土壌消毒を1~2年休んでも、あなたの圃場からウイルスは消えません。
レタスビッグベイン病は、ミラフィオリレタスビッグベインウイルス(MLBVV)というウイルスが原因で発生する土壌伝染性の病害です。このウイルス単独では植物に感染できず、土壌中に生息する純寄生性糸状菌オルピディウム・ビルレンタスという菌類によって媒介されます。オルピディウム菌は休眠胞子として土壌中で生存し、土壌が湿潤状態になると休眠胞子から遊走子が形成されます。
遊走子は土壌の孔隙内を泳いでレタスの根に侵入し、その際にウイルスも一緒に植物体内に持ち込まれて感染が成立します。つまり、媒介菌であるオルピディウム菌がいなければ、ウイルスだけでは感染できません。
この病害が特に厄介なのは、ウイルスの残存期間の長さです。休眠胞子の内部に取り込まれたウイルスは、極めて長期間、具体的には8年以上も生き残ることが確認されています。そのため一度発生した圃場では、1~2年間の休作や水田化を行ってもウイルスは死滅せず、レタス栽培を再開すると再び発病してしまうのです。
汁液伝染(接触感染)や虫媒伝染はしないため、農機具を介した土壌の移動や水による土壌の流出が、未発生圃場への拡散の主な原因となります。発病圃場の土壌が農機具に付着して他の圃場に運ばれることで、年々発生面積が拡大していく傾向があります。
タキイ種苗のビッグベイン病解説ページでは、病原の詳細な説明と写真が掲載されており、診断の参考になります。
レタスビッグベイン病の発生には、温度、土壌pH、土壌湿度という3つの環境要因が大きく関わっています。まず地温については、感染適温が15~20℃とされており、症状は20℃以下の温度でより明瞭に現れます。そのため冬春作のレタス栽培、特に低温期に当たる作型で発生しやすいのが特徴です。
土壌pHの影響も非常に大きく、酸性土壌では発病が少なく、pH5.0以下ではほとんど発病が認められません。一方で中性からアルカリ性の土壌では高率に発病します。これは媒介菌であるオルピディウム菌の遊走子の活動性が、pHによって大きく変化するためです。レタス栽培では一般的にpH6.6~7.2程度の中性に近い土壌が適するとされていますが、この範囲はビッグベイン病の発生にも好適な条件となってしまいます。
土壌湿度も重要な要因です。オルピディウム菌の遊走子は水中を泳いで移動するため、土壌が湿潤であるほど活発に活動し、感染機会が増えます。水田転換畑のような多湿条件の圃場で多発するのはこのためです。水稲裏作としてレタスを栽培する産地では、排水性が十分でない場合にビッグベイン病が深刻な問題となっています。
平均地温17~18℃くらいのときに定植すると多発して発病も早くなることが知られています。つまり季節でいえば晩秋から初冬にかけての定植が、最も発病リスクが高い時期となります。
これらの環境要因が重なった場合、発病率は著しく高まります。排水不良で湿害を受けやすい水田転換畑、中性に近い土壌pH、そして低温期の栽培という条件が揃うと、防除対策を講じなければ壊滅的な被害を受ける可能性があります。
レタスビッグベイン病の最も特徴的な症状は、葉脈周辺の退緑です。初期には葉身基部の葉脈周辺が退緑し始め、次第に葉の先端部に向かって広がっていきます。発症後に新しく出てくる葉では、葉全体の葉脈に沿って退緑が見られるようになります。
葉脈とその周辺の葉緑素が退色するため、相対的に葉脈が太く見えるようになります。これが「ビッグベイン(big vein)」、つまり「太い葉脈」という病名の由来です。退緑部と緑色部との色の違いが明瞭で、葉全体が網目状の模様になるのが典型的な症状です。
外葉では症状が非常にはっきりと現れますが、結球部は元々葉色が薄いため病徴は不明瞭です。しかし結球前の病株では、葉縁の縮れが健全株と比べて顕著になります。病勢が進行すると生育不良が顕著になり、結球時期が大幅に遅れます。
症状がひどくなると結球しにくくなり、結球しても小玉になってしまいます。最終的には収穫不能に陥るケースも少なくありません。収量への影響は深刻で、発病圃場では出荷可能な規格サイズに達する玉が大幅に減少し、粗収益が健全圃場の半分以下になることもあります。
感染時期によって症状の出方も変わります。早期に感染した株ほど症状が激しく、結球への影響も大きくなります。逆に生育後期に感染した場合は、外葉に軽度の症状が見られるものの、結球部への影響は比較的小さいこともあります。
