有機溶剤を取り扱う事業者は、労働安全衛生法および有機溶剤中毒予防規則(有機則)に基づき、作業場に見やすい方法で特定の事項を掲示する義務があります 。これは、労働者が有機溶剤の危険性や有害性を正しく理解し、安全に取り扱うために不可欠な措置です。
掲示が必要な主な内容は以下の通りです 。
参考)法律で義務付けられた掲示とは何か知りたい
これらの情報は、有機溶剤を使用する屋内作業場や労働者が出入りする更衣室、洗身施設などに、作業中の労働者が容易に確認できる場所に掲示しなければなりません 。
意外と知られていないのは、法改正により掲示内容がより具体的になった点です。以前は包括的な注意喚起でよかったものが、令和5年4月1日以降、対象となる全ての化学物質について、疾病の種類や症状、使用すべき保護具などを明記する必要があるなど、より詳細な情報提供が求められるようになりました 。
参考)https://jsite.mhlw.go.jp/nagano-roudoukyoku/content/contents/okaya-oshirase20231106.pdf
この掲示義務に違反した場合、労働安全衛生法の規定により「6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金」という重い罰則が科される可能性があります 。単なる「お知らせ」ではなく、労働者の安全と健康を守るための重要な法的義務であることを認識する必要があります。
参考)改正労働安全衛生法が成立、SDS違反に罰則! ~「化学物質…
以下のリンクは、法律で定められた掲示義務の根拠となる法令です。
法令で定められた掲示物を一から作成するのは大変ですが、幸いにも公的機関などが無料で提供しているテンプレートを活用できます。これらのテンプレートは、法改正にも対応しており、必要な項目が網羅されているため、効率的かつ確実に法準拠の掲示物を作成できます。
代表的なダウンロード先は以下の通りです。
テンプレートをダウンロードしたら、事業場の実態に合わせてカスタマイズすることが重要です。具体的には、使用している有機溶剤の名称や、それによって引き起こされる可能性のある疾病の種類、指定された保護具などを具体的に追記する必要があります 。
掲示物を「見やすく」する工夫も大切です。
特に「8. ばく露防止及び保護措置」で指定されている保護具は必ず確認しましょう。ただし、意外な落とし穴として、SDSに記載された保護具は一般的な使用状況を想定した最低限のものであるケースがあります。実際の作業環境の濃度によっては、より高性能な防毒マスクなどが必要になる場合があるため注意が必要です。
GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)は、化学品の危険有害性を世界共通の基準で分類し、ラベルやSDSに反映させるための仕組みです 。ラベルには、危険性を示す「絵表示(ピクトグラム)」や「注意喚起語」が記載されており、一目でリスクを把握できます。
参考)【2025年最新版】GHSラベル完全ガイド|一覧・無料ダウン…
| GHS絵表示 | 意味 | 主な危険性 |
|---|---|---|
| 爆弾の絵 | 爆発物 | 熱や衝撃で爆発する危険 |
| 炎の絵 | 可燃性 | 引火しやすい、熱で発火する |
| 円と炎の絵 | 支燃性/酸化性 | 燃焼を助ける、火災を激化させる |
| ガスの絵 | 高圧ガス | 高圧ガス、液化ガスを含む |
| 試験管と手の絵 | 腐食性 | 金属腐食性、皮膚・眼に重篤な損傷 |
| ドクロの絵 | 急性毒性 | 飲み込んだり吸入すると生命に危険 |
| 感嘆符の絵 | 警告 | 皮膚刺激、アレルギー反応、眠気など |
| 人の胸の絵 | 健康有害性 | 発がん性、呼吸器感作性、生殖毒性など |
| 枯れ木と魚の絵 | 環境有害性 | 水生環境に有害 |
これらの情報を正しく読み解き、作業内容に応じたリスクアセスメントを行うことが、有機溶剤による事故や健康障害を防ぐ鍵となります。
GHSやSDSの詳しい読み方については、以下の資料が非常に参考になります。
農業現場でも、意識しないうちの有機溶剤が広く使われています。農薬の溶剤、農業機械の洗浄・脱脂剤、塗料の希釈剤などがその代表例です。特にビニールハウスのような密閉された空間での作業は、有機溶剤の濃度が上がりやすく、中毒リスクが格段に高まるため注意が必要です。
農業現場特有の危険性として、以下のような点が挙げられます。
これらのリスクを根本的に回避するためには、より安全な「代替品」への切り替えが最も効果的な対策です 。近年では、環境や人体への負荷が少ない製品開発が進んでいます。
- 水性洗浄剤: 部品洗浄に使う有機溶剤を、水性や植物由来の洗浄剤に切り替える。
- 低毒性農薬: 有機則の対象外となる成分を使用した農薬や、生物農薬などを選択する。
- アルコール系消毒剤: 器具の消毒に、より毒性の低い高濃度アルコール製品を使用する 。
代替品はコストが高くなる場合もありますが、特殊健康診断の費用や換気設備導入のコスト、そして何よりも労働者の健康という価値を考慮すれば、長期的には大きなメリットがあります 。まずは、現在使用している製品のSDSを確認し、有機則に該当するかどうかを把握することから始めましょう。
参考)https://www.kansai.meti.go.jp/3-6kankyo/R4fy/jirei-12.pdf
有機溶剤業務のうち、特に危険性が高い特定の作業を行う場合、事業者は「有機溶剤作業主任者技能講習」を修了した者の中から「有機溶剤作業主任者」を選任し、その者の指揮のもとに作業を行わせることが法律で義務付けられています 。
選任が必要となるのは、例えば以下のような業務です。
意外なことに、作業主任者を選任しているにもかかわらず、その職務が形骸化している「名ばかり主任者」の現場は少なくありません。作業主任者は、有機溶剤に関する専門知識を持ち、現場のリスクを的確に判断して労働者を守る重要な役割を担っています。講習で得た知識を常に最新の状態に保ち、現場で積極的にリーダーシップを発揮することが、有機溶剤による労働災害を未然に防ぐ上で極めて重要です。
作業主任者の職務については、以下の労働安全衛生総合研究所の資料でも詳しく解説されています。