れています。害虫の体表や植物のワックス層を突破しやすいため、殺虫剤などで高い効果を発揮します 。
- デメリット 👎: 有機溶剤の影響で、作物に薬害(葉の変色や生育不良など)が出やすい傾向があります 。特に高温時や作物が柔らかい時期の使用は注意が必要です。独特の匂いがある製品も多いです。
- 意外な豆知識 💡: 乳剤による薬害リスクは、使用する濃度や温度、湿度、作物の生育ステージなど、様々な要因で変動します。同じ薬剤でも、使用条件が違うと全く異なる反応を示すことがあります。
4. フロアブル剤 (SC: Suspension Concentrate)
水和剤と同じく水に溶けにくい有効成分の微粒子を、あらかじめ液体(主に水)に分散させて濃厚な液体状にしたものです 。
- メリット 👍: 水和剤のように粉が立たず安全性が高く、乳剤のように有機溶剤による薬害の心配が少ないという、両者の「いいとこ取り」をしたような剤形です 。計量しやすく、タンクへの投入も容易です 。
- デメリット 👎: 長期間保管すると、成分が沈殿したり、分離したりすることがあります。使用前には必ずボトルをよく振って、中身を均一にする必要があります。低温環境では粘度が高くなったり、凍結したりすることもあります。
- 意外な豆知識 💡: フロアブル技術を応用し、水性成分と油性成分を一つの製剤にまとめた「サスポエマルション(SE)」というハイブリッド剤形も登場しています。これにより、複数の有効成分を一度に散布できるようになりました。
剤形の効果的な選び方:作物と病害虫に合わせた選択
農薬の剤形を選ぶ際には、「どの作物に使うのか」「どんな病害虫・雑草が対象か」そして「どのような効果を期待するのか」を明確にすることが極めて重要です。剤形の特性と対象の特性をマッチングさせることで、農薬の効果を最大限に引き出し、無駄な散布を減らすことができます。
病害虫の生態に合わせた選択
- 隠れた害虫には浸透移行性 🐛: アブラムシやコナジラミのように、葉の裏や新芽の奥に潜んで汁を吸う害虫には、散布された薬剤が植物体内に吸収され、植物全体に行き渡る「浸透移行性」を持つ薬剤が効果的です。この場合、根から吸収させる粒剤を株元に施用したり、葉面から吸収されやすい液剤や乳剤を散布するのが有効です 。
- 葉の表面の病気には付着性 🍄: うどんこ病やべと病のように、葉の表面で胞子を増やして広がる病気に対しては、有効成分が葉の表面に長くとどまることが重要です。このため、付着性に優れる水和剤やフロアブル剤が適しています 。これらの剤形は、雨で流れ落ちにくいように展着剤と組み合わせて使用することも効果的です。
- 土壌中の病原菌や害虫には粒剤 🐜: 根こぶ病菌やネキリムシ、センチュウなど、土壌中に生息する病害虫を防除する場合は、土壌に直接混ぜ込むか、株元に散布する粒剤が最も効果的です。薬剤が土壌中でゆっくりと溶け出し、長期間にわたって根の周辺を保護します 。
作物の生育ステージと周辺環境に合わせた選択
- 幼苗期や開花期の薬害リスク 🚛: 作物がまだ小さい幼苗期や、花が咲いている開花期は、薬剤に対して非常にデリケートです。このような時期には、薬害のリスクが高い乳剤の使用を避け、比較的安全性の高い水和剤やフロアブル剤を選択するのが賢明です。
- ミツバチなどへの影響 🐝: 開花期に農薬を散布する場合、受粉を助けてくれるミツバチなどの訪花昆虫への影響を考慮しなければなりません。ラベルをよく確認し、ミツバチへの影響が少ない薬剤や剤形を選ぶ、あるいは早朝や夕方など、ミツバチの活動が少ない時間帯に散布するといった配慮が必要です。
- 雑草の種類と発生状況 🌿: 除草剤を選ぶ際も剤形は重要です。これから生えてくる雑草を抑えたい場合は、土壌表面に薬剤の層を作る土壌処理型の粒剤が適しています 。一方、すでに大きく育ってしまった雑草を枯らしたい場合は、茎や葉に直接かかって吸収される茎葉処理型の液剤や乳剤が速効性があり有効です。
剤形と安全性:ドリフトリスクと周辺環境への配慮
農薬を使用する上で、効果と同じくらい重要なのが「安全性」です。散布者自身の安全確保はもちろん、散布した農薬が風で流され、意図しない場所に影響を及ぼす「ドリフト(飛散)」を防ぐことは、農業を続ける上での社会的責任とも言えます。剤形の選択は、このドリフトリスクを管理する上で非常に重要な要素です。
ドリフトしやすい剤形、しにくい剤形
一般的に、粒子の細かい剤形ほど風に乗りやすく、ドリフトのリスクが高まります。
- 最もリスクが高い:粉剤 (D) 💨: 非常に細かい粉末状のため、少しの風でも広範囲に飛散する可能性があります。吸入による健康被害のリスクも高いため、近年では使用が減少傾向にあります。