兵庫県農林水産技術総合センターの研究報告では、症状の写真とともに被害軽減のための緑肥作物に関する試験結果が紹介されています。
レタスビッグベイン病の防除において、耐病性品種の利用は最も効果的かつ省力的な対策の一つです。抵抗性品種の育種は1980年代にアメリカで始まり、「シーグリーン」「トンプソン」「パシフィック」といった耐病性品種が開発されました。その後も育種が進み、現在では日本でも複数の耐病性品種が利用可能になっています。
国内で利用可能な主な耐病性品種としては、「Fブロウ」「Jブレス」「クラウドブレイク」「オーディブル」「フユヒカリ」などがあります。「Fブロウ」はビッグベイン病とべと病の両方に強く、玉肥大と在圃性に優れた品種として評価されています。「フユヒカリ」は農研機構が育成した品種で、高いビッグベイン病抵抗性を持ちながら、球重や結球緊度などの品質も優れています。
ただし注意すべき点は、これらの品種が持つのは「耐病性」であり、完全な「抵抗性」ではないということです。つまり、ウイルスに感染しても症状が出にくい、または症状が軽度で収量への影響が小さいという性質です。汚染程度が極めて高い圃場では、耐病性品種でも発病して被害を受ける可能性があります。
そのため品種選択にあたっては、圃場の汚染レベルに応じた品種を選ぶことが重要です。軽度の汚染圃場では中程度の耐病性品種でも十分効果がありますが、汚染が激しい圃場では高度耐病性品種を選択する必要があります。現地の試験では、耐病性品種の使用だけで発病株率を30~50%程度低減できることが確認されています。
また耐病性品種は、他の防除技術と組み合わせることでより高い効果を発揮します。たとえば土壌消毒や薬剤灌注と併用することで、汚染程度の高い圃場でも安定した生産が可能になります。
品種によって球の形状、肥大性、在圃性なども異なるため、地域の気候や作型、出荷時期なども考慮して総合的に判断することが大切です。
レタスビッグベイン病は一度発生すると根絶が極めて困難なため、複数の防除技術を組み合わせた総合的な対策が必要です。まず基本となるのは、発生圃場から未発生圃場への汚染拡大を防ぐことです。発生地では灌水と排水を完全に分離し、水稲作のときに発生圃場の土壌が下流の未発生圃場へ流入しないようにします。農機具も圃場間で共用する場合は、付着した土壌を十分に洗い流してから移動させることが重要です。
太陽熱利用土壌消毒は、物理的防除法として高い効果が期待できます。夏季の高温期に圃場を湛水または十分に灌水した後、透明ビニールフィルムで被覆して密閉します。これにより地温を40℃以上に上昇させ、媒介菌であるオルピディウム菌の休眠胞子を殺菌します。ただし効果の持続性には限界があり、太陽熱消毒を行った圃場でも、続けて作付けすると2作目では効果が著しく低下することが報告されています。
土壌pHの調整も有効な対策です。酸性側にpHを下げることで媒介菌の活動を抑制できますが、レタス栽培に影響を与えない範囲での調整が前提となります。pH降下型肥料を利用することで、定植時の土壌pHを5.5程度まで下げると、発病を無処理の約50%に抑制できることが確認されています。ただしpH低下効果の持続期間は処理後約50日程度なので、作期に合わせた施用が必要です。
緑肥作物の活用も注目されている技術です。レタスの前作にキャベツやブロッコリーを栽培し、その残渣をすき込むと本病の被害が軽減されることが知られています。特にカラシナやクロタラリアといった緑肥作物は、土壌中のウイルス濃度を低下させる効果が確認されています。カラシナはアブラナ科の植物で、辛み成分の元になるグルコシノレートを含み、土壌にすき込むと殺菌作用のあるアリルイソチオシアネートに変化します。
薬剤による防除では、トップジンM水和剤の土壌灌注処理が登録されています。定植時に株元に灌注することで、媒介菌の活動を抑制し、発病を軽減できます。ただし薬剤だけに頼るのではなく、耐病性品種や耕種的防除と組み合わせた総合防除体系を構築することが、長期的に安定した生産を実現する鍵となります。
育苗段階での対策も重要です。育苗は施設内で無病土を使用して行い、圃場からの感染を避けることで、定植時の初期汚染を防ぐことができます。