- リスク中程度:水和剤 (WP)、乳剤 (EC)など 💧: これらは水に希釈して噴霧器で散布しますが、ノズルの種類や圧力によって細かい霧状になると、風に乗ってドリフトすることがあります。
- リスクが低い:粒剤 (G) 🧱: 一定の重さと大きさがあるため、風に飛ばされにくく、ドリフトのリスクは極めて低いです 。土壌処理など、特定の場所に薬剤を留めておきたい場合に最適です。
ドリフト対策を施した剤形の進化
農薬メーカーは、ドリフトのリスクを低減するために、剤形そのものに工夫を凝らした製品を開発しています。
- DL粉剤 (Drift-Less Dust): 一般的な粉剤に比べて、飛散しやすい10μm以下の微粒子を減らし、さらに粒子同士がくっつきやすくする凝集剤を添加することで、ドリフトを大幅に低減した粉剤です 。
- 微粒剤F (MGF): 粉剤の代替として開発され、ドリフトを抑えつつ、作物への付着性も考慮された粒径の細かい製剤です 。
- ドリフト低減ノズルの活用: 剤形の選択と合わせて、散布する噴霧器のノズルをドリフト低減型に交換することも非常に有効な対策です。これにより、噴霧される粒子の大きさをコントロールし、飛散を物理的に抑制します。
ドリフトは、隣接する他の作物に薬害を与えたり、周辺の河川や養蜂箱を汚染したりと、深刻なトラブルの原因となります。特に、選択制の強い除草剤が他の作物にかかってしまう被害は後を絶ちません。剤形を選ぶ段階からドリフトリスクを意識することが、地域社会との良好な関係を保ち、持続可能な農業を実践する上で不可欠です。
以下の自治体の資料は、ドリフト防止対策について具体的にまとめられています。散布作業の前に一度目を通しておくことをお勧めします。
ドリフト防止対策 - 京都府
剤形の未来:効果を高める新しい技術と今後の展望
農薬の剤形技術は、より少ない量で高い効果を発揮し、かつ環境や使用者への負荷を低減する方向へと、今もなお進化し続けています。ここでは、近年注目されている新しい剤形技術と、今後の展望について紹介します。
マイクロカプセル(MC)剤
有効成分を微細なポリマー製のカプセルに閉じ込めた剤形です。この技術には多くのメリットがあります。
- 効果の持続化(徐放性)⏳: カプセルの壁が少しずつ壊れることで、有効成分がゆっくりと放出されます。これにより、一度の散布で長期間効果が持続し、散布回数の削減につながります。
- 安全性の向上 🛡️: 有効成分がカプセルに包まれているため、散布時に薬剤が直接皮膚に触れたり、吸い込んだりするリスクが大幅に低減されます。また、光や熱による成分の分解も防ぎます。
- 特定の害虫への効果 🎯: 害虫がカプセルを食べたり、体に付着させたりすることで初めて効果を発揮するタイプもあり、標的以外の生物への影響を抑えることができます。
サスポエマルション(SE)剤
水に溶けにくい固体成分を水に分散させた「フロアブル(SC)」と、油性成分を水に乳化させた「乳剤(EW)」を組み合わせた、ハイブリッドな剤形です。これまで混合すると分離や固化が起きてしまい、一つの製品にすることが難しかった、性質の異なる複数の有効成分を安定的に配合することを可能にしました。これにより、幅広い病害虫に一度で対応できる混合剤の開発が進んでいます。
ドローン散布専用剤
近年急速に普及が進む農業用ドローンでの散布に最適化された剤形も登場しています。
- 高濃度・少量散布対応: ドローンは搭載できる薬液の量が限られるため、少ない水量でも高濃度の有効成分を均一に散布できる専用の剤形(液剤やフロアブルなど)が開発されています。
- ドリフト低減技術: 上空から散布するドローンはドリフトのリスクが伴いますが、粒子の大きさや比重を調整し、飛散を抑えつつ作物にしっかり付着するよう設計された専用剤(DL剤など)が登場しています。
環境配慮型技術の未来
SDGsや環境保全への意識の高まりを受け、農薬の剤形もよりサステナブルな方向へと進化しています。例えば、マイクロカプセルの壁や粒剤の担体に、土壌中の微生物によって分解される「生分解性プラスチック」を利用する研究が進められています。これにより、農薬散布後の環境負荷をさらに低減することが期待されています。
これらの新しい剤形技術は、農業の省力化、高効率化、そして環境との調和を実現するための重要な鍵となります。今後も、剤形の進化に注目していくことが、次世代の農業経営にとって不可欠と言えるでしょう。
